十八話 次世代の思い

「よいのか? 行かなくて」

 青龍がある部屋でのんびりくつろいでいた男に話しかけた。男の方は、青龍を見ると

「何だ、青龍お前か」

と素っ気無く言った。

「〝全部知ってる〟俺が出たところで大した意味もないだろう?」

 男は皮肉るように青龍に言った。青龍は苦笑してそうよなと答える。

「じゃが、まさかお主がいたとはわしも驚いたぞ」

「アイツが『孫達を助けてやってくれ』っつってな。俺も息子の子供を見てみたかったら引き受けたのさ。」

「ふはははははは。あの男らしいわ」

 青龍が微笑して男と相対するようにそこにあった椅子に腰かけた。

「だがよ青龍。あの野郎は自重するという言葉を知らないんじゃないか? 事あるごとに俺達を引っ張り回しては面倒事を押し付けやがって。この前だって・・・・・・・・・」

「まぁ落ち着け。大体奴のことは言っても治らんから諦めたはずではないのか」

「んなもん百も承知してるさ。それでも、たまに愚痴らんとアイツを九分九厘殺しても気が晴れん」

 何かを思い出したのか、男は拳をわなわなと震わせている。今にも男の話と全く関係ない机やら壁やらに八つ当たりしそうな勢いだったので愚痴を後で気の済むまで聞いてやるから今は抑えてくれと諭す。男もバカではないようですまんと怒りを鎮火させた。

「どうだ。最強の男とから見てあやつらは?」

 話題を龍二達に変えると、男はふむと腕を組んでこれまで見てきた少年達へ評価を下す。

「なかなかいい筋してるじゃないか。武の才はそこいらの奴より格段にあると見た。まだいろいろと未熟だが、俺が鍛えたらある程度までは磨けるな。

 『孫』に関しちゃぁ、この俺もたまげたわ。俺と同じく天賦の才を持ち、あの紅龍に認められ、さらに伏龍を宿しているんだからな。黄龍もたまげてたよ。ふむ、俺の個人的意見を述べるなら、まず間違いなく秀才の息子より格段に強い。ありゃ、大成するんじゃないか?」

 それにと男は天井を見上げて嘆息した。その表情は何か信じられないものを見たように困惑していた。

「もう一つ。アイツの中に何かもう一つの存在がいる。が、それが何なのか、俺も分からん。アイツに害あるものではないのは確かなんだが・・・・・・・・・」

「ほう? お主でも分からないものがあるか」

「俺は万能人でなけりゃ完璧超人じゃねぇんだぞ。そんなんだったら今頃あの野郎を塵芥にするかこの世から消滅させてるわ」

「そうよな」

 青龍は苦笑いする。確かにその通りだ。そんな人間だったらあの男を消滅させて穏やかで平和な日常を今頃過ごしているだろう。

 男は鼻で笑っている。

「黄龍はどうしてる?」

 暫く経ってから不意に青龍が訊いてきた。

「アイツん所に使いにいってもらってる。そういやぁ、あっちにも『孫』がいるんだってな」

「あぁ、おるぞ。奴の長男に当たる。そやつも五大龍の一体を宿しておるわ。

 お主の一族は息子以外は五大龍を宿しておるのぉ。不思議なものじゃ」

「ふ~ん、そうなのか。全く何を好んで俺の一族に宿るのやら」

「ふふん、確かにな。お主ら本家の人間といると、わしは飽きが来なくて助かるわい」

「へぇー、お前もそんなことを感じることがあるのか」

「わしは本家に伝わる宝槍『龍爪』に宿る『四聖』青龍じゃぞ。つまらん人間や小さい人間とおると、こっちもつまらなくなるではないか。やる気が失せる」

「おっとこれは失敬した。

───なあ青龍。暇潰しに俺が消えてからのことを話してくれよ」

「よかろう。わしも退屈しておったからな」

 それから、男は青龍が語るに任せて眼を閉じた。














 翌日、建業城に帝の一行と、河北で敗走した袁紹軍が入城した。

 入城した袁紹軍の面々は衣服や装備も血や泥で汚れ、裂けるに任せていて満身創痍だった。董袁連合軍に二度も攻められては如何に名門袁家が治めし河北といえども、防ぐことは叶わなかった。

