第一話 ブラックサンタ誕生!?

 クリスマスを目前にした12月の半ば。

 世間はやれ男女間の性差がどうのだの、宇宙からの侵略者が来るだの、歴戦のサンタ狩りが集結だの、師走もかくやという感じでてんやわんやしていた。

 世紀末はもうとっくに過ぎているというのにせわしない時の流れる終末の中、名護屋のとある商店街の片隅にて、一つの物語が始まろうとしている。


シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ ポンッ!


「よっ……と!」


 この場所は商店街から外れた裏道にある、お祭り用具保管倉庫の一つ。

 突如空間に黒い渦が出来たかと思うと、渦は徐々に人の形を作り、あっという間に襟に白いモコモコが付いた黒いノースリーブワンピースを着た少女へと変化した。

 彼女は黒い帽子も被っていて、その姿は色こそ違えどまるでサンタクロースのコスプレをしているという建前で単に露出の高い服を着ている繁華街の女の子の様だ。


「ん~~」


 黒いサンタの女の子は周りを軽く確認した後、手を組んで上へと伸ばして大きく伸びをする。そしてそれに合わせて大きく上下する大人顔向けの大型胸部装甲。

 う~ん、これは大きい。


「さーて、私が来たからには…」


 伸びを終えた女の子は首を左右に揺らしてパキパキッと鳴らし、右手を左の肩に当てて左腕をぐるぐるさせながら倉庫の出口に向かって歩き出そうとするが、ここは天下の守護都市名護屋。そうは簡単にはいかない。


「『拘束バインド』!」

「え、ひょわぁぁぁ~~!!?」


 なんと!突如として女の子の周りに現れた光る縄が女の子の足に絡みつき、女の子を縛り上げながら逆さに吊り上げる!!


「こっちでは珍しい精霊の出現だけど、まさかサンタクロースとはな」


ショタッ


 倉庫に積み上げられていた段ボールの上から、白いシャツに短パン姿で赤白帽を被った高学年程の少年が飛び降りてくる。

 彼は近所の小学校に通う小学五年生の伊勢いせ凱太郎かいたろう

 こう見えていくつもの異世界を救ってきた転生戦士であり、転生の度に前の世界での能力を引き継ぐチートキャラだ。学校では美化委員をやっている。

 今日は久しぶりに学校生活を満喫するつもりだったが、急遽この世界では珍しい精霊の力場を感じたので『イベントか?』と思って体育の授業を抜け出してきた。


「ちょ、ちょっと! 降ろしなさいよ!!」


 片足を引っ張り上げられる形で逆さ吊りにされながら抗議する少女。

 重力に従うミニスカを押さえるという考えはないのか、とてもあられもない。


「とりあえず悪意が無いか確認させて貰うぞ。『鑑定ジャッジ』」


 凱太郎は暴れる少女から少し離れた場所で手を伸ばし、二つ前の世界で身に付けた異世界魔法を少女にかける。


「や、何これ? なに? なに? なんでぐるぐる回ってるの? あ、消えた?」

「えーっと、『邪悪なるもの』? げ、魔王かなんかかよこいつ」

「失礼ね! 魔王じゃないわよ! ブラックサンタよ!!」


 今の魔法は対象が使用者にとって良い物か悪い物かを確認する魔法。熟練者ならば詳細な情報も確認可能だが、どちらかというと物理で殴る方が得意な凱太郎はこの程度しか分からない。

