三浦慎吾は過去に思いを馳せる
初めてその男と会ったとき、三浦慎吾は少なからず驚いた。
慎吾の父親は写真家で、モデルとなる容姿の整った人物には見慣れていたけれど、引き合わされた男は群を抜いて美形だったのだ。
メンズモデル顔負けのスタイル。外国の血が入っているのだろう顔立ちで、色白の肌と色素の薄い髪、青みを帯びた瞳がこちらを捉えていて、慎吾は思わずドキリとする。
今日、事務所を訪れたのは、相方となる人物と会うためだったはずだ。
だとすれば、この男が自分とコンビを組むということか。
――ビジュアルで売るつもりか?
慎吾は音楽を志して事務所に入所している。そのことについては伝えてあるし、デモテープの感触も悪くはない。
ひとりのシンガーソングライターとしてではなく、二人組のデュオとしてと言われて、了承もした。
しかしだからといって、こういうアイドル路線として売り出すつもりだとは思っていなかった。
慎吾自身、己の容姿が平均より上にあるらしいことは自覚している。子どものころは、父の写真でモデルを務めたことだってあった。だが、そういったことを仕事にしたいとは思っていないし、表に立つよりは裏方のほうに魅力を感じている。
音楽が評価されたと思っていたが、そうではなかったのか――。
胸の奥がじくりと痛んだとき、目前の男はにこやかな笑みを浮かべて、言った。
「はじめまして。あーよかったー、おなじぐらいの
大人びた容貌とはうらはらに、賑やかに喋りはじめた男に呆気にとられていると、控えていたサングラスの男がやってきて、彼の背中をぶっ叩いた。
「うるせえ」
「ってー! だって俺の相棒になる人なんだろ。あいさつしたいじゃんか」
「なら、あいさつらしいことをやれ、リンタロウ」
「……へーい」
口を尖らせて不服そうな顔をしつつ、リンタロウと呼ばれた男は、頭をさげる。
それが、山田林太郎との出会いだった。
高校を卒業したばかりだという林太郎は、黙っていれば大人びた雰囲気だが、口を開くといろいろと残念な男であった。
ふたつ年上の慎吾に対して、敬語じみた言葉を使っていたのは最初だけだ。顔を合わせていくうちに態度は軟化。どんどんくだけた口調となり、一週間もたたないうちに、ほぼタメ口になった。
ともすれば馴れ馴れしい態度だが、不思議とそれが嫌味に感じない。
人懐っこい笑顔、朗らかな声は、周囲を明るくさせる。
まさにムードメーカーだ。
正反対のような相手とどう接すればいいのか。はじめはかまえていた慎吾だったが、そういった盾は早々に捨てることになる。
山田林太郎は、とにかく無遠慮な男だった。ずかずかとこちらの領域に踏みこんでくる。そのくせ、こちらが本当に嫌だと感じた部分には触れてこない、なんとも絶妙な距離感を持った男だったのだ。
決して口数が多いほうではなかった慎吾だが、林太郎を相手にすると自然と言葉が増えていく。
ときおり辛辣になりがちな言葉も、林太郎は笑って受け止めて、同意したり反論したりするものだから、慎吾の心も柔軟性を持つようになってきたのだろう。
変わった、と言われることが増えてきた。
それは、音楽面にも反映されているようで、こまめに提出してきたコンペ用の楽曲も褒められるようになってきたのだ。
角が取れた。
そう言われて首を傾げたものの、過去のデモテープを自分で聴いてみると、たしかにそれは顕著に表れている。
「杉さん、仕組みましたよね」
「なにがだ?」
「林太郎と組ませたことですよ」
「いい刺激になっただろ。おまえのためでもあるし、あいつのためでもある」
親の影響で、芸の世界に近いところで生きてきた。裏事情やらなにやら、子どものころに垣間見た「大人の世界」はあまりきれいなものではなくて、自然と冷めた考えを持つようになってしまった慎吾と、陽の気を詰め込んだような林太郎を抱き合わせることで生まれる反応。
自分たちをコンビにした門脇社長に不信感を抱いたものだが、いまとなっては納得だ。
普通に生きていたら、まず近づくこともなかった相手と友人になれたのは幸運だったと、素直に思える。
「なー、慎吾。なにしてるんだよ」
「懐かしいものを見つけた」
「なになに、俺にも見せて」
楽しげに近寄ってきた相方に、慎吾は手にしていたものを手渡す。
「おお、まじで懐かしい。これ、デビュー前に配ったやつじゃん」
それは、一枚のCD。
フォレストとしてデビューが決まったころ、紹介がてらに作成して、限定的に配布したものだ。
コアなファンのあいだでは、幻のシングルといわれている、レアな一枚である。
収録されているのは、デビュー曲ではない。のちに、ファーストアルバムに歌い直しをして収録しているため、これは本当にこのCDでしか聴けない歌声だ。技術的にもまだ未熟で、だが、このときにしか出せない音でもある。
「俺、このCDどこにいったかわかんなくなったんだよなあ。引っ越すまえはあったはずなんだけど」
「なら、まだ倉庫にあるんじゃないのか? たしか、家具とか預けてるんだろ?」
「あー、ちがうちがう。もういっこ前の引っ越し。このあいだ火事になったアパートに引っ越すときに、わからなくなったの」
「そうか」
林太郎の引っ越しは、なにかといわくつきだ。
SNSに晒されたせいで引っ越すはめになり、直近では火災による引っ越しと、マイナスの印象がつきまとっている。
第三者からみれば気落ちしそうな事件だが、当の本人はどこ吹く風といったようすだ。それは、今回の引っ越しで、負の要素を逆転させる出来事があったせいだろう。
「これやるよ、引っ越し祝い」
「まじで? つか、これが引っ越し祝いなのかよ」
「レアものだろ。売れば高値がつくんじゃないか?」
「売るなよ、こんな大事なもんを」
CDを胸に抱えて口を尖らせる林太郎を見ながら、慎吾は笑みを浮かべた。
「見せてやれば? 愛しの『住子ちゃん』にさ」
「そっか、そうだよな」
「住子ちゃんにあげて、生活の足しにしてもらえよ」
「だから売らねーし。住子ちゃんだって、そんなことしねーし」
その名を出したとたん、満面の笑みを浮かべた林太郎は、大事そうにCDをカバンに仕舞うと立ち上がった。
今日の仕事は別々で、林太郎はいまからドラマの顔合わせ。そのあとは時間が空いているので、いちど家に戻るつもりだというから、そのときに渡すつもりなのだろう。
長くこじらせたコンプレックスを解消するきっかけになった、林太郎の大事な『運命の人』
未だにきちんと紹介してもらっていないが、そろそろいいのではないだろうか。なにしろ、やっと告白をしたかと思えば、婚約にまで発展したぐらいの相手だ。興味がつきない。
「住子ちゃんによろしく」
「馴れ馴れしく住子ちゃんとか呼ぶなよ!」
ムッとした顔で牽制してくる相方を見て、慎吾は今度こそ遠慮なく笑った。
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