第22話 異文化に苦心する元勇者

 水着魅力勝負と言い出した二人へ、早々に陽菜の勝ちだと告げ、そのまま陽菜に謝る。

 しかし、これまでは陽菜が一番だという回答をずっとしていた訳だけど、これじゃあダメなんだよな。

 一番じゃなければ二番でも良い……二人が育ってきた文化が、日本と大きくかけ離れているだけに、俺も断り方を考えなければ。

 郷に入りては郷にしたがえと言うし、先ずこの方針で説得するか。

 だが、それを伝える前に体育教師が来てしまい、準備体操が始まってしまった。


――ボヨン、ポヨン、ボヨン


 俺のすぐ傍で身体を動かすマリーの何かが俺の腕や背中に当たっている。

 プールサイドがそこまで広くないので仕方が無いのかもしれないが、半歩前に出たのに当たり続け、先程から男たちの怒りの視線の集中っぷりが凄い。

 特に殺気みたいな怒気を含んだ視線が左側から飛んで来ている。

 こんなに強力な気を放てるなんて、魔王と戦える程の逸材の持ち主かもしれないが、誰だ……って、エレンかよ!

 男子生徒なら分かるけど、どうしてエレンがそんなに怒っているんだ?

 ……って、この怒気は俺というより、マリーに向けられている? もしかして、胸か!? マリーの胸の大きさに嫉妬しているのか!?

 別に胸の大きさは女性の魅力にそこまで多大な影響は無いと思うんだけど。

 そんな事を考えていると、男女別でレーンに分かれ、クロールで泳げと指示が出た。


「颯太……頼む。次の体育の授業の時は、準備体操の場所を替わってくれ」

「それは構わないんだが、次は和馬が泳ぐ番だぞ」

「そんなのどうでも良いんだ。今日はキャンベルちゃんのお尻を凝視したから、次は是非マリーちゃんを……マリーちゃんをぉぉぉ」


 全く泳ごうとしない和馬が体育教師によってプールに突き落とされたが、これは普通に問題行為ではないだろうか。

 まぁ和馬だから良いのかもしれないけど。

 そういえば、マリーとエレンは大丈夫だろうか。

 エレンは意外にも華麗に泳ぎ、既に反対側まで辿り着く直前だ。

 一方のマリーは……プールの真ん中辺りで良く分からない動きをしている。バタフライにでも挑戦しているのだろうか。


「って、溺れてるだろっ! 教師は何してんだっ!」


 他の生徒に泳ぎ方の指導をしていて、マリーの状態に全く気付いて居ない体育教師は無視して、迷わず飛び込む。

 勇者の身体能力をフルに活かして、あっという間に辿り着くと、無意味に手足をバタつかせていたマリーを抱きしめた。


「ソ、ソウタッ! 息っ! 水で息がっ!」

「落ち着け。マリー、ここは足が着くから」

「足……でも水が……あ。立てた」

「マリー。まさか、泳げないのか?」

「……うん。水浴びくらいは平気だけど、こんなに深いとこまで入った事ない」


 まぁ水浴びや風呂だと、腰くらいまでしか浸からないし、ティル・ナ・ノーグにあった海中洞窟とかだと、水中で呼吸が出来る魔法を使ったりしていたもんな。

 どうしたものかと考えつつ、一先ずマリーをプールサイドへ上げると、教師やクラスの女子たちが慌てて駆け寄ってくる。

 一先ずマリーは見学となり、それを除けば普通に授業が終了したのだが、


「なぁ、颯太。お前って、あんなに早く泳げたっけ?」


 和馬が不思議そうな眼で俺をみてきた。


「え? も、もちろん」

「そうだっけ? 俺の印象では、勉強は出来るけどスポーツはイマイチって感じだったんだけど」

「あ、あれだよ。マリーの危険を感じて、凄い力が発揮された的な?」

「そういうものなのか? ……まぁ何にせよ無事で良かったよ。ただ、次に同じ様な事が起こったら、今度は俺が真っ先に助けに行くけどな。そして、どさくさに紛れて胸を……」


 和馬のそういう自身の欲望に素直な所は嫌いじゃないが、真剣にマリーの事が好きならともかく、ただのエロ目的だけなら止めてもらいたい。

 マリーと和馬が付き合う事になれば俺としても助かるのだが、今の話を聞く限りだと、ちょっと良い気はしないな。

 そもそも和馬はエレンの事が好きなはずで……でも、それはそれでどうなんだって気はするが。

 着替えを済ませて教室へ戻ると、


「ソウタ。ウチ……泳げるようになりたい」


 早速マリーが抱きついてきた。

 まぁ、そうなるよね。水泳の授業は夏だけなので、マリーはプールで見学してもらうのも一つの手だとは思うけど、どうせなら他の生徒と同じ様に過ごしたいだろうし。

 一先ず、次の土曜日にプールで練習しようと提案し、せっかくだからと、陽菜にメッセージを送る。


『マリーが泳ぐ練習をしたいって言っているんだけど、次の土曜日空いてない? 出来れば、練習を手伝って欲しいんだけど』


 せっかくの休日をマリーだけに使うのではなく、陽菜と過ごしたいと思ったんだけど、どうだ?

 空いてないかな?

 チラチラと窓際に居る陽菜に視線を送っていると、


『いいよー。じゃあ、十時に家へ行くね』


 少し遅れて返事が返ってきた。


「ねぇ、ソウター。さっきからチラチラ何を見ているのー?」

「ん? 今日も陽菜が可愛いなーって思って」

「くっ……物凄くストレートに言うのね。でも負けないんだからっ!」


 余計な俺の言葉でエレンの密着度が増し、和馬が羨ましそうに見てくるけれど、そんな事よりも土曜日のプールデートに俺の意識は飛んでいたのだった。

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