告白の答え

 大成功で終ったシンデレラの劇。

 更衣室で衣装から制服へと着替えた僕達演劇部員一同は、使った道具を各自持ちながら。体育館を出て冬空の下、演劇部の部室へ向かって歩いていた。


 その間、すれ違う生徒は皆こっちを見てきて、中には祝福の言葉をかけてくれる人もいて、ちょっとしたヒーローになったような気分。

 とりわけ、大路さんへの声援が多かった。出られないと聞いていたのに、当日になってまさかの復帰、そこであんな完璧な演技を見せられたのでは、騒ぐなと言う方が無理だろう。


 そうして移動していると、川津先輩や水森先輩がいて。川津先輩は、「良かったよって」言ってくれて、そして水森先輩はと言うと、思った通り涙ぐんでいた。


「お、大路さん。怪我……治られたんですね。鉄骨に押しつぶされて命に関わる重傷だと聞いた時は、私の方が先に死んじゃうかと思いました」

「水森さん、君はいったいどんな噂を聞いていたんだい? 元々、大した怪我じゃなかったんだよ。だけど、心配してくれてありがとう。君が応援してくれるから、私も頑張ることができたんだよ」

「勿体無いお言葉です~!」

 

 その後水森先輩は川津先輩に宥められながら、二人そろってグリ女を後にした。

 それにしても、皆からこんな風にたたえられるような劇を僕達がやったなんて、何だかまだ信じられない。

 すると渡辺君も同じことを思ったみたいで、歩きながらこんな事を言ってくる。


「何だかまだ夢みたいですよ。俺達本当にさっきまで、舞台の上にいたんですよね?」


 その様子はどこかフワフワとした感じで、気持ちが高揚しているのが見て取れる。

 だけどその気持ち、よく分かるよ。僕だってさっきまでの事が、まるで夢を見ていたみたいって思うもの。だけどそれぞれが手に持っている衣装や道具が、現実だったと言う何よりの証拠だ。

 そんな僕達を見て、聖子ちゃんがにんまりと笑みを浮かべてくる。


「アンタ達は初舞台だったから、特に緊張したでしょ。大丈夫、これからどんどん慣れてくるから。で、どうだった? 翔太や渡辺君は劇に出て、他の皆も裏方として頑張ってくれたけど、ちゃんと楽しかった?」

「はい、もちろん」

「最高でした!」

「私、今回は劇に出られませんでしたけど、うんと練習して、次は出てみたいです」

「はっはっは。思った以上に前向きで嬉しいよ。こりゃあ演劇部は安泰だね」


 上機嫌に笑いながら、歩いて行く聖子ちゃん達。僕は皆の後ろを歩きながらその様子を見ていたけど、不意に誰かが、ポンと肩を叩いてきた。


「ショタ君、ちょっと良いかな?」

「えっ?」


 そこにいたのは、真剣な面持ちで僕の事を見つめる大路さんだった。

 瞬間、さっきの舞台の上で、最後に言われた言葉が蘇る。あれはやっぱり、以前の告白の————。


「少しだけ、付き合ってもらえるかい?」

「は、はい……」


 小さく返事をした後、僕と大路さんはゆっくりと歩く速度を落としていって、列の最後尾まで後退する。そして演劇部の部室の前までやって来た時、二人してそっと列を抜け出した。


 これから部室で、最後の挨拶があるのだけれど、抜けちゃっていいのかな? 

 けどそうは思っても、大路さんの誘いを断るなんて選択肢は無くて。僕達は人気の無い校舎の裏まで移動してくると、二人並んで、校舎の壁に背中をつける。


「ごめんね、こんな所に付き合わせて。帰りは皆と一緒になるだろうから、今言っておかなきゃって思って」

「いいですよ、後で一緒に怒られましょう。それより、話と言うのは?」

「ああ、うん。公演も終わった事だし、そろそろ返事をしなくちゃいけないと思ってね。あの事の……」


 照れたように、合わせていた目を微かにそらす大路さん。その様子に、心臓がドキリと波を打つ。

 あの事って言うのは、やっぱり告白の事ですよね? いったいどんな返事が帰って来るのだろう? 

 さっき劇が終わり際に、大路さんは好きだって言ってくれたけど、それじゃあ……いや、もしかしたらあれに深い意味なんて無いのかもしれない。変に期待して、後で余計に傷つくのなんて御免だ……。


 木枯らしが吹く寒空の下だと言うのに、今にも緊張で汗が噴き出てきそう。さっき舞台に立っていた時も、ここまで緊張しなかったんじゃないかな?

 すると大路さんは僕を見ながら、くすくすと笑う。


「そう怖がらなくてもいいよ。君を傷つけたりはしないから」

「と言うことは……」

「好きだよ、ショタくん。君の事が……ふふ、ようやく言うことができた」


 言われた。ごく自然に、あっさりと。

 大路さんは一仕事終えたみたいな、サッパリとした笑顔をしているけど、対して僕は今聞いたことが信じられずに固まってしまっている。好きって、言ったんですよね……。


「ショタくん? おーい、ショタくーん」

「はっ!? ごめんなさい、驚いてしまって。ええと、聞き違いじゃないですよね。好きだって、言ってくれたんですよね?」

「そうだよ。それとも、信じてくれないのかい? もう二度も言ったと言うのに」


 大路さんは残念そうに、むくれた顔になってしまったけど、なんだろう……それが凄く可愛い。

 先輩相手に可愛いなんて思ってしまって良いのかって思うけど、本当に可愛いのだから仕方がない。こんな大路さんを、もうしばらく堪能していたいって、つい思ってしまう。


「去年の年末、君に好きだって言われてから今日まで考えていたけど。たぶん本当はもっとずっと前から、答えは決まっていたんだと思う。けど、公演に向けて練習中だったから、浮わついたことを考えてちゃいけないって思って、答えを先延ばしにしてしまっていた。ごめんね、遅くなって」


