第31話 ロールとエリサと旅の仲間

 ♢♦♢  ――ロール――



 オンブリアの王と元英雄とが道を分かれた、ちょうどそのころ。


 竜騎手ロレントゥスもまた、エクハリトス家の城を抜け出して、旅の途上にあった。

 デイミオンが城の墓所で怒りと失望にうち震え、ロールが貴人牢に閉じこめられていたのは二日前の夜。それから今まで、じつに偶然の幸運が重なって、エクハリトス家の城を抜け出すことができた。


 黒竜が二柱に、二人の男と一人の少女。それが、この旅のメンバーだった。よく晴れて、上空は日差しがあるものの涼しい。びゅんびゅんと風が流れ、ロールの金髪とサンディの黒髪を前に後ろになびかせた。ロールは手を前にやり、子どものショートコートをかきあわせてやった。

 子どもづれなので騎行のスピードは遅かったが、まっすぐに西を行く空路は砂地がめだつ南よりも飛びやすく、また竜たちが休憩できる水場も多い。さらに、南部領を通らなければ領兵たちに捕まって尋問される心配もない。このあたりは、まだエクハリトスの領内なのだ。


「子ども連れなんて、最悪だな」みごとな黒竜ニーベルングにまたがったサンディが、そう愚痴った。

「そう言うな。私たちにとって、幸運の女神なんだから」

「フン、にとってだろ」

「素直じゃないなぁ」


 ロールは親友の言葉に苦笑し、自分の胸前に腰かけさせている少女の小さなつむじを見下ろした。いかにも子どもっぽく、竜の背から足をぶらぶらさせている。


「ねぇ、西にはエルフがいるってほんと? 蜃気楼しんきろうって見られないの? 竜の名前なに?」

 エリサは矢つぎ早にぽんぽんと尋ねた。

「西に原生生物がいるのは事実だが、私たちが行くのはそこではないよ。蜃気楼が見られるのは、王国内では南の果てだけだ。竜はブロークナンクという。ブロークと呼んでやるといい」

 ロールは順番に、律儀に答えた。

 かれからすると幸運の女神だが、たしかにエクハリトス家にとっては災厄さいやくをもたらす台風のようなものだったかもしれない。北からやってきた少女、エリサはロールの竜に同乗し、たいそうご機嫌だった。


『どうして、護衛の竜騎手たちを置いてきたんだい?』

 昨日の昼、ロールが尋ねたときのこと。

 エリサはけろりとしてこう答えた。『はやく着きたかった。黒竜の〈呼ばい〉がたくさんあって、楽しそうだったから。北部は退屈だもん』


 よもやそんな理由で、ゼンデン家の姫君が失踪しっそうするとは……。さすがに、血は争えないということだろうか。ロールは、おなじく失踪中の誓願の主人を思って遠い目になった。エリサ・ゼンデンは、おなじ名前のかつての竜王、そしてリアナの母親であった女性の複製なのである。

 

 彼女が護衛や世話人たちを置いて飛竜を飛ばしてきたせいで、北部領ノーザンから帯同してきた大人たちは大慌てとなった。そんななか、黒竜神殿からリアナが消え、エクハリトス家の城もまた混乱のさなかにあった。早朝、デイミオンがあわただしく出立すると城の命令系統はさらに混乱してあいまいとなり、その隙に乗じて二人は城を脱出してきたのだった。


 ……いや、じつを言えばすらしていない。サンディが、『デイミオン王のおしで、養女御むすめごをお連れする』と宣言しただけだ。そして家長代理であるヒュダリオンはほだされやすいタイプである。

『堂々と出ていったほうが、ぎゃくに怪しまれないよ』と大人びたことをエリサが言った。『入ってくるときも、そうだったもん』

『そういえば……どうやって城に入ってきたんだ? つきそいもなく、子どもが一人で……』

『ロールたちに言ったのと同じだよ。「デイミオンに会う予定だったから、来た。会わせて」って言ったの。そしたら、今は忙しいとか、だれが面倒を見るんだとか、北部とこっちとで押しつけあいになってた。だから、「ロールでもいい」って言って、来たの』

 もちろん、エリサは近いうちに王の養女になる予定の姫君であるから、大人たちも強く言い聞かせられなかったのだろう。それにしても、そんな簡単な方法で脱出できるとは、まじめに牢内にいた自分が馬鹿みたいではないか。



