二十六章 洛陽大戦5 ———時の龍、覚醒す———

─――金色こんじきの光の柱現る時、時の龍目覚めん。

龍、名を伏龍といふ。

その力、未知数にしてその一切が分からず。

ただ、天・黄・聖・紅に引けをとらぬ事のみ伝はる――─

『趙家文書 伝承伝 伏龍章』









(ここは・・・・・・どこだ・・・・・・・・・?)

 目覚めた龍二は仰向けになって上を眺めていた。

 眼の前に広がるのは、何も無いただ真っ白な世界が広がっている。上だけではない。四方八方にその世界が広がっていた。

 純白の空間が自分を包み込むように存在している。

(ここは・・・・・・どこだ?)

 龍二は再び自問する。最も、分からないから自問しているわけだが。

(・・・・・・俺は、今度こそ死んだのか?)

 ここは死後の世界なのか。はっきりしないが、最後に覚えているのは、董卓の攻撃で腹部を貫かれ、大量の血を出したはずだ。

 腹を触ってみると、腹部には何の傷穴も無かった。

 あーあと龍二は眼を覆った。

(やっぱり死んだんか?)

 思えば、青龍や紅龍と会った場所ではないし、何より彼らの姿が無い。やはり、自分は死んでしまったのだろうと彼は判断した。

(・・・・・・約束、守れなかったなぁ)

 ため息をつきながら、彼はいつだったか交わした約束を思い出していた。

 無理はしない。お前を守ってやる。

(アイツ・・・・・・今頃泣いてるんだろうな)

 彼女を悲しませてしまったのは、これを含めて三回目だった。その全てが、大体同じような内容であった。

 油断していたとはいえ、つくづく己の未熟さが悔まれる。自分で自分を全力で殴りたい気分になってくる。

(何やってんだかな)

 自嘲するように、笑った。こんな人間に、人を好きになる資格がはたしてあるのだろうか。

(俺じゃ無理なのかな)

「おやおや、何勝手に死んだと諦めてるんですか。バカな貴方らしくもない」

 聞き覚えのある、毒づく声が耳に入ってきた。

「安徳・・・・・・・・・」

 顔を向けた先に親友安徳が微笑んでいた。

 おかしい。さっきまで誰もいなかったはずである。

「やれやれ。ちょっと心配なんで来てみたら、何をバカな弱音を吐いているのですか」

 龍二はきょとんとしていた。既に自分は死んだ身であると思っている龍二は、安徳が何を言っているのか理解できなかった。

「何勝手に自分は死んだことにしているのですか貴方は。まだ死んだと決まったわけではないでしょうに」

「何言ってんだお前。こんな真っ白しろすけなトコに来るなんて、死んだ以外有り得ないだろ?」

 彼の言い分を聞いた安徳は心底呆れ返って深いため息をついた。

「全く、これだから貴方はバカでアホで単細胞で猪武者でヘタレで脳天気でアリでミジンコで鈍感でくだらない妄想で興奮するド変態のムッツリスケベなんですよ」

「おいコラちょっと待てエセインテリ。さっきっから聞いてりゃ言いたい放題吐かしやがって。誰が妄想で興奮するド変態のムッツリスケベだボケ。ムッツリスケベはむしろお前だろうが」

