1-10  まさかの展開?

 翌朝、秋音は引き続きウエストサイドホテル新宿へ、祥次郎は、エクセリアスホテル浜松町へ向かった。秋音がホテルに着くと、いつも応対する支配人の重田ではなく、部下の坂口が出迎えてくれた。


「あれ?支配人はどうされたのですか?」

「支配人は急きょ、社長に呼ばれて先ほど出て行きましたので、こちらにはおりません。私が代わって対応いたします」

「そうですか。じゃ、早速ですけど、もう一度、事件当日分の控室の防犯カメラを再生していただけるでしょうか?」

「かしこまりました」


 そういうと、坂口はパソコンのモニターを通して、カメラで撮影した事件当日の控室の様子を再生した。秋音は、いつものように、少しずつ早送りしながら録画を確認した。その時、突然物陰から現れ、控室において美術品を一つ一つ手にしながら歩き回る人間の姿が映っている場面に遭遇した。


「あれ?この人、誰?」

「え?そう言えば、こないだ、支配人が再生した時には何も映っていなかったのに、何で僕が操作をしたら映ってるんだろう?」


 おかしいと思った秋音は、控室に向かい、防犯カメラのある場所をもう一度確認した。目を凝らし、何度も周囲を見渡した。

 すると、以前、重田とともに確認した防犯カメラからちょうど正反対の位置に、もう一台のカメラが置いてあることに気が付いた。


「あれ?こんな所に、カメラなんてあったっけ?」

「これは、私どもの把握していないカメラですね」

「え!?ど、どういうことですか?だって、社員の皆さんはカメラの位置とか、美術品の場所とか、逐一把握してるんでしょ?」


 坂口は慌てた様子でパソコンの接続を確認しようと、接続ケーブルを必死にたぐりよせながら確認すると、ケーブルの端子がたった今確認したもう一台の防犯カメラに接続されていた。


「じゃあ、支配人がこれまで私に見せていた防犯カメラの映像は、支配人が教えてくれたカメラから撮影したものなんですね。そして、今日、私が見たのは、今まで支配人が教えてくれなかった防犯カメラの映像なんですね。どうなんですか?」

「ま、まあ……そういうことなんでしょうね」


 坂口は、それ以上言葉を返してこなかった。

 重田はおそらく、誰にも教えない独自の防犯カメラを館内に設置しており、その点検をしていた所、社長に急に呼び出されて、防犯カメラの接続ケーブルをそのままにして出て行ってしまったのだろう。仮にそうだとすれば、これまで重田が秋音に対して伝えた言葉には、信憑性が失われていくように感じた。

 秋音は立ち上がり、坂口に何かを促すかのような口調で話し出した。


「すみません、こないだアズレージョが発見されたという男子トイレに行ってもかまいませんか?」

「良いですけど、あそこには防犯カメラなんて設置していませんよ」

「さあ、それはどうでしょうね?今から確認してきます」


 秋音は急ぎ足で控室を出て、男子トイレに向かった。

 トイレ内のいたるところに目を凝らしたものの、発見できず、やはりここには無かったのか、と諦めかけたその時、秋音は、まだ調べていなかった清掃用具入れのドアを開けた。

 すると、天井近くまでうず高く積み上げられたブラシやクリーナー、バケツなどの清掃用具の隙間から、小型の防犯カメラを発見した。


「よし!あった!ねえ、このカメラも再生してもらえますか?」

「え?どうしてここにもカメラが?」


 坂口は、驚きを隠しきれない表情でカメラを抜き取ると、控室に戻り、パソコンとコードを繋いで再生してみた。

 秋音は、祥次郎と秋音が初めてウエストサイドホテルを訪れた日の映像記録を見つけ出し、再生すると、謎の人影が突然ドアを開け、社長にニセモノだと言われたアズレージョを持ち込み、窓際に置いていく様子が映し出された。


「これは誰なのかしら?分かりますか、坂口さん」

「ま、まさか、この人は……!」

 

