第39話 幼馴染に確認する元勇者
「えっとねー。こっちの世界は魔素が存在しないんだけど、ソウタは魔力を生み出す事が出来るんだよー。だから、ソウタとキスすればたっくさん魔力が貰えるよー」
やっぱりか。
エレンがニヤニヤしていたから、キスで俺から魔力を貰う的な事を言うんだろうなと思っていたけれど、予想通り言っちゃったよ。
正直、陽菜の視線が冷たい気がする。
けど、フローラに魔王を封印してもらわなければならない事も事実だ。
陽菜に冷たい目を向けられるのと、世界の危機とを比べるのであれば、世界を救う方が大事なんだろうけど……いや、正直辛いって。
ティル・ナ・ノーグで陽菜の為に魔王を倒して戻ってきたのに、今度はその魔王を封じる為に陽菜の前で別の少女――フローラとキスするって、どうなんだよ。
あ、待て待て。マリーとエレンの態度で自惚れてしまっていたけれど、そもそもフローラは別に俺の事が好きだなんて一度も言ってない。
いくら魔力の供給が必要だと言っても、フローラが嫌がるのなら他の方法を模索する必要がある。よし、それに賭けよう。
「フローラ。エレンが言った事は、どうやら事実らしい。正直、俺は魔力に詳しくはないけれど、エレンは魔力が回復したと言っていた。だけど、他にも魔力回復方法があるかもしれないし、嫌なら別の方法を探せば……」
「いえ、魔王を封じる為です。私は魔王を封じる為であれば、何でも致します。ですから、ソウタ様。申し訳ありませんが、どうか私めとキスしてください」
そうだった。フローラは女神様に好きな願いをと聞かれて、魔王をティル・ナ・ノーグから消し去る事を望むような女の子だ。
俺とのキスで魔王を封じられるのであれば、好き嫌いに関係なくキスを選ぶか。
「陽菜。その……非常事態だから、構わないか?」
「えっ!? う、うぅ……よくわかってないけど、それをしないと大変な事になっちゃうんだよね? だったら、仕方が無い……って、わ、私が口出しする話じゃなかったね」
「えっと、お兄ちゃんがモテモテになってるの!? 楓子、もう状況がよく分かんないよ」
楓子、大丈夫だ。お兄ちゃんも完全には把握してないぞ。
とはいえ、魔王だけは何とかしないとな。
覚悟を決めてフローラの顔を見ると、目が合った瞬間、
「ソウタ様ぁっ!」
フローラが俺の胸に飛び込んできた。
それから両手で俺の顔を優しく挟み、フローラの小さな唇が俺の口に重ねられ……って、何だ!? 口の中に何か入ってきた!?
何だ? 俺の口の中で何が起こって居るんだ!?
柔らかくて、温かくて、俺の舌と絡み合う様な……って、これは大人のキス!
魔王討伐パーティ最年少だよね? 聖職者だよね? マリーやエレンとは全然違う、別次元の長い長いキスが続く。
「うわぁ……フローラ」
「ねぇ、エレン。フローラって、もう魔力十分に溜まってるよね?」
「へぇー。へぇぇぇー。なるほどねー」
エレン、マリー、楓子の三者三様の言葉が零れた所で、ようやくフローラが俺から離れた。
ちなみに、陽菜は俺から顔をそらしていた……ごめんよ。
「ソウタ様……ありがとうございます」
心の中で陽菜に謝っていると、顔をキラキラと輝かせたフローラが、大きな胸を俺に押し付けながら、上目遣いで俺の事を見つめてくる。
何て言って良いかも分からないので、一先ず封印をお願いしておいた。
「では、参ります。マリーさん、すみませんがそのまま魔王を持っておいてください」
マリーが了解の旨を伝えると、フローラが長い詠唱を行い、
『イービル・シール』
聞いた事の無い魔法を使用した。
すると、ケット・シーの身体の周りを半透明の白い球体が包み込み、そのまま体内へと消えていく。
「成功しました。これで魔王の意識や能力が、このケット・シーの奥底に封じられたはずです」
「えっと、つまりこのケット・シーは、もう普通のケット・シーだって事か?」
「はい。少なくとも、二十年から二十五年は大丈夫です」
「ん? じゃあ約二十年後に、また同じ魔法を掛ける必要があるって事なのか?」
「えぇ、そうなりますね」
そうなりますね……って、軽く言うけどさ、二十五年後だとフローラはティル・ナ・ノーグに帰っているし、マリーとエレンは居たとしても、この封印魔法は使えないし、その時再びエレンがフローラを召喚出来るとは限らない。
わずか二十年で平和が崩れるなんて、詰んでるんじゃないのか?
