第八章 第五幕

 レベの尾羽に食らいつくように、バラクアも12番リングを潜り抜ける。

 不意に追い抜かれてしまった事には面を食らったがルティカ達だったが、続けて13番リングを潜り抜ける二頭の差はほんの僅かであった。

 レベル4の位置から二頭連なったまま急下降し、レベル1の14番リングへと向かっていく。

 白熱したデッドヒートのその最中、ルティカの全身にふっと怖気が走る。

 ――ヤバイ、これって、スピード出過ぎてる……。

 このままでは地面に激突してしまうかもしれない。そう感じたルティカは、すぐさまバラクアにその旨を告げる。

「そうだな、向こうさんも同じだろう……」

 バラクアも同意見だったのか、すぐにやむを得ず一度減速した。

 ところが、レベはリングと地面が近づいても、一向に減速する気配を見せない。

 少しずつ、少しずつ二頭の差が開いていく。ルティカは奥歯を噛み締めながら、徐々に遠くなっていってしまう、レベの首元に跨るベートの姿を凝視していた。

 ――ここら辺が、ギリギリのラインじゃないの?

 これ以上は危険だろうと予想したギリギリのタイミング。その刹那、ルティカの目に、レベに向けて何かを言い放つ様に動く、ベートの口元に目線が吸い付いた。

 何と言ったのか、と思案する間も無かった。次の瞬間にルティカの瞳に映ったのは、翼を素早く動かしながら、まるで減速をして近づいてきたかの様に大きく映る、レベの羽ばたきだった。

 レベがこちらに向けて、パストを繰り出して来たのだと理解したのは、更にその一瞬後の事だった。

「バラクアー!」

「分かってる!」

 ルティカが悲鳴の様に声を上げたのと同時だった。バラクアは広げていた翼を瞬時に片翼だけ閉じ、そのまま横方向へと旋回をし、パストで乱された気流の回避を試みる。

 このスピードのままバランスを崩してしまえば、間違いなく地面に激突する。

 早めの減速が功を奏したのか、何とかパストの気流を回避出来た。バラクアは一度少し上昇してから、再び14番リングへと向かう。だが、嘴が触れそうな程の距離まで追いつめたレベの姿は、既に17番リングを潜り抜けた位置を飛んでいる。

「くそっ、やられたわ!」

 思わず、ルティカは歯ぎしりをする。

 相手の作戦にまんまとハマってしまった結果、再度リング三つ分の距離を開けられてしまった。

 本来パストとは、羽ばたき方を変える事で、後方の気流を乱す技だ。だが、飛んでいる最中に羽ばたき方を変える為、スピードは確実に落ちると言うデメリットがある。

 それを、逆手に取ったのだ。

 減速をしなくてはいけない場所で、パストを行う。それにより、後ろの選手への攻撃と減速を、同時に行う事が出来る。

 溝を空けられた事を悔しがる時間も惜しいのか、バラクアは無言でレベ達の後をすぐさま追いかける。

 レベル1の位置に連続して並ぶ14番リングから18番リングを矢の様に通過し、そのまま19番リングへ向けて上昇する。

 一歩先を行くレベ達は、20番リングを潜り、一足先に五周目へと突入した。

 追いつきそうで追いつけない事が、歯噛みする程悔しい。だがそんなライバル達の尾羽を追いかけながら、ルティカは心の底からワクワクした熱い感情が上ってくるのを感じていた。

「くっそー! やってくれるじゃないの、マジ最っ高よあんたら!」

 強さ。

 ライバルの強さが、逆にルティカの闘争本能に火をつける。

 四週目の20番リングを通過する。

 最後の一周。

 ベート達との距離は、およそリング4つ分。

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