次から次へと

 歌は全ての者の心に響く。

 だがこの世界には今や様々な種族がひしめいている。言語の違いなど序の口。生態から価値観まで全てが違う。物質的な肉体に重きを置かない種族すらいるのだ。


 では、どうすればこのハートが届くのか?

 パンキーはその課題に必死に取り組んだ。歌? 音楽? リズム? ……それじゃ駄目だ、足りない。複雑に過ぎるのだ。

 いや、音楽という線は悪くない。耳があるのならば、言語や喉の作りが違おうとも何かしら汲み取ってくれる。だが、それは受け手に依存しすぎた考えだ。

 

 もっとシンプルに! ない頭を絞ってパンキーは答えに自分なりの答えを導き出した。

 それが叫びだ。


 戦意から悲嘆まで、感極まった時に発せられる純な声。

 口よ裂けろとばかりに必死になれば、例え相手の種族が聴覚に重きをおいておらずとも伝わる。


 だからこその〈咆哮術〉。

 パンキーが持つ唯一の神秘。この術は使用者の感情の高ぶりに従って、威力が向上していく。それこそ際限なしの限界知らずだが、この術は大抵の流派で欠陥品扱いを受けている。

 なぜなら……人はそれほど強い感情を抱けるようには出来ていない。術自体に際限が無くとも、使用者にはあるのだ。仮にそれを抱けたとしても、そうした逸脱者はこんな術に頼らずとも強いか、そもそも戦わない。


 ウールヴヘジンがふらつきながら立ち上がる。既にウールヴヘジンが放つ咆哮は、人間に敗北を喫している。毛並みは乱れ、鼻孔からは僅かに血が滴っている。


 その姿にパンキーは感動を覚える。


 だからこそこの思いよ、届け。そして更なる飛躍を。パンキーは願ってやまない。そう、彼女にとってこれはコミュニケーションなのだから。



「いよっしゃあああぁ! いいぜ、アンタ! 良いオーディエンスだ! 期待に応えて行くぜ! 8th……〈Shout〉! イィィアアアアアアッ!」



 パンキーは自身の限界に近い8番を行使する。ここまで付いてこられる聴衆は稀だった。大抵は相手が倒れるか、スロースターターであるパンキーが既に負けているかだ。


 もはや音波兵器そのものと化した〈咆哮〉が人狼へと殺到する。

 避ける体力は既に無く、マトモに受けたウールヴヘジンは物理的に壁へと叩きつけられて、めり込んだ。

 咆哮が止んでしばらくしてから、コンクリートから解放されたウールヴヘジンがアスファルトへと落ちる……その音がフェードアウトとなった。



「ふぅ!久々に熱い漢だったぜ!」



 健闘を讃えながらギターをかき鳴らす。

 過去最大の9thまでの使用にも届かなかったが、それはそれ。この相手の価値が下がるわけでもない。いずれ自分が奏でる10thの域にたどり着く。そのために欠かせないライブだった。


/


 号令とともに乱れ撃たれたゴムの塊。

 咄嗟のこととはいえ、有効打が鼻面に命中した数発しか無かったことは反省すべきだ。コストを考えれば尚更のこと。


 しかし、そんな背景のことなど頭に浮かばないほどに警官たちは攻撃の結果に戦いていた。



「ひでぇ……どこが非殺傷だよ……」

「いやでも……生きてはいるぞ?」

「いっその事、やっちまった方が良かったんじゃねぇかな……」



 今回使用したのは接触した相手のエネルギーで起動するタイプの弾丸だ。加えて、相手から採取した毛髪による調整も行われていたため、まさに万全。

 ウールヴヘジンは痙攣しながら、頭を抑えて動かない。……毛が長い部分はまだしも、犬のように突き出たノズルの部分は悲惨にも陥没していた。相手のエネルギーを吸収するために、瞬間的にそこの部分は無防備に近くなる。そこへ発動した術式がトドメとなっていた。



「けっ! ま……今の時代はこれでも人道的ってことなんだろうよ。おら、お前ら。ヘタってねえで仕事だ仕事」



 事件を考えれば、同情する要素は無い。だが、実際に苦しんでいるところを見れば同情もしそうになる。しかし、今は弾の効果で動きが取れなかろうと時間が経過すれば戦意を取り戻しかねない。



「相手はとんでもねぇ怪力だ。念入りに拘束しろよ……」



 そして、知性が低い。捕まえたところで、面倒な囚人が増えるだけのことだ。それでも事件は収まる……そう多見は納得することにした。



「金治、他の地点を順繰りに回る準備をしろ」



/


 異種族は帰化すれば、“人間”として扱われる。

 これは社会的な妥協点であり、当然にして問題は多い。


 例えば友好的な種族であっても、自分たちの種族に誇りを持っていたら?