「どうして僕たちは、まっすぐ西部に向かっているんだ?」

 〈呼ばい〉を使って声を増幅しながら、サンディが尋ねた。「デイミオンは南西部のキーザインにいるんだぞ」


「いや、西部こっちでいい。……リアナさまにも事前に聞いていたし、いちおう、行く先の目ぼしはつけている」

 ロールは考えながら説明した。

「ここだけの話だが、リアナ陛下はそもそも、フィルバート卿のもとにずっととどまる予定ではないんだ。たぶんもう、キーザインにはいないと思う」

「はぁ?」

 サンディは、デイミオンに似た男らしい眉をひそめた。「じゃ、なんだってわざわざ、デイのもとを去ったんだ? 第二の夫のもとに行くんじゃなければ、無意味じゃないか」

「いろいろ、お考えがあるのだろう。リアナさまにも」


『デイミオンを愛してる。かれが黒竜の力を使うさまたげになるなら、これ以上そばにはいられないわ』

 神殿で、そう打ちあけたリアナの葛藤を、ロールは理解できるつもりでいる。自分も、(もちろん陰湿な嫌がらせに耐えかねてという理由もあったが)愛する者の道をはばみたくないために騎手団をやめようとしていたから。

(だが、サンディがそれを理解するのは、難しいのだろうな)

 エクハリトス家の男たちの辞書に、『身を引く』という単語は存在していないだろう。それはかれらの美点でもあり、ロールはあえて説明しようとは思わなかった。 



「それでサンディ、相談がある」

 ロールは計画を切りだした。「私はこれから西部に向かう。あてはあるが、リアナさまが見つかるまでは、不眠不休の強行軍になる。だから……デイミオン王のもとへエリサさまを安全にお連れしてくれないか?」


「ハァ?! イヤに決まってるだろ! 僕は子守りなんかしない」

「デイミオンには会いたいけど、こんな高慢ちきな男と行くのは嫌だ。ロールと行きたい」

 サンディとエリサは、くちぐちに勝手な主張をした。


「頼むよ、サンディ、エリサ……」

 ロールは泣き落としにかかった。「私はリアナさまの誓願騎手なんだ。彼女を守れなければ、誓いを破ることになるんだよ。だけどエリサ、きみの身の安全もとても大切だ」


「あたしは別に、だれかに守ってもらう必要なんかない。すごく強いもん」と、エリサ。

「おまえはデイミオン王の意向にそむいたんだぞ! それを、僕がいっしょに行って取りなしてやろうというのに、おまえは……あんな女のために……」と、サンディ。


 サンディの嫌悪も理解できないではない。だがリアナはかれの誓願の主人なので、ロールは昔の自分をひきあいにして彼女を擁護ようごした。

「以前、フィルバート卿と陛下が一緒に暮らしているのを護衛していたとき……私は彼女を、不真面目な女性だと思って嫌っていた。第二配偶者は子どもを得るためのものなのに、庶民の真似をして浮ついた恋愛ごっこに興じているようで、不愉快だったんだ」

「でも、窮屈な竜騎手団のなかで自分を偽って過ごしていると、彼女の正直さや強さをまぶしく思うようになった。弱い者は集団で淘汰されると考え、強くあろうとしてきたが――彼女は非力だし、ライダーとしての能力も強大というわけではないけれど、私よりずっと自由だ」


「あれは単に、無責任というんじゃないか?」サンディが口をはさんだ。


「たぶん責任の意味が、ライダーたちと彼女とで違うんだろう。すくなくともデイミオン陛下とフィルバート卿の両者に対して、彼女なりに守り支えたいという気持ちがあるのだろう。それが、かれらにとって意に沿わない、腹立たしいものであったにしても」


 サンディは納得がいかないように「フン」と鼻を鳴らし、顔をそらして前を向いた。傲慢ごうまんそうに整ったその横顔を、ロールはそっと盗み見た。出会ったころからひそかに恋い焦がれてきた美貌だ。あまりにまぶしくて注視しつづけることはできず、ごまかすように自分も顔をそらした。エリサが首をあげてふり向き、スミレ色の大きな瞳でかれを見ていた。『ゼンデンの目』と言われる、リアナとおなじ目を、ロールもまっすぐに見下ろす。

「彼女を守るという誓いがあれば、私はいまの自分よりずっと強くいられると思うんだ。いつかは……もっと正直に、自分の気持ちを打ちあけられればと」


「おまえは難しく考えすぎて、自分で自分を生きづらくしているように見える」

 サンディは渋い顔になった。「だが、おまえが自分に正直になれるというなら、それはいいことだ。……やむを得ない。協力してやろう」


「ありがとう」

 ロールはほっとして、思わず笑顔になった。


 

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