第十三話 古塔街②


「古塔街はいつ来ても息が詰まりそうになるわね。これがなければここに住むのもよさそうなのだけれど」


 街路ですれ違う通行人から、道の端で話に花を咲かせている者達もみな。


 誰もがリーシュとスクートに視線を向けていた。


 ささいな日常を楽しむ柔らかな雰囲気が、歩けば歩くほど固く張りつめていく。


 視線の中には好意的なものもあったのかもしれない。


 クロスフォード家は魔法の発展という観点から見れば紛れもない功労者であり、純粋に尊敬の意を示したり羨望する者は少数ながら存在する。


 だがリーシュを突き刺す見えざる矢の多くには、妬みや嫉妬といった悪意が宿っている。


 生れながらに多大なる魔法の才能が確約されているクロスフォード家は、存在そのものが煙たがられている。


 無論、彼らはクロスフォード家が背負っている呪いの数々を知らないわけでもない。


 だが常人が一生をかけて努力した到達点を、歯牙にかけることもなくたった一歩で越えていく……そんなあまりに不平等な現実が、このようないびつな雰囲気を作り上げているのだ。


 魔法こそが全て、ミスティアに生きる者の多くはそう考える。自由を束縛する呪いより、規格外の魔力という利点ばかりに目がいくのは、ある意味で当然なのかもしれない。


 そしてスクートに対する視線はさらに苛烈であった。誰もが猜疑心さいぎしんの塊のような目をして射殺すかのように睨みつけてくる。


「どうやらスクート。あなたは人気者のようね」


 スクートは皮肉に相応のしかめっ面を返す。


 だが彼にとって、これは想像の範疇であった。


 ミスティアのような閉鎖された社会で、見たことのない顔をした何者かが従者の服装をして歩いているのだ。


 それもただ平凡な魔女の従者であればともかく、異様に大きな剣を背負っていて、さらに付き従っている主はあのリーシュだ。


 リーシュは誰であっても従者を認めない。つまりリーシュに従者がつくことはありえない。それがミスティアの住民にとって不変の固定概念だと思われていた。


 その固定概念が全く予想外の形で打ち破られた。驚きは人から人へ伝染し、ひそひそとはばかる声が次第にざわつきに変わっていく。


「……いささか居心地が悪いな。本当にここに来る必要はあったのか?」


「もちろん。スクートには合わせておかないといけない人物がいるの。それにいい宣伝になるはずよ、きっと」


「何かを企んでいるな、お前」


 ご名答と書かれた顔で、リーシュはくすりと笑った。


「遅かれ早かれスクートという存在は知られる。だったらいまの内に名を売っておくのもいいかもと思って。忘れたくても忘れられないほどの、強烈な印象と一緒に、ね」


 深く印象付ける物言いの直後、リーシュの目論見は実を結ぶことになる。


「よそ者だな、貴様」


 不意にスクートは背後から呼び止められた。


 神経を逆なでるような男の声は冷たく、明らかに敵意をはらんだものであった。


 振り返ると、真っ赤な服装に身を包んだ男が、何人かの取り巻きを連れて立っていた。


 スクートを呼び止めたであろう、胸を張りあからさまに尊大な態度をとる横柄な男。


 歳こそ自身とそう変わらないほどに若いが、スクートの胸に湧いたのは親近感ではなく、自分とは決して相容れることはできないという拒否感であった。


 男がどのような人間かは彼の身なりが証明していた。


 赤を基調としたコートを羽織り数々の宝石や装飾品で着飾るさまは、質素な服装を好むミスティアではあまりに異質であった。


 他者を顧みない性格が顔に出ているのも相まって、男はミスティアの民というよりは外の世界でいう貴族に酷似している。


 そして目の奥から見え隠れするよどみは、権力への執着心を表すかのように黒く光っていた。


 スクートと赤の貴人が視線を交差させたとき、僅かに漏れた殺意をスクートは確かに感じ取った。


「そうだが」


「ほほう……ほうほう。そうかそうか、認めるのか。ならば話がはやい、折り入って頼みがあるのだ」


 まるで自身が全ての人の頂点に鎮座していると自惚れる、底なし沼のように沈んだ欲深い目。


 スクートは心中で溜息をこぼす。幼少より目が腐るほど見てきた、権力に取りつかれた者の瞳であった。


 そして頼みがあるという言葉とは裏腹に、あろうことか赤の貴人は抜剣してみせた。


 たちまち周囲に緊張が走り、我関せずとしていた人々も彼らへと視線を傾ける。

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