 例えば個体としての感覚が薄い種族であったら?


 例えば……そもそも意思を表明する手段が無かったら?

 それは法的には物となる。なってしまう。

 人間も妖怪もあらゆる種族は強かな面を持つ。そこを利用しようとする者が出るのは当然だろう。



「ペットショップ……なるほど。聞けば思い当たる節もある」



 ウールヴヘジンは本来は北欧のベルセルクなどと同一視される狂戦士だ。凶暴性などはそのとおりだが、最近活動した個体には戦士としての戦い方が無い。闇雲に獣のように振る舞うだけだが……それにしては夜間だけ、人目につかない路地裏のみなど行動に不可解なところが多い。



「……“混ぜもの”とでも呼べばいいのか?」

「えへっへ。ミックスとかのほうが響きが良いんじゃないでしょうかねぇ? ほら、皆横文字が大好きですからねぇ」



 卑しく笑う男の一挙一動を注視する。

 事件の裏を知る者というだけで危険だが、それ以外にも個体としてもこの男は危険な気が護兵には感じられていた。



「貴方のことを聞きたい。俺……私は双眸護兵。今風の退魔師だ」

「へぇっ? これはご丁寧に……さて私は……獣造とでも名乗りましょうかねぇ……えへっえへっ」



 卑屈な態度を続ける自称獣造。

 護兵は渡された無線で対応を乞おうとするが……繋がらない。



「それにしても、旦那はお強い。欠陥品とはいえ狂戦士じゃ相手にもなりゃしないとは……えへっ御みそれしやした」

「影で動かしていたんだ。性能などとっくに知っていただろうに、なぜこんな真似を?」

「へぇ……まぁ依頼主の意向ってやつでしてね? まぁこうして話すのは私にもよく分かっていねえからなんですよ、はい。せっかく、色々と手を尽くして輸入してもこの扱いは育ての親としては少しネぇ……」



 倒れている人狼を獣造は見やる。

 何か特殊な締め方をされたのか……起きる気配は無い。



「買い手は“百鬼”とかなのか?それにしては妙だが」

「へぇ。ソこは流石に明かせませんよ。なにせ商売ってのは信用が大事。私みてぇなチンケな商人でもね? 旦那だってそうでしょう?」



 返ってきた質問に護兵は首を傾げる。

 自分は何を喋っても、特に問題はない。



「そうか? 俺は商人ではないが」

「腕を売ってまわってるじゃありませんか?旦那は私なんゾじゃ及びもつかねぇずるい人だ」



 時折奇妙なイントネーションになりながら、男は刃物を突きつけるようにして護兵を誘導する。


「異種族を殺すくせに、仲良くもしようとする。反体制的な出自なのに、官と仲良しこよし。脛に傷があるのに、それを見せて堂々とお天道さまの下を歩く……えへっ。世渡り上手で見習いてぇぐらいです」

「……」

「おヤ? 気を悪くしちまったですかね?」



 気をそらす。気をそらす。

 獣造は地下の空間から逃げ出すだけで良いのだ。倒すか捕まえるかしようとすれば、護兵の方が難易度は高くなる。



「誤りがあるな」

「へぇっ? 何かおかしいところでも?」

「というか付け加えるところがある。俺は非日常を生きるくせに、日常を好む。退魔師をしながら、学生もやっている。裏稼業で金を稼ぎながら、特待生賞与金も狙っている。貴方が考えているよりひどい」



 意外な返答に獣造は目を丸くする。そして思い至った。

 この若い退魔師は己を敵視しているが、蔑視もしていない。顔から生業まで醜い男を侮っていないのだ。



「旦那。旦那は危険だ。その目! 悪党の俺をくすぐったくさせる!」



 見かけでは朴訥……よく言えば質実剛健な護兵だが、それだけではなく奇妙な魅力を持っている。それは才ある者のカリスマ性などとは異なる一種の愛嬌に近い。

 武術は精神論に繋がる事が多い。双眸流では偏見を廃して、純化するによって一種の覚者となることを目標とする……戦いに特化した存在としてだが。

 低い背丈に、黒い衣の下・・・・・。護兵は侮らない。



 異常な外見を武器に相手の油断を誘う商売人は、己を対等に見る信念の目に耐えられない。何もかもを話したくなる。そうすれば、この男は切り捨てずに優しく、そして同時に厳しく意見してくれるだろう。

 そんな真っ当な対話はゴメンだった。自分の半生を捨てるに等しい。獣造はあくまでもビジネスに徹することにした。私心を廃することによって。


/


 場所は地下であり、入り口は相手の方が近い。……相手の方が乗り込んできたのだから当然だが。

 容易くは見つからないはずの部屋と己を探し出したことから、双眸護兵が何らかの感覚に長けていることは疑いない。


 劣化人狼との戦いを見るに、戦闘方法は気功術から派生した武術。安定した強さを持つが、一方で一度崩すことさえ出来れば活路が拓ける。

 


