第5話 ロリータ、ロリコン、ピグマリオン

「それでは何から説明致しましょうか」


 どこか機嫌がよさそうなイリュファが尋ねてくる。

 この世界に転生した日から約二年半。

 ついに父親の謎のロリコン発言の真意を知る時が来たのだ。

 代償としてイリュファに転生者である証拠を掴まれた挙句、自分を道具として使って欲しいなどと言う奇妙な従者を得ることになってしまったが。

 ともかく話を進めよう。


「なら、まずはロリコンについて教えてくれ。会う人皆から言われるけど訳分からん」

「畏まりました。……と言いたいところですが、ロリコンを説明するにはまずロリータを、ロリータを説明するには魔物を説明しなければなりません」

「……魔物、か」


 絵本にも登場していたので知っていたけど、この世界、本当にファンタジー的だな。

 大陸の形は同じなのに。

 疑問は深まるばかりだが、今は一先ず当初の目的を果たそう。


「なら、順を追って頼む」

「はい。イサク様」


 そうしてイリュファは説明を始めた。


「まず魔物とは人間の思念の集積体です。特に抑圧された人間の欲望が性質に色濃く反映されるため、人間を害するものがほとんどとなります」


 動物が魔力やら何やらの不可思議パワーで突然変異した、とかではない訳か。

 どうやら傍迷惑な法則システムがあるみたいだな。この世界。


「その中でも特に強大な魔物が何らかの切っかけで進化し、少女のような外見に変化したものがロリータ。少女化魔物とも呼ばれるものです」

「いやいやいやいや、何で見た目が少女みたいになるんだよ!」


 一足飛び過ぎて思わず突っ込む。

 どこの課金ガチャがありそうなゲームだ。


「元が人間の思念の集積体ですからね。存在が極めて強固になれば、その形は自然と人間に近づいていくでしょう」

「ああ……まあ、そこはいいけど、少女になる理由は」

「あくまで仮説ですが……少女という区分は人間にとって色々な意味で特別だからではないかと考えられています」

「特別?」

「はい。男にとっては本能が強く求め、しかし、理性が禁忌とするある種の憧れの対象として。女にとっては若さと無垢なる美そのものとして。頑なに否定する者があることもまた執着の裏返し」


 人外専門とは言えロリコンである身としては、少女というものに対する崇拝、一種の信仰が存在することは理解できなくない話だ。

 加えて、そうしたあり方を社会的に強固に排斥しようとする考えもまた、逆に少女という区分の特殊性を殊更際立たせてしまうものでもある、と。

 凸でも凹でも結局目立つということだろう。


「どのような形にせよ、その区分には他と比較して様々な思いが集中している。人間の思念の集積体たる魔物が人の形を取る際に影響がないとは思えません」


 それは確かにそうかもしれない。


「また、少女化魔物はその行動パターンから、人間の剥き出しの生と希望、生きるための欲求の影響が色濃いとも推測されています。あるいは、少女というものは人間にとって生と希望の象徴なのかもしれませんね」

「生きるための欲求。生と希望の象徴、か」


 生命力と可能性溢れる若年期。多感な時期。

 それに加え、前述の少女という区分が持つ特別な意味。

 ロリコン的には納得できなくもない話だが……まあ、所詮は仮説や推論。

 実態がどうかは分からない。

 だが、実際そうである以上、そういう世界だと思っておくしかないか。


「説明に戻ります」

「ああ」

「少女化魔物は個体差が大きく、魔物に毛の生えた程度の理性しか持たない者から、人間に近い高い知性や豊富な知識を持つ者まで幅広く存在します。これは元になった魔物の性質、蓄積してきた経験に大きく依存しているようですね」


 イリュファはそこで一旦息を継ぎ、「そして」と前置きしてさらに続ける。


「どのような少女化魔物でも、それぞれ特殊な固有の能力を持ちます。その力は強大で、それ故に少女化魔物の行動は意図するしないに関わらず、人間社会に被害をもたらすものがほとんどです」


 魔物という名を冠しているだけあって、基本的に有害と思って間違いではないらしい。

 通常の魔物より話が通じる可能性が高そうだけど、どちらにせよ大元は人間の思念だ。

 強大な力を持って考えを歪ませてしまう人間が掃いて捨てる程いるように、少女化魔物がそうなって人間に害をなすのも無理からぬことだろう。

 剥き出しの生と希望。生きるための欲求。赴くままに行動すれば、社会は成り立たない。

 それはそれとして――。


「……イリュファもそうなのか?」


 自分で自分のことをロリータだと口にしていたが。

 年齢が百歳以上という発言も加味して考えると、そのロリータは正に少女化魔物の意味で言っていたと思っていいはずだ。


「はい。私はゴーストの少女化魔物です。一応ジャスター様と少女契約ロリータコントラクトを結んでおりますので、危険はありませんよ」

少女契約ロリータコントラクト?」

「少女化魔物に認めさせることで可能となる主従契約です。少女化魔物は契約者にその力を貸し与える代わりに、より確かな自我と社会的な権利を得ることができます。そして……少女化魔物とこの契約を交わした者のことを少女化魔物征服者ロリータコンカラー略して少女征服者ロリコンと呼ぶのです」

