第二話 偽りの好奇心-2


「バイアル様、少々よろしいでしょうか?」


 エルコーが私を連れてきたのはパーティ会場の中でも一番端にあるテーブル。他よりも人数は少なく、少し静かな卓だ。

 バイアル、と呼ばれた男性は丸々と肥え太った大柄の男性。バイアルはエルコーを見ると周りにいた少数の貴族を下げさせ、話の場を設ける。


「エルコー君か。君から私のところにくるとは珍しいじゃないか。人手が足りなくなったのか?」

「いえ、別に私のところは必要としていませんよ。今日は迷い子について知りたいという子がいましたのでお連れしました。もしよろしければ説明をいただいても?」


 エルコーがそう言うと、バイアルは私へと視線を動かす。


「お初にお目にかかります。フィルリア・ヴァミラスクと申します」

 ドレスの裾をつまんで一礼。顔をあげながら注意深く観察する。


 バイアル・ストライル。ストライル家の主にして今回の標的。表向きには所有する鉱山資源の取引による地位を得ているが、その裏側では鉱山による過酷な労働。そして鉱山で扱うために仕入れていた迷い子たちの余りを売買することによる人間取引を扱っている。


「ふむ、ヴァミラスク家か。聞いたことはないな」

「無理もありません。私の家系はあまり大きな家系ではなく、今回のようなパーティも初めてですので」

「ならば知らぬのも仕方ないな。しかし若いな。幾つだ」

「……今年で十八です」

「フィルリア様は若いですが、見た目に合わず案外図太いですよ」

「……エルコー様?」


 肝が据わっているとはよく言われていたが、まさか今日が初対面の少女を『図太い』と称すとは。別に間違っているわけではないのだが、太いと言われるのは女子として少しひっかかるものがある。


「ま、これも商売の糧にはなるか。ただし長くはダメだ。五分だけ、お前の問に答えてやる」


 そう言うと、バイアルは近くにいたメイドにワインを追加で注ぐように言いつけ、こちらに向き直る。


 頭の中で私は迷い子について知っていることと問うべきことを纏める。

 まず今回の目的は迷い子に関する情報収集。主に『迷い子対象の条件』。それと『迷い子の買い手の目的』。迷い子の使用用途、と言ってしまえば聞こえは悪いが、工場労働だけが用途ではないだろう。


「……迷い子というのは戸籍のない人々であると聞きます。彼らの戸籍がないのは何か理由があるのですか?」

「理由か。至極簡単なことだが、それを口に出して言うのは問題があるのでね。ただ、戸籍とはただの肩書きであって、そう守れるものでもないのだよ」


 グラスのワインをくゆらせ、グラス越しに私を見る。


「細かいことは私も知らないがね。私の商売は卸されてきた商品を求める人々へ販売する。それだけのことさ」


 そこに大した感情もない、と。


結局のところ、迷い子も奴隷と何一つ変わらないのだろう。国民であることを奪われ、他国の奴隷のようにされているのだから。

実際に迷い子とされ、戸籍を奪われた人々を見た。その中には幼い少女から中年ほどの男性まで様々な人が皆一様に俯き、言葉を発さぬまま荷台で揺られていた。


「……では、なぜ迷い子は求められるのでしょうか? この国ではそこまで人が足りないのですか?」

「都市部だけを見れば足りているように見えるかもしれないがね。製造というのはいつの時代も人出不足だそうだ。もっとも、それだけであれば人を雇えば良いだけだが」

「……普通の人ではできないことがある、と?」

「頭の回転が良くて助かるね。ま、それによって技術が進歩するというのだから安いものだろう。その成果は我々の生活に欠かせないものとなっていくことを私は期待しているのだよ」


 少しだけ、自分の表情が歪んだのが分かった。それでも感情と思考は表に出さないようにかみ殺す。今必要なのは殺意でも嫌悪感でもない。


「それと、たまに君のような若い少女を求める輩もいる。君くらいならわかるが、十代前半に発情するのは私にはわからんね。だが趣味嗜好は人それぞれ。それが金になるのなら私は関係ないが」


 バイアルはグラスに残っていたワインをすべて飲み干し、テーブル上に置く。


「君も気を付けると良い。誰を欲しがるかなぞ、私にはわからんからな」

「……ご忠告痛み入ります」

「まぁ、君が人出が必要となれば訪ねてくると良い。何、悪いようにはせんさ」


 私は無言で礼を返す。もう少し知りたいことはあるが、深追いはしないほうが良いだろう。それに、バイアルに対して迷い子を卸している者がいる。そして、一部の迷い子は非人道的なことに使われている可能性がある。ここから絞り込めることはあるだろう。


(……すでにこのくらいの情報は入手している可能性はあるけど。まぁ、最初だしこのくらいでいいでしょう)


 ちょうど先に示されていた五分も経ったため、私はその場を離れることにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る