お姫様な少年と女子校の王子様

無月弟(無月蒼)

王子様とお姫様?

 最近最近ある所に、隣り合う二つの学校がありました。


 一つは、中高一貫の乙木学園おとぎがくえん。進学にも部活動にも力を入れている、自由な校風の学校です。

 そしてもう一つは、せんとグリム女学院じょがくいんという名前の女子高。生徒や町の人達からは、『グリじょ』という愛称で呼ばれている、淑女育成を目的とした高等学校……のはずでしたけど、最近はパワフルな女子が多い事で有名になっていました。


 そんな長年隣同士で上手くやってきた二校でしたが、最近は少子化の影響を受けて、生徒数が年々減ってきています。そこで、このままではいけないと判断した学校のお偉方が、来年度から二校を合併することを決めたのでした。


 学校の規模から言って、グリ女が乙木学園に吸収される形となるわけですが、グリ女の生徒達は別段不満に思ったりはしません。

 むしろ今まで女子しかいなかったのに共学になる事にワクワクする生徒も多く、3月には卒業してしまう三年生の中には、あと一年若ければと、悔しがる人もいるほどです。


 さて、そんなわけで生徒も合併には賛成の二校。今のうちに親睦を深めておこうと、来年度を待たずして色んな合同イベントが行われるようになりました。

 一学期には二校の生徒の何人かが校舎を入れ変わってする、交換授業が行われ、二つの学校の合同体育祭なんかも行われました。

 パワフルなグリ女の淑女たちの、流血騒動にも発展した騎馬戦を見て、乙木の生徒がドン引きしたことは、ナイショの話です。


 そして今日、二校のうちの一つ、グリ女では、大きな賑わいを見せていました。

 季節は秋、この日はグリ女最後となる文化祭が開かれているのです。


 今までは女子高と言うこともあって、殿方の出入りは厳しく制限されていましたけど、今年は乙木の生徒なら、誰でも出入りは自由でした。足を運んだ乙木生徒は皆、普段とは違うグリ女の様子に目を奪われます。


 校内のいたるところに模擬店が並んでいます。体育館のステージでは、ダンスや音楽などの出し物が催されていました。

 そんな中、グリ女の正門前でも、演劇部によるあるパフォーマンスが行われています。


 乙木学園の生徒も、グリ女の女子達も、他の一般客の方々も、皆がそれから目が離せません。皆の視線の先。そこには向かい合った王子様と、お姫様がいたのです。

 もちろん本物の王子様とお姫様ではなくて、演劇部の出し物ですけど、そのあまりに様になっている二人に、皆さん目が釘付けになっています。


「美しい髪をした姫よ、どうか私の想いを受け止めてほしい。私は、あなたを愛している」


 長身のイケメン王子様は、凛とした顔つきで、力強く前へと歩き出します。対してお姫様の方は照れているのか、顔を伏せてしまっています。


「い、いけません。私は、あなたに愛されるような女ではありませんもの」

「そうか……それでは、わが胸に宿るこの熱い思いは、偽りだと言いたいのですか?」

「いいえ、そうではありません。あなたの気持ちは、紛れも無く本物です。でも、だからこそ辛いんです。あなたが選ぶの、私であっていいはずが……」


 お姫様が言い終わらないうちに、王子様はそっと彼女の頬に手を当てて、言葉を封じます。そしてそのまま手を顎へと持ってきて、クイっと頭を起こさせます。するとどうでしょう、今まで伏せていたお姫様の可愛らしい顔が、露わになったのです。するとその途端。


「キャー、王子様の顎クイよー!」

「おお、あのお姫様メチャクチャ可愛い!」


 二人を見守っていたギャラリーから歓声が上がります。しかしそんな黄色い声でも、王子様とお姫様の作り出す甘い空間を壊すことはできません。

 王子様は空いていたもう片方の手も、お姫様の頬へと持ってきて。そのままキスをしようと、そっと顔を近づけてきます。そして吐息が聞こえそうなくらいまで近づいたその時。


「あ、あの、大路さん。まさか本気でするわけじゃないですよね?」


 突如お姫様が、ギャラリー達には聞こえないくらいの小さな声で囁き出します。

 その言葉に、今にも唇を重ねんとするほどに迫っていた王子様は動きを止めて、クスリと笑みを浮かべました。


「まさか、ちゃんとフリだけだよ。劇の宣伝のパフォーマンスで、君の唇を奪うわけにはいかないからね」


 そう言うと王子様は、素早くキスをしたふりをして、そっと顔を遠ざけます。

 するとギャラリーの中から一人、元気のいい女子生徒が飛び出してきて、集まっていた人達にビラを配りながら、マイクに向かって叫びます。


「さあさあ皆さん。我がグリ女の演劇部によるパフォーマンス、いかがだったでしょうか。これに負けないくらい……いや、これ以上のラブストーリーを見たい人は、午後から行われる演劇部のステージを見に来てね。お代はタダ。これを見ずに、文化祭は楽しめないよ! 今なら王子様の凛々しい姿が印刷されたビラをプレゼントだー!」


