第五章 第十幕

 二人の声に対し、華瑠が盛大に拍手を打ち鳴らした。

「凄いヨ二人とも。シショーはレース直前の、ギリギリのギリギリまで気づかねぇかもしんねぇって言ってたノヨ」

「そりゃそうよ! 見ての通り、私達は実績は無いけど実力はある、とっても優秀なコンビだもの。見くびってもらっちゃ困るわよ。ねぇ、バラクア」

「俺はお前の、そうやってすぐ調子に乗るところも、かなり重大な弱点だど思ってるけどな」

「なぁんですって!」

 冷静沈着の衣を潔く脱ぎ捨てたルティカは、その場で勢い良く立ち上がった。

 だけれどその瞬間、

「トリャーー!」

 威勢のいい掛け声と共に、すかさず華瑠は再び風力装置のスイッチを、今度は8つ纏めて全部入れた。

 風力装置達がどんどんと熱を帯びていき、次々に容赦の無い強風を吐き出した。

「ちょっと華瑠! 何してくれてんのよ!」

 突然吹き荒れた乱風に対し、ルティカはすぐさま鞍へと座りなおした。そしてバラクアに対し、再び指示の嵐を投げ放つ。

「バラクア、風来た! 翼立てて!」

 だが今度は、ルティカの動きと指示を読みながらスイッチをいじっていた先程とは違い、八方向全部から連続で風が吹いてくる。

 その為ルティカは、

「右側がちょっとで、左側は一杯! そんで軽く回って!」

 どうしても言葉が追いつかなかった。

「うおぉ! ちょっととか、一杯とか、どう言う事だ! 軽く回るってどの位だ!」

 混乱しながらも何とかルティカの指示をこなそうとするバラクアだったが、最早何をどう動かしているのか本人すらも分かっていないであろう程に、ぐるぐるぐるぐると回転し続けている。まるで踊りの下手くそなリードに力任せに振り回されてしまっている、哀れなダンサーを彷彿とさせた。これを滑稽だと論じてしまうのは、些か無情が過ぎるだろうか。

「そんじゃ、すぐにシショー呼んでくるからネ。ちょっとの間頑張っててネ~」

 そう言うと華瑠は、手にしていたスイッチを纏めてその場に置くと、二人にくるりと背中を向けて、さっさと厩舎へと走って行ってしまった。

「ちょっと、華瑠! スイッチ、スイッチ止めてってよぉ!」

 ルティカの叫びは空しくも、人工的に起こされた風に吹き飛ばされて、舞い上がり掻き消える。

「あーもう! えーっとね、バラクア、ちょっと待ってね! 右後ろからとか、左斜め前とかから風が来てるわ!」

 先程よりも圧倒的な情報量の為か、それとも突然の華瑠の行動に動揺したのか、今度はルティカの方が混乱し始めた。指示とも言えない言葉の羅列が、風の中に紛れていく。

 ――あー、ちょっと待ってよ! こんなんどうすりゃいいのよ!

 頭を掻き毟るルティカ。ところがそれとは対称的に、今度はバラクアが器用にくるくると回りながら、次々と風をいなし始めたる。

 暴風吹き荒れていた周囲が、風の勢いは変わらない筈なのに、スッと穏やかになった。その様子に、首元のルティカは驚きを隠せない。

「ちょっとバラクア、あんた凄いじゃない。これ、どうやって風の流れ読んでるのよ?」

 ネイバーを通し、相棒の涼しい声が返ってくる。

「ああ、さっきまでと違って、途中で風の流れが変わる事が無いからな。これだったら一度慣れてしまえば、決まった法則通りにかわすだけだから造作も無い」

 そう至極当然に言い放つ相棒の様子を上から見つめながら、ルティカの頭には一つの思いが巡っていた。

「それってさぁ、今は、私の指示が必要無いって事?」

「そうだな。これなら、今はお前の指示はいらない。寧ろ無い方がありがたい位だ」

 未だに強く吹き荒れる風の中で、優雅にダンスを踊るバラクアが、ルティカには信じられなかった。先程まで混乱の渦に巻かれてしまっていたのは、確かにバラクアの筈だったのだ。それが、今はこうして逆になっている。

 ――これって、私とバラクアで、感じられる風の情報が違うって事? 私は今まで、鴻鵠は鴻鵠士の指示が無いといけないものだって思ってた。でも、そうじゃないのかな? もしも、もしもお互いの得意分野を、読む事の出来る風を分け合う事が出来るなら……。

 何か物凄い事を閃いた様な予感に駆られたルティカは、溜まらずバラクアへ興奮気味に声を掛けた。

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