鴉未満の鶏は竜殺機兵を駆り翔る

ハムカツ

第一章「都市駆け抜けて果てぬ」

01話「ボーイミーツマスター」


 不運だけどそれなりに、上手くやっていけているつもりだった。


 なんだかんだで15歳の僕が。見知らぬ土地で、言葉も通じぬ大都市に飛ばされてしまいながらも。


 それでもどうにかこうにか、日々の糧を得て多少の貯蓄も積み上げて。さてこれからどうしようかと。そんなことを考える余裕を持てるところまで来れたのだから。


 ただ当然、油断が一切合切無かったと言えば嘘になる。


 言葉が通じないとか、スマホがネットに繋がらないとか、そんなレベルではなく。明らかにこの場所が現代日本どころか、多分地球でもない事実に気付いていたのに。それでもどうにかなるだろうと楽観視していた結果――



 僕は今、鋼の巨人に追われている。



 どぶ臭いスラムを全力で駆け抜ける。この街を覆う煤煙が溶けた水たまりを踏み抜くが、そんな些細なことを気にしている場合ではない。


 周りの連中は必死の形相で駆け抜ける僕の顔をなんだと見た後で。その後ろから追って来る10m近い巨人に気付いて我先にと逃げていく。



「ああもう、神様!僕は何か悪い事をしたんですか!」



 異世界に召喚されたならチートの一つでも授けて欲しいなんて贅沢は言わない。


 せめて説明責任は果たして欲しい。


 姿すら見せない、居るかどうかも怪しい神に文句を投げて、僕は更に加速する。



 なんとなく日本にいた時よりも、足が速くなっている気はする。だが電柱の2倍近い巨人相手には焼け石に水。いっそここが日本だった方が電線が障害物になるぶん楽に逃げられただろう。


 背後で一つ目の巨人を駆る男が咆える。


 何を言っているのかは分からない。けれど止まれか、クソ野郎かのどっちかだ。



「だからってそれがわかっても、どうにもならないんですよねぇ!」



 あのロボットはこの街では当たり前に存在している。一つ目モノアイの鉄巨人、歪な骨組みは技術的な無理があるように見えるけど。それを押し通す魔法か何かが存在しているのかもしれない。


 だがこんな考察は今この瞬間、自分が陥っているどうしようもない状況において役には立たないのだけれど。



 つまり、僕は追い詰められていた。



 気付けばスラム街の行き止まり。崩れたコンクリートで塞がれた路面に絶望する。5m近く積みあがった障害物は、ちょっとやそっとで乗り越えられない。どうしようか思いつく前に背後から一つ目モノアイが顔を出す。


 自分の視点では、特にトラブルになる事はしていなかった。


 けれどよくよく考えればこんなスラムの片隅で、いやこの日本では15歳の子供が酒を飲むのも、賭け事に参加するのも、場合によっては夜のお店で遊ぶことも許されていない。


 けれど、この街では僕はどうやら大人の扱いらしい。そういう事に使っている様子もなく、毎日真面目に働いている僕が。それなりに貯めこんでると思われてもおかしくはない。


 その上でコネもなく、言葉も通じない奴のなら後腐れもない。カモがネギを背負っているように見えたのだろう。



 いや、あのロボットを動かすコストと。今僕の手の中にある30枚の銀貨の価値が釣り合うのかと言われると分からない。


 けれどそんなことを考えられる連中なら、こんなバカなことはしでかさない筈だ。食事の代金で考えれば10日は食いつなげる。現代日本換算で3万円ちょっと。それが今の僕の財産。大した金額じゃないし。命に比べたら安いのだけど。


 言葉の通じぬ中、周囲から奇異の目で見られ苦労しつつも。それでもどうにか日雇いの仕事を続けてようやく掴んだ希望を、こんな理不尽な暴力で奪われたくはない。



 一つ目モノアイの巨人は腕をこちらに向けて、そして腕に仕込まれた機構が弾かれて。背後で爆発が起こり、コロコロとこちらの足元に転がったものを見れば、それは鉄矢ボルトだった。


 大きさはペットボトルよりやや小さい程度、直撃すれば人間の頭位は簡単に吹き飛ぶに違いない。背筋を嫌な汗が流れて落ちた。


 よく見れば目の前に立つロボットには手先には指が無く。左右に張り出したリムに弦が張られクロスボウと化している。


 胸の装甲板を空けて、操縦者の男が顔を出し。先程のものと同じ鉄矢ボルトを自分の頭に当てて、その手を開いた。当たればボンと吹き飛ぶ、そして次は当てると。言葉の通じぬ僕に伝わるように。


 ならば僕はどうすればいい? もう逃げ場はない。ならば懐の財布を差し出すか?ああ、それは死ぬのと同じだ。一度それを差し出せば何度でも搾取される。 なら、第三の選択肢は―――


 僕は息を吐いて、中指を突き上げる。


 糞喰らえだ。無茶で無謀と笑われようと構うものか。どうやら僕のボディランゲージは見事通じたようで。操縦席から出た顔が怒りで歪むのが見て取れる。

 

 さて、ここから先。どう意地を張るのか、思いつくその前に。



「いやぁ、爽快だねぇ少年」



 軽やかで、涼やかな。背後からの声。振り向けば目に飛び込んだのは鮮やかな色。



「勝算も無しにファッ○サインはお姉さん感動しちゃう」



 積みあがった瓦礫の上に、赤毛の女性が立っていた。

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