魔女と詐欺師

レライエ

第1話魔女の帰還

「「「お帰りなさいませ!」」」


 首都から魔石機関列車ジェムエンジントレインに揺られること半日、ようやく辿り着いたクロック伯爵領サイウェン地方。


 蒸気を吹き出しながら開いたドアから降り立った瞬間、俺の全身を大音声が殴り付けた。


 聖霊でも降臨したのかと思うほどの、悲鳴混じりの大歓声。

 大地を揺らす、足踏みの大合唱。

 大きく見開いた瞳に期待の星を瞬かせる、見るからに田舎者らしい服装の人々が、およそ十と数人、ホームの直ぐ前に集まっていたのだ。


 俺の歓迎だとしたら勿論御免被りたいが、幸いなことに、或いはそれなりに残念なことに、彼らが歓迎しているのは俺ではない。

 彼らの純朴な瞳は全て、俺の後ろへと注がれている――予想通りだしだが、何とも空しい役回りだ。


 俺は内心を出さぬよう苦心しながら、軽く一歩、客車のステップから脇に退いてやった――さあさあ皆様、主役ヒロインのご登場だぜ?


「……皆」


 ……正直なところ。

 絶対に本人には伝えないが。

 あの瞬間だけは、俺でさえ込み上げるものを感じて、息を呑んだ程だ。


 雷鳴よろしく鳴り響く歓迎の嵐を、平然と、さも当然とばかりに真に受けて。

 人好きのする穏やかな笑みと、自分と他人との間に絶対的な一線を引く無関心な真碧眼ブルーサファイアで飾られた、深紅のドレスと畑狐ベジフォクスの毛皮のコートを引き連れて。

 完璧な淑女レディの仮面を着こなした彼女は、良く通る声を響かせた。


「ミザロッソ・クロック」

 差し出された左手を、俺は半ば反射的に取っていた。まるで、紳士のように。「お父様の跡を継ぐべく、只今戻りましたわ!」









「……ミザロッソお嬢様!!」


 俺にエスコートさせながら降り立ったミザリィに、一人の老婆が駆け寄ってきた。


「カロリーナです、お嬢様! この姿、覚えておいででしょうか?」

「……カロリーナ……」


 瞬間押し黙った村人の姿に、俺は内心、おっとと舌打ちした。

 彼らの沈黙はまるで、


(おやおや、こいつぁ……)


 周囲の空気が変わったことに気付いた様子もなく。ミザリィはその端正な眉を寄せ、白手袋に包まれたほっそりとした指でとんとん、数度唇を叩く。

 そして――


、カロリーナ。私小さかったせいかしら、貴女の事を覚えていないの」

「い、いいえ……! そうですか、そうですか……!!」


 否定されたのに、老婆は何やら嬉しそうな様子で何度も何度も頷いている――そして、村人たちも。


「…………」

「…………」


 俺とミザリィは、一瞬だけ目配せをし合う。

 それからごほん、俺はわざとらしく咳払いをして、観客の注目を集めた。


「あー、すまない、ミザロッソ。それから紳士淑女の諸君レディスアンドジェントルメンで積もる話もあるのは解るが、良ければそろそろ、もその輪に入れていただけないかな?」

「まあっ!」

 わざとらしさで俺を上回りながら、ミザリィはくるりと目を回してから俺、それから皆に微笑んだ。「ごめんなさい、貴方。つい忘れていましたわ」


「皆さん!」


「どうか紹介させてくださいな、親愛なる父の民たち。こちらの紳士は、南東キャンディ地方の領主たるグルーヴ・グレンフィデック侯爵の次男、ホルン・グレンフィデック様です!」

「やあ、どうも。完璧な紹介を有難う、ミザロッソ」

 好奇心を掘り出したような目付きの人々に片手を挙げて応えると、俺はミザリィに寄り添うように移動する。「敢えてそれ以上を目指すのなら、こう付け加えて欲しいね……『私のパートナー』と、ね?」

「……そうね、ホルン。その方が解りやすかったわ」

「お嬢様、ということは……」

「えぇ」

 ミザリィは一瞬俺を睨んで、それから再び完璧に微笑んだ。「こう言うべきだったわ――彼は、


 三度、歓声が巻き起こった。

 今度は、俺の方にもそれが向いていた――婚約者様ミザリィの、冷たい視線と共に。


 やれやれと、俺は唇を歪ませた。これは、反省会行きだな。









「……どういうつもり?」

「出来る男のつもりさ」


 板の上にぼろぼろの毛布を重ねただけの、良く言えば素朴な馬車の座席に辟易しながら、俺は笑顔で応えた。

 自他ともに認める、それなりにもある笑顔だったが、仲睦まじく隣に座る我が殿には通じなかったようだ。


 碧眼を冷ややかに光らせつつ、ミザリィは不機嫌な様子で腕を組む。強調された胸元に思わず目をやると、舌打ちが追加された。


「婚約の話は、もう少し後で話す計画だったでしょう? 噂好きの村人に、少しずつ餌付けする心算だったのに……」

「そりゃまた、貴族らしい考えだねぇ」

「……馬鹿にしているの?」

「『森に騎兵を持ち込むな』、ってことさ」

 スカーフを緩めながら、俺は教えてやる。「人にゃあ得手不得手があるのさ、お嬢さん。こういう詐術は、俺のやり方が正解だ――あの婆さんには、気付いたか?」

 どこか暗い瞳で、ミザリィは頷く。「勿論。試されるのには慣れてる」


 要するに、試金石エントランスだ。

 恐らくだがあの婆さん――確かカロリーナだったか――は、クロック家とは縁も所縁も無いだろう。噂に違わぬ生真面目な領主だったなら顔を見かける程度の付き合いはあったろうが、その娘にまで関係はあるまい。


 訪問者が『知らない』と答えるかどうか。

 それによって、事の真偽を見定めようとしたのだろう。


「跡取りの居ない辺境の貴族だ、これまで連中が皆無とは思えないからな」

「見た目通りの純朴な羊ってわけじゃあ、ないのでしょうね」

「だからこそさ。第一関門を突破したあの瞬間に畳み掛ける。信用してる奴ぁそのまま信じてくれるし……」

「……疑っているとしても、疑いが濃くなる訳じゃあない、というわけ?」

「そういうこと」


 次いでに言えば、上手く信用された場合にこそ、このタイミングでの告白は効果を発揮するのである。

 一つ信じれば、同じときに吐いた嘘もまとめて信用してくれる。人間ってのは、そういうものだ。


「……アンタが、考え無しのろくでなしじゃあないってことは、解ったわ」

「そりゃあ、どうも」

「けど、出来る男に昇格するのは未だ早いわ。この馬車に乗るとき、あんた、荷物持ったままでしょ」

「あぁー……そっか、貴族ってのは、そういうもんだっけ」

「もっと、細かいとこまで気を使いなさいよ? バレたら、大変なことになるんだから。……アンタだって、金は欲しいんでしょ?」

「は、まあな」


 そう、詰まりはそういうわけだ。


 主演、脚本、監督はこの女。

 そして、助演男優にして技術協力がこの俺。

 ホルン。


 人呼んで、【演技派ノーフェイス】ホルン――ま、しがない詐欺師さ。観客諸君、どうぞよろしく、ってな?

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