第五章 第八幕
ルティカが再びバラクアの首元に跨ったタイミングを見計らい、華瑠は手元に抱えた8つのスイッチを使い、二人を取り囲む人口風力装置を次々と操り出した。
最初は小さく、だが徐々に激しく唸り声を上げ始めた風力装置達は、身体が暖まり、準備が出来たものから順に、二人に向かって、強風・微風、様々な強さの風を吐き出していく。
「はい、バラクア! 翼立てる!」
「いきなりだな」
「いいから早く!」
バラクアはルティカの指示通りに、両翼を大きく上にあげた。だがそれは、強風と翼が真正面からぶつかる形となってしまい、バラクアは思わずバランスを崩し転びそうになる。
「うおっと!」
ルティカが慌てて追加の指示を出す。
「違うわよバラクア、立てるのは右だけでいいのよ!」
「じゃあそう言ってくれ!」
「その位分かるでしょ!」
「ったくぅ!」
悪態を吐きながらも、バラクアは左の翼を即座に畳む。風をすり抜け、体勢が立て直りそうになった所を狙い、華瑠はすかさずスイッチを操作した。先程とは真逆に風が流れるように、風力装置の強弱をいじっていく。
8つの風力装置を使い、次々に風の強さや方向を入れ替えていく事で、バラクア達の周囲には、自然界では起こらないような特殊な気流が生み出されていた。その風の向きを即座に、そして明確に読み取り、風に巻き込まれてしまわないように、流されてしまわないように、翻弄されてしまわないように、ルティカはバラクアに指示を与え続けた。
「後ろ斜め向いて! でも向き過ぎないで! そしたら次に右側の翼を強く仰いで! あ、違う、強すぎ、もっと繊細に! その後は左側の翼水平に! 左はそのままで右の翼は45度の角度キープ! ああもう、それじゃ角度甘いでしょ、風に引っかからないようにしてよ!」
まるで山の全てを飲み込む雪崩の様に、ルティカの指示が風と共にバラクアを襲う。
その結果、
「うおおおおおおおぉぉぉ! こっちか! こうか! うわっぷ、こっちか! これでどうだ! これでもか! くそおおおおおぉぉぉぉ!」
華瑠の起こす風と、ルティカの指示に見事に翻弄される、被害甚大なバラクア……。
完全に混乱の極みにあったバラクアは、遂にギブアップの声を上げた。
「うおおおおおい!! ストップ! ストップだ! 頼む、ちょ、ちょっと待ってくれ! 華瑠、一回止めてくれ!」
バラクアの満身創痍の声を聞き、華瑠は全ての風力装置の電源をオフにした。
「ちょっと、バラクア。何勝手に止めてんのよ!」
「いや、ちょっと待ってくれ。何だこれは、全く意味がわからない……」
「でしょ? バラクアもそう思うわよね。本当に、こんな風が流れるだけの単調な訓練に、何の意味があるんだか」
ルティカの発言に、思わずバラクアは目が点になる。
「あー、ルティカ。違う、そうじゃない……」
バラクアは、言葉を探すように暫し黙考したが、上手い言葉が見つからずに、結局思ったままをストレートに告げる事にした。
「全く意味が分からんのは、お前の指示の事だ。何を言っているのかさっぱりだ」
「はぁ? なぁんですって、それこそどう言う意味よ!」
「駄目ヨ、ルーちゃん!」
大声を出すルティカに、華瑠の声が強めに被さる。
「シショーに言われたでショ? 興奮しないノ! バラクアの言う事、ちゃんと聞いてあげるノ!」
「……分かってるわよ。それに、別に興奮なんてしてないわよ。冷静沈着ないつものルティカちゃんよ」
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