「・・・・・・何ですって?」

 安徳のこめかみ付近の血管がピクンと反応する。

「いっつもアイツのこと妄想してあんなことなこんなことして自分を慰めてんだろムッツリ野郎君?」

「・・・・・・良い度胸ですねバカ龍二のくせに」

「何だよやんのかコラ」

「上等です。貴方がその気なら私だって───」

「はーいそこまで」

 あわや拳と拳が交わろうかという時に、泰平が現れて二人の後頭部を思いっ切りハリセンで叩いた。

「全く来てみれば何だい。いい年した高校三年生が幼稚園児じゃあるまいに。恥ずかしくないのかい?」

「ってぇな、何すんだバカ!」

「邪魔しないでくださいヘタレ泰平の分際で!」

 ケンカを邪魔されたこと腹を立てた龍二と安徳がものすごい剣幕で泰平を睨んできた。

 プチンと泰平の中で何かがキレた。

「・・・・・・それはすまなかった。ところで安徳、ちょっとこっち来てくれない?」

 ニコニコと不気味なくらい眩しい笑顔の泰平を不審に思いながらも、安徳は泰平に何ですかと近づいた。

 泰平は近づいてきた彼の右腕と服の左側をしっかり掴んだ。

「ケンカを仲裁してやろうとした人に対してヘタレとはテメェ何様だゴラァ!」

 そして見事な背負い投げを決めた。不意をつかれた安徳はなす術もなく投げられて背中を強打する。

 それだけで泰平は止まらなかった。背中を強打して呻く安徳の鳩尾に瓦割りの要領で拳を打ち込んだ。

 安徳は断末魔のような呻き声をあげてのたうちまわっている。

「・・・・・・何か言うことは無いのかな? 龍二」

「すいません調子こきました!」

 龍二は全力で謝った。

「全く、こんな下らないコントをしてる場合じゃないのに」

と一通りの説教をすると、泰平は真顔で言う。

「安徳の言う通り君はまだ死んじゃいない。そう思い込んでいるだけだ」

 死んだと確実に言える証拠はあるのかいと続けた。よく考えてみれば、そうだと言い切る自信はなかった。

「そうや、決めつけは良くないで?」

「お前がそれを言うか」

「世も末だな」

「お前らひどない!?」

「いいじゃないか。ギャーギャー騒がしいこの方が彼を呼び戻すには都合がいいわけだし」

 いつの間にか政義や為憲、滿就、菊幢丸(義輝)がいた。

 彼らだけではない。劉備や曹操らも皆揃って龍二に微笑んでいた。

「まだお前に死なれちゃ困るんだ」

と言わんばかりに手招きしてくる。

「と言うわけだ。龍二君」

 義輝が言う。彼らの笑顔を見ているとそんな気分になってきた。

「分かりましだぁっ!」

 突然、龍二は後ろから何者かに飛びつかれて前のめりに倒れそうになった。

「りゅーうじ♪」

 それは花のような笑顔の達子であった。

「龍二。帰ったらデートしよ」

「・・・・・・はい?」

「だから、帰ったらデートしよ」

「・・・・・・あの、達子さん? 状況分かって言っているのかな?」

 どうも眼の前にいる達子は自分の知っている彼女とは何かが根本的に違う気がした。

「うん♪」と彼女は極上の笑みで再び抱きついて来た。

「あーあーはいはいご馳走様ご馳走様」

 何かに呆れ果てた明美がやっつけ気味に呟く。

 龍二は、達子のそんな顔を見て改めて決意を固めていた。

───今度こそコイツを守ってやるんだ

 そう思って、それを安徳達に伝えようとして顔を向けるが、そこに彼らはいなかった。達子の姿も無い。

 その代わり、見知らぬ一人の軍人がそこに立っていた。その服装は、教科書に載っているような旧日本軍のものであるらしかった。

「龍二」

 軍人は、そう言って刀を投げて寄越した。龍二が受け止めたそれは、進藤家の宝刀龍牙であった。

 龍二と軍人の眼があった。彼は軍人がどこの誰か一切知らないはずなのだが、初めて会った気がしなかった。むしろ、懐かしく思えた。

「良い眼をしている。流石龍造の子だけある」

 ふふんと笑う軍人は龍二にこう言った。

「俺の孫なら、その意地、貫いて見せろ」

 龍二は親指を立ててニカッと笑った。

「分かってるって。今度はちゃんと守るよ、『じぃ様』」

 男が口角をつり上げた。と同時に、彼と龍二を神々しく優しさに溢れた光が包みこんだ。

 獣のような咆哮が木霊した。

 光が収まるとそこには男の姿はなく、代わりに一匹の巨大な龍が存在していた。

 光輝く白銀に紫がかったの鱗、立派な髭、どこか威圧感を感じる紫眼の持ち主である龍は、ジッと龍二を凝視している。始めこそたじろいだ龍二も、慣れるとどうってことなかった。

