第九話 覚醒したるは 洛陽大戦後編

───紅き炎の柱現るとき、彼の龍目覚むる。

その龍、宿主の力量を見ると言はる。

その者、足ると見られしは、龍、その者に大いに己の力を貸与す。

その者、不足と見られしは、龍、その者を焼死さするか、魂を喰ろひ、身体を取り、死ぬるまで世を破滅へと導かん。

彼の龍、名を紅龍と言ふ。

龍、邪とも呪とも狂の龍と異名せらる也───

『趙家文書・伝承伝』



















 呂布敗走の報は董卓を不機嫌にさせ、立腹させた。と同時に呂布を退けた者に恐怖した。曲がりなりにも呂布は、天下にその名を知らぬ者はいないほど知られている最強の武人。それを───

「えぇい、反逆者共めぇ!」

 怒りを露に怒鳴り散らした。朝臣はおろおろしてざわつくだけだ。

「洛陽を焼けっ」

 業を煮やした董卓が朝臣に命じたが、当然朝臣らは困惑した。国の首都を反乱軍───実際は董卓が反逆者であるが、〝帝〟を担ぐ以上正義は董卓にある───に侵入されたくらいで焼き払う者がいようか。しかも、その幽閉中の帝の処遇をどうするか聞くと「放っとけ」と一蹴した。

 ただ一人、李儒のみが彼の命に賛成し朝臣の説得を開始した。

───今しかない

 于丹はこの隙をついて帝救出を実行すべく、このどさくさに紛れて姿を眩まし、帝が幽閉されている地下牢へ向かった。










「子龍さ~ん。いましたよ~」

 達子がそれらしい人物が入っている牢の前で他の場所を探していた趙雲を呼んだ。

「陛下。ご無事ですか?」

「おぉ。そなたが常山の趙子龍か。槍の名手として噂は聞いているぞ。この通り、なんともないよ」

 痩せてしまったがねと微笑むが、それ以外は本当に大丈夫そうだ。

 帝は達子の方に顔を向け

「君が、司馬尚妃か」

と訊くと、達子は「そうですよ~」とのんびりした口調で答えた。

(へぇ~。帝って、私達と変わらないんだね)

 衣服は汚れてやつれて無精髭が生えているが、自分達と同年齢に見えた。最初こそビックリしたが、そんな帝に達子は親近感さえ覚えた。

 一方の帝も、達子と同様のことを思っていた。

(あの人が連れてきた者が、まさか私と同い年くらいのとは・・・・・・・・・)

 あらかじめ白髪の男から聞いていたものの、改めて見てみると多少ならずとも衝撃を受けるものだ。

「陛下。何故彼女の名を知っておられるのですか? 彼女とは今日初めてお会いするはずですが??」

 怪訝そうに尋ねる趙雲に、帝は微笑して答えた。

「『ある人物』から聞いていてな。それに、そこの朱雀がさっき会いに来てね。こっそり教えてくれたんだよ」

 帝が指摘すると、達子の佩ていた朱鋭から、朱雀がひょいと姿を現した。

「は~い、協君おっひさ~」

「ついさっき会ったばっかりじゃないか。

───まあいいや。早く出してくれよ」

 暢気に手を振る朱雀に帝は頼むと言わんばかりに鉄格子を蹴る。

「はいは~い」

 軽く朱雀は答え、紅蓮に輝く灼熱の炎でもってそれを焼き付くした。

「や、助かった」

 帝は背伸びをしながら朱雀に礼を言う。

 その直後、誰かの走る足音が廊下に響いた。「敵か」と趙雲と達子が槍と剣を構えるも、帝は制止させた。

「大丈夫敵じゃない。あれは于丹の足音だよ」

 帝の言う通り、現れたのは年老いた老臣であった。

「陛下・・・・・・ゼェ、ゼェ・・・・・・ご無事・・・・・・ゼェ、ゼェ・・・・・・ですか?」

 老臣于丹は息を切らして膝に手をついていた。

「おいおい于丹。たかがここまで走って来るだけでヘバッてんじゃないよ」

 帝はヘトヘトに疲れきっている于丹をからかった。年寄りの冷や水と言われたように感じた于丹は、まだまだ現役じゃと声を張り上げて抗議する。

 于丹は顔をあげた。そこに三人の若者がいた。その内の一人、男の方は知っていた。『常山の趙子龍』と聞いて知らない者はいない槍の名人である。彼の隣にいるもう二人───紅い服を着た女と、帝と同じ位の年格好の少女は知らない者だった。あと二人、帝の側に誰かいるような気がしたが、帝の側には誰もいなかった。

