第22話「夜のお楽しみ」






   22話「夜のお楽しみ」




 少しずつ暗くなる木々や空、そして湖はとても幻想的だった。赤から紫、そして闇に変わっていく姿は、全てが生きているのがよくわかる時間だった。一瞬として同じ景色はない。そんな自然を彼と共に見られることが特別なことのようで、緋色は時々食事の手を止めながらその景色を見つめていた。



 「そんなにここのレストランが気に入った?」

 「うん。………赤紫の夕焼けがとっても綺麗で……宝石みたいな景色ですごく素敵だった。」

 「確かにそうだね。………物語に出てきても不思議じゃないね。」



 彼が本の話をするのは少し意外だった。

 泉は、作家の仕事をしているが今は休んでいるはずだった。けれど、彼が物語を紡ぐのが好きなのは何となく伝わってきていた。

 何故、泉が執筆を止めてしまったのかはわからない。

 緋色もファンとして彼の作品をもっと読みたいという思いは変わらずにあった。



 「もし、書いてくれるとしたら、絶対読むからね」

 「………ありがとう。いつか、そんな日がくるといいな」



 泉は最後に運ばれてきたデザートを見つめた。それは、真っ赤なベリーのアイスで、少しだけ夕日の色に似ていた。


 緋色もそのアイスを一口食べると、甘酸っぱい甘さが広がり、思わず笑みがこぼれたのだった。





 レストランを出て部屋まで戻る間は、鼓動がとても大きく感じた。耳が震えるぐらいに鼓動の音が大きく感じてしまい、緋色は自分が緊張しているのがわかった。

 緋色の手を握っている泉の手もとても熱く、彼もきっと同じ気持ちなのだとわかると、少し安心する。

 


 部屋のドアを開けて、泉が部屋へと促してくれる。パタンッとドアが閉まると同時に後ろから彼に抱きしめられ、そして後ろを向いたままキスをされる。泉にゆっくりと体の向きを変えられ、向き合うように体をくっつけた。キスは先ほどよりと深くなり、彼の舌が甘い誘惑をくれる。長くキスを続けただけで、頭がボーッとしてしまう。

 やっと、離された彼の唇は薄暗い部屋の中でも、濡れているのがわかり妖艶さを感じさせた。


 もっとその唇でキスをして欲しい。

 そんな気持ちで泉を見つめると、彼の瞳が揺れるのがわかった。



 「そんな風に物欲しそうな顔をされたら………堪らないよ」

 「え…………」

 「沢山しよう。キスしたいんでしょ?」



 泉には自分の気持ちなどお見通しなのだとわかり、緋色は恥ずかしさを感じながらも素直に頷く。すると、泉は緋色の手を取ってゆっくりと歩き始める。

 泊まる部屋はトイレやシャワー室の他に一部屋だけだったが、とても広い空間だった。

 大きな窓からは、夜空を映し出す湖と、明るい月が見えた。窓の傍には多きなベットがあり、その隣に立つと泉はふわりと緋色を抱き上げた。


 そして、ふかふかのベットに体を倒すと、緋色を覆うように体を跨ぎ、そしてまたキスを落とす。彼のキスで頭が枕にゆっくりと沈んでいく。息が出来ないほどのキスで、緋色はますますボーッとしてしまう。彼のキスに翻弄され、やっと唇が離れたと思い、荒く呼吸をしながら泉を見ると、いつもの優しい笑みはそこにはなかった。

 ギラギラした瞳で、泉を重い視線で見下ろしている。



 「ごめん………始めに謝っておくね。俺、余裕なくなってるから。緋色ちゃんが欲しくて仕方がない。………だから、全部頂戴?」

 「…………泉くん」

 「イヤだったら言って。頑張って止めるから。でも、緋色ちゃんも俺を求めてくれるなら、俺はもう止めたくないんだ。やっと、手に入れたんだ。俺だけのものになったんだ。それを確かめさせて」



 泉は切なき声でそう言うと、緋色の返事を待ちながら頬を撫でたり、髪に触れたり、首筋に唇を這わせたりと、緋色の体温を更に高めていく。


 その言葉の返事は決まっている。

 緋色は月の光でうっすらと見える彼の頬に手を伸ばした。



 「泉くんと一緒の気持ちだから。だから………止めなくていいんだよ。でも、記憶がなくて、その………こういう経験があるかわからなくて。だから………」



 緋色が不安な気持ちを伝えると、泉はフッと優しく微笑んだ。それは、いつもの彼の笑顔だった。



 「大丈夫。大切にする、から」

 「………うん」



 緋色の唇に短くキスをした。

 それが甘い時間の始まりの合図だった。


 熱い唇とぬるりとした冷たい感触が首筋からどんどんと下に下り、緋色の全身を気持ち良くしてくれる。そして、彼の指で着ていた服もあっという間に脱がされていき、敏感な所を見つけられ攻められる。