 すると途端に歓声が上がり、次の瞬間には何人もの女子が、ビラの前に列を作り始めました。みんな王子様の写真付きのビラが、欲しくてたまらない様子です。


「ああ、大路さんの美しいお姿。持って帰って家宝にします」

「今日は一段と凛々しい。『グリ女の王子様』と呼ばれるだけはありますわ」


 うっとりとした目で見てくる女子生徒達。すると王子様は、そんな彼女達に優しく微笑みかけます。

 するとそれを見て感極まったのか、女子生徒達は途端に、バタバタと倒れていきました。事情を知らない人が見たら、狙撃でもされたのかと疑いたくなるような光景です。

 だけど騒ぎの中心である王子様は、そのキリッとした顔を崩したりはしません。その凛々しさこそが、彼女が王子様と呼ばれる所以なのです。


 彼女……『彼』じゃなくて『彼女』です。彼女の名前は、大路満おおじみちる

 グリ女に通う二年生で、れっきとした女子なのですが、美しい顔立ち、170センチを超える長身。ハスキーボイスと男前な性格のおかげで女子人気が高く、ついたあだ名が『グリ女の王子様』でした。


 演劇部である彼女はその二つ名に恥じず、劇をやる時は決まって王子様役をやっていて、それがさらに人気に拍車をかけているのです。

 ほら、今だってカメラやスマホを掲げた女子達が、我先にとその姿を写真に収めています。そしてその一方で。


「すみません、あのお姫様の写真が入ったビラは無いんですか?」

「あー、ごめんね。じつはあの子、正式なグリ女の演劇部じゃなくて、手伝ってもらってる助っ人だから、ビラには入って無いのよ」


 そんなやり取りも見られました。

 先ほど王子様にキスをされそうになった、可愛らしいお姫様。その周りには今、何人もの乙木学園の男子生徒が群がっていて、王子様と同じようにカメラやスマホを向けられていました。ただこちらは。


「あの、僕は演劇部員じゃないので、撮影は遠慮ください。って、そこの人、ドレスのスカートを引っ張らないで!」


 王子様とは違って、注目を集めることを良しとしていないのか、困っている様子です。

 しかもお祭りの空気に当てられたのか、あろうことか悪ノリした男子が珍しそうにドレスに触れていて、お姫様はますます困ってしまいます。


 しかし、そんなお姫様がピンチの時こそ、王子様の出番です。事態を察した王子様が、お姫様と男子生徒達の間に、颯爽と割って入ります。


「止めないか、彼女が嫌がっている。もしこれ以上狼藉を働くと言うのなら、まずは私が話を聞こう」


 鋭い目とすごんだ声に、悪ノリしていた男子達は急に小さくなってしまいました。しかし助けてもらったお姫様の方も、なぜか複雑そうな顔で王子様に目を向けます。


「あの、大路さん」

「おっと、大丈夫だったかい? どこか触られたりはしていない?」

「それは大丈夫ですけど……それより大路さん。僕の事を呼ぶ時は『彼女』じゃなくて『彼』って言うべきじゃないでしょうか?」


 言われて一瞬、キョトンとした王子様。だけどすぐに苦笑いを浮かべて、お姫様に謝ります。


「ああ、そうだった。すまない、君があまりに可愛いものだから、つい間違えてしまったよ」

「まあ、いいんですけどね。いつものことですから」


 そう。『彼女』ではなく『彼』です。彼の名前は灰村翔太はいむらしょうた

 男である彼はもちろんグリ女の演劇部ではなく、それどころか実は、乙木学園の高等部でなく中等部の生徒です。ただ故あって、グリ女の演劇部の手伝いをしている男の子なのでした。

 そして彼も大路満と同様に、あるあだ名がありました。

 

「なあ、あの姫やってるのってもしかして?」

「ああ、灰村翔太だ。あの『乙木の姫君』だよ」


 お姫様の正体に気付いたギャラリーの何人かが騒ぎ始めます。男子にしては低い身長と、まるで女の子と間違えてしまいそうな可愛らしい顔つき。そんな灰村翔太君は、周りから『乙木の姫君』なんて呼ばれていたのです。


 お姫様を颯爽と助けた王子様。その美味しいシチュエーションに、またしてもギャラリーから歓声が上がります。

 意図してやった事ではないとはいえ盛り上がっている周りを見て、思わず苦笑する王子様とお姫様。そっと視線を合わせて笑い合う二人は、やはり絵になります。


「王子様と姫君、かあ。今更ですけど、普通逆じゃないですか?」

「ふふふ、良いじゃないか、普通じゃなくても。私は、お姫様な君も可愛いと思うよ」

「もう、からかわないでくださいよ」


 そんな事を言いながら、姫君こと灰村翔太は、王子様こと大路満と初めて出会った時のことを、思い出していました。

 あれはまだ暑かった、夏の日の出来事。まだお互いの名前も知らなかった頃の話です。


 これは、王子様と呼ばれている女の子と、姫と呼ばれている少年の、演劇と恋にささげた青春の日々の物語なのです……たぶん。



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