 だが、救世の戦士である凱太郎にとって『邪悪なるもの』という事はそういう事なのだろう。


「よし、駆除決定だな」

「なんでよ!!!」


 ギルティだ。


「なんでもなにも、サンタは人類の敵だろ? その精霊ってのなら早い内に駆除しておかないとな」


ヴィヨン チャキッ ヴンヴン


 凱太郎は亜空間BOXからスピリットブレイカーを取り出すと、二回程振って光の刃をしならせる。

 これから精霊とは言え少女の形をした物を斬るというのに、まるで虫をはたき落とす為の新聞紙を丸める様な気軽さだ。


「ね、ねえ、私を見逃してくれたらいい物をあげるわよ…」


 少女は凱太郎が本当に自分をあっさりと消滅させようとしていることを本能で理解し、経験が無いから仕方ないが下手くそな命乞いを始める。


「例えば?」

「ぎゅ、牛タンとか…ハラミとか……あ、シビレやネクタイでもいいわよ!」

「なんでホルモンなんだよ…」


 牛タンは舌。ハラミは横隔膜。シビレはすい臓でネクタイは食道の事だ。


「仕方ないじゃない! 私はブラックサンタなんだから!」

「黒でも赤でもサンタはサンタだろうに」


 命乞いのホルモンが通じないと分かるとヤケになったのか、大きく叫び出す少女。いや、元から結構叫んでいるのでこの少女は素で声が大きいのかもしれない。

 凱太郎はなんだかこの残念な精霊の少女を駆除するのが面倒くさくなってきたが、悪の芽を放置するのは世界の為にならないし、今後のイベントの展開にも差し支える可能性があるので、面倒なのを我慢してしっかりとスピリットブレイカーを構える。


「ま、ホルモンはあの世で焼いてくれよ。じゃあな」

「待って待って! お願い待って!!」

「せーのっ! ………ん?」

「ひっ…」


プシュゥゥゥゥ


 スピリットブレイカーが少女の首を横薙ぎにする直前、空から空気を裂く音が聞こえ、凱太郎は咄嗟に手を止める。


ババババババ ポスン


 空から倉庫の入り口に現れたのは、ランドセル型多目的ジェットパックを背負った眼鏡をかけた半ズボンの少年。

 少年の外見はしているが、実は地球外の技術で作られた幼体偽装型戦闘ロボットの安藤あんどう露異土ろいどだ。

 露異土ろいどという名前から推測が付く人も居るだろう。普段は日本人とロシア人のハーフで通していて、親はどちらもエリートなので普段から家に居ないという設定だ。学校では凱太郎の隣のクラスで係は飼育委員をしている。

 ちなみに髪は銀髪でとてもイケメン。イケメンなので学校を抜け出す時も担任の新人女教師を上手く言いくるめてきた。


「ロイドじゃねーか。どうした?」


 スピリットブレイカーを少女の首からほんの数ミリ離した状態で維持し、体ごとロイドに向ける凱太郎。

 少女は少しでも動くと首が焼き切れるのではないかと口を噤んだままその刃を凝視し、新しく現れた少年が自分をいきなり拘束して駆除しようとしてくる野蛮でホルモン嫌いのクソガキから助けに来てくれたのでは無いかと期待する。


「その精霊体はブラックサンタだ。通常のサンタとは違う」

「ああ、そうらしいな」

「解剖して研究するので捕獲せよと、博士からの指示を受けた」


 残念。助けではなく新しい狩猟者だった。


「先に見つけたもん勝ちじゃね?」

「それならば補足自体はこちらのほうが早かった。駆けつけるのが遅れただけだ」


 怯える獲物を前にどちらの取り分になるのかを争う二人。

 だが、このサンタのコスプレにしか見えない少女を狙っているのは二人だけでは無い。


「某もお館様から生捕りにしろとの命を受けている。譲っては下さらぬか?」


ズモモモモ


 今度は逆さまになった少女の影から黒装束を着た人物がせり上がるように出現し、少女を挟んで凱太郎とロイドの反対側に現れる。

 そして逆さまのままの少女の腰を掴んだかと思うと、黒装束の顔を覆っている布を外して少女の尻に頬擦りをする。


「???!!!???」


 少女は驚きと嫌悪感で悲鳴を挙げようとするが、首筋のスピリットブレイカーの存在感でストップがかかり目を白黒とさせるだけだ。なんとも羨ま…けしからん!!


「なんだよ、ハジメもかよ」

「久納さん。精霊とはいえ捕虜の性的虐待は条例違反だ」


 影から現れたのは久納くのうはじめ

 この辺りを治めていた武将の末裔に仕える凄腕の小学生くノ一で、二人とはまた違うクラスで図書委員だ。学校は先生にお腹が痛いから早退すると伝えて抜け出してきている。


「女の子同士ならセクハラじゃありません〜スキンシップです〜」


 そして仕事中オフ学校オンで真面目さが全然違うタイプだ。

 今回は凱太郎とロイドという同級生二人が相手だったので、仕事中オフではなく学校の時オンの自分で行く様だ。


「そんな若い女の子の尻がいいってのはもうオレには分かんねぇな。女はやっぱ熟女だよ。垂れてるぐらいが揉み心地がいいよな?」

「僕に同意を求めないでくれ。僕には生殖機能は無いので性欲も無い」

「でもライバル感はあるんだよね~?いいよね~、そういう関係~」


 救世の転生戦士の伊勢いせ凱太郎かいたろう

 外宇宙の戦闘ロボットの安藤あんどう露異土ろいど

 スゴ腕の小学生くの一の久納くのうはじめ


 三人は小学校に通いながら秘密裏に名護屋を守っている守護者達。(実は何かある度に三人とも学校を抜け出すし、戦っている姿を見られたりしているので周囲にバレバレ)(でもみんな優しいから気付かないふりをしてあげている)