一先ずの時間稼ぎにしかならないのか……と考えていると、フローラが満面の笑みで再び俺の元へと近寄って来た。
「ソウタ様。心配しないでくださいませ。二十年の時間があるのです。それだけの時間があれば、十分対策を立てる時間があります」
「対策って?」
「もちろん、次の勇者様の育成ですっ! ですから、ソウタ様。早速私と子を作りましょう! 次の勇者を育てるんです!」
「いやいやいや、ちょっと待って。フローラ、近い! 近いって! というか、フローラはエレンの召喚魔法で来たんだし、ティル・ナ・ノーグへ帰るだろ」
「いいえ、帰りませんよ? 召喚魔法は二種類あるんです。一つは、いつもエレンが使っていたような、一時的に力を借りるもの。あれは、召還した相手が依頼した内容を満たすと帰ります。もう一つは、召喚先の世界へ留めるもの。今回は後者なので大丈夫です!」
「だけど、フローラが帰らないと、ティル・ナ・ノーグ側が困るんじゃないのか? 特に教会とか」
おそらく魔王を倒したフローラは、教会でもかなり地位が高くなっていると思うんだけど。
「教会なんて放っておけば良いのです。エレンの召喚魔法のおかげで、こうして再びソウタ様い会う事が出来た……こちらの方が余程重要です」
「だけど、ティル・ナ・ノーグの世界が……」
「ティル・ナ・ノーグも魔王が居ないので問題ありません! それより、こちらの世界に居る魔王をどうにかする方が大切ですっ!」
「まぁフローラがそう言うのなら、良い……のか?」
住む所はマリーとエレンの家があるから大丈夫か。
二人で住むには広すぎるしな。
「さぁソウタ様。私と子供を……」
「待って。ウチもソウタと子供作る!」
「だったら私もっ! 私もソウタと子供作るのっ!」
いや、マリーとエレンも便乗するのかよ! とゆーか、エレンは年齢的に無理だろ! ……じゃなくて、そもそもフローラとマリーもダメだってば!
ティル・ナ・ノーグ三人組の態度をどう思っているのかと思いながら、陽菜の顔を覗いてみると、俺に釣られた三人も目を向ける。
「わ、私は……その、そういう事は、もっと親密になってからというか……それに、そもそも颯ちゃんは私の……じゃなくて、皆子供を作るとか大っぴらに言っちゃダメだよっ」
「陽菜ちゃん。そこは『私も颯ちゃんと子供作るー』って言わないと。皆、どうぞどうぞって言うの待ってるんだから」
いや、違うから。楓子はネタだと思っているみたいだけど、この三人はガチだから。
そんな事を考えていると、
「あの……ボク何をすれば良いの?」
魔王の意識が封印されて、普通のケット・シーに戻ったサラが凄く困っていた。
「貴方は、今まで通り私たちの家に住んでいてね」
「わかったー」
「そうだ、家だ。こんなどこかの山奥じゃなくて、早く家に帰ろう。とりあえず下山して道路に出れば、何とかなるだろ」
色んな事があったけれど、とにかく疲れた。
まだよく分かって居ない事もあるけれど、それよりも今は家に帰ってゆっくり休みたい。
幸い誰も怪我をしていないし、フローラが全員に身体強化の魔法を使ってくれたから、帰れるはずだ。
こうして、皆を引き連れて下山を試みようとして、
「颯太ー。俺を忘れないでくれー」
いつの間にか目覚めていた和馬と共に、帰路に就いたのだった。
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