「なかなか面白いではないか、お主」

 龍の口角が上がる。

 きっとこの龍も紅龍達と同じであるに違いない、という思いが伝わったのだろうか、龍の顔が一瞬緩んだように見えた。

「成程、奴が認めるわけだ。ますます気に入った」

 彼にこの龍の事は分かりかねたが、龍の口調は、さも納得したように楽しんでいるようにも聞こえた。どっちにしろ悪い龍ではなさそうである。

「我が主よ。お主はどんな力を望む?」

 龍が静かに問う。龍二は答えない。

「愛しき人、守るべき者達を守り通す力を望むか?」

 再び龍が問う。ようやく龍二が口を開く。

「うーん、それもいいけどさ」

「?」

 主人の態度に龍は訝る。

「どうせなら、全部守りたいな俺」

「・・・・・・何じゃと?」

 何を言っているのか理解しかねた龍は眉を顰めた。

 龍二は気にせずその理由を話した。

「俺ね、こう見えて結構欲張りなんだよねぇ。だから俺が関わった人の他にも困った知らない人がいたらそいつらを救えるだけの力が欲しいね」

 呆気に取られた龍を、龍二はどうしたという表情で見ている。

───俺は公方様はもとより、この日本の民全てを救いたいんだ

「・・・・・・くくく・・・・・・はーっはっはっはっはっは!」

 唐突に龍が大声で笑い出したのに驚いて、その笑いが何だか自分の望みを笑ったと思った龍二は、何だよ悪いかよと頬を膨らませた。

「いやすまぬ。お主がわしの前の主と同じようなことを言うのでつい、な」

 一通り笑ってから、龍は力強く告げた。

「よかろう。我が力、お主の為に貸してやろう」

 続けて龍はこう言った。

「我が名は伏龍」

 龍二はよろしくと龍牙を突き出した。

「挨拶代わりじゃ。お主の身体、暫し借り受けるぞ」

 再び光に包まれ、龍二の意識はそこで途絶えた。

















「ん・・・・・・・・・?」

 頭を押さえて明美は眼を醒ました。

「ここは・・・・・・・・・?」

『何寝惚けているんですか? 早く起きなさいな。さもなくば死にますよ?』

 ひょっこり眼の前に透けた安徳が現れた。

「・・・・・・・・・」

 その安徳の姿を上へ下へ目線を動かして確認し、その情報を整理し始める。

 安徳は眼をぱちくりさせている明美に言う。

『あぁ、この姿のことですか? いやぁ動きやすくて結構気に入っているんですよ』

『いやいや違うから。僕らの姿が透けていることに頭がついていって無いだけだから』

 安徳の横から泰平が平然とツッこみをいれる。茫然自失状態の明美が何気無しに辺りを見回してみれば、彼らの他にも知っている者達が幽霊としてそこにいたことに気づいた。

「ふにゅーん」

 やっと意識が戻ったのに、明美は白目を向いてまた気絶してしまった。

『? どうしてまた気絶したんでしょうね?』

 真顔で言い放つ安徳にその場にいた者達は一同に思った。コイツはバカだと。

『? どうしました?』

『いや、何でもない』

 完璧超人に等しい安徳が何故時々こうも素っ頓狂になるのか分からなかった。首を傾げる彼に、泰平はついにそれを言うことは無かった。

















「・・・・・・あの人誰?」

 達子は龍二の治療をしながら、さっき飛び出して行き、今董卓と対等に渡り合っている男を不思議な眼差しで見つめていた。

「ねぇ聖龍さん。あの人は誰ですか?」

 達子は傍らにいた───他を天龍に任せて飛んできた聖龍に訊いた。

「うん? 達子殿は聞いておらぬのか?」

 聖龍は意外だという表情で彼女を見る。

「聞いた話では、あの御仁とは黄巾賊の乱より共にしていると聞いたが・・・・・・ふむ、その様子だと、御仁は正体を明かしておらぬのだな」

 独り言のように呟く聖龍は、ならばとその男について紹介することにした。

「あの御仁は我が主殿とそこの龍二殿の祖父君であらせられる進藤龍彦殿でござる。名前くらいは、聞いたことがあろう?」

 長い沈黙が流れる。達子の頭のエンジンが暫くしてから超高速回転で稼働を始める。それにより、彼女の脳裏にとある男の顔が浮かんでくることになる。

「うええええええッッッッッッッ!!!!!」

 正常に戻った達子は、近くに呉禁がいたこと、龍二の治療をしていたことをすっかり忘れて大音量の驚愕の声をあげた。呉禁はそれを直接喰らい、眼を回しふらつく頭の周りをきらきら星が瞬いていた。

