第5話 神様の存在理由

京都駅に着いた頃には、すでに太陽が西に傾いていた。

昼に須賀神社についてから、4時間も経過していることに気付く。

あれから京都駅に向かう途中、ミサキと会話することはなかった。

そんな中、ふと伏見稲荷大社の広告が目に入る。


「せっかく京都に来たんだから、伏見稲荷大社にも行きたいなぁ……」

「神社の話をするというのは、奴と変わらんな。親子揃ってなんだな」


無意識に出た言葉に、ミサキが返事を返す。

あまりに早い返事から、何か会話を始めるキッカケを探していたように思えた。

少女の顔を見ると、西から差し込む光が顔の半分に影を作っている。

俺も、少女の返事に乗っかり親父について話を続ける。


「親父も精霊とか神様みたいな神秘的な話が好きだったからなぁ……」

「だからこそ、奴には色々と世話になった」


話しながら少女は、太陽に向かって歩き始める。

土地勘のない俺は、少女の後をついて行くことしかできなかった。

おそらく親父も通った道……親父も近くにいるのだろうか……

ふと、そんな考えが頭の中で湧き上がる。


「奴と会ったのも、こんな時間帯だったな」

「親父とはどこで会ったんだよ?」

「奴とは神社で会った」

「伏見稲荷大社?」


少女とは親父の話が一番盛り上がる話題だということは、お互い分かっていたと思う。

だからこそ、親父の話がここまで長続きすることからも一目瞭然だった。

そんな少女が言う通り、親父は神様などにとても興味があるのは知っていた。

伏見稲荷大社と思わず答えてしまったが、親父が京都まで行ったことはあまり無かったような気がする。


「違うな。お前もいつも掃除してくれているだろう?」

「え……?」

「その神社は、もう随分と廃れてしまったがな」

「じゃあ、裏山の?」

「あぁ、その神社だ」


意外な答えに、俺は言葉を理解するまで時間がかかってしまった。

ということは、俺の家のすぐ近くということになる。

この子は、頻繁にこっちに来ているのだろうか?


「うぉ……」

「どうした?」

「犬の糞を踏んじまった……」

「流石、大凶男だな」

「君も大凶女じゃないか……」


確かに、運が悪い……

というか、急に運が悪くなったような気がする……

靴裏を地面に擦りつつ、しばらく歩くと社が見えてくる。


「ここで話そう」

「ここは?」

伏見稲荷大社御旅所ふしみいなりたいしゃおたびしょだ」

「伏見稲荷!?」

「御旅所は、休憩する場所だ。のんびり休めながら話そう」

「休憩って、俺たちじゃなくて神様が休憩する場所なんじゃ……?」

「そうだ……神様が休憩する場所だ」


確かに、人々が暮らす街並みの中にひっそりと佇む社は、神様の休憩する場所として最適な気がする。

辺りの家屋を見回していると、少女は階段の上から俺を見下ろす。


「だが、何も問題はない。何故なら、私は神だからだ」

「え……」


何、この痛い子…

思わずそう思ってしまったが、その顔はいたって真剣だった。

冗談や嘘をついているようには見えない。


「じゃあ聞くけど、何の神様なんだよ?」

「……知らん」

「はぁ……?」


少女は真顔で呟く。

時刻は夕方となり、少女の顔を照らす光は紅に染まっていく。

どうしてか、その表情に哀愁を感じてしまった。


「神は何故人々の願いを叶えると思う?」

「え……うーん、それが仕事だからとか?」

「ふっ、なら何故全員の願いが叶わないのだ?」

「どうしてだろう……」


少女はそれ以上、何も言わずコチラを見つめる。

今、この世界には俺達2人だけしか存在しないのではないか?

俺たちの周りだけ、時間が止まっているのではないか?

