第七章 第四幕

 バラクアはそう言い切ると、13番リングを潜り抜けた直後に吹きつけてきた、皆の鬼門となっていた人口風に対し、抗うのでは無く、全力で乗っかった。

 そのまま14番リングから遠ざかるように下降したバラクアは、そのままスピードを殺さないように空中で月を描くように宙返りをし、上方向に14番リングを潜りぬけた。

 その直後に再び上空で回転をし、15番リングの待つ、レベル1の場所へと急下降していく。

 一歩間違えばとんでもない方向に飛ばされていたであろう。危うい作戦だったが、本来回避するべき強風を味方につけ勢いを増した事で、結果的にタイムをグンと縮める事に成功し、ついに中盤グループを捉えた。

 激しいスピードの連続に顔を顰めながら、ルティカは相棒の機転の利いた判断に威勢のいい声を出した。

「やるじゃないバラクア! いい感じだわ!」

 地面スレスレで光るリング達へと向かう途中で、二頭の鴻鵠を追い抜いた。

 未だに中盤グループの最後尾につけていた6番選手に、ルティカは抜き去る刹那、満面の笑顔で、掌を上にして握った右手を突き出した。

 そのまま、中指だけを上げてやり、誰にも聞こえないであろう声で、

「ざまぁないわね、卑怯者」

 と、囁いた。

 時間にしてみれば一瞬の出来事。

 6番選手が、この合図に気づいたかどうかまでは、ルティカにも解らない。

 あんな小物にいつまでも構っている余裕なんかさらさらない。それでも、彼女が中指を立てたのには、彼女なりのちゃんとした理由があった。

 ――禍根を長い事引きずるなんて、考えられないものね。

 心の中でそう言ちると、ルティカはすぐに気持ちを切り替え、その先の人口風へと目を向けた。

「バラクア、15番リング直前に吹いてる追い風、ちょっと弱いわ。4ってところかな? あんまり当てにしないで」

「おう!」

 ただそれだけ。

 たったそれだけの事を告げるだけで、15番から18番までのリングを器用に、鮮やかに潜りぬけていく相棒が、ルティカにはこの上無く頼もしく思えた。

 18番リングを抜け、急上昇する。

 その先の19番リングもさらりと抜け、20番リングに差しかかる直前、前方にいた9番選手に追いついた。

 相手の鴻鵠の音波がネイバーに届きそうな程の距離まで接近し、二頭はもつれ込むように、ほぼ同時に20番リングを潜り抜ける。

 小狡い悪意の為に、断トツのビリっけつからスタートしたレースが、一周目で同率七位にまで浮上した。

 残り四周。

 ルティカは再び周囲の状況を確認した。

 中盤に存在していたグループは既に分裂し、塊では無く、一列に広がっている。その長い列の先頭選手から、暫し距離を開けて、まだ塊のままの先頭グループが存在している。

 ベートは未だに二位を守っていた。

 こちらの順位は上がったものの、ベート達との距離は先程よりも若干開いていた。

 ――このままじゃまずいわね……。

 先頭グループの強さに懸念を抱いた直後、瞬間的に、ルティカは一周目とは異なる、違和感を感じ取った。

 刹那違和感の正体に気付き、1番リングを潜りぬけた直後のバラクアに向かって、即座に叫んだ。

「バラクア待って! 2番リング前の風、一周目よりずっと強い! 8だわ! 慎重に!」

「何だと?」

 9番選手と小競り合いを続けていた為、どんどん加速していたバラクアは、ルティカの声に殆ど反射で反応し、一度大きく翼を広げ、加速していたスピードにブレーキをかけた。

 突然競争相手の居なくなった9番選手は、これチャンスとばかりに、そのスピードのままライバルを引き離そうと、2番リングを潜りぬけようとした。ところが、2番リング直前の激しい人口風に煽られ吹き飛ばされてしまった。予期していない強風に大きくバランスを崩した9番選手は、そのスピードのまま2番リングへと激突してしまう。

 ぶつかった鴻鵠から、呻き声が漏れた。

 何とか地面に墜落しないように精一杯バランスを整えながら、よろよろと地上へ落ちていく、痛々しい9番選手を見ながら、ルティカは思わず呟いた。

「うわぁ……、痛ったそ~……」

「痛そうじゃない。あれは、痛いんだ……、かなりな……」

 同情も入り混じったその言葉を聞き、ルティカは思わずバラクアの頭をくしゃりと撫でた。

「あ~、あの時はごめんね、バラクア……」

 激突した直後に檄を飛ばしてしまった、先日のエラリアル杯の事を思い出し、あまりの申し訳無さにそう呟くルティカだったが、バラクアの返事はにべもない。

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