「・・・・・・確かに授業で聞いたことはあるけど───」

 すぐに落ち着きを取り戻した達子は、龍二の祖父なる人物を見やる。

 遠くの世界から帰ってきた呉禁が、潤んだ瞳で達子の袖を引っ張る。余程達子の声に驚いたようだ。彼女も、どうやら察したようだ。

「あ゛~、ゴメンね呉禁君。びっくりしたでしょ?」

 だが呉禁はしきりに龍二を指差して色々とジェスチャーで何か伝えようとしているのだが、あまり接したことのない達子には分からなかった。

 その時、視界が突然眩しくなり、思わず手で遮った。

「何・・・・・・・・・??」

 見れば、龍二の身体全体が光に包まれているではないか。その光は、柱となって天高く上っていた。

「ほう・・・・・・目覚め申したか」

「そうだねー♪」

 聖龍の隣ではいつの間にか天龍がいて、いつものようにお気楽な発言をする。緊張感の欠片も見られない長老に、聖龍が一言ぼやいた。

「・・・・・・だから空気を読んでほしいでござる」
















 地上ではその頃、血で血を洗う激戦が相変わらず繰り広げられていた。戦況は董卓軍に依然有利であり、予断を許さない状況だった。

「頼む。何とか持ち堪えてくれ!!」

 総大将袁紹が切実に叫ぶ。その側では、献帝が連合の必勝を祈っている。

 その時である。城の方から光の柱が見えたのは。

「な、何だ!?」

「協ちゃん、あれ!」

 鳳凰が城の方角を指差す。そこに眼を向けて始めて彼らはその存在に気づいた。

「あれは一体・・・・・・・・・」

 袁紹が呟く。

 天高く聳える光の柱を見ながら、帝の顔に喜色が満ちてきた。

「・・・・・・神亀。ついに来たな」

「うん。来たね」

 神亀が同調する。

「へ、陛下。な、何ですかあれは!?」

 明らかに動揺している袁紹が帝に尋ねた。

 フフッ。

 帝が不敵に笑んだ。

「来たのだよ本初。『希望』がね」

「『希望』・・・・・・・・・??」

「そうさ。ついに目覚めたんだよ。『眠りし龍』がね」






















 趙香は達子の護衛将隊に守られながら、兄子龍に負けず劣らずの槍さばきを披露しながら敵を屠っていた。

 その趙香もあの光の柱を目撃していた。

「えっ。何?」

「趙香様、あれを」

 その柱を見た趙香は、何だか不思議な心持ちであったという。

「───ほぅ。あやつ、目覚めたのか?」

「そのようですわね」

 彼女の傍にいた青龍と華龍が意味ありげな笑いを浮かべながらそれを眺めていた。

「あ、あの・・・・・・青龍さん。あれは・・・・・・・・・」

 フフン

 青龍の口許が自然と上がっていった。

「趙香や。お主は伝承を聞いてはおらんのか?」

「えっ、は、はあ・・・・・・一応聞いてますけど・・・・・・・・・」

 二人共愉しそうに、おかしそうに笑っている。

「さて、わしはあの城へ行ってくるとするかの。久方振りに、あやつの力が見たくなったわい」

 そう言って、青龍はフッとその場から姿を消してしまった。

「じゃ、あたし達も行きましょうか、姫」

「エッ・・・・・・えっ??」

 よく分からぬまま、趙香は護衛将隊と共に華龍によって連れていかれてしまった。
















 龍一は義輝と共に祖父龍彦の援護として董卓への攻撃に参加していた。この二人だからこそ、参加できたというものだろう。

 その董卓は、謎の強者二人の手でも手一杯であったのに、それを遥かに上回る強敵の出現により内心焦っていた。

「ぬぅ、ちょこまかと煩い蠅共めが」

 忌々しげに吐き捨てる。勿論、そんなことは彼らにとっては知ったことではないが。

「流石、音に聞く剣豪将軍様だ」

 龍彦は一緒に戦っている義輝の剣術を素直に誉めた。謙遜する義輝に「そんなことはない」と言った。

「どうだい光源院殿。一度本気のサシで勝負してみないか?」

と龍彦は嬉しそうに言う。

「いいですな。私も、『護國神』と謂われた貴方の実力を見てみたいですよ」

 義輝も笑い飛ばした。

(クソ、余裕にしおって)

 そんな彼らを憎らしげな眼で董卓は睨みつけた。強いだけあって、こうも余裕をかまされると無性に腹が立つ。まるで、自分の相手など眼中にないようである。

(この男、何者だ?)

