1-15 真相
翌朝、祥次郎と秋音は、ウエストサイドホテルの本部に向かう前に、「メロス」の店内で身支度を整えていた。
髭を剃って形を整え、ツイードのジャケットを羽織り、蝶ネクタイを締め、まるでイギリスの名探偵のような雰囲気の祥次郎であるが、秘書風のグレーのスーツをまとった秋音とは、見た目のバランスが悪い。
「秋音ちゃんさ、俺が探偵っぽい服装してるんだから、君もそれに合わせてもうちょっと凝った服装が出来ないのか?」
「なんでマスターに合わせなくちゃいけないんですか?大体、マスターの服装と合わせた凝った服装って、どんなデザインなんですか?」
「例えると、大正や昭和初期のモダンガールみたいな、顔にベールかけて、シックだけどクールで立体的なワンピースとか着て、という感じ?」
「そんなの、今どきどこで売ってるんですか?」
「知り合いの仕立て屋さんに頼んでもいいんだぞ。きっと秋音ちゃんならカッコよく着こなせるはずだよ」
「いい加減にしてください。私はマスターの着せ替え人形じゃないんですから!」
秋音がイラっとした表情を浮かべながら、ドアを開け出発しようとしたその時、祥次郎のスマートフォンの着信音が、けたたましく鳴り響いた。
「はい、岡崎ですが。ん?小野田君か?アズレージョの落札者の件、どうなったの?うん、ほう、それで?」
祥次郎は、メモを取りながら電話の向こうの小野田からの言葉を聞き取っていた。
「ありがとう。俺はこれからいよいよ『本丸』に行くよ。うん、何かあったら連絡する。ああ、そうだね。一応、それなりに備えはしておきたいね。その時はよろしく頼むわ。それじゃ」
祥次郎は通話をやめ、スマートフォンをカバンにしまい込むと、天井を見つめて少し何かを考え、やがて秋音の方を振り返った。
「秋音ちゃん。ウエストサイドホテルのアカウントでオークションにかけられていたアズレージョの落札者だけどさ。美術商の遠藤さんが調べたところ、落札したのは酒井っていう画家だって聞いていたけど、酒井は落札行為をしただけで、アズレージョ自体は、ウエストサイドホテルが買い戻したみたいだよ」
「はあ?何で?せっかくオークションで落札したのに、戻しちゃったんですか?」
「酒井は、ウエストサイドホテルの社長と美術品収集を通した知り合いみたいでね、落札は社長に頼まれたんだって。で、落札にかかったお金は、ちゃんと社長から酒井に支払われているって。つまり、この取引自体が、形式だけのダミーなんだよ」
「ダミー?そんなわけのわからないことを?」
「それは、社長の口からきっと話してくれるさ」
そう言うと、祥次郎はニヤリと笑い、店の入口の重いドアを開けた。
祥次郎がウエストサイドホテルの本部にたどり着くと、総務課の社員が出迎えてくれた。
「すみません。社長さん、いますかね?」
「今から確認してまいりますので」
「ところで、あなた」
「はい、何か?」
「あなたは、佐久間麻友さんじゃないですね?」
「私は昨日、人事異動で総務課に配属された
「は?高崎!?何でそんな急に?」
「理由は存じておりません。社長は今日は出社しておりますが、今、社長が在席しているか確認しますので、しばしお待ちください」
しばらくすると、内田が社長室から出てきて、二人を中へ案内した。
社長室に入ると、茶色のロングヘアーの、グレーの細めのスーツをまとった男性が出迎えてくれた。
「ようこそ。私がこのホテルの社長をしている、江坂丈明です。どうぞ、こちらへ」
江坂は、二人をソファーまで招きいれてくれた。
ソファーの前に来ると、社長と祥次郎・秋音の二人は、互いに名刺を交換した。
江坂は、名刺をじっと見つめると、小声で「おおっ」と言いながら、驚いた表情を見せた。
「ほほう、探偵さんですか。これはまた、私どものホテルに、何のご相談でしょうか?」
「社長はすでにご存じかと思いますが、先日、御社の新宿にあるホテルで、ポルトガルの芸術品である『アズレージョ』の盗難があったとの相談が我々の所に寄せられまして。それで、現在、犯人と証拠の裏付けについて、我々の出来うる限るの調査をしているところです」
「ほお、知ってるんですね。あの事件のことを。で、どこまで調べたんですか?」
