第一話 迷い子の歯車-1


 今から遡ること約十年。この世界に大きな争いが巻き起こった。発端となったのは大陸の中でも最も大きい『シナイ』と『イアレド』の二国。

 戦いは静かに始まったが次第に激化。両国が様々な兵器を生み出し、争い続けていった。当然その争いは二国間だけで完結するものではなく、次第に大陸全土を巻き込み、『大戦』と呼べるまでの争いへと進化していったのだ。小国はどちらかの勢力下につき、争いへと駆り出される。


 しかし、その戦いの中で唯一中立を保ち、かつどちらの国の進行も許さなかった国がある。

 それが『エーミノク』。王政をもつかの国は大陸全土を巻き込む大戦においても全く手を出さず、それでいて進行も許さないある種の不可侵領域としてそこに存在していた。


 各国はエーミノクを不気味に感じながらも争い続け、その大戦は何年も続いた。

戦いが続くにつれてその戦力差は『人間』ではなく『兵器』に。そして『兵器』を扱う『人間』。『兵器としての人間』の存在によって開いていくこととなる。


 大戦が始まってから五年が経ったとき、急激に大戦は終わりを告げた。明確な理由は一般兵には知らされず、戦場にいた者であれば、『シナイ』の新兵器によって戦況が大きく傾いたことはわかっただろう。しかし、彼らはただそれが『強力なものである』という認識しか得られなかった。なぜなら、彼女たちが単身戦線に乗り込むだけで戦いは終わっていたのだから。


 詳細を見たものはいない。故に、ただただ噂話が。いや、伝承だけが残った。

 あの大戦は『人間兵器』によって終戦したのだ、と。

 そして、『人間兵器』と呼ばれたものたちの詳細を知る者はほとんどいなかったのである。


 不気味な伝承だけを残し、五年続いた大戦は『シナイ』の勝利で幕を閉じた。

 『エーミノク』は全てにおいて沈黙を保っていた。





 そして、その大戦からさらに五年が経った現在。


「──いやぁ、帰れてよかったよ。すぐに場所がわかるところに出れたのが幸いだったね」

「そうね。あの子が多才で助かった。地形把握に山菜の知識。馬も扱えるし」

「ねー。私にはさっぱりわかんないや!」

「まぁ、エリサはそうだろうね」


 あの後すぐにわかりやすい地形のところに出たため、ある程度方角を絞って帰ることができた。辺り一帯の地形や建物を記憶していたのは幸いだった。

 とある建物の一室。なんとか『シナイ』の端にある小さな町まで帰ることができた私たちは、二人の少女に案内されるがままにこの建物へと連れてこられた。

 荷台にいた他の子たちも別室にいるらしいが、私だけは彼女たちと同じ部屋にいる。

 理由はなんとなく察しはつくのだが、二人の雰囲気からして『お前は見てしまったから帰すわけにはいかん』みたいな身の危険を感じそうなことは無さそうだ。なので、特に行動するわけでもなく彼女たちの会話を聞いているだけである。


 元々この国にきた目的。ここはそこに近い場所に位置しているような気がしてならないのだ。

 とはいえ、彼女たちの会話を聞いてても年相応の会話がほとんどであり、特に何か欲しい情報が得られることはなかった。



 しばらくすると、外でたくさんの人の気配がした。そして、数秒後に遅れてやってくる歓声。

 何事かと思ったが、彼女たちの荷車での会話から、状況の答えを見出す。


「……もしかして、『迷い子』を帰しているの?」

「そう。ラパエが呼んだ。たぶん」


 どうやら正解だったらしい。彼女たちの言う『ラパエ』という人物は確かに『何とかしてくれる』らしい。


「でも、戸籍も消されてるだろうし、大丈夫なの?」

「それに関しては問題ないさ」

「わっ」


 突如ドアを開けて男性が顔を出す。やせ型の長身。眼鏡をかけており、その顔にはよくわからない笑みが浮かんでいる。


「お、ラパエ! 仕事は終わった?」

「まぁ、聞こえてくる通りさ。それで、そっちの子が……」

「……ラパエ、初対面」

「おっと失礼。そういえば顔合わせも自己紹介もしていなかったね」

 怪しげな男はおどけたようにドアをくぐり、室内に入ってから改める。

「僕はラパエ。この町でしがない情報屋をしている者さ」


 そう名乗る男はしげしげと私を見てくる。ここに来たときもそうだった。そんなにも私は珍しい容姿をしているのだろうか……?

