第2話 三つの月

 美月は、小さい頃から月に縁があった。今日迷い込んだ夢の中のかぐや姫だってそうだ。美月は高校に入学すると、ラグビー部でマネージャーを担当した。本気でぶつかるラグビーというスポーツが好きで、それをプレーする逞しいラガーマンに憧れた。戦いが終わると、ノーサイドの精神で、敵味方ともお互いに相手の健闘を称えあうスポーツマンシップも清々しかった。

2年生になると、二人の新人男子が入部してきた。一人は戸根宮黄月(とねみや きつき)と言い、もう一人は菊名暁月(きくな あかつき)と言った。二人とも自分と同じ『月』の付く名前で、親近感もあり、みんなからは三人まとめて『月組』と呼ばれ、親しみを込めて揶揄されるようになった。そして、練習が終わると、月組の三人で帰りを共にすることが多くなった。


 ある時、美月が提案して、月組の東京ディズニーランドツアーを計画した。二人乗りのアトラクションでは、黄月と暁月は、代わりばんこに美月と同乗した。黄月は可愛い顔をしているが、大柄でがっしりとして逞しく、フォワードとしてスクラムの要になった。暁月はイケメンで足が速くバックスとして意表を突き敵のディフェンスを突破する華麗な走りが光った。そんな二人は、優しくて気が利く美月に、次第に惹かれて行った。しかし、美月も二人に分け隔てなく接したので、三人は仲の良い関係を保っていた。そんな関係が半年ほど続いた頃、黄月が試合で頸椎を骨折して入院することになった。みんなで見舞いに行くと、黄月は首の回りを固定具で固められベッドに横たわっていた。顧問が声をかける。

「戸根宮、大丈夫か?」

「あっ、先生、みんな、忙しい中ありがとうございます。ヘマしちゃってすみません。ええ、安静にしていれば何とか治りそうです。十日くらいで退院はできそうですが、3か月くらいは運動ができないみたいです。」

「そうか、お前がいないと大幅な戦力ダウンになるな。でも、ちゃんと治して復帰するまでは、気長に待つしかないよ。今は、焦らず、治療に専念することだな。」

「ご迷惑をおかけしてすみません。リハビリ頑張って、なるべく早く復帰できるようします。」

「じゃあ、また来るから、退屈だろうが、がんばれ。」

「ありがとうございました。」

「じゃあ、またね。気晴らしにこれでもどうぞ。」

みんなが病室を出かかった時、美月が漫画本とフルーツを傍らに置いて、目配せしながら最後に病室を後にした。


 ラグビー部としての戦力ダウンもさることながら、月組の関係も微妙に変化した。最初は、暁月と美月は二人で下校していたが、そのうち、暁月は、黄月に気を使ってか、一人で帰ることが多くなった。

ある時、暁月は、美月にそれとなく尋ねた。

「神尾さんは、自分の名前がイヤになったことないですか?」

「どういう意味?私は、自分の名前は好きよ。」

「僕は、男なのに自分の名前が何で『月』なのかと思う時があるんです。『暁(あかつき)』一文字だけでいいのに、『月』は余計じゃないかって思うんだ。」

「でも、『暁月(あかつき)』だって素敵じゃない?」

「そうかなあ、『月』って、太陽の影に隠れて夜空にひっそりと浮かんでいる。僕は太陽と張り合うような、もっと華やかなスタープレイヤーを目指しているんだ。」

「あなたは俊足で颯爽とトライを決めるスタープレイヤーだから、そう思うのもわかるような気がするけど。でも、自分だけでは輝けない『月』だって太陽の光を受けて、太陽が沈んだ暗い夜空を明るく照らす縁の下の力持ちなのよ。どちらも大切な存在じゃないかしら。私も『月』だけど、夜空を優しく照らす存在でいたいわ。戸根宮さんも、きっとそんな存在なのかも知れないわね。」

そんな会話をしたことがきっかけなのか、暁月と美月は、次第に距離をおくようになって行った。

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