第2話 前世を思い出しました

 この国に住むものはみな、十歳になると教会で洗礼を受ける。そこで魔法の才能があるかどうかを調べるのだ。


 だからレナリアも、十歳の誕生日に、ちょっと緊張しながら両親と一緒に教会へ向かった。


 できたらお母さまと一緒の、水の魔法が使えるといいなぁ。


 レナリアは、司祭が来るまでの間、ずっと左手を握ってくれている母のエリザベスを見上げる。

 艶やかな黒髪に王家特有のタンザナイトの瞳。社交界の華と呼ばれたエリザベスは子供が二人いるとは思えないほど若々しくて美しい。レナリアはそんな母を自慢に思っていた。


 お父さまとお兄さまの火魔法でもいいけど、と思いながら、今度は右手を握ってくれている父を見上げる。


 レナリアの父であるクリスフォード・シェリダン侯爵は、若いころから美丈夫として名を馳せていた。噂では、彼に恋い焦がれるあまり寝ついてしまう令嬢もいたほどだという。


 その彼を射止めたのが、修道院で隠されて育てられていた王家の姫であるエリザベスだった。


 魔物との戦いで傷ついたクリスフォードが偶然立ち寄った修道院で二人は出会い、傷が癒えるまでの間に密かに愛を育んだ。


 国王がかつて寵愛した侍女の生んだ姫であるエリザベスとの結婚は、困難を極めた。

 国王はもとより、エリザベスの母を嫉妬で殺したと言われる王妃も、クリスフォードとエリザベスの結婚に反対したからだ。


 だが二人は諦めず、一生に一度の恋を貫いた。

 レナリアはそんな両親が大好きだった。


「私のところにも、精霊さんが来てくれるかしら」


 洗礼の時、魔力を持っているもののところには必ず精霊が現れる。

 そしてその精霊の力を借りて、魔法を使えるようになるのだ。


 レナリアの母は水の精霊ウンディーネ、父と兄のアーサーは火の精霊サラマンダーの守護を受けている。


「レナリアは可愛いから、きっと同じくらい可愛い精霊が来てくれるわ」

「そうだね」


 両親から慈愛の目を向けられて、レナリアはぱあっと花が開いたように笑う。


 教会へ着くと、しばらくしてから洗礼式が始まった。

 身分の高いものから洗礼を受けるため、レナリアは最初に司祭の待つ壇の上に上がる。


 ドキドキしながら司祭の持つ丸い球に手を当てると、少しずつ光が集まり、丸い球がキラキラと光った。


「ふむ。エアリアルの守護を得たようですな」


 それを聞いて、レナリアは信じられないと目を見開く。


 風の精霊エアリアルは、空気を司る精霊で……はっきり言えば人気がなかった。

 なにせ、エアリアルは目に見えない。

 風の姿を人が見れないのと一緒だ。


 だから守護精霊がいるのだと言っても、他人には見えないからそれが本当かどうか分からないのだ。

 あまりのショックで涙がポロリとこぼれた。


 そして……。

 それと同時に、レナリアは前世の記憶を思い出した。







 前世のレナリアは農村で暮らす普通の子供だった。

 けれども五歳の時の教会での洗礼で回復魔力を持つことが分かり、親元から離されて教会で育てられる事になった。


 その頃は守護精霊などという存在はなく、魔力を持つ者は自分の中にある魔力を使っていた。


 それゆえ魔法使いはみんな短命であり。

 その力を使って人々を助ける魔法使いは尊敬されていた。


 回復魔力があるといっても、誰かを回復することは自分の命を使うのと同じだ。

 だから教会には貴族の子供など一人もおらず、支度金と引き換えに集められたレナリアと同じような貧しい家の娘だけが聖女の卵として暮らしていた。


 両親と離れ離れになったレナリアは最初は寂しくて泣いたけれど、同じ年ごろの子供たちと一緒に暮らすうちにそんな寂しさは忘れて、立派な聖女を目指して学ぶ毎日を送るようになった。


 十歳になると、聖女たちは回復魔力を使って人々を癒すことになる。

 人々、といっても、そこに平民は含まれない。

 聖女の命を使って癒すのは、教会に多額の寄付ができる貴族に限られた。


 十三歳になると、体調を崩すものが出てきた。

 彼女たちは教会の奥へと連れていかれ、二度と戻ってはこなかった。


 十五歳になると、残った聖女はすべて貴族と婚約をした。

 聖女の役目は十六歳までで、その後は貴族に嫁ぐことになるのだ。


 生きのびた聖女は、魔力の多い子供を持つ。

 だから聖女であるというだけで、婚約の話はたくさん来た。


 それでも十六歳まで生きている聖女はごくわずかだ。

 大抵がその前に命を燃やしつくしてしまい、儚くなってしまった。


 教会は、聖女は神に愛されているから、手元に置きたくて早く呼ばれるのだと教えた。


 でもレナリアはそれが嘘だと知っていた。

 仲良しの聖女が教会の奥に連れていかれた後、こっそり会いに行った時に、命を燃やしつくして骨と皮だけになった彼女を見てしまったからだ。


 私もいつか彼女のようになって死ぬ。


 その未来に怯えるレナリアの心の支えになってくれたのは、国が定めた婚約者だった。


 マリウス王子。

 人間とは思えないほど美しい第二王子が、レナリアの婚約者だった。


 マリウス王子はいつも優しくレナリアに接した。

 それが愛だったのかどうか、レナリアには分からない。

 教会で育ったレナリアは、神の愛しか知らなかったから。


 それでもレナリアは、優しく美しい王子との結婚を夢見た。


 もう同じ年の聖女で生き残っているのはレナリアだけだった。


 けれど誕生日の前日。

 レナリアは一人の姫君の治療を任された。


 公爵家の娘だというその姫君は、青白い顔で横たわっていた。

 愛する相手が結婚してしまうのを悲観して、毒を、飲んだのだという。


 ここまで瀕死の人間を助けるには、自分に残っている命の全てを捧げなければならない。


 レナリアは明日に控えたマリウスとの結婚式を思い――目を伏せ、姫君へ癒しの光をかざした。


 そして姫君を助けたレナリアは崩れ落ち――


「ああ。これでやっとマリウス様と結ばれる」


 と、喜ぶ姫君の声を聞いた。

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