 河北が彼らに蹂躙され陥落したことにより、残りはいよいよここ呉のみとなった。

 とある部屋に集まっていた諸将は一様に暗い空気に包まれていた。

 その中、帝を前に御前会議をこれから開こうというのだ。

「いよいよここだけとなったか・・・・・・・・・」

 曹操が顔の前で指を絡ませ肘を机の上につけた。

「まだ完全に負けたわけじゃない。私達が生き残っている限り敗けはない」

 帝は力強く言い放った。それに曹操は確かにと頷く。

本初ほんしょ、奴らと当たった時の状況を知りたい。今、我々の前で話してくれ」

 曹操は袁紹を促し、彼は当時の状況を話し始めた。

「文台。劉禅はどこにいるか分かるかい?」

 不意に帝が尋ねると残った孫堅は丁寧に答えた。

「それでしたら、南の端にある鍛練場に白龍君達と一緒に鍛練をしに行きましたよ」

「ありがとう」

 帝は神亀・鳳凰・于丹にそこに行くように指示し、自身は彼らと共に決戦に向けての会議に集中することにした。













 城の南側にある鍛練場には、趙蓮・周平・尚姫と護衛将隊の連中と趙香、そして劉備の遺児劉禅がいて鍛練していた。

(劉禅って俺達の世界と違ってバカじゃなくてかつ武の才能があんなぁ)

 劉禅の相手をしている龍二は感心していた。こちらの世界の劉禅、字は公嗣はどうやら武道に秀でているらしい。なかなかの腕で、泰平や安徳といい勝負である。

「いい腕をしてるじゃないか、公嗣」

「君には劣るよ、白龍さん」

 劉禅の剣筋は龍二の急所を的確に狙って繰り出され、龍二はそれを龍爪でいなしながら反撃する。それを数合繰り返していた。

「なかなか間合いが分からないなぁ」

「剣と槍じゃそんなもんさ。戟や薙刀にも言える。如何に自分の間合いにもっていくか、しっかり学びな」

 そんな稽古中、突然どこからか人の絶叫や悲鳴がこ木霊した。

「わっ!? えっ!? 何、何!?」

 ビックリして攻撃を止めキョトンとしている劉禅の横で、龍二を始めとするその場にいた者が皆ある方向を向いて合掌していた。表情は哀れみに満ちていた。

「何してるの皆?」

 皆は声を揃えて

「犠牲者の冥福をお祈り申し上げている」

と言った。

(犠牲者って何の!?)

 不思議がっている劉禅を見て誰もが思った。

(知らないっていいよな。むしろ、このまま知らないでいてほしい・・・・・・・・・)

 あの悲鳴は、きっとあの元暗殺者集団か適当に集められたゴロツキ共が悪魔の実験か何かの尊い犠牲になったに違いないと龍二らは思った。当然、あの副総隊長に天才軍師と呼ばれた男も必然的に絡んでいるのは明らかだが。

「ねぇ、今の悲鳴、何なん?」

 劉禅は周りに尋ねるが

「公嗣・・・・・・世の中には知らない方がいいことがあるんだよ」

 養兄の劉封が顔面蒼白に答えた。他の者も同じような表情だ。

───この話題には触れない方がよさそうだ

 そう思った時、その人物はニコニコしながらやってきた。

「おぉ、皆いるね」

 そんなところに帝である。劉封達は慌てて臣下の礼をとった。龍二らは帝が偉いというのは知っていたが、この時代の作法を弁えていなかったので取り敢えず彼らが今やったことを真似ることにした。

 帝はそんな畏まらないでくれと言っている。会議を終えて人づてに聞いてここにやってきたのだ。

「劉公嗣いるかい?」

 劉禅は慌てて一歩踏み出した。うんうんと帝は彼を上から下まで見渡すと、持ってきた紙を広げ読み始める。

「劉公嗣。君を蜀太守に封ず」

 あまりに突然で薮から棒な任命に劉禅は戸惑ってしまった。え?という表情のする劉禅も前では、帝はニコニコしている。第一、蜀は敵の手に落ちているのに。

「ちょっ・・・・・・陛下、僕が蜀太守? 何故なんですか? 養兄上を差し置いてそんな・・・・・・・・・」

「はは。確かに君が慌てるのは無理もない。だが、これは叔父上の───君の父玄徳殿の遺言でね」

「父上の・・・・・・遺言?」

「そうだ。『次の太守は私の息子公嗣にして下さい』とな。

───私が今握っているこれが、その証拠さ」

 そう言って、帝は持っていた劉備の書状を劉禅に手渡した。

 読み始めた劉禅の瞳には、確かに先程帝が自分に告げたことが書かれているのが入ってくる。それと一緒に趙蓮達の正体についても記されていた。

「ですがやはり───」

 なおも戸惑っている劉禅を、劉封は微笑して後ろから小突いた。

「あ、養兄上・・・・・・・・・?」

「バカだな。何を遠慮してるんだい? ありがたく受けなよ」

「だけど・・・・・・・・・」

「あのね、コウは私のことを気にしているんだろうけど、養父上の血を受け継いでいるのは私ではなく君なんだよ、公嗣。君が継いでこそ養父上の遺志を始めて継いだことになるんだよ?」

