第3話 アラビアンナイト


レグルスの皇都行きは二日後、シリウスが帰ってくるのと入れ違いになるそうだ。

騎士団で特訓していくらしいベラと別れて、俺は神殿(市役所)から出る。

すると通信機から着信の鈴の音が鳴った。


【リーン♪零史~?この通信機の使い方はこれであってるのかしら?】

「あ、ツィーか、聞こえてるよ~。」

【お姉ちゃんでしょ!渡したい物があるから、店に来なさい!】

「わかったよ、お姉ちゃん。」

【リーン♪】


姉と言うものは、どの世界でも最強の絶対君主なのだろう。

例え妹だったとしても、逆らえたかは不明だ。

俺とルナは家に向かっていた足を方向転換し、大通りの店へと向かった。

神殿前の人混みを大回りで避けて辿り着くと、店からスピカが出てきた。


「あっ、お兄ちゃ~ん!」

「おー、スピカも呼ばれたのか。」

「そうなの!んふふふ、どお?」

「『どお?』」


スピカはニヤニヤと笑いながら俺の目の前でターンをした。

何か嬉しい事があったようだ……。


(これはもしかして、女子特有の「髪切ったのに気づいて」アピールか!?)


俺はハッとして、スピカを凝視する。

髪型もいつも通りだし、切ったようには見えない。

染めても無い……いつもの綺麗な水色だ。


「(零史、スピカの着ている服ではないですか?)」

「え、服??」


ルナが俺の腕をツンツンとつついて耳打ちしてくる。

それを聞き、すかさずスピカの着ていた服に注目した。

清潔感溢れる白を基調として、濃紺のラインが縦に入っている。

胸元にRENSAの文字も入っており、フォーマル感も出しつつ、動きやすそうなワンピースだった。

なにより、ピンクのリボンが可愛らしい。


「ツィーが、RENSAの制服を作ってくれたの!」

「RENSAって……店のか!?」

「違うわよ!戦闘にも特化したRENSAメンバーの為の服だわ!」


スピカの後ろから、腰に手を当てて聖いっ場胸をそらしたツィーが説明してくれる。

どうやら店の制服じゃなくて、科学者組織RENSA航空宇宙局の為の制服を作ってくれたようだ。

ツィーもスピカと少しアレンジの違うワンピースを着ていた。


「さっき届いたところなの。零史たちの分もあるから、着てみて!」

「お姉ちゃん……ありがとう!!」


確かに、ドラゴンとの戦闘に作業着を着ていこうか迷っていた俺にとって、とてもありがたい服である。

ますますツィーに財力でも気遣いでも、男としても負けそうである。

お姉ちゃんに一生ついていきます!


俺とルナはいそいそと店の奥に向かった。

俺は濃紺を基調とした白のラインが入った服である。

防刃素材で出来ている頑丈なジャケットと肌触りの良いシャツまであった。

ルナは俺と色使いが反対で同じデザインのジャケット。

ズボンは動きやすく、半ズボンだ。

俺には黒の肩章(けんしょう)、ルナには黄色の肩章がついている。


「ルナ、可愛いなあ!デザインも俺とお揃いだ。」

「ありがとうございます。零史とお揃いな事が、すごく嬉しいです。」


ルナと二人で笑い合っている所にルディも現れる。

ルディの制服は、白衣のようにジャケットが長めにつくられており、ポケットがたくさん着いていた。

いかにも有能な医者!という感じだが、いまはちょっぴり情けない顔をしている。


「零史、大変です!早く応接室に来てください!!」

「え?応接室??」

「お店の開店はまだ先のはずです。」

「とにかく行ってみよう。」


慌てているルディに促されるまま、俺たちは2階へと急いだ。

ルディが、階段を登って1番手前の重厚な扉をノックしてから開ける。

するとそこには、部屋の中央にある机を挟んで座り心地の良さそうなソファが置いてある。

部屋の手前にはスピカとツィーが立ち、奥のソファには優雅に紅茶を飲んでいる青年が、背後に執事らしき人を連れて座っていた。


(アラビアンナイト!!)


俺が心のなかでそう叫んだのも無理は無い。

ソファに座っている青年は、頭に鮮やかな色のターバンを巻き、ゆったりとした布地の服を、皮や金のアクセサリーでかっこよく装っていた。

優しそうな微笑みと上品なふるまいに、上流階級の空気を感じる。


「あっ、零史お兄ちゃん……この方は……。」

「ハァイ!ジヴォート帝国から来ちゃったです。アル・ナイルです!『ナイル』って呼んでネ!」

「は、はーい!零史です。」


ナイルと名乗る青年は、輝く笑顔で立ち上がり、俺に握手を求めてきた。

落ち着いた雰囲気と声からは予想もつかない台詞が飛び出し、部屋の中の時間が止まってしまったかと思った。

ナイルさんの笑顔の勢いに押されて、俺はなすすべもなく握手に答えてしまう。


(くっ、リア充オーラに負けた気がする。)


リア充とは、リアルが充実してる人の略である。

要は俺にとって、カーストの上位の人々を指す。

いや、そんな事は今は関係ない。


「零史、そのお方はジヴォート帝国の王子殿下よ。片膝ついてお辞儀して。」


ツィーがすかさずフォローを入れてくれる。

その言葉に俺は驚愕で瞬きを忘れて固まり、壊れたオモチャのようにツィーの言葉を繰り返した。


「え?お、うじ?ジヴォート帝国の王子殿下??」

「そう、吾輩が王子である。ここで会ったが百年目だネ!」


握手したままの手をブンブンと振る王子に、俺は言葉を失った。


(おい、誰だ……王子にこっちの国の言葉教えた奴。絶対ゆるさん。)


ツッコミたいけど、王子殿下にそんな事はできず、ひたすら腹筋に力を入れて笑いをこらえた俺を……誰か褒めてほしい。

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