「盗難されたアズレージョは、しばらくして社員用の男子トイレで見つかりました。ニセモノという話もあったのですが、美術品に詳しい方に聞いたら、本物は本国ポルトガルにしかなく、他に出回っているのは全てニセモノでしかない、とのことでした」
「確かに、盗まれたアズレージョが男子トイレにあったという情報は聞いてました。けど、私が現地で購入したものとは違うと思ったのです」
「どういう所が、ですか?」
「色合いとかが、まったく違う」
「そうでしょうかね?」
「え?なんで、分かるんですか?」
江坂は、祥次郎の言葉に一瞬耳を疑った。
「アズレージョが盗まれて、オークションにかけられたというので、美術関係の皆さんに関係サイトなどを調べてもらいました。そしたら、盗難品はウエストサイドホテルのアカウントでオークションにかけられていて、落札者は酒井っていう画家でした。酒井さんは、画家であると同時に、あなたと同じ美術品コレクターでした。犯人は、酒井さんからアズレージョを買い戻した。なぜなら、犯人の目的は‥アズレージョを盗み、金に換えることではないからです」
「はあ?さっきから、何をごちゃごちゃと言ってるんですか?」
江坂は、ソファーに肘を載せ、頬杖を付いて訝し気な表情で祥次郎を見つめた。
「犯人は、オークションでウエストサイドホテルのアカウントを使っている。落札したアズレージョは、戻された場所は当初と違えど、元に戻されている。つまり、最初からオークションで金儲けする目的ではなかった。オークションは、誰かを犯人扱いするための口実にしたかったのです」
祥次郎はスッと立ち上がり、ソファーの周りをコツコツと靴音を立てて歩き、独り言でも話すかのように、誰の顔も見ることなく、話を続けた。
「一方、犯人と目された人物は、ホテル内の人物で、その人物はホテルからの通報により警察から事情聴取され、逮捕される可能性があった。つまりは」
祥次郎は、指で顎のあたりを押さえると、笑みを浮かべ、江坂の顔を見つめた。
「犯人は、その犯人と目された人物のことが憎くて、邪魔でしょうがなかった!だから、その人物を社内から追い出すためにあらかじめシナリオを練り、罠を仕掛けたんです!」
すると、江坂はニヤッと笑い、自信満々な表情で祥次郎を見つめ返した。
「面白いお話ですね。じゃあ、犯人は、我が社内にいるってことですよね。その犯人は、誰なんでしょうかね?」
祥次郎は、大きく目を見開くと、突然口を開いて笑いだした。
「アハハハ、まだ、お気づきじゃないみたいですね。すぐそばにいるのに」
「!?」
江坂は、最初は自信満々な表情であったが、次第に表情が曇り始め、やがて鋭い目つきで祥次郎を睨みつけるようになった。
「だって、ほかならぬ、あなたですから。江坂社長」
「ほう」
江坂は祥次郎の言葉に思わずたじろいだが、すぐ姿勢を直し、再び冷静な表情に戻った。
「それで?私がやったというのであれば、具体的な証拠があるんでしょうね?今のあなたのお話だけじゃ、証拠になり得ませんよ。私がすべて否定すれば、それでおしまいですからね」
「証言はすべて取れております。まず、防犯カメラに映った人物は、現在警察で事情聴取を受けている池沢理香さんだと言われておりますが、実は、池沢さんに雰囲気が似ている総務の佐久間さんだったようです。その佐久間さんの証言だと、あなたの指示ですべて行ったとのことです。続いて、オークションで使ったホテルのアカウントですが、これは、会社でも上層部の人間しか使えないものだそうで、そうなると役員か、はたまた重役以上の方しか使えないと聞きました。そして、アズレージョを落札した酒井さんですが、あなたとじかに接し、今回の陰謀の話を聞かされ、協力したんだそうです」
江坂は、うなだれたまま祥次郎の話を聞いていたが、やがて不気味な笑い声をあげながら目を吊り上げ、ソファーから立ち上がると、コツコツと靴音を立て、祥次郎の前に歩み出た。
そして、上着のポケットに手を突っ込み、顎を突き出し、白い歯を見せながら語りだした。
「そうだ。今あんたが言った通り、すべて、この俺が一人でやったことだよ」
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