 名護屋には三人以外にも多くの守護者が存在しているが、曲者揃いの守護者の中でも同級生という事で三人は仲が良く、共同任務の経験も複数回ある。

 勿論、敵対する任務の時もあったが、だいたいが凱太郎の力業とロイドのサポートとハジメの根回しでなんとかしてきた。

 だからこそなのだろう。本来ならば獲物に止めを刺していない状態で気を抜く等、守護者がやっていい事ではないのだが、この三人で集まってしまった事でそれぞれがそれぞれを信頼して同時に隙が出来てしまった。

 先程から虎視眈々と生き残る事だけを目標にしていた少女は、凱太郎のスピリットブレイカーの切っ先が首筋から少し離れた事と、ロイドの視線が凱太郎に向いた事と、ハジメの頬が尻から離れた隙を見逃さない。


「今ね!!じゃがいも!!!」


ボボンボンボボン


「うおっ? なんだ、剣が芋に!?」


キュウウゥゥゥゥン プシューーー


「くっ…動力炉に馬鈴薯が…」


ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト…


「あ~、暗器が全部~」


 突如少女が叫ぶと凱太郎のスピリットブレイカーと赤白帽がじゃが芋に代わり、ロイドは心臓部がじゃが芋で埋まり、ハジメは全身からじゃが芋がボトボト零れ出す。

 三人は急に起きた現象に驚き(特にロイドは死活問題)、自称ブラックサンタの少女から注意を反らす。そして少女にとってはそれが狙いだ。


「私を駆除だの解剖だのお尻を触ったりと、あんた達は悪い子よ!!ざまあ見なさい!!!」


ババッ


 三人が声のした方向に顔を向けると、そこには少女を縛っていた光る縄だけが空間に残っていて少女の姿は無かった。

 ほんの数瞬の隙間に声だけ残して姿を消した様だ。

 

「クソ、逃げられたか……。おい、大丈夫かロイド?」

「リアクターを停止させ、動力を予備電源に繋いだ。とりあえずは問題ない」

「妙でござるな。転移の反応も移動した痕跡も見当たらぬ。未知の移動手段を有しているやもしれぬ」


 ロイドの不調に対して凱太郎が半円状の障壁を張り、ハジメが周囲の警戒をする。何度も共闘した仲間への瞬時のカバーだ。


「市長への連絡は僕がしておこう。動力部へ直接攻撃をされた現象についても調べる必要がある」

「そうだな。川村のおっちゃんにはロイドから頼む。この芋になっちまったスピリットブレイカーもどうにかしないといけないしな」

「帽子もだろう?」

「げ、そうだ! 赤白帽も元に戻さないとかーちゃんに怒られる!」


 ロイドは動力炉に不調が起きた自分がこのまま残るのは二人の負担になると計算し、報告がてら研究所のある市役所に戻ると告げる。

 凱太郎は単純に面倒くさい報告をロイドがやってくれるのなら任せようと考えているだけで、今のロイドが負担になるなんて微塵も思ってもいない。そんな事よりも体育に使う赤白帽をどうにかする事のほうが大事だ。スピリットブレイカーはまだ亜空間BOXに98本あるから問題ない。

 何故、凱太郎がロイドの事を負担に思ってないかというと、


「本調子じゃなくても~、こいつならやってくれるって思ってるから心配してないだけなんだよね~」


ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト…


 その通り。凱太郎はロイドの事をとても信頼しているのだ!


「お前…その全身から出てくる芋をどうにかしろよ…」


 忍び装束の隙間という隙間からじゃが芋を垂れ流させながら、ハジメは青春している二人をとろんとした目で見ていた。


「止め方わかんない」

「そうか…」






 これが三人と一人の少女の最初の邂逅。

 そして、ブラックサンタと人類に宣戦布告をしたサンタを巡る物語のプロローグ。

 令和初のクリスマスは激しい聖夜になるだろう。

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