「えへっえへ……怖イ怖イ。全くおっかねえ旦那だ」



 退魔師という世界で見れば、この青年が保有する武力は中の上から上の下と言ったところだ。それだけでも大したモノだが、隔絶の域にあるわけではない。

 恐るべきはその性能よりも、その若さに似合わぬ精神性。安定して崩れぬ不惑の構え。この青年は相手が格上だろうと、格下だろうと、きっとこの油断の無い構えのままだ。



「……良いんですかい旦那。私は今のところはペットに逃げられた経営者に過ぎない。最悪はまぁ死刑もあり得るでしょうが……捕まえた後ならともかく、現行犯で殺すにはちょっと分が悪くないですかねェ」

「だろうな。法は大事だ。だけど、俺としては家の掟と個人としての感覚が上に来る。手加減できる相手でも無さそうだからな」

「これはまた過分なお言葉ダ……旦那は本当にずるいお人だ」



 言葉がいちいちこそばゆい。唾棄されて生きてきた男には少々辛いものがあった。

 しかし、どうするか? 逃げるだけならば勝算はある。だが、商品を回収することまでは許してくれる相手では無さそうであった。



「博打はあんまリ好きじゃねぇんですがねぇ……っ!」



 刹那の攻防が始まる。

 獣造は軟体生物じみた動きで天井へと張り付き、扉を目指す。命あっての物種。契約破棄は苦しいが、床のウールヴヘジンまでは回収できない。


 対する相手は冷静そのものだった。敵が上へと行っても、無闇に飛び上がらず生成した気刃を引き伸ばして堅実に突き上げる。気刃は発光しているために、闇を照らす助けにもなる。


 ……文字通り、地に足の着いた強さだ。獣造はそれを羨ましく思う。気刃が迫る……相手の方が単純に速いのだ。



「ひゃあ~ヒョウッ!」



 体を歪めて・・・回避。人間には有りえぬ軟性に相手は、一旦仕切り直そうとするはずだが……


「うひぇっ!普通、続行しますかねェ……!」



 突き上げる。突き、突き、突き――!

 相手の変化を気にも留めずに、双眸護兵は生きた剣山めいた突き上げを続ける。獣造がナメクジめいた軟性を持っていることなど、とうに見抜いていたとしか思えない。


 逃走は闘争だ。

 そして、戦いにおける性能では明らかに双眸護兵が上手である。


 しかし……


 追い詰められる獣造は目的地へとたどり着いた。扉から引き離そうとする相手の動きにわざとハマっていたのだ。

 地下には換気が必要だ。

 最初から空調設備用の穴が、獣造のゴールだったのだ。壁に空いたその虚空へと獣造は入り込む。

 黒コートを見れば、そこに何か隠しているように感じるだろう。だからこそ、獣造の顔まで柔らかいというところを見逃すのだ。


 自分に似合いの、狭い狭い穴を潜りながら獣造は声をかけた。



「この街の裏を知りたいならseals社を追いなさいな旦那。そして、なんで私なんかの商品を欲しがったのか……分かったなら私にも教えて下さい。勿論、報酬は支払いますよ。えへっえへっ」



 理由は単純に自分も知らないからだ。相手は強大な勢力ではあるものの、自分に声をかけたのは恐らくは一部門に過ぎない。ならば虎穴に入ってみるのも面白いものだ。


 連絡先の名刺を放り投げながら、退魔師の青年を思う。思えば誰かに期待するなど初めてではなかろうか? まぁこんな世界だ。自分も狂っているのだろう。


 人を信用するなどと、愚かにも程がある。


/


 逃げられた。いや……逃した?

 確かに人間離れした男ではあったが、死ぬ気でやれば捕まえることも不可能ではない。


 そもそも、依頼されたのは「人狼らしきものの、逮捕もしくは排除に協力すること」である。その裏に誰がいようと関係が無いのだが、構ってしまった。



「私は貴方が考えているより、もっと酷い……」



 この目で全てを見抜きたいと思っているのだろうか?事件の裏の裏まで追ってみたいと? それも興味本位でだ。



「seals社か……って……」



 名前だけは知っている。深淵に魅入られた者の組織。

 一種の闇企業。

 ……それぐらいだ。



「どうやって追うんだ……ってうってつけがいたか」



 顔ぐらいは拝んでみるか。なにせアチラには結構な恩があるのだから。

 利益も出ない非日常へと向けて、護兵は活動を開始した。


 彼は退魔師。この世界に順応した彼もやはり、旧時代からすれば狂っていたのだ。

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