第五章 第六幕

「ところで、華瑠はどうしてそんなに、俺によくしてくれるんだ?」

 セオクク厩舎に所属している鴻鵠は自分一人だから、当然と言えば当然なのかもしれないが、ルティカと自分に対してを比べた場合、随分と対応が違うように、バラクアは感じていた。明け透けに言えば、贔屓をして貰っている様な気さえしていた。

 その疑問を尋ねたのと同時に、華瑠の顔が段々と赤くなっていく。そして彼女は半笑いのまま、モジモジと下を向いてしまう。

「あー、やっぱり、気付いてタ?」

「まぁ、何となく、って程度だけどな」

「いや。違うのよ! 別にルーちゃんの事が嫌いトカそんなんじゃないノヨ! あのネ、あのー、これを説明するノ、ちょっと恥ずかしいカラ、笑わないでテネ?」

 華瑠はそこで、深く呼吸を一つ吐いた後、眉間に皺を寄せて、少し困ったように微笑んだ。

「あ、あのネ……。私のネイバーは、あの、ディラル語じゃなくテ、風全語で聞こえる様に設定してるのネ。ディラル語の勉強にならないのハ、充分分かってるのヨ。デモ、こっちの方が落ち着くシ、シショーもいいっテ、言ってくれてルシ……」

「そうだったのか。うん、それで、俺とネイバーの設定が、どう関わってくるんだ?」

 華瑠の顔が、先程よりも更に赤くなる。だけどその顔は、恥ずかしい半面、とても嬉しそうにも見える。

「アノネ、それで、バラクアの、声ってネ……。とってもとっても、格好いいノヨ……。私、大好きなのネ。……あー、ダカラネ、一杯一杯聞きたくテ、一杯一杯話しかけたくなるノヨ。バラクア、私みたいなドジな女にも優しいシ、喋り方トカ、飛んでる時トカ、トテモ格好いいシ、いつか私も、もし高い所チョット大丈夫になったラ、バラクアに乗せて、空を飛んでみたいナ、って、思ってるノ」

 自身の頬を両手で押さえ、華瑠はバラクアを見つめた。

「フフフ、何だか、恥ずかしいネ。誰にも内緒ヨ?

 そこで華瑠は勢い良く立ち上がり、バラクアに顔を近づけて、そっと、口元に人差し指を立てた。そして、

「約束ヨ?」

 と、照れくさそうに呟いた。

「ハイ! 休憩終わりネ! それじゃバラクア、準備が出来たカラ、シショーとルーちゃん呼んで来るネ! ちょっと待っててネ!」

 と不必要なまでの大声を出して、ジラザ達の元へと走り去って行ってしまった。

 人口風力装置に囲まれたバラクアは、そんな華瑠の後姿を見つめながら、一つ、ごく小さめに、ヒョロロロロロと鳴き声を飛ばした。

 ――風全語か……。一体華瑠の耳には、俺の声はどんな風に聞こえているんだろうな……。俺に聞こえて来る俺の声は、この鳴き声だけだからな……。

 駈けて行った華瑠の背中が、ルティカ達の元へと辿り着く。そこでふと、バラクアはこうも思った。

 ――じゃあルティカには、一体俺の声はどう言う風に届いているんだ?

 不意に、一陣の風が草の指先を悪戯に撫でて行った。この風の音は、人にも鴻鵠にも、本当に同じ音に聞こえているのだろうか?

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