 そう言って申し訳なさそうに頭を下げてきたけど、とんでもない。


「いえ、元々僕が後で良いって言ったんですから。劇のことを第一に考えた大路さんは、間違っていませんよ」

「ありがとう。もし私がもっと我慢強ければ、先に返事をすることもできたんだけどね。だけど返事をしてしまったら、自分を押さえきれる自信がなかった。実際、何度か危なかったんだ。練習中、君に触れようとすると、そのまま抱き締めてしまいそうだったし、声を聞くだけで動悸が治まらなくなって、おかしくなりそうだったよ」


 ええっ、僕の知らない所で、そんな葛藤があったんですか⁉

 それはとても意外で、そして同時に、そんな風に悩ませてしまった事を申し訳なく思ってしまうけど……でもごめんなさい。それって、凄く嬉しいです。

 ただの後輩でしかなかいと思っていた僕の存在が、そんなにも大きくなっていたんですから。


「それじゃあもしかして、今日劇に出たいって言い出したのは……」

「気づくのが遅いよ。怪我をして、劇に出られなくなって。それも辛かったけどもっと苦しかったのは、君の隣に立つのが私じゃなくなってしまった事だった。朝美と練習しているのを見て、なんだか君が遠くに行ってしまったように思えて、とても寂しかった」


 そう言って、切なげな表情をしたけど。大路さん、それは心配しすぎですよ。


「僕はどこにも行っていませんよ。ずっと大路さんのことが好きなんですから」

「分かってる。ただキャストが変わっただけなんだって。だけどそれだけの事なのにモヤモヤして、ショタくんの隣にいる朝美のことが羨ましいって思って、嫉妬した。あんなわがままを言い出すくらいに。私は、王子様だなんて言われることもあるけれど、本当は嫉妬深くて小さな奴なんだよ。こんな私に、幻滅するかい?」

「……いいえ」


 今さらこんなことで幻滅するだなんてあり得ない。だって僕は……。


「今さら何を言ってるんですか。だいたい、大路さんのカッコ悪い所なんて、もう何度も見てきていますもの」

「……それを言うのかい?」


 僕の言ったことが予想外だったのか、大路さんは言葉を失ってしまっているけど、本当にそうなのだから仕方がない。

 川津先輩との恋愛相談に乗っていた時、照れたり慌てたりする姿を、これでもかってくらい見てきた。

 だけど、別にそれが悪いことだとは思わない。むしろ可愛いところがあるんだなって思えて、だから大路さんのことを好きになったのだと思う。ただ一つ気になるのは。


「なんだかまだ信じられません。こんな返事がもらえたなんて」

「疑っているのかい?」

「そういう訳じゃないですけど。川津先輩の事が好きだった頃の大路さんとは、雰囲気が違っているので、何だかピンと来なくて。あの時はもっと挙動不審だったり、慌てたりしてたのに」

「君は私の事を何だと……いや、事実なのだから仕方が無いか。けど、今だって結構いっぱいいっぱいなんだよ。でも好きな人の前なんだから、頑張ってカッコつけているんだから」


 そう言ってまた、むくれた顔をする。だからその可愛さは反則ですって。

 まあ、好きな人の前ではカッコつけたいって気持ちも分かるけど。僕だって大路さんには、カッコいいところを見せたいってって思うもの。ただ……。


「僕はどっちの大路さんも好きですけどね。それに、難しい注文かもしれませんけど、ちょっとくらいカッコ悪い所も見せてくれた方が嬉しいです。だって大路さんがカッコいいのは皆が知っていますけど、僕しか知らない大路さんを、独り占めしたいって気もしますから」

「—————ッ! 君は本当に、私の心をくすぐってくれるよ」


 あ、今度は照れた顔をしてくれた。大路さんがこんな顔をするって知っているのは、きっとグリ女でも乙木でも、僕だけだろう。


 前は川津先輩の事を見て浮かべていた、照れた表情。だけど今、その視線の先にあるのが僕だと言うことが、とても嬉しい。


 僕はそんな様子を暫く堪能したけれど、今度は真っ直ぐに大路さんを見つめる。返事をしてもらったんだから、僕だって好きと言う気持ちを、もう一度伝えたい。だから……。


「大路さん、好きです……アナタの事を、愛しています」


 シンデレラのラストシーンのセリフを、アレンジして口にする。

 けどさっきまでと決定的に違うのは、このセリフがシンデレラのものでなく、王子様のセリフであること。

 僕は強くなくて、頼りない男だけれど。今この瞬間だけは姫ではなくて王子様になりたかった。そしてそれは多分、大路さんも同じ。


「私もだよ。ショタくん……これからもよろしくね」


 舞台の上とは逆に、僕は王子様のように手を差し伸べて。そして大路さんが、お姫様みたいに、その手をそっと握る。

 それはまるで、物語のワンシーンみたいで。僕と大路さんは見つめ合いながら、静かに笑った。

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