第39話 半妖としてのプライド

  考えてみるまでもなく、友星は妖怪として生きる覚悟なんて持ったことはない。いや、持とうと思っていても、どこかでやっぱり人間だしと思ってしまう。

 それはそうだろう。

 人生二十年間、人間として生きてきたのだから。

 それがどうだ。

 今まで父親を知らなかったのは妖怪だと知らされ、自分は妖怪と人間の間に生まれた半妖だと言われる。しかも、その能力が現れていないのは人間だと思い込んでいるせいで出てこないだけだと。

 万が一、莉空に誘拐されてここに来ず、現世のどこかでこの話を聞かされていたら、鼻で笑い飛ばすレベルの話だ。

 つまりは荒唐無稽なのだ。自分の中で納得出来ていないのは、仕方ないことではないか。

「はあ」

 泰斗の家の庭をとぼとぼと歩きながら、どうやったら覚悟が決まるのだろうと友星は悩む。座って考えるよりも歩きながらの方がいいだろうと思うが、全く考えはまとまらない。

「人間を辞める覚悟がない」

 晴明の言葉は、ぐさっと友星の胸に刺さっていた。

 そう、ここまで、自分で考えることなく、妖怪たちが好き勝手にやっているだけだと流していた。

 困っているから助けたい。

 父親が妖怪ならば仕方ないか。

 そんなことばかり思っていた。つまり、理由が総て消極的なのだ。自分から積極的にこうしたいと思った結果ではない。

「――」

 そして、ここに永住することになったのも、黒城が祖父を殺し、今戻れば大変なことになるという晴明のアドバイスに従っただけ。

 ここに住むのも悪くないと思っているが、ここに住みたいと積極的に思っているわけじゃない。だって、現世の方が便利だし面白いし、苦労せずに生きていける。

 どう考えても、自分で決めていない。促されるままに受け入れ、促されるままに覚悟を決めたつもりでいた。そう、覚悟したと思い込んでいた。総ては消極的に選び取っただけなのに、覚悟が出来たと思っていた。

「黒城か」

 あいつは完璧に妖怪だった。いや、人間でもあるのに妖怪だった。あの不思議な感覚は、恐怖と一緒に友星の胸に刻まれている。

 半妖が嫌だと思うようになった。その晴明の指摘は正しい。

 一体、彼はどういう人生を送ってきたのだろうか。それは想像することさえ出来ない。ただ、自分とは真逆で、ずっと半妖であることを意識して生きてきたのだろうとは思う。そして、この世界を恨むことしか出来なくなっているのだ。

 確かにずっと、黒城の生い立ちに疑問を持っている。

 彼はどうやって生きてきたのだろう。

 どうして、狐者異としての性質を受け入れたのだろう。

 どうして、破壊しようと思うようになったのだろう。

 思えば、友星から見ると黒城に関しては疑問だらけだ。それは多分、自分が祖父母のおかげで普通の家庭で育ったからだろう。そうじゃない環境というのが、どうしても解らない。

「恵まれているんだろうな」

 本来ならば、嫌でも妖怪であることを意識していたはずなのだ。周囲と違うと、その差に悩んでいたはずなのだ。それがなかったのは、普通に生きて欲しいと願った祖父母のおかげである。

 そして、黒城はそれがなかった。許されなかった。妖怪として意識し続けるしかなかった。

「半妖、かあ」

 そもそも、半妖というもののイメージがまだまだ未熟なのだ。ゲームや漫画で聞いたことはあるし、勉強のために使っていた漫画にも何度か出てきた。しかし、自分とは違って何だかかっこよく、そして、半妖であることにプライドを持っている感じだった。

 ここの妖怪たちと違って、半妖だと馬鹿にされることがあるのに、それでも毅然と振る舞っていた。この身体には妖怪の血が流れている。だからその血を使って戦う。そんな感じで描かれている。

「自分に流れる血。そしてプライド、か」

 そこで友星ははたと気付く。

 覚悟を決めるとは、たぶん、そういうことなのだ。

 自分の出自を誇れるかどうか。ツクヨミが父で良かったと思っているかどうか。そういうところに集約されるのだろう。そして、自らのアイデンティティとして受け入れることが出来るかどうか。

 黒城のことが気になるのは当然。彼は同じ存在だから。

 でも、黒城が持つプライドと自分が持つべきプライドは別物だ。

 自分はツクヨミと母の優子の血を受け継いでいる。全く同じようになるわけがない。育った環境も全く違うのだ。

「俺は半妖」

 自ら言葉にしてみると、何だか気恥ずかしい。まだまだ慣れていない感じがする。

 ああ、そうか。だから駄目なんだ。なんとなく生きている状態なんだ。

 言われてそうかと思っているだけ。自分で半妖であることを受け入れていない。だからむずむずとしてしまう。

「妖術を使う事が出来る。それは、人間じゃない」

 ちゃんと自分のこととして置き換えないと。

 妖怪たちとコンビを組むと言いつつ、その実、操っているようなものだと思っていなかったか。自分の術だという自覚がなかったのではないか。何もかもが周囲に委ねていなかったか。

「――」

 そう思うと、いても立ってもいられなかった。

 周囲に流されているだけだ。自分の足で立っていない。ちゃんと何もかも受け入れないと。

 友星は覚悟を決めるためにも、そのままツクヨミの屋敷へと猛ダッシュしていたのだった。

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