4. お披露目と行こうか

「……結局、こうなった」


 三日後。万結羅は〝衣装〟に着替えた自分の姿を映し鏡に映して、げんなりと呟いた。

 白いフリルのブラウスに、襟を飾った青のリボン。水色と白のギンガムチェックのエプロンドレスを重ね、腰には臀部を隠すような大きな蝶結びのリボン。スカートはパニエで丸く膨らませ、裾には光沢のある青の布で襞を作って飾り付けている。脚には銀のラインが入った紺色のニーハイ。そして、綺麗に泥を落とした銀の靴。

 どこから見ても、絵に描いた〝魔法少女〟である。魔法のステッキは何処、とないのを知っていて自分で問いかけたくなるくらい、魔法少女。因みに髪は下ろしたままで、七三に分けた前髪を大きな銀の星の飾りのついたピンで留めている。


「まさか、こんな日が来るとは……」


 デザインとしては好きだけれども、自ら着る気はなかったロリータ衣装。恥ずかしいやら、嬉しいやら。

 ――いや、めちゃめちゃ恥ずかしいです。

 これで人前に出るのは、ものすごく勇気がいる。世の中のロリータさんは凄いなー、と自分の今の格好はさておいて感心した。


「似合っているじゃないか」


 四肢をだらんと垂らしながらふよふよ宙に浮いているマーレイが、鏡を覗き込んで感心したように頷いている。上下にビーズのような真っ黒な目玉を動かして、頭から足先まで万結羅の鏡像を確認すると、こちらを振り返って言った。


「ドロシーの服に似せているな」

「どうせならって思って。ドロシーの色にした」


 原作に沿って、わざわざギンガムチェックの生地のものを探したのだ。


「魔法少女ドロシーというわけか。なるほどな」

「魔法少女ドロシーって……」


 アニメじゃあるまいし、馬鹿げたことを。

 ――というか、いつまでも魔法少女を引きずるのも止めて欲しい。

 万結羅は溜め息を吐いて、自分の服を見下ろした。この格好を見たなら、それは無理か。


「やっぱもっと、カッコいいのにできれば良かったんだけどな……」


 はじめは、フリルひらひらの魔法少女服を排除した、現代社会に普通に溶け込めるような服にしようと思ったのだ。例えば、ちょっとロックな感じの。暗めの色のロゴ入りシャツに、黒い革の上着を着て、赤いチェックのスカートとか。黒いストッキングも合わせれば、銀の靴も映えるかな、なんて。

 思ったこともありました。


 ……結果は、さんざんだった。

 なんてったって、まず背が小さい。中学では、前から三番目だった。そんでもって、童顔。見る目のない訪問販売のおじさんに、未だに小学生と言われる。さらについでに言うと、幼児体型。胸などない。くびれもない。

 こんな高校生にロックが似合うか? 答えは否。いや、必ずしもというわけではないが、万結羅には駄目だった。実際に店に試着に行って、店員の失笑を買ったので間違いない。失礼だと怒る気にもなれないほど、本当に似合っていなかった。


「せめて背が高かったらなぁ」


 カッコいい大人の女の格好がきっと似合っただろうと思うのだ。


「その童顔では伸びたって無理だ。それよりも、早速お披露目と行こうか」

「お披露目?」


 さらり、と失礼なことを言われた気がしたが、それよりもさらに気になる発言があった。この格好を誰かに見せるって?

 …………誰に?


「ここ数日、我が家の周辺を嗅ぎ回っている奴が居るからな」


 さぁ、と万結羅の血の気が引いたのは言うまでもない。


「……聴いてないんだけど」

「言っていないからな」


 ――言ってよ!


「幻影で入れぬようにしているが、いい加減鬱陶しい。そろそろ追い払うぞ」

「追い払うって……誰が」


 嫌~な予感がするのだが、ここは敢えて訊いてみると、なにを馬鹿な、といった表情でマーレイが言う。因みに、このイヌ、犬の姿をしているくせに、白い眉みたいな模様がある所為か人間並みに表情が豊かだった。


「だから、お前だと言っている」

「やっぱりいぃぃぃっ!」


 ――お披露目って、そういうことかっ!