少女化魔物征服者ロリータコンカラー……少女征服者ロリコン……それが」


 それこそが謎の発言の真実。

 前世の、いわゆるロリータコンプレックスとは根本的に違う言葉だったようだ。

 ちょっとホッとする。


「ちなみに、少女契約のより細かい契約内容は互いの取り決め次第です。ジャスター様の場合は共に戦う仲間としての意識が強かったようですね。契約内容もそのような方向性でしたし。ただ一人を除いては」

「イリュファのことか? メイドだし」

「いいえ。私は趣味と実益を兼ねてメイドをしているだけです。ビジネスライクな関係ですし、時期が来たらイサク様と契約するつもりです。特別なのはファイム様のことですよ」

「母さん? 母さんも少女化魔物なのか?」

「はい。ファイム様は火竜レッドドラゴンの少女化魔物ですね」


 俺の問いに首肯しながら告げるイリュファ。

 いや、まあ、今まで話を聞く限り、容易に予想できたことかもしれないが。

 さすがに子供がいてあれだけ幼い姿というのはあり得ないし。

 合法ロリなんて二次元だけの幻想だし、だとすれば残る可能性は人外ロリしかない。

 しかし、ドラゴンとか中二心が疼くな。


「ってか、少女化魔物って子供作れるのか?」

「はい。人間と少女化魔物とが深く愛し合うことで少女契約は真性少女契約となり、強大な力を得ると共に子をなすことができるようになります。そして、少女化魔物と真性少女契約を結んだ少女征服者を真性少女征服者ロリコンと呼びます」


 うわあ。

 真性ロリコンって……。

 悪意しか感じない。


「な、なあ、その辺の名称って誰がつけたんだ?」

「イサク様のご先祖様のショウジ・ヨスキ様です」

「ご先祖様? ってか、その名前の感じ……」

「ショウジ・ヨスキ様は異世界から転移してきた大英雄で、少女化魔物やこの世界の様々なことに関して仮説を立て、後の研究に貢献した偉大な方でもあります」


 ご先祖様……もう少しいい名前はなかったのか……。


 ……まあ、今更言っても詮ないことか。本題に戻そう。


「え、ええっと、つまり皆が立派なロリコンになれ、と言うのは」

「強大な力を持つ少女化魔物と少女契約を結び、優れた少女化魔物征服者になれ。ということですね」


 ざっくり言えば、人間に仇なす魔物を使役する魔物使いになれって感じか。

 いや、細かいところは大分違う気もするが。


「まあ、大体把握した。……けどさ。さっきの説明だと少女化魔物って魔物のバリエーションの一つみたいだよな。生と希望の影響を受けたって辺り」

「そうですね」

「ってことは、逆に死と絶望の影響を受けた奴、なんてのもいるのか?」

「はい。勿論です」

「…………え? 本当にいるの?」


 重ねた問いに、目の奥に強い敵意を含ませながら頷くイリュファ。

 本当の本当にいるのか。そんな危険な匂いしかしない存在が。


「その名はピグマリオン。人形化魔物。戦乱の世などの暗黒時代に多く発生する忌むべき人類の敵です。何故なら、少女化魔物の行動は生の欲求に由来するものですが、人形化魔物ピグマリオンの行動は破滅欲求に由来するものだからです」


 ピグマリオンという単語もまた日本語だった。

 恐らく、これもご先祖様が定義したのだろう。が、今はいい。


「……その違いで何がどう変わるんだ?」

「少女化魔物は人類が滅亡しては自らの存在も保てなくなるため、人類に危害を加えることはあっても滅ぼすような真似は決してしません。ですがっ――」


 感情を昂らせたイリュファは、そんな自分を落ち着けるように少し間を置く。

 彼女は様々な感情を吐き出すように深く息を吐き、それから続けた。


「人形化魔物もまた人間の存在なしには己を保てないにもかかわらず、人類の殲滅を目的として活動します。破滅欲求が根源であるが故に」

「なっ……」


 言葉を失う。

 そんな物騒な存在が当たり前に生まれかねないこの世界アントロゴスの世界観に。


「もっとも現在は政情も安定していますので、人形化魔物はそう発生しませんが……後数年もすれば状況は変わるでしょう」

「ん? 何で分かるんだ」

「イサク様がお生まれになられたからです。救世の転生者の敵、この世界の脅威。それこそが人形化魔物ですから」


 マジか。破壊の権化みたいな奴と戦わないといけなくなるのか。


「ですから、イサク様には強くなって頂かなければなりません。誰よりも、何よりも」


 真面目な顔でイリュファが言うからには、それだけの力が必要なのだろう。

 生きるためにも。


 危ない橋は渡りたくないが、のほほんと過ごす訳にもいかなさそうだ。


「……協力、してくれるか? イリュファ」

「勿論です。戦い方からこの世界の常識、ご両親への隠蔽まで私にお任せ下さい」


 即答するイリュファに頼もしさを感じる。

 好意的な協力者の存在は本当にありがたい。


「ああ。頼む」

「はい!」


 頼られて嬉しいのか眩しい笑顔を見せるイリュファ。

 そんな彼女に、こちらも自然と表情が柔らかくなる。

 しかし、過酷な宿命を背負わされた自分の新たな人生を思うと、心の中では深い溜息をつかざるを得なかった。

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