そう思える不思議な世界に迷い込んでいたような気がする。


「神がこの世界に存在できるのは、人々の信仰心があってこそだ」

「信仰心か~」

「そうだ、人々の願いを叶えることで、神は信仰心を保つのだ」

「じゃあ、願いが叶わない人は?」

「完璧ではないからこそ、その存在は輝くのだ」

「なるほど……」


強い風が俺たちの間を駆け抜ける。

その瞬間、世界が動き始めたように周囲の景色や音が息に頭に流れ込む。

そんな不思議な感覚を体中で感じていると、少女は悲しげな表情で話しを続ける。


「だが、今の私は存在を維持するのが精一杯だ」

「存在? どういう意味だよ?」

「私は何の神だったのかも思い出せない」

「そ…そんなことあるのかよ」

「なんだ、その呆れた顔は?そんな顔されるのは初めてだ。何だか新鮮だな」


俺は相当呆れた顔をしていたのだろう。

しかし、それ以上に少女の声を殺した大笑いに少しドキッとする。

やっぱり、女性に笑顔は素敵だと思う。

母さんも、昨年はよく笑っていたなぁ……


「お前の父親には、私が何の神なのかを一緒に探してもらっていた」

「親父が!?」

「私が祭られている神社はもう廃れてしまってるし、文献もないため手掛かりはなかった」

「確かに、俺も何の神様なのかよく分からずに参ってたなぁ……他の人たちも何も教えてくれなかったし、多分知らなかったんだろうなぁ……」

「自分が何の神かも分からないということは、存在がすでに消えかけている証拠だ」

「……消えるのか?」

「かもな」


自分が消えるかもしれないというのに、少女は冷静にそう言い放つ。

未だに、少女が神様だということは信じ切ることはできていない。

けれど、この話の流れでこんな嘘は意味がないし、嘘をついているような雰囲気は相も変わらず感じない。

少女が神様だとして、頭の中で何を考えているのだろうか?


「親父については何か知らないのか?」

「知らん」

「せっかく協力してくれてたのに、気にならないのか?」

「気になっている。だから、ここまで来た」


少女は力強く言い放つ。

その瞳には、自分が消える前に見つけ出すという決意に満ち溢れていた。

そんな少女の眼力に耐えられず目を背けると、もう日が沈みかけていることに気付く。

親父の情報はこれと言ってなかっただけでなく、少女のせいで失踪してしまったかもしれないと考えると少し歯がゆさを感じる。


「そろそろ帰らなきゃ……まぁ、明日は祝日で休みだから急がないけど……君はどうするの?」

「私も帰るが、まだ京都に用事がある」

「なるほど、ちなみに神様ってどこに住んでるの?」

「私は、君が管理をしてくれている神社にいる。会いたければ来るがいい」

「また行くよ。じゃあ、また」

「うむ。また」


俺は振り返り、伏見稲荷大社御旅所を後にする。

息をするのと同じくらい無意識に歩く。

あまりにも当たり前な行動……しかし次の瞬間、俺は空中に浮いていることに気付く。


「あれ……?」


俺は階段を踏み外したことで、階段を転び落ちていることを理解した時には、すでに遅かった。

踏ん張ることもできず、あっけなく階段の最下層まで転げ落ちる。

幸い、5段程度の低さだったこともあり、打撲だけですんだようだ。

それでも、かなり痛い。


「痛ぇ……」

「ふっ、相変わらずのドジッぷりだな」

「うるさいっ」

「……」

「お前に会ってから、不運なことばっかりだ。お前、疫病神なんじゃないのか?」


俺がつい言い放ってしまった言葉を聞き、少女は寂し気な表情をする。

そして少女は無言のまま、伏見稲荷大社御旅所の奥に消えていった。

俺は痛みに耐えつつ、やっとのことで立ち上がる。

周囲の人たちは、”大丈夫なのか?”と問いかけてくれる。

しかし、今の俺は人知れず神社の闇の中に消えていった少女のことが気がかりで仕方なかった。

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