表面上(改)

 自室の中央に用意した折りたたみのちゃぶ台。その上にお姫様から譲り受けたお土産を載せて眺める。彼女の言葉を信じるのであれば、正真正銘ダイヤモンドだそうな。正直、夢でも見ていた気分である。


「……これ、どうしよ」


 だって、ダイヤってとてもお高いじゃないの。


 米粒ほどの大きさの一欠片であっても、一介の学生には持て余す。ゲームソフトや漫画を売り払うのにも、親の署名が必要な未成年には、とてもではないけれど上手い扱い方が浮かばない。


 当面は部屋の置物になってもらおうか。


 思い起こせば、異性からプレゼントをもらったのは生まれて初めてだ。


 だからこそ大切にしたいという思いがございます。


 そうこうしていると、階下にいる母親から名前を呼ばれた。


「浩二、母さんちょっと急な用事で出かけることになったから、お昼ご飯は外ですませてくれない? お金はリビングのテーブルの上に置いておくから」


「分かったー」


 部屋の扉越しに大声でやり取りする。


 しばらくすると庭から車の走り出す音が聞こえてきた。


 自室を出てリビングに向かうと、母親から伝えられたとおり、ダイニングテーブルの上には百円玉が四枚ばかり置いてあった。母親がこうしてお金を渡して、自分で昼食を買って食べろと言うのはかなり珍しい。


 普段は冷凍庫の中の冷凍食品を食べろと指示されるから。


 大抵はレンチンのチャーハンだ。


「何しに行ったんだろ……」


 硬貨を財布に放り込んで家を出発する。


 せめて食事のときくらいは、頭のなかのモヤモヤを捨てよう。


 そんなことを考えて自転車を走らせた。




◇ ◆ ◇




 向かった先は自宅近所の大手牛丼チェーン店。


 お昼時という時間帯も手伝って、店内は大勢の客に賑わっていた。休日だと言うにスーツ姿のサラリーマンや、作業服姿の鳶職人なども見られる。自分が滑り込んだ席は、カウンター席に空いた最後の一つだった。


 そして、お冷を頂いて一息ついたのも束の間のこと。


 視界の片隅に見知った相手の姿を確認した。


 田辺とその友人たちだ。


 相手と目が合ってしまったので、仕方なく小さな作り笑いを返す。


 彼らはこちらが入店した時点で既に気づいていたらしい。田辺の他にも彼と同じグループの友人たちがこっちを見ていた。賑やかな店内にあっても、彼らの声は否応なくカウンター席まで届けられる。


「あ、気づいたみたいだぜ?」


「っていうか、相変わらず鈍いよなぁ」


「そういえば、あいつの家ってこの辺だったっけ?」


「そうだっけ? 俺は行ったことないから分らないけど」


「昔、何度か行ったことがあるんだよな……」


「小学校の頃に、集まってゲームやったことあったよな」


「あったあった」


 また、田辺たちが座る席の隣には、何故か山川とその仲間たちの姿があった。いいや、更には田辺や山川のグループとはあまり接点のないクラスメイトの姿も見受けられる。合計すれば十数人からなる大所帯だ。


 クラスの男子生徒の七割近くが集合しているぞ。


 どうして席に着くまで気づかなかったのか。


 こういうのもう勘弁なんだけれど。


 自分が誘われていなかった事実を受けて、放課後の教室で耳にしたあれやこれやが、決して嘘や冗談ではなかったことを再認識だ。こうなると卒業式当日に向けて、お前ウザいんだよ宣告は待ったなしである。


「す、すみません、豚丼並盛りで……」


 一刻も早く店を抜け出したい。


 カウンターの内側を通りかかった店員に声を掛けて品を注文をする。一度は席に着いておきながら、何も食べずに退店できるほど自分は肝が据わってはいない。同時にそれをしては、田辺たちにも色々と気付かれてしまう。


 他方、そうしたこちらの心中など知る由もなく、皆々は楽しそうに話に華を咲かせている。時折ちらりちらりと視線を向けられるのは、きっとその話題に自分の身の上が含まれているからだろう。


 彼らも表だって露骨な語りをすることはない。むしろ、そうして談笑に花を咲かすクラスメイトたちの顔には、どうして俺が彼らの下に向かわないのか疑問が浮かんで思えた。多分、勘違いではないと思う。