 養兄は優しく弟を諭す。

「そうよ。そうしなさいよコウちゃん。その方がお父さん喜ぶと思うよ?」

 曹姫や陳明達が次々に薦めた。

「・・・・・・分かりました陛下。謹んでお受けします」

 意を決した劉禅は皆の面前でそう宣言しそれを丁寧に畳んだ。帝以下、とても喜んだ。

「まぁ、その〝詔書〟は奴らから蜀を奪還した後で有効になるけど、内定に等しいから取っておいて損はないよ」

「そうなったからには、しっかりしないとな公嗣」

「勿論さ養兄上」

「よし、私コウちゃんの輔佐買った!」

「あっ、ずるい曹姫ちゃん! 私もやる!」

「私も!」

「俺も名乗らせてもらおう!」

 やんややんやと盛り上がっている様子を見ながら、よしよしと帝は頷いて見せる。この様子ならきっと大丈夫だと確信できた。

「鳳凰。悪いけど関羽さんや張飛さん達に今のことを伝えてきてくれないか」

「はいは~い、協ちゃんまっかせて~♪」

「コラ鳳凰! 陛下に対して口の聞き方を気をつけろとあれほど言うてあろうがっ!」

 鳳凰の物言いに于丹は髪を怒髪天を突く勢いで立てるも、鳳凰は構わず風のように行ってしまった。

「あ゛ーもう! 陛下! 大体貴方がちゃんとしつけないから!」

 激昂した于丹は茹蛸の顔で帝に怒鳴りつけた。その勢いで今まで溜まりに溜まっていた鬱憤を帝にぶつけるだけぶつけまくった。

 何かがブッツリと切れた音がした。へっ?と劉封らがポカンとしていると、帝は于丹の前に行き、「せーのっ!」という掛け声と共に全力中の全力で彼をぶん殴った。于丹は壁まで吹っ飛んで、放射状の亀裂と窪みを作りそのまま気絶した。

(へ・・・・・・いか??)

 唖然としている皆を尻目に

「おーいみずちぃ、いるかーい」

と呼ぶと、どこからともなく蛟という水色で肩まである髪の女が現れた。

「協ちゃん、どうしたの?」

 悪魔の笑みを浮かべて帝は眼を回している于丹を指差し、

「そこでノビてる旧時代の遺物に等しい堅物の耄碌頑固ジジィを始末してくれ」

と吐き捨てた。

「は~い・・・・・・ってまたなの? この人、もうこれで三百回目だよ?」

「ボケが始まってるから覚えてないんだよ、歳だから」

 帝は気絶している老臣に容赦無い言葉を浴びせまくる。

「じゃ、この干からびた変死体運んどくね」

(いやいやいや、まだ死んでないからね、その人)

「よろしくね。できればそれを焼却処分してくれると助かるんだけどな?」

「それはできないよ。一応この干物は協ちゃんのお父さんの代から仕えてるんだから」

 蛟は辛辣な言葉を浴びせて、ノビてる于丹を引きずってどこかへ行ってしまった。

(恐っ!! 二人共怖っ!!)

 どんよりした空気の漂う鍛練場に、恐らく遊びに来たであろう玄武が帝の姿を見るや気色満面な笑顔を浮かべて飛びついた。

「劉協~、久しぶりぃ~♪♪」

「玄武か! 君も元気そうで何よりだよ!」

 久々の再会を喜ぶ二人のお陰で、その場の空気がほんわか和らいだので皆ホッと安堵の息をついた。神様仏様玄武様のような感じだ。

「そうだ、白龍君。邪魔じゃなければ、私にも槍を教えてくれないかな?」

 ふと思い出したように帝は龍二にそう願い出た。

「この中華を治める身としては、些か武術を嗜んでおかないと、いざという時に困るからね」

「ふむ。そういうことなら、引き受けよう。やるからには、きっちりみっちり稽古つけて一人前にしてやんよ」

 帝の頼みを断る理由がない龍二は快く了承した。

「それは頼もしい。では一つよろしく頼むよ」

 彼らは鍛練を再開した。

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