第32話 葛藤する元勇者

 グイベルがどこかの森……いや、山か。

 少し開けた場所へ降り立ったので、その背中から俺たちが降りると、突如グイベルの少し上に魔法陣が現れる。


――GYOAAA


 グイベルが一鳴きした直後、召喚された時とは逆に、魔法陣の中へグイベルが吸い込まれていいった。


「グイベルが、依頼は果たした……だって。呼んだ相手とは違うけれど、依頼した事を達成したら元の世界へ還って行ったから、やっぱり召喚魔法が発動しているのは間違いないのよね」


 エレンがどさくさに紛れて俺にキスしまくった事を有耶無耶にでもするかのように、真面目な表情でウンウンと頷いている。

 その小さな頭を拳でグリグリしてやろうかと思っていたのだが――人の気配がした。

 エレンへのお仕置きは後回しにして、周囲の気配を探る。

 俺たちは小さな児童公園程度の草むらに居るのだが、前は車ギリギリ通れるかどうかといった舗装されていない道があり、それ以外は樹に囲まれていて、普通に考えれば人なんて居るはずが無い。

 だけど――居た。右斜め前に、想定外の人物が。


「和馬!? どうして、こんな所に!? ……いや、その緑色の目。お前もかよ」


 危惧していた、グイベルの運搬ミス。

 陽菜の所へ運んで欲しかったのに、和馬の所へ運ばれてしまった。

 どうして和馬がこんな場所に居るのか、どうして和馬の目が魔物の様になっているのか。

 分からない事だらけだが、今は和馬に構っている暇は無いんだっ!

 和馬を無視して、エレンに再び召喚魔法を使って貰おうとした所で、聞き慣れない声が響き渡る。


「ふふ……勇者ソウタ。知っているぞ。この男はお前の友人だろう。見知らぬ男は殴れても、友を攻撃出来るかな?」

「誰だっ!」

「はっはっは。お前がその男を倒す事が出来たら、教えてやろう。聖剣に導かれし光の勇者が、友を見捨てる事が出来ればなっ!」


 姿が見えないままで、森の中に謎の声だけが聞こえてくる。

 俺の事を勇者だと知っているのは、マリーとエレンだけだが、二人ともここに居るし、そもそも仮に俺が勇者だと言っても、現実と空想の区別がつかない痛い奴扱いされて終わるだけだろう。

 それと気になるのが、この声の主の気配が全く感じられない事だ。

 声が聞こえる程近くに居るはずなのに、気配が探れないという事は、余程気配を絶つのが上手いのか、もしくは何らかの魔法を使っているか。

 これらの事から考えると、この声の主は間違いなくティル・ナ・ノーグの住人という事になる。

 一体、誰だ!? そして、どこに居る!?

 ゆっくりと近づいてくる和馬を無視して、声の主を探し続けていると、


「ふむ。勇者のくせに逃げ回るか。これでは興が醒める……そうだな。では、その男と戦ってお前が死ねば、その男と、お前が探している女を返してやろう。どうだ?」


 とんでもない事を提案してきた。


「待った。探している女とは、陽菜の事か!? という事は、お前が陽菜をさらったのか!? 一体何の為にっ!?」

「その質問に答える義理は無い。だが、お前たちがヒナと呼んで居た女を連れ去ったのは事実だ。今なら五体満足で返してやろう」

「……お前の言葉だけでは信用出来ない。先ずは陽菜が無事かどうかを確認させろ」

「どうした。随分と慎重だな。以前は自分の命を削って戦っていたというのに。まぁいずれにせよ、こちらの手の中にある女は、勇者ソウタの持つ光の魔力を体内に宿している。お前が探している女に間違いはないだろう」


 和馬の攻撃を避けながら謎の声に向かって叫んで居ると、


「ソウタ!? 待って! まさか、この正体不明の声に従うの!? そんなのウチが許さないからっ!」

「そうだよっ! 絶対にダメだからねっ! 第一、姿も見せないような怪しい奴が持ち掛ける提案なんて、絶対に守られないんだから。それに、この声の主が放つ黒い魔力……絶対に悪い奴だよっ!」


 即座にマリーとエレンから待ったが掛かる。

 二人の言う通り、この声の主はあからさまに怪しい。

 俺だって、本来ならこんな提案に耳を貸したくない。

 だけど陽菜が……陽菜の命が俺の命で買えるのであれば、安い物だ。

 自分の命を差し出す――即ち死ぬという事を考えた時、急に背筋が冷たくなったかのように感じた。

 一番最初の死の事を思い出し、次いで先日道路に飛び出た小学生の事が頭を過る。

 あの小学生の事は、俺が異世界転生を経て、十数年の歳月を掛けてようやく陽菜の元に戻ってこれたからか、死の恐怖に足がすくみ、動けなかったのではないかと思う。

 異世界に居てがむしゃらに戦っていた頃とは違い、正直に言って、今は死が、陽菜と離れる事が何よりも怖い。

 だけど、だからこそ、陽菜に会いたい一心で帰って来て、実際に再会する事が叶ったのだから、一度は死んだ命で陽菜を救う事が出来るのであれば、本望という物ではないだろうか。

 俺の決意が固まり、一応友人である和馬の事も考慮して、自身の決意を叫ぶ。


「おい、和馬を操っている奴! 一先ず、陽菜を見せろ。そうしたら、俺は自害する。それで良いだろう」

「女を見せるのは構わん。だが、自害は許さん。その男に殺される事が条件だ」

「いや、お前の言う通り、こんな変態な奴でも俺の友人だ。その友人に人殺しをさせたくはない。お前が誰かは知らないが、俺の命を絶つ事が目的ならば、それで良いのではないのか」

「ま、待て! 早まるなっ! ならば、ワシが直々にお前を殺す。それならば良いだろう。だから、変な事は考えるなっ!」


 ……この声の主は何を言っているのだろう。

 理由こそ分からないが、こいつは俺に死んで欲しいんじゃないのか?

 だけど、自害はダメだと言う。

 その上、和馬に殺されなくても、こいつ自身が俺を殺すのであれば良いらしい。

 俺に何らかの恨みがあって、自らの手で俺を殺したいのか?

 だけど、それなら和馬に殺されるのでも構わないという理屈が分からない。

 不可解過ぎる言葉について考えていると、


「……颯ちゃん」


 奴の言葉通り、怪我一つしていない陽菜が姿を現した。

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