 だって昨日までの自分だったら、何も考えずに歩み寄っていただろう。


 いいや、少しくらいは疑問に思っただろうか。


「…………」


 どうだろう、なんだか段々と自分の感覚が怪しくなってきたぞ。


 自分は人として関わり難い人間なのだろうか。嫌われて当然の性格をしているのだろうか。知らずに過ちを繰り返していたのだろうか。そんなふうに絶え間なく、自分にとって都合の悪い疑念が浮かび上がる。


「おまたせしましたー!」


 そうこうしていると、カウンターを挟んで店員の明るい声が届いた。


 ハッとして顔を上げると、盆に乗った豚丼が差し出されていた。


 お隣さんより肉が多めでちょっとメンタル回復。


「あ……どうも」


 店内の混雑具合からすれば、想定していた以上に早く届けられた。店員さん、ありがとうございます。地獄に仏をみた気分である。すぐさま箸を割って手を伸ばす。空腹を装い一息に片付けてしまうつもりだった。


 すると不意に馴染みのある声が聞こえてきた。


「っていうか、何で後から来たのにあいつの方が早いんだよ?」


 山川のグループの一人で、自身が一番仲が良いと思っていた相手だ。


 毎日必ずと言って良いほど耳にしていた声である。


 それがまさかのあいつ呼ばわり。


 どんだけ、お腹が空いているんだよって。


「おいっ、あんまり大きいと聞こえるだろ? 勘弁してやれよ」


「でもさぁ……」


 気を遣ってくれる山川の声も鮮明に届けられた。


 そっちもダメージ大きいぞ。


 素直に喜べない感じがメンタルにガツンときた。


 肉盛りで癒やされた心のゲージが、グッと減った気がするもの。


 これでも友達との関係は良好であるように頑張ってきたつもりだった。人よりも小遣いが少なかったり、両親が厳しかったり、クラスメイトと話題を合わせることが難しい分だけ、他の誰よりも努力を重ねてきたと。


 けれど、何か足りていなかったみたいだ。


 もしくは空回りしていたのか。


 いずれにせよ自分は、彼らと同じ位置に立てていない。


 紅生姜をたっぷりと載せた豚丼、うんまい。


 七味を少し振りかけると最高だ。


 おまけで付いてくる味噌汁に、ここまで癒やされたことはないなぁ。




◇ ◆ ◇




 昼食を平らげたあとは、まっすぐに自宅に帰ってきた。


 それはもう逃げるように。


 自室に戻るとまず目に入ったのは部屋の中央に設けられたちゃぶ台。


 そこにドンと鎮座したダイヤの原石。


「…………」


 昼食の席では色々とあったけれど、それも自転車を必死に漕いで、こうして自室まで戻ってくると一山越えた。喉元過ぎればなんとやら。すると思い起こされたのは、自宅の屋根裏部屋で経験した未知なる世界との遭遇である。


 鏡の世界からの去り際に見た、角付きお姫様の面持ち。


 同時に最後に齎された向こうの世界の問題を思い出す。


「…………」


 これから彼女たちはどうするのだろう。大広間で聞いた話に従えば、かなり以前から兵糧攻めにあっているのだと言う。食料庫が狙われたのも、その一環だろう。効果のほどはお姫様やトカゲの人たちの反応から良く理解できた。


 今頃、彼女たちは何をやっているのだろう。


 やはり今後の食い扶持を巡って、頭を悩ませているのだろうか。それとも再び敵に襲われて、既に城は渦中にあるのだろうか。はたまた打倒人類の策を思いつき、反撃に打って出る機会を得ていたりするのか。


「お土産、めっちゃ綺麗だわぁ……」


 窓から差し込む陽光を反射して、キラキラと輝く原石。


 その姿を眺めていると、どうにもジッとしていられなくなる。


 眩い鏡面反射はお姫様の艷やかブロンドを思い起こさせた。


「……やっぱり、貰いっぱなしはよくないよな」


 別に二度と戻って来れない訳ではないのだ。


 危なくなったら、すぐに逃げ帰ってくればいいのである。


「よし」


 一人で物思いにふけっていると、どんどん駄目な方向に進んでしまいそうな気がする。それなら身体を動かしていたほうが、心身ともに健全でいられるのではないか、なんて考えたのなら、自然と思いは固まっていた。


 自暴自棄とも言う。

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