 すぐに余裕がなくなり緋色の口から甘い声がして、それと同時にベットが軋む音が響く。

 自分の声と彼の荒い吐息と、どちらのものかわからない水音が聞こえ、聴覚でもエッチな気分にさせられてしまう。



 恥ずかしさと温かさ、そして甘く苦しい感覚に戸惑いながらも、泉の物になったという幸せに襲われる。

 目の前の彼の顔が、切なさを帯びて歪む。

 快楽を与えられ、ぼやける視界でそれを見つめ、先ほどから緋色は涙を出し続けていた。

 泉は、自分の髪をかき上げた後、緋色の体にピッタリとくっつて、目尻にたまっていた涙をペロリと舐め取った。




 「愛している、緋色ちゃん。ずっとずっと………」

 


 「私も」と言うはずの言葉は、彼が強く奥に入ってきたのを感じ、自分の甘い声によって消されてしまう。


 後は泉に抱かれながら、汗で少し冷たい背中にしがみつき、快楽に溺れた。



 その時、何故か視界がぐにゃりと歪んで、真っ暗で薄汚れた部屋が見えた。

 緋色はハッとして、目を開けるとそこは変わらず彼の髪と大きな窓がある部屋だった。



 「………大丈夫?」

 「あ、ごめんなさい………今、何か視界がおかしくなって」

 「疲れたのかな………でも、ごめん。最後までまたさせて………まだ、足りないんだ」

 「ん………あぁ…………。」



 彼が自分の中で激しく動くのを感じ、緋色は体をよがらせながら、甘い痺れに身をまかせていく。

 一瞬の出来事など、すぐに忘れてしまうほどに、緋色は泉に夢中になり、何回か求められた後、気づくと意識を飛ばしてしまっていたのだった。





 





 「緋色ちゃん………緋色ちゃん………」

 「ん…………」



 朝一番に聞くのは彼の声。

 同棲してからずっとそうだった。けれど、いつもは緋色が起こしているはずなのに、今日は泉の方が早く起きているようだった。



 「おはよう。美味しいモーニングがそろそろ来るよ」

 「…………ん………眠たい………」

 「でも、起きてくれないのホテルの人来ちゃうよ。君のそんな姿は俺以外誰にも見せたくないんだけど」

 「…………え………、あ………」



 緋色はハッとして目を開ける。

 寝ぼけて自宅にいると思っていたが、昨晩の事情を思い出して、真っ赤になる。

 そして、布団の中にいるとはいえ、裸だと言う事もわかり、一気に恥ずかしくなる。



 「おはよう、緋色ちゃん。」

 「………おはよう。」



 いつもと同じように彼とキスを交わす。

 ふわりとシャンプーの香りがする。泉を見ると、少し髪が濡れている。



 「体は大丈夫?」

 「………うん」

 「今日の朝食は部屋でとることにしたから、そろそろシャワー浴びてきた方がいいよ。俺が対応しておくからゆっくりしてき。」

 「うん、ありがとう」




 そう言いながらも、ベットから出にくい緋色は、どうしていいのかわからずに戸惑ってしまう。それを見て、泉はクスクスと笑った。



 「………昨日の夜、全部見たのに。恥ずかしいの?」

 「は、恥ずかしいから、後ろ向いてて!」

 「ははは。………わかったよ。」



 気づいていたのにこちらを見続けていた泉に抗議の声をあげる。けれど、泉は楽しそうに笑うだけだった。



 「昨日はありがとう。本当に幸せな1日だったよ。君の綺麗な姿も、可愛い姿も、そしてえっちな姿も見れて幸せだった」

 「っっ!!」

 「そんな風に思えるのって、俺が君を好きだから………好きだから全部が可愛いって思うんだなってわかったんだ。ありがとう、俺と結婚してくれて」

 


 昨日は全く泣くことがなかった泉だったけれど、目の前の彼は目を潤ませて緋色を見つめていた。

 そんな姿が堪らなく愛しく思えた。



 「私も、泉くんが大好き。………選んでくれて、好きになってくれて、ありがとう」



 緋色はそう言うと泉に抱きつき、自分からキスをした。


 愛しいと思える人に好きと言ってもらえる日が、これからも続いていく。

 その事が幸せで、彼と同じように涙を一粒おとしたのだった。






 

 

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