 それは最初に抱いた疑問。

 謎の剣士。異国の服を着た男は、さっきの劉超なる男によく似ていた。若しくは、この男とさっきの男は同一人物かもしれない。だとしたら、この男はあの趙一族ではないか。そんな考えが脳裡よぎった。髪の色、瞳の色、そして、有無をいわせぬ絶対的威圧感───

 強大な魔力を持つ自分が中華最強と自負していた彼にとって、この男は許せぬ存在であった。認めがたい存在であった。

「おい、おっさんよ。だいぶ息上がってんじゃねぇか?」

 嘲るような龍一の言い方に

「フン。まだまだこれからじゃ!」

と咆哮すると、背中がぱっくりと割れ、そこから更に腕が翔び出た。その数、ざっと八。計十六本。まさに化け物と呼ぶに相応しい。

「ほう?」

 それぞれの腕が剣やら何やら刃物を持って不規則に攻撃してくるので、彼らは近づくのを止め、一旦距離を取った。

 阿修羅のような姿になった董卓は「グワハハハハ」と耳障りな笑いで迫ってきている。

「どうすんの、じいさん」

「そうだな。俺の炎で・・・・・・おっ」

 突如として自分の視界に光が入ったのを感じて龍彦は後ろを向いた。孫が光柱に包まれたのを見て、勝ち誇った顔を見せた。同じように龍一も勝利を確信した。

「「来たか!」」

 声を揃えニッとした。

 光の柱は暫く輝いたあと、上空に吸い込まれるように消えていった。

 中から現れた男は、光の粒子のようなものを纏っていた。

 肩まである輝くような銀髪、少し恐怖を覚えそうな紫の瞳の持ち主である。

「龍二?」

 その男の顔は確かに龍二なのだが、どこか違っていた。雰囲気を含めた全てが違う気がした。

「すまんな娘。お主の想い人の身体、暫しの間借り受けるぞ」

「龍・・・・・・二?」

 声色が違った。老成した男の声だった。

「どうやら間におうたようじゃぞ、華龍」

「はい、そのようですね」

 横から青龍と華龍、それに趙香と護衛将隊が現れた。

「・・・・・・白龍さん?」

 趙香が訝かる。彼の雰囲気がいつも見ている龍二ではなかったからだ。それで、彼女は彼の身体を動かしているのが誰なのか分かった。

「青龍。白龍は一体・・・・・・・・・」

 達子が訊くと、青龍は微笑した。

「安心せい尚姫。龍二の奴はちゃんと生きておるわ。ま、今は別人であるが」

 達子は意味が分からず首を傾げるが、話し方からして、危険ではないと判断した。

「一体誰が白龍の中にいるの?」

 達子の問いの答えを趙香は知っていたのだが、口にださなかった。

「伏龍じゃよ」

 青龍があっさりと告げるも、そもそも伏龍という龍を彼女は知らないので、当然に彼女はきょとんとした。

 その男が青龍達の方を向いた。

「久しいの。青龍よ」

「ふん、ぬけぬけと。しかし、今回はやけに目覚めるのが早いじゃないか」

「そうよね。一体どういう風の吹き回しかしら、伏龍様?」

 伏龍は首だけを華龍に向けた。

「華龍か。お主に会うのも随分と久しいの」

 伏龍の口がうっすら笑った。あらひどいと華龍はおどけてみせる。

「『狂龍』と恐れられたあの紅龍が認めた男ぞ。目覚めたくもなるではないか。それに───」

と伏龍はちらっと義輝を見た。

「あの男───将軍義輝に仕えし龍将たつまさの〝生まれ変わり〟じゃぞ。これほど面白い男、黙って寝てすごすと思うたか?」

「ふ・・・・・・ふはははっ! そうか、そういうことか! 成程、常々思うていた違和感の正体はそれであったか」

 青龍は快笑した。

「青龍や。我が主、わしがどんな力を望むか訊いた時、何と答えたと思う?」