 少し不機嫌そうにくるくると髪を弄っている。あいかわらずの直らない癖だ。


「いや失礼。私は被害にあったであろう人たちをリストアップしては戸籍を復元し、返しているのさ。もちろん、ちゃんと裏合わせもしてね」


 なるほど。確かに『何とか』している。およそ常人では干渉できないポイントに干渉しているのは私でもわかる。そして、彼女たちの反応からしてこれが彼にとっての『普通』なのだろう。


「だけど」


 突然彼の声音が硬くなる。緊張感を帯びた雰囲気が部屋の中を走る。


「今回リストアップした名簿にいた君の情報が少し気になってね」


 す、と手に持っていた資料から一枚を抜き出す。


「フェイル・フロイス。親はなし。この資料自体極端に情報が少ないのだが、極めつけはこれだな」


 ラパエは私たちにも見えるように資料をクルリと裏返す。


「ここに記されている住所。

「えっ、野宿してたのか?」

「エリサ、違う。……おそらく、偽りの住所」


 彼女たちの目が鋭いものに変わる。それもそうだろう。『迷い子』として助けた少女のそもそもの戸籍が偽物だったとなれば誰でも警戒する。

 とはいえ私が『迷い子』であることも事実であり、戸籍が戻らないのも厄介だ。とすれば誤魔化すのもあまり得策とは言えないだろうか。


「……私はフェイル・フロイスではないわ。その戸籍は偽物。もちろん、一部の情報もね」

「ッ」


 さらに警戒の色が濃くなる。しかし、ここで彼女たちと敵対するのはよろしくない。むしろ彼女たちと知り合えたのは不幸中の幸いであり、この繋がりは維持したいところだ。


 現状彼女たちのこともほとんどわからず、このラパエという青年も非常に怪しい。だが、彼女たちが自分の求める情報を持っている可能性も高い。

 彼女たちに情報を求めようとする以上、こちらも情報を明かさねば最初の信用を勝ち取るのは難しいだろう。


 彼女たちが先ほど見せた戦闘は明らかに人という範疇を大幅に超えているものだった。それに対してただの人間である私がこんな状況で勝てるわけもない。

 そもそも戦う気も起きはしないのだが。


「……貴方たちがわかるかは知らないけど、そこのラパエという人なら、わかってもらえるかしらね?」

「ほう?」



「私の名前はノエル・エーミノク。エーミノク王国の第三王女よ」




 エーミノク王国はシナイ共和国の隣にある国であり、大戦においては常に中立を保ち、自国領土に他国を寄せ付けなかったという『戦時中の安全帯』であった。しかし、戦時中においてただ一人も国内に入れず、沈黙を保っていたため、戦に参加していた者たちの間では、ただそこにある不可侵なエリアという認識のほうが強い。


 歴史的にもエーミノク王国は謎めいているところが多く、情報公開が極端に少ない国でもあった。

 そんな中で公開されている数少ない情報が王族に関する情報。クラメ・エーミノク王を筆頭に王妃が一人、王子が四人、王女が三人。それぞれの名前も公開されており、他国から見れば、エーミノク王国に関する情報は不気味なほどの中立と王族に関する情報だけなのだ。


「確かにエーミノク王国の第三王女はノエルという名だったと記憶している。だが、仮にそうだとしても、エーミノクの姫君がどうしてこんなところにいるんだい?」


 彼の疑問は当然だ。もちろんここで私が第三王女を名乗ったところで信用されるわけもない。だから、札を切る。


「……む?」

「貴方は様々な情報に通じていそうだし、これも理解してくれると助かるのだけど」


 私が取り出したのは蝋で封をされた便箋。だが、今回のメインは便箋ではなく封をしている蝋のほう。より厳密にいえば、その蝋に刻まれている紋様である。


 エーミノク王国に古くから残る紋様。それは紛れもなくエーミノクの国王によって認められたものであり、その封蝋の付けられた便箋はそうやすやすと持てるものではなく、ただの外交だとしてもそれなりの地位と信用度が必要となる。

