第2話 市営迷宮


 姉弟二人は迷宮入り口に立っている。

 姉は肩まであるストレートの黒髪をポニーテイルにし、長袖の黒いアンダーシャツとスパッツの上から風竜の皮を、胸当て、手甲、短パンに加工した物と赤トカゲの皮のブーツを履き、三十センチほどの短刀を両手に持っている。

 弟は短い茶髪に国営迷宮でドロップしたマナ増幅のピアス、所々破れが見える濃い茶色の亡者の服に、リッチの黒いマントを羽織り姉と同じ赤トカゲの皮のブーツ、手には短めのマジックワンド、迷宮鞄という装備だ。


 迷宮内においては能力絶対主義ではあるが、装備も重要となる。装備は迷宮探索者証に登録されており、迷宮に入るとワンタップで着脱可能となる。迷宮外で同じ格好でいる事は出来ない。



 ここは市営迷宮。

 下に降りていくタイプの全五十階層。姉から今月の借金返済が足りないとの言葉を受け、効率よく稼げる市営迷宮に来たのである。

 市営迷宮は当日抽選となる。パーティ代表者の迷宮探索者証を登録し、その場でわかるスクラッチ宝くじ方式である。

 入宮時間は七十二時間、時間が経過するとドロップ品を拾う前であろうが、ボス戦中であろうが強制的に退宮させられる。中堅探索者で三十階層くらいまで探索できる時間である。


「効率重視。雑魚即殺。一気に四十階層まで行きます」


「りょーかい。んじゃー」


『風よ、運べ』


 弟が風に頼み二人の走る速度を上げてもらう。


いかずちよ、宿れ』


 雷を姉の双剣に宿わせ一撃の威力を上げる。


『水よ、纏え』


 水を二人に纏わせ防御力を上げる。


 こうした呪文は各個人のオリジナルスペル。イメージを効率よく具現化させる言葉を自分で編み上げて使用する。


 二人は走り出し、目の前に現れる魔物を斬り捨てながら進む。ドロップ品は拾わない。市営迷宮二十層くらいまでは千円以内の物しか落ちない。運が良ければ初心者が拾って今日の稼ぎにするはずだ。誰も拾わなければ一定時間で迷宮に飲み込まれる。

 上級以上の探索者が入る時に、その後ろには初級探索者が続く事が多い。初級探索者はまずはこうして稼ぎ、装備を調えていく事が推奨されている。


 迷宮開設者にもよるが、十階層毎にボスを配置する事が多く見られる。このボスは次の階層への門番だ。所謂ボス部屋だが、ここだけは無視して通り過ぎる事が出来ない。

 姉弟はこれまでの魔物と同じようにボスさえも斬り捨てて走っていく。


 そうして辿り着いた二十階層のボス部屋前、市の職員がボス戦の受付をしていた。

 公営迷宮では中層以降になるとこうしてボス部屋の前に受付がある。下級探索者達が無理して挑み、命を落とす事がないよう注意喚起する為だ。もちろん強制的に止める事は出来ないのであくまでも注意のみである。


「迷宮探索者証出して。二人とも」


 市営迷宮では人を呼び込む努力をしなくとも集まり、売り上げを重視する事もない。たまに愛想のない、所謂お役所仕事の者がいる。目の前の男性もそのタイプのようだ。

 二人は気にする事もなく迷宮探索者証を出し渡す。


「はい、確認。特A級探索者ね。こっちの職員を三十階層ボス部屋前まで連れて行って」


 そう言って隣に座っている若い女性職員をタッチペンで指し示した。


「は? なんで?」


 普段頼まれた事のない事を言われ弟が反応する。


「三十階層の交代時間だけど、この子は臨時だからそこまで行った事がない。他の職員の手も空いてない。という事でよろしく」


「お断りします」


 姉が即答で言う。実力の分からない者を連れ歩くのは非常に危険だ。ましてや三十階層まで行った事がないと言う。とてもではないが連れ歩く事は出来ない。


「は? 断る? 今日はここから先、進めなくなるけどいいの?」


「それは困ります」


「でしょ? わかったらさっさと連れて行って」


「お断りします」


 隣に座っている女性職員は自分のせいであると涙目になっている。


「あれ? わからない人だなー。あんまりごねるともう二度とここに入れなくなっちゃうよ」


「あまりごねるともう二度とここから出られなくなりますよ」


 姉のドス黒いオーラを吐き出すような発言に男性職員は引き気味だ。しかしこの迷宮において、職員の言う事は絶対であると信じて疑わない男性は更に言葉を重ねる。


「き、君達、出禁ね。はい、帰って」


 男性職員がそう言うと迷宮管理パネルを操作し二人を入り口まで強制転送させた。

 すぐに入り口受付の男性職員が寄ってきて声を掛けてくる。


「君達、何をやったの? 出禁扱いになってるよ。特Aが出禁など聞いた事ないなぁ」


「何もしてねぇよ! 二十階層のおっさんが勝手にしやがったんだよ! くそ!」


 弟はかなりいらついているようだ。反面姉は冷静に事を見ている。口元に歪んだ笑いをしながら……。


「まぁまぁ、落ち着いて。事情は聞いておくから取りあえず今日は帰って、ね?」


 男性職員は優しく諭すように言い、弟はまだ悪態をつきながらも自宅へと戻る道に足を向けた。

 こういうケースはまれにある。市営迷宮の職員はユーザー権限ではあるものの、探索者達に対する発言力は大きい。自分が神の如く振る舞える迷宮内では、勘違いする職員が中には居る。当然、定期的に監査が入るのだがその横暴さを立証するのは難しい。


 今日の収入はゼロ。

 明日頑張ろうと切り替えながら姉はテレビをつけた。


≪本日、市営迷宮にて男性職員が逮捕されました。この男性職員は二十階層ボス戦受付をしており、突然裸になってパニック状態になったとの事。迷宮入り口に常勤していた県警迷宮課により……≫


「姉ちゃん、やっただろ?」


 弟の突っ込みに姉は意味ありげに微笑むだけであった。



 姉はベッドで横になりながら思う。



「今月の借金返済、相当頑張らないと足りないかもしれません……」


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