「ん?」

「『俺に関わった人以外にも困った人を全部助けられる力を望む』と、そう答えたのじゃよ、我が主は」

「はははははははは! 生まれ変わりと信ずるにはちと確証に乏しいが納得するわ」

「それを聞いたらますます気に入っての。挨拶代わりに我が力を見せてやろうと思うて、こうして表に出てきたというわけじゃ。当然、我が主とは視野を共通しておる」

 ほれっ、と伏龍は手に持っていた龍爪を青龍に向かって投げた。

「どうじゃ。久々にわしと暴れてみぬか?」

「元よりじゃ。久々に血が騒いできたわ」

 そこへ董卓の怒声が響いた。ここまで外野に追いやられていては、流石に堪忍袋がぶち切れることだろう。

「何者じゃ! 貴様は!」

 そんな彼をさらに怒らせるように伏龍は鼻で笑った。

「わしは、貴様のような虫ケラに名乗る名は持ち合わせておらん」

 とうとう完全にキレた董卓がありったけの邪術を放ったが、二人は動じることがなかった。

 邪術当たる寸前、伏龍はそれをスッと見据えた。するとどうだろう、邪術は一瞬にして完全に消滅してしまった。

 董卓は恐怖した。何故かと言えば、彼の後ろに白銀に輝く龍の姿が見えた気がしたからだ。

「───!!」

 白く輝く銀の鱗と、恐ろしいほど澄み切った紫の瞳を持った龍の、勇ましく猛々しく雄雄しい咆哮。

 それが邪炎を掻き消すと共に董卓の全身を貫いた。瞬間、身体中をビリビリと電流が駆け巡った。

 自然と董卓は一歩後退する。

「聖龍、いるかの?」

「ここに」

 聖龍がスッと現れる。

「あの者共の守り、頼むぞ」

「承知仕まつった」

「相変わらず、その武士口調は直らなんだな」

 伏龍は苦笑いしながら董卓に向かって歩み始める。その姿は、神のようだった。

「早い目覚めじゃないか」

 その途中で、龍彦の上に黄龍の幻影が現れそう言った。貴様も息災だなと微笑してから、彼の主の顔を見る。

「ほう・・・・・・お主が天下に名高い『鬼神大元帥』進藤龍彦か」

 関心深げに伏龍はジロジロと龍彦を見る。

「アンタが伏龍か。伝承通り、モノ凄い力だな。

 それよりも、光源院殿に挨拶した方が良いのでは?」

 伏龍は眼を義輝と龍一に向ける。

「久しぶりじゃな。息災だったか?」

「おぉ、伏龍殿か。いや、その節は大変お世話になり申した」

 義輝は丁寧に頭を下げた。

「おいおい。仮にもお主は征夷大将軍じゃった者。そこまでする必要なかろう。

 それならば、かつての我が主相模守龍将さがみのかみたつみさこそ世話になった。わしこそ、その件で亡き主に代わり礼を申そう」

 伏龍が頭を下げようとするのを義輝は慌てて止めた。

「今は彼を倒すことに専念した方がよろしいかと」

と言われ、そうよな、と軽く笑った。

「積もる話はこれが終ってからゆっくり話すとするかのぅ」

 伏龍は董卓に向き直った。

「久しぶりの外じゃ。少々、遊んでもらうとしよう」

 そう言うより早く、彼の姿は消えた。その次には、彼は董卓の腕の一つを斬り落としていた。

「わしも、うかうかしておれんわい」

 青龍も勇んで董卓に攻撃を開始した。

「ほえぇ~」

 達子はため息をついた。実力の差をまじまじと見せつけられた感じがした。隣では、呉禁が眼を爛々と輝かせて彼らの戦いぶりを観戦していた。

「はぁ~」

 達子は再びため息をついた。

「どうしたの? ため息ばっかりついて」

 天龍が達子に尋ねた。

「いや~実力の差が、ねぇ」

 頬杖ついて呟く。

