第19話「同じ気持ち」






   19話「同じ気持ち」





 泉のどんな所が好きなのか?


 彼は少年のような笑顔を見せてくれる。なのに、時よりドキッとするような男らしい真剣な表情もかっこいい。

 そして、優しいところ。緋色の些細な変化にも気づいて、声を掛けて助けてくれる。

 そんな完璧か彼なのに、寝起きは弱くて甘えてくる可愛い一面もある。


 そして、ミステリアスな部分も………。



 

 「あれ………私、泉くんの好きなところいっぱいあるかもしれない」




 緋色は自宅のお風呂に浸かりながらそんな事を呟いては、1人胸を高鳴らせていた。

 

 自分の気持ちに気づいてからというもの、泉を見ると顔が赤くなるし、視線が合うとドキドキしてしまい、まるで初めての恋をしているような気分になってしまっていた。


 

 「………入りすぎたかな。のぼせそうだわ………」



 考え事をしていたせいか、いつもより長い時間湯船に浸かっていたようだった。しかも、まだ気温が高い夏だ。全身が赤くなってしまった。

 ふらふらとした足取りのまま緋色は風呂を出てだぼっとしたTシャツを着る。泉から貰ったもので、「オレシャツみたいで可愛いから。」と、言われた。それ以来、寝るときはなるべくそれを着ていた。やはり可愛いと言われるのは嬉しい。



 火照った体を冷やそうと、お茶を飲もうとキッチンに向かう。すると、そこからリビングのソファで泉が横になっているのを見つけた。


 緋色はゆっくりと彼に近づくと、小さく吐息を洩らしながら、すやすやと寝ている。

 ソファで彼がうたた寝をするなど見たことがなかったので、驚きながらも疲れているのかなと心配してしまう。

 ベットで寝るよう伝えるために、起こした方がいいのはわかっていたけれど、あまりに気持ち良さそうに寝ているので、起こしにくくなってしまう。


 緋色はソファの近くに座り込んで、彼の寝顔を見つめた。

 きめ細かい肌に、整ったパーツが並んだ顔。ふわふわな髪はまるで猫のようだった。寝顔は幼いけれど、起きると自分より大人な彼。

 目の前に居る誰もが「かっこいい」と言う彼が自分の旦那さんというのは、今でも信じられない。

 初めてのデートの時に本屋で見かけた彼が表紙の雑誌を、緋色は後からこっそり購入していた。そして、彼にバレないように本を読んでいると、彼が人気なのがよくわかった。ネットで名前を検索すると専門のHPやファンの非公式のサイトまで見つかった。

 必ず書かれている事は、「彼女は一般人で溺愛している」や「結婚式し今は愛妻家」などだった。恋愛の話になると、泉は「とっても大好きなんです」、「大切な人です」と書いており、緋色は自分の事なのだと思うと嬉しく思いつつも、少し恥ずかしくなってしまっていたのだった。



 緋色が彼の寝顔を見つめながら、そんな事を思っていると。先程まで気持ち良さそうにしていた顔が一転して険しい表情になった。すると、小さく声を発した。始めは何を言っているかわならなかったけれど、2回目で「緋色ちゃん………」と名前を呼ばれているのがわかった。夢の中でも自分の名前を呼んでいる。それがわかって、緋色は少しだけニヤけてしまう。

 けれど、次の言葉を耳にした途端、その表情は固まってしまった。



 「緋色ちゃん………俺の事、忘れていいから…………」



 その声と表情はとても悲しげで、緋色の心がざわつくものだった。



 「………泉くん………」




 やはり、あなたは何を知っているの?



