転生鍛冶師は幸せになりたい。

カムラ

第1章 女神と家族、それから転生

プロローグ

 ここはある県の都会の喧騒とは無縁の山の麓にある田舎町。


 僕、剣持匠真はここで一人暮らしをしている。 両親はどちらもいない。


 母は僕を産んだ時に亡くなったそうだ。


 僕を男手ひとつで育ててくれた父は刀匠、分かりやすく言うと鍛冶師だった。 そんな父の仕事振りが好きで、よく仕事場に行っては父の仕事を見学していた。


 その影響で僕はちょっとした武具マニアだった。 剣や槍や斧とか銃、武器だけではなく防具に至るまで存在するしない構わず、構造を調べてみたり、その武具がどんな使い方をされてきたかを調べて、自分の知識に組み込むのが好きだった。 自分でも、変わった趣味だと思う。


 父は、無口であまり余計なことを話したり、それまで、母のことを語ったりはしなかったが、僕が14歳の頃、嫌なことでもあったのか、あまり飲まない酒を飲み、少し酔っ払っていたのかやけに饒舌になったことがあった。 その時に、母との出会いや結婚するに至った出来事などを夫婦2人で写った数少ない写真などを交えて語ってくれた。 


 写真の母はどんな時も優しく微笑み、子の贔屓目(?)かもしれないがとても綺麗な人だった。 母の話をしている中で一番印象に残ったことは、思い出話をする中で見せる父の見たこともないような優しさと悲しさを混ぜたような何とも言えない表情を見てしまったことだ。 


 そして父は最後に、


「母さんはお前を産んだ時、『生まれてきてくれてありがとう。愛しているわ。』と言っていた。 その気持ちは俺も同じだ。 ありがとう、愛している。」


と言ってくれた。 酒の力もあったのかもしれないが、そんな真っ直ぐで偽りのない気持ちに答えたくなり、


「僕も父さんに感謝してる。 もちろん母さんにも。 生んでくれて、そしてここまで育ててくれてありがとう。 2人の子で僕は幸せだよ。」


と言ったところ、父は


「そうか…」


とだけ言い、飲んでいたものを片付け、さっさと寝てしまった。 


 翌朝、起きた時に


「おはよう」


と声をかけると


「おう」


という素っ気ない返事と共に


「仕事をしてくる」


と告げ、行ってしまった。その後ろ姿がいつもよりご機嫌に見えたのは昨日のことを覚えていたからだろうか。


 しかし、その一年後、父は仕事場で倒れた。 死因は後から聞いたが心臓発作だったそうだ。


 父の葬式には沢山の職人仲間や身内が集まった。 無口で、お世辞にも愛想が良いとは言えない人だったが、その死を悲しむ大勢の人を見て、父は僕だけではなく、多くの人に愛されていたのだと悲しみに沈む気持ちの中でふと思った。


 葬式が終わり、僕の身の振り方をどうするかを父方の叔母や母方の叔父などと話し合い、高校受験は既に終え、行く高校が住んでいた家から近かったため、1人で今の家で暮らすことに決めた。 


 叔父や叔母は優しい人達で何かあったらすぐに連絡することを約束させられ、寂しかったらいつでも転がり込んできていいと言ってくれた。


 そんな僕だったが、かなりの不幸体質である。 なにを突然と思うかもしれないが、その実態はかなり深刻で、マンションの下を歩いていると、花瓶や物が落ちてくるなんてことはしょっちゅうだったし、学校でも、歩いているだけなのに、部活動の連中の


「危なーい!!」


という言葉と共に狙っているんじゃないかと疑うほどに僕目掛けて飛んできたボールや道具に襲われるというのも一度や二度ではなかった。 これは父が亡くなった頃から更にひどくなった。

こんな体質なので、周りを巻き込まないために友も作らず、部活にも入らず1人で高校生活を過ごしていた。





 ある休日、バイト先からの帰り道、陽が落ちかけている夕方に、1人になってからハマってしまったライトノベルや小説の類を買いに本屋に向かう途中、それは起こった。


「最近、異世界転移やら転生やらの本また増えてきたなー、非日常の生活ってなんとなく面白く感じるし、その中の楽しそうな日常を見ると多少憧れるなー。 面白い発想の武器とかも沢山出てくるしね。 現実では起こらないことなのは分かっているんだけど………ん?」


 あれは……確か近所に住んでいる子だったな。 連れているのは飼い犬か? 楽しそうにしてるなー。 1人で暮らしにはペットがオススメとか言ってる人もいるけど、さすがに、高校生の身では早い気がするよな。


「あっ!ダメっ!!」


 ありゃ、リード離しちゃったのか、犬が猛スピードで走り出したな……って、ちょっと待て、そこに飛び出すのはマズイ…!


「危ない!!!!」


 気づいた時には走り出していた。 犬が走り抜けた先は車道。 それを追う少女も自然と車道に飛び出していく。


そして、





走り込んでくる大型トラック。





「ファァァァァァァァァァァァァァァァン!!!」





 喧しいクラクションの音と同時に、恐怖で足が震えてしまったのか動けないでいる、少女に向かって僕は飛び込んだ。


 少女の体を体の前で抱き抱えるようにして庇う。


「ドグシャッッッ」


 刹那、全身の骨が砕ける嫌な音が頭に響く。 視界がスローモーションになり宙に浮いているような感覚に陥る。 周りにいる人達の叫び声がやけに明瞭に耳に入ってくる。


 さらに、頭によぎる今までの人生の軌跡。


 毎朝見ていたリビング、学校への通学路である河川敷、学校の授業、父の葬式、父と暮らしていた日常の風景、






そして、





あの夜の、愛していると言ってくれた父と話した記憶。





 全てが高速で、しかしはっきりと頭の中で駆け巡る。





 これが走馬灯ってやつなのかな?





 痛みはない。





 頭の中は高速で働き続けている。 ただ、視界はどこまでもスローだ。





 ふと、自分は死ぬんだという考えが浮かぶ。





 死ぬと分かってもそこまでの悲しみはない。 トラックに飛び込んだ自分の判断に後悔もない。





ただ、少し申し訳なく思う。





 父が死んだとき、心配してくれた叔父や叔母。

 

 他にも、沢山の職人仲間の人たちが色々と気遣ってくれた。





なによりも、





父さんや母さんが愛してくれた体を、心を、命を、





こんなにも早く終わらせてしまうことを。





 天国に行ったら2人に会えるのかな?





 会ったら謝らないとなぁ。





 母さんは微笑みながら許してくれるかな?





 父さんは…ちょっと怒るかもな。





 ただ、2人に会ったら改めて感謝しよう。


 




 ありがとうと。





 そこで、僕の意識は途切れていった…。




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