 達子を含めた者達(龍一や義輝達を除く)は、聖龍や華龍の張る結界の中にいた。皆、伏龍と青龍の戦いぶりに呆然としていた。

「えっへっへ、すごいっしょ♪」

「いや、凄いのは天龍さんじゃないから」

 達子は天龍にため息をつく。

「知ってるよ~♪ フッキーのことでしょ?」

「・・・・・・天龍様、過去に何度か注意しましたが、伏龍様のことをフッキーと呼ぶのはどうかと」

「えぇ~その方が親しみがあっていいじゃ~ん♪ 今は私が一番偉いんだもん。いいじゃん、かぁーちゃん♪」

と言い、挙句

「ガンバレーフッキー♪」

と応援しだす始末だった。

「(かぁーちゃんって)・・・・・・もう好きにしてください」

 龍も、彼女の奔放さにはほとほと呆れ果てているようだ。

(本当にこの人が宿龍のトップなのかなぁ?)

と達子は見る度に思うのだった。

「でもね達子ちゃん。フッキーまだ本気じゃないよ。二割くらいかな♪」

それには流石に驚いた。

「に、二割ぃ!? あれで?!」

「本当よ達子さん。伏龍様の実力はあんなものではありませんわ」

 華龍が頷いて言った。

「ほへ~」

 その横で、呉禁はウキウキしながら見入っていた。

















「・・・・・・おい、青龍よ。あやつのアレ、どうにかならんのか?」

 伏龍は横で共に戦っている青龍にぼやいた。

「・・・・・・すまんな伏龍。わしらでもアレは手に余る」

 青龍はため息混じりに言った。

「・・・・・・気苦労は無くならぬ、か」

 戦闘中にも関わらず、伏龍はため息をつかずにいられなかった。
















 趙香は兄の近くで彼らの戦いぶりを見ていた。最初彼女が突然眼の前に現れた時は驚いた兄の子龍だったが、これこれしかじかの事情を話すと、案外とすんなり了承してくれた。

「凄いですねぇ、伏龍さんって」

「そうだな」

 周りにいた者達もそれぞれ感嘆して戦いに見入っていた。

「そうでござるな。だが、彼の者の力、こんなものではござらん」

 聖龍は誇るように胸を反った。

「聖龍殿。何故、伏龍殿のことが、我らの伝承にはあまり伝わっていないのでしょう?」

 伏龍を見ていた趙雲は長年の疑問をこの際訊いてみる事にした。

「ふむ、そうでござるな・・・・・・直接の理由は、やはりその強大な力故であろろうな」

 聖龍は淡々と話し始めた。

「あの者の力は、他の龍は勿論、某ら五大龍の残り三人よりも格段に上なのでござる。万一、適性者が現れその力を悪用されでもしたら、国の一つ二つ滅するのは容易いこと。先人達には、それが分かっていたので、曖昧な記述にしたのであろうし、適性者もその力の悪用を恐れて尚更のことと推測する」

「しかし、伏龍殿は滅多に目覚めぬと伝書には書いておりますが?」

「然り。確かに、あやつは滅多なことでは目覚めん。アレはアレの気に入った相手を見つけた時にしか目覚めぬ所謂気難し屋なのだ」

 最後の方は苦笑しながらの話し口調だったが、なんとなくその通りに思えた。

 その時、尚妃(達子)が「に、二割ぃ!? あれで?!」と叫んだのが耳に入ってきた。

 それはつまり、彼がまだ本気をだしていないことに他ならなかった。

「・・・・・・二割?」

「マヂですか?」

「えぇ、マヂですよ。伏龍様が本気を出せば世界の一つや二つブッ壊すくらい朝飯前ですからね♪」

 華龍は久しぶりの伏龍の戦をその眼に焼き付けようとしていた。趙雲達も、華龍の恐ろしい発言はさておき、滅多にお目にかかれない五大龍No.2の戦いを脳裏に刻み込むことにした。
