 それはつまり、彼女が王族とまでは行かずともエーミノク王国においてそれなりの地位を持っている証明ともなる。


「……少し、お借りしても?」

「さすがにそれは承認できないわ。私が持つものを至近距離で見る程度にしてもらえると助かるのだけど」

「まぁ、それもそうか。いいだろう」


 お互いの了承のもと、封蝋をラパエに見せる。二人の少女は端で遠巻きに見ている。白い方は落ち着いて……というか警戒の色が見えるが、黒い方は特にわかっていなさそうだ。ただ白い子に流されるようにおとなしくしているように見える。



 ラパエはしばらく封蝋を調べた後、おもむろに体を起こし、近くに椅子に座りこんだ。


「はぁ、びっくりしたよ。おそらくその封蝋は本物だ」


 大きく息を吐き、緊張から解き放たれたように告げた。


「おそらく、ではなく本物なのだけど……まぁ、今はいいわ」


 便箋をしまい、ラパエに倣って私も座ることにする。


「……つまり、貴方はお姫様って認識でいいの?」

「概ねそんな感じ。でも、かしこまられるのは慣れてないから変わらずの対応で構わないわ。というか、この国において現状の私が『迷い子』であることには変わりないわけだし」


 実際、国にいたときも親が親だったのもあり、メイドたちとはあまり主従関係を感じさせるほどの壁もなく皆気楽に接してくれていた。だからこそ、外で王族と知られた際にかしこまられるのは得意ではない。そもそも外交すらほとんどなかったのだが。


「それで、なぜここにいるのか、だったわね。それに関してはまぁ、簡単に言えば情報集め。一応数年前からいるのよ、私」

「確かに数年前に学校に通っていた情報はあるね」


 さすがにそのあたりは確認しているようだ。


「学校に通ってたっていう情報は真実なのか?」

「ええ。ちゃんとそれなりの高校には通ってたのよ」

「おー。やっぱ多才なんだな、学生って」


 いや、学生だから多才という感想はおかしいのでは……? というか、感想からして学校に通ったことがないのだろうか?


「……待って、数年前ということは、時期によってはまだ大戦中?」

「いえ、私が来たのは大戦後よ」


 先の大戦が終戦したのが五年前。私が潜り込んだのは四年前であり、大戦が終戦してからだ。


「私の目的は情報集めということはさっき言ったわよね。私の父親……まぁ現国王ね。が、終戦したはずなのに、平和どころか国の空気は悪い。怨嗟が渦巻いていると言うから、確認のためとか言って無理矢……コホン、私が進んで潜入し、いろいろと調べることになったの」


 年齢的に学校に編入させるのにちょうどいいから、などという理由で姉様たちからも押し付けられたのは心外だったが。結果として図書館などに出入りしやすく、政治状況も理解しやすかったので余計にムカつく。


 『迷い子』という存在があることは知っていたが、選択対象が全く分からないので対策のしようもなかったのだが、まさか私を見つけたうえで偽の戸籍まで見つけて『迷い子』にされるとは思わなかった。


「ま、本来はそろそろ帰るつもりではあったのだけど」

「その前に『迷い子』にされ、捕まってしまった、と」

「お恥ずかしながらね」


 軽く肩をすくめてみる。結局のところ、ここで何をしても今すぐに警戒が解けることはないだろう。けど、ここに来れた。彼女たちに接触できた以上ただで引くつもりもない。

 おそらくだが、彼女たちは社会における裏側の人間だ。この国における怨嗟は裏側にあるのは間違いない。であれば、ここで引くのはありえない。私の目的として、ようやく行動が起こせそうなのだから。


「それで、貴方たちにちょっとしたお願いがあるのだけど」

「何?」



「私を貴方たちの仲間に加えてくれないかしら。参謀や雑用なら、けっこうこなせる自信はあるわよ?」

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