 坂口から発せられた人物の名前を聞き、秋音は驚いて思わず口を押えた。


 その頃、祥次郎はエクセリアスホテル浜松町のバー「フロイデ」で、カウンター越しにバーテンダーの小野田と話し込んでいた。二枚のアズレージョの写真を見ながら、小野田は片手で頬杖をつき、片手で煙草を持ち煙をくゆらせながら、怪訝そうな表情で祥次郎に語り掛けた。


「祥次郎君。これさ、ニセモノだよ」

「え、それって、男子トイレで俺が見つけたアズレージョのことだよね?」

「いや、社長が盗まれたと言っているアズレージョ自体が、既にニセモノなんだよ。知り合いの美術商に見てもらったから、その可能性は高いよ」

「じゃあ、ウエストサイドホテルの社長は、ポルトガルでニセモノのアズレージョを買ってきたということ?」

「社長の丈明さんはヨーロッパの美術学校に通ってた位だから、確かに美術に造詣は深いんだけど、じゃあ知識は十分にあるのか?と言われると、そうでもないらしくてね。単純に見映えとか、単に本人の感覚に合っていたとか、現地の人達に上手く言いくるめられたとかの理由で買った美術品も結構あるみたいだよ。買い付けた美術品はオークションにも出してるみたいだけど、軒並み評価は低いというのが、美術商の間でも有名らしい」

「そうか。俺の推理におおよそ近い展開になってきたな」

「え?」

「小野田君、急な話で悪いけど、君の友達の美術商さんと一緒に、今夜、俺の店『メロス』に来てもらえないか?店の客で、この件で疑いをかけられてる人が居てね、何とか俺たちの力で助けたいというのがあって。ごめんな、無理にとは言わないからさ」

「いいよ、俺も久しぶりに、祥次郎君のバーに遊びに行きたいし」

「ありがとう!このお礼は、店自慢のワインと、俺の歌声でどうだ?」

「ワインはありがたくいただくが、歌は遠慮しておくよ」


 小野田は祥次郎から示されたお礼の内容には苦笑いしつつも、祥次郎の依頼自体は快く受け入れてくれた。


「小野田君、すまない。本当は今夜も仕事なんだろうけどさ。こっちも依頼人のことを守らなくちゃいけないからさ」


 祥次郎は、小野田の手を軽く握り、ひたすら頭を下げた。


 その後、ポルトガル料理店「ナザレ」の専属歌手であり、「メロス」の元店員である渋谷まりなから祥次郎に連絡があり、店長の飯塚清司いいつかせいじがまりなと共に「メロス」に来て証言してくれることになった。

 理香の逮捕へのタイムリミットが刻一刻迫る中、祥次郎は心強い証人達の協力を得ながら、最後の大勝負を仕掛けようとした。


 夕方、「メロス」の店内で、祥次郎は証人として来店してくれる人達のため、ささやかなおもてなしとして食事の準備を進めていた。

 鼻歌を唄いつつ包丁で野菜を切っていたその時、秋音がウエストサイドホテル新宿から戻ってきた。


「あ、おかえり秋音ちゃん。あれ、どうしたの?顔色悪いよ?」

「マスター。私、どうしたらいいんだろう?」

「どうしたらって、何かあったの?」

「だって……」

「だって?だってだってなんだもん♪ってか」


 祥次郎がいつものように下らないギャグをかましたその瞬間、秋音はバッグをテーブルに叩きつけ、鬼のような形相で、髪を振り乱しながら祥次郎の元に近づいてきた。


「ちょ、ちょっと怖いよ秋音ちゃん。もうやだ、どうしちゃったのよ~。その顔怖いから、やめてよ!」

「マスター。私たち、冗談言ってる場合じゃないわよ」

「は?事件のことかい?それなら安心したまえ。だんだん証拠がそろってきたからね。これから、証人達がこの店にやってくるはず」

「あ、そう。その人達を揃えたところで、ハッキリ言って無意味よ」

「え?どういう意味だよ?からかってるのか?この俺を」

「さっき、ホテルの防犯カメラの映像をもう一度調べたのよ。そしたら、カメラに映っていた人影があってね。その正体は、他ならぬ理香さんだったんだもん」

「え?」


 その言葉を聞いた瞬間、祥次郎の表情が一気に曇り始めた。

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