魔斬りの乱時郎

上島向陽

消えたラーメン屋編

消えたラーメン屋 -1-

 海風がごおごおと音を立てて吹き抜けるとよ、海上に突き出た鉄塔を支えるワイヤーロープが震えてびゅうびゅうとうるせえ音を立てやがる。


 建設中の横浜ベイブリッジを支える鉄塔の上から眼下を見下ろせば、遠くに見えるは横浜の街の煌めきだ。


 少し風が収まるのを待って、俺ぁダークグレーのスーツの内ポケットから煙草を取り出した。


 二本の指で切り口をトンッと叩き、飛び出た一本を口で抜き取る。


 煙草を内ポケットに戻し、ついでに取り出した永年愛用のジッポーで火を点ける。


「夜景を眺めながら、一服たあ、悪くねえな」


 口の端からこぼれ出た煙はあっという間に夜風に四散した。


 煙が消えたその先の夜でも明るい町並みを眺めて、ふと俺は柄にもなく言葉を洩らしちまう。


「百年ちょっとの間に、文明がめまぐるしく発展したと言われているが、俺にしてみりゃ何も変わっちゃ居ねえ。サルが人に進化出来ないのと同じで、人が神様になれるわけでもねえやな……」


 誰が聞くわけでも、誰に聞かせるワケでもない。


 ただの独り語りだ。


「会社だぁ企業だぁと、名前ばかりはえらく変わっちまったが、こいつも俺に言わせりゃ昔の藩の仕組みのまんまじゃねえか」


「明治維新で将軍様は内閣総理大臣なんてえものになっちまった。藩主は知事になり、殿様は社長に代わり、御家老は重役に代わり、藩士は社員に代わり、従わされる領民はパートだかバイトだかよくわからねえ名前のモノに代わっただけのこと。違うのは昔よりも数がべらぼーに増えただけだ」


「藩士領民は地上の狭いアパートという長屋で細々と暮らし、ビルディングなんてぇ名前を変えた天守閣の上の殿様方は私腹を肥やして、んまいもんをたんと喰ってやがる」


「片方じゃあ一杯三百円程度の牛丼を一家で分けて食っている家族を見れば、俺ぁ昔、貧農の一家が一杯の草粥を分けて食ってた親子の姿を思い出すねえ。高級な料亭だかレストランだかで物の価値のわからねえ者共が、これまたよくわからねえ食い物をついばんで悪だくみの話をしてやがる」


「そんな食い詰めた者、欲深い者の心の隙に入り込んで悪さをしようって輩が居るってのも、今も昔も変わらねえ……ほらな、なんにも変わっちゃいねえ」


 そうやって心の隙に付け入る”魔”を斬る者が存在する。


 ”その者、人を斬らずに魔のみを斬る。”


 人呼んで”魔斬りの乱時郎”こと、九頭龍乱時郎くずりゅう らんじろうとは、この俺のことよ。

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