 緋色は泉の声がもっと聞きたくて、思わず彼の顔に手を伸ばした。

 緋色の温かい指が、柔らかい泉の唇に触れる。何故そんな事をしてしまったのかわからない。自分でも大胆な事だと思う。けれど、彼の言葉を止めて欲しくなかったのだ。

 


 寝ていてもいい。


 彼の本当の気持ち、想いが知りたかった。

 記憶の前の事も、そして、一緒だった女の人の事も。



 「…………あの女の人は誰?」

  


 

 記憶の事は1度聞いているけれど、答えてくれなかったので、今は教えてくれるつもりはないのだろう。忘れていい記憶とは何なのかは気になるけれど、寝ている泉に今1番気になる事を聞いてみる。


 もちろん、答えなど帰ってくるはずもない。


 緋色は、そんな臆病な自分に苦笑しながら。彼の唇から手を離した。

 そして、彼を起こそうと思っていたけど、それより先に緋色の手首を泉が掴んだ。



 「ねぇ、キスしてくれないの?」

 「…………っっ……………!!」



 寝ていたと思った相手に、突然手を掴まれ、そして声を掛けられたのだ。緋色は体が飛び上がるぐらいに驚いてしまった。けれど、そんな緋色におかまいなしに更に言葉を投げ掛ける。



 「緋色ちゃんからキスしてくれると思って楽しみにしながら待っていたのなぁー」

 「そ、そんな事しないよ!」

 「そうなの?残念だなぁー」



 泉はそう言うと緋色の手を掴んだまま、起き上がった。

 そして、今度は真剣な顔で緋色を見つめる。緋色は見上げるようにその綺麗な顔を間近でみつめ、ドキッとしてしまう。



 「女の人って、なんの事?」

 「え………」

 「気になる事があるなら教えて。何でも言って欲しいんだ。………緋色ちゃんが気になる女の人って………何?」

 「それは………」



 思いもよらない事で、その話を聞くチャンスが出来てしまった。

 お風呂から上がった体はクーラーの冷気で冷めてしまってもいいはずなのに、先ほどから暑いままだった。

 

 愛音に言われたことを思い出す。

 泉は緋色を選んだ。彼を信じて。

 その言葉が、緋色の背中を押してくれた。


 緋色は彼の綺麗な瞳をジッと見つめながら、口を開いた。先ほどから喉はカラカラだったけれど、今は特に口が乾いてしまっている。

 それでも、ゴクンッと唾を飲み込んでから、緋色は言葉を発した。




 「あ、あのね………この間、職場のカフェで泉くんと女の子が一緒にお茶しているところを偶然見かけたの。その、すごく楽しそうだったし………その女の子も可愛らしかったしで………その、ど、どんな関係なのかなーって気になって」



 緋色はおどおどしながらも、彼に自分が目撃した情報やその時の様子を伝える。

 すると、予想外の事だったのか、泉はポカンとしたあと、フッと顔を和らげて微笑んだ。



 「緋色ちゃん、それ見た時にどう思ったの?」

 「えっと………その………モヤモヤして、寂しかった………」

 「………そっか。」



 そう言うと、緋色の顔を覗き込みながら、泉はにっこりと微笑んだ。



 「それ、すごく嬉しい。」

 「………え………」

 「だって、俺が他の女の子と会ってて、心配してくれて、悲しくなってくれたんでしょ?それって、どういう事かわかる?」

 「……………うん」



 緋色は1度目を瞑って、自分自身で思った事を口にした。

 これこそ勇気がいる言葉のはずなのに、緋色はすんなりと声が出た。



 「泉が他の人が特別なのかと思ったら、息が詰まりそうになるぐらい苦しかった。秘密があるのが不安だった。……どうして、こんな気持ちになるのか考えてみたの」



 緋色は見上げるようにソファに座る泉を見つめる。その表情は切なげでもあり、やっと想いが伝えられるという喜びをもあるものだった。



 「泉くんが好き…………」


 

 小さな言葉を紡いだ時。

 緋色は一粒の涙をこぼした。

 それは、嬉しさからなのか、悲しさからなのかはわからない。けれど、伝えたい想いが溢れたのだというのは緋色にもわかった。



 そんな緋色を見て、泉は頬を染め、目を細めてゆっくりと頷いた。



 「俺もずっとずっと好きだったよ。」



 その言葉は緋色の胸に響き、さらに涙がこぼれてくるのだった。


 

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