 万結羅はその場にしゃがみこんで頭を抱えた。


「やっぱり嫌だよ私、戦うとかそういうの!」


 万結羅は普通の準女子高生である。運動はそこそこ得意だが、それだけだ。


「諦めろ。いつかは通る道だ。なら、相手が雑魚のうちに慣れておくのが良い」

「雑魚って、それ、そのうち強敵が出る可能性があるってこと!?」

「それはまあ、なんていったって銀の靴だからな。狙う者は多い」


 嘘でしょ、と口にしてみるが、あまりの衝撃に声にもならなかった。とうとう床にへたり込む。

 絶句する万結羅を見て、マーレイは仕方ないとばかりに肩を叩いて励ました。


「魔法少女になるという、諦めていた夢を叶えたんだ。このくらい大したことないだろう」

「叶わない夢を叶えた代償が大きすぎる!!」


 しかも、本気で魔法少女に憧れてたのなんて、幼稚園に通ってたときの話。今さら叶えたい気持ちなんて、一片もないに決まっている。


「お前の祖母はきちんと務めを果たしたぞ。……レイシーのこれまでを否定する気か」

「うぅ……っ」


 それを言われると、非常に弱い。そしてこのイヌ、祖母の名を出されると万結羅が拒めないのを知っていて、敢えてそんな風に言うのだ。何度腹の中から綿をむしり出そうと思ったことか。


「どうせなら、楽しくやろうじゃないか」


 そしてなんだ、この上から目線。あまりに腹が立って、でも無力で、万結羅はマーレイを睨み上げた。


「わかったわよ! もう、こうなったら、やってやるんだからっ!!」


 もしかすると一生このイヌに良いように振り回される運命なんじゃ、と思いながら、万結羅は自棄になって叫ぶ。目の端に涙すら浮かぶが、これだけごねても折れてくれないんじゃ、しょうがないじゃないか。


「そうか。よく言った。では行くぞ」


 はああぁ、と大きな溜め息を吐いて立ち上がった万結羅は、綺麗に泥を落とした銀の靴を履いた足を揃えた。深呼吸をし、向こう側の壁を見つめながら、一、二、三歩。

 三歩目の足が着地する前に、視界がぶれた。万結羅の部屋の中から家の外へと瞬間移動ワープ

出た先が二階の高さの空中だったので、ちょっとした空中浮遊を味わうが、はじめと違い、冷静にアスファルトの上に着地する。

 この三日間、何度か練習したのだ。踵のある靴でも着地で軸がぶれたりなんてしない。


「ようやく観念したかい、お嬢ちゃん」


 すくっと立ち上がった万結羅の前にいたのは、いつぞやのピンクの髪のパンク女だった。ここ数日周辺を嗅ぎ回っていた、ということは、ずっと粘着質に万結羅を付け狙っていたわけだ。まるでストーカー。その執念に身震いがする。

 その一方で、こうも思う。銀の靴とは、それほどのものなのか、と。

 祖母もずっとこんな生活を送っていたのだろうか。あの穏やかなおばあちゃんが、戦いに明け暮れていたのだと思うと、とても信じられないのだけれど。


 そんなことを考えている万結羅の真向かいで、パンク女は眉を顰めていた。


「……なんだい、そのヒラヒラした格好は」

「ぐ……っ」


 案の定というか、やっぱりつっこまれてしまった。

 実は、衣装を購入するときから、頭の片隅で薄々思ってはいたのだ。いくら魔法少女っぽいことができるからとはいえ、人目を憚って活動するとはいえ、こんなの悪目立ちするだけだと。

 それでも、この格好を選んでしまった。


「私、ロリータが趣味なんですっ!」


 そう、この格好は決して魔法少女などではない。ロリータだ。ロリータファッションなのだ。恥ずかしいことなど何ひとつありはしない。気恥ずかしさを感じるのは、きっとまだ初心者だからだ。

 万結羅は恥ずかしさを押し隠して、腰に片手を当て、もう片方の手で相手をピシッと指さした。


「だいたい、他人の事言えます!? 頭ピンクとか、目立つことこの上ないじゃないですか」

「うるさいね! アタシの勝手だろう!?」

「だったら、他人の服にケチつけてないで、用件を言ったらどうですか!」


 喚き立てる万結羅の言葉に、少し落ち着きを取り戻したパンク女は、腕を組み胸を張って万結羅を睨め付けた。


「ふん……わざわざ言う必要があるのかい?」


 小馬鹿にするように見下ろす女を、万結羅は冷静に見つめ返した。


「あります。そっちから敵だって言ってくれたんなら、心置きなく倒すことができますから」


 正当防衛と言い張れる状況なら、少しは戦える……気がする。


「へぇ、強気だねぇ。だったら改めて宣言してやるよ。私はあんたのその銀の靴を貰いに来た。痛い目見たくなかったら、素直に渡しな?」

「ふん、今日日聞き飽きた悪役の台詞だな」


 ふよふよと浮いた状態で、耳元で囁くマーレイの台詞は黙殺して万結羅は叫ぶ。


「お断りします!」

「だったら、力ずくで奪うまでさ!」


 足を開き、腰を低め、革のグローブを嵌めた拳を構える。それに合わせて万結羅も身構えた。いつでも動けるように、脚に力を入れる。

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