「やっぱすげぇな」

 後方で援護しながら、龍一も伏龍の戦い方に感心していた。

「そうだね。あの時と変わっていないようで私は安心したよ」

 義輝が頷く。

「ん~やっぱ気になんなぁ」

「どうしたんだい、龍一君。唸ったりして?」

「あっ、いや、大したことじゃないんですけど、伏龍の前の主って龍将さんじゃないですか。そのことが古文書に書かれてなかったな~って思い出して」

 あぁ、と義輝が頷く。

「アレを書いていたら君達一族は後の世の権力者の道具として使われかねないからね。先例に習って私が裏工作しておいたんだ。

───あの時、君や彼を見た者は、泰高らが始末したらしいから問題はないよ」

「成程。納得しました」

 龍一は軽く笑った。そして、矩斎つねときを下段に構えた。

「義輝さん、俺は行きますけど、どうします?」

 龍一が訊くと、フッと義輝が笑った。

「愚問だね龍一君。当然、私も行くさ」

ちょっと感化されたと、義輝は右手に持つ大般若長光を左手に持ち変え、佩刀していたもう一つの刀───童子切安綱を抜いた。

「あれ? 義輝さん、二刀流でしたっけ?」

「昔ちょっとかじったことがあってね」

 そう言った義輝の二刀は優しい光を放っていた気がした。

「じゃあ、行くかい龍一君!」

「はい!」

 かつての師従は、仲良く斬り込んだ。
















 明美が目覚めた。

 もう一度安徳らの姿を見て、また危うく気絶しかけたが、何とか堪え、安徳からこれこれしかじかの事情を聞き、理解した。

「何か・・・・・・淋しいな」

 明美の眼に涙が浮かんできた。

『ふふ。貴方からそんな言葉がでるとは思いませんでしたよ』

 半透明の安徳がククッと顎に手をやり笑った。泣いていることを訊くと、私だって女の子だもんと頬を少し膨らませた。

「・・・・・・んでヤス。この人達は誰なの?」

 明美が、今眼の前で浮いている半透明の霊達について二人に訊いた。泰平は夏侯淵達を丁寧に紹介してやった。

『ちなみに、孟徳さん? 僕らの正体、もう知ってますよね?』

 泰平の不意をついた発言に、曹操はわずかに表情を歪ませた。

「何故それを・・・・・・・・・」

『勘です』

 間髪入れずに堂々と言い放った言葉に、曹操は呆気に取られてしまった。

『なんてね。嘘です。本当は、さっきそこの妙才さん達に聞いたんです』

と言うと、彼は夏侯淵達を指す。申し訳なさそうに彼らが頭を下げた。

 バレては仕方ないとため息をついて彼は明美を見る。

「そういうことだ。だからもう変に気を張ることは無いぞ、近藤明美」

「は、はあ・・・・・・・・・」

と曖昧に答えたものの、内心は「そう言われても困るんだけど?」と思う明美だった。

『じゃあついでに紹介しておこうか。あの道着を着た人が明美も知ってる龍二のお兄さんの一兄ぃこと龍一さん。んで、あの軍服を着た人が、二人の〝祖父〝の龍彦さんさ』

「へぇー、あの劉超が異世界きみたちのせかいの住人だったとは思わなかったな」

 孫堅が驚きの声をあげた。無理も無い。あんなスゴイ人間が、この子供たちと同じ世界の人間だったとは思いもしなかった。

 それはある人物に聞いたと泰平は付け加えた。

『まあ、あの白朱さんが私達の世界からパクってきたのですがね』

「ぱ、ぱくっ?」

『連れてきたって意味ですよ』

「あぁ、成程。あの人、いろんなところからいろんな人に迷惑をかけてるんだな」

『らしいですね』

『なあなあ、安徳。これ終ってからでいいからさ、お前らの世界の話を聞かせてくれよ』

 安徳は、はいと頷いた。

『さて、僕らはどうしようか?』

『そうさな。とりあえず、子龍ん所いこかね。ここじゃ彼らも疲れるさね』

 龐統の提案に皆頷き、そこへ向かうことにした。彼らなりに龍達を気遣ってのことだった。

「ねぇ泰平ぁ。龍二どうなったの? 何かいつもと雰囲気が違う」

 明美が雰囲気が違う龍二に気づいた。

『あぁ、どうやら伏龍って龍が目覚めたらしくて、今の龍二は、その伏龍が乗り移っているらしいよ?』

「へぇーそうなんだ」

 納得するような返事をする。彼女も、明確に記されていない伏龍について『何らかの方法』で知っていたようだ。

『そうみたいだよ。いい機会だから、一つ傍観と行こうか』

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