「お~い于丹。早く外に出ようか」

 帝の声に、于丹は御意と頷き、外へ案内した。











「あ゛ーあの猪バカ! あれほど一人で突っ込むなって言ったのに!」

 乱軍の中、泰平は単身突撃をかましてどこかへ消えてしまった龍二への怒りをぶちまけている。

「ふざけんなよあんにゃろう! 人の話を聞けよボケぇ!」

「流石、猪単細胞人間。猪突猛進とは彼の為にあるような言葉ですねぇ」

 横で安徳が冷静な口調で進藤龍二という人間を評価している。当然長光と宗兼を振るいながらであるが。

「冷静に評価してんじゃねぇインテリ野郎!」

 苛立っている泰平を護衛の陳明と黄満が戦いながらなだめている中、安徳は何か思うことがあるらしくいつの間にか彼らの側から姿を消していた。

 それに、泰平らは気付いていない。

「まずはここを片付ける、それから龍二あのばかを探しにいくぞ二人共!」








「あ~あ。やっちまったなぁ」

『取り敢えず、お主にはその短絡的思考を改めることを薦めとくぞ?』

「だよなぁ?」

 龍二は後悔していた。泰平の忠告はこれでもかってくらい分かっていたつもりだが、敵を追撃するあまり囲まれていることに気付くことが遅れたのだ。

(まあ、なっちまったモンはしゃあねぇし)

 開き直った龍二はこの包囲を突破すべく、槍を振るうも敵の包囲網は彼が思っていた以上に厚かった。

 何とか関壁までは逃れることができたが、全身傷だらけで、額には汗がにじんでいる。

(ここまでか)

 諦めかけた時、彼の前に蒼き炎柱が現れ、更には壁から敵を数人斬り裂いて登場する男が二人いた。

「全く、お主の行動にはホトホト呆れるわい」

「流石猪単細胞。後先考えないで行動するからこうなるんですよ」

 青龍、安徳は言うだけ言って、龍二に寄る。

「では、まずはここを抜けますよ」

 三人は一斉に正面に群がる敵に斬りかかった。

「たかが三人に何を手間取っているのだ! さっさと殺らんか!」

 包囲軍の隊長董旻とうまんは部下に怒鳴り散らす。しかし、安徳の剣術、龍二の槍術、青龍の蒼炎と槍術の前にとても勝てる気がしない。そこで董卓軍は数の暴力で三人を始末しようと画策する。

「クソッ! キリがねぇ!」

 次々に数を増してくる敵を眼の前に、龍二が忌々しげに吐き捨てる。

 董卓軍はたった三人を殺す為に後方などから多数の兵士呼び寄せ当てるも、犠牲者を増やすだけで彼らを討ち取るまでにはいたってはいない。

「えぇい、こしゃくな!」

 我慢ならない董旻は青筋をうかべながら自身馬上で弓を引き、照準を合わせた。

 弓を引くと、矢は一直線に飛び、龍二の右太股に突き刺さった。

「しまった!」

「龍二!」

「しまった!?」

 これにはさしもの安徳と青龍も慌てた。

───不覚

 激痛が走り右膝を地についてしまった。矢を抜くが、そこから血が吹き出て痛みが増す。好機とみた董卓軍が討ち取らんとばかりに一斉に彼に襲いかかったが、龍二は進藤家という、指折りの武門の名家に生まれたという意地で全員薙ぎ払った。

「ナメんな!」

 覇気は衰えていないが、手負いとなると力はいつもより格段に下がる。

──いついかなる時も油断することなかれ

 こんな時に限って、父龍造がいつも道場で言っていた言葉が頭をよぎった。

──常に周囲に『気』を巡らせ注意怠るなかれ

 同時に、道場に掛けられている祖父龍彦の格言もよぎった。戦場で油断することは、すなわち死を意味する。

 この時、龍二はここが自分達の暮らす世の中にはない戦場であり、これが戦争であること、死という恐怖を思い知った。

「もらった!」

「覚悟っ!」

 完全に気が緩んでいた。左右と前から敵兵が同時に斬りかかってくる。

 反応が遅れた。今からでは間に合わない。

──クソッ、これまでか!

 龍二は観念して目を閉じた。

 どすっ、と突き刺さる嫌な音が龍二の耳をつんざいた。

 ゆっくり、彼が眼を開けた。彼の眼に、腹部から突き出た刀身から血を流している安徳の姿があった。

 龍二の眼がかっと見開かれた。

「・・・・・・ったく、貴方・・・・・・ど・・・・・・手間の・・・・・・る人は・・・・・・せんよ・・・・・・・・・」

「おまっ───」

 苦痛に歪んだ笑顔を向けた安徳は、一度吐血してから斬り手を斬り伏せ、己が腹に突き刺さった剣を引き抜いた。そこから大量の血が流れ出す。

「ちぃ!」

 青龍舌打ちして龍二達を守るべく敵を薙ぎ倒し、彼らの前に立ち塞がり、敵を近づけさせなかった。

「安徳っ!」

 倒れる安徳を、龍二は高蘭の約束を忘れてつい彼の本名で叫び、抱える。

「油断・・・・・・して、ました、ね・・・・・・・・・?」

虫の息の安徳の口端から細い血の筋が流れている。顔は苦痛に歪んでおらず、むしろ微笑んでいるように見えた。こうなってしまったことを微塵も後悔していないようだ。

「バカ野郎! もう喋んじゃねぇ!」

 そんな友に、龍二は思わず叫ぶ。

 その光景を見ながら、董旻隊兵士が

「ふん、勇者気取りかよ」

だとか

「俺達に歯向かう愚者には死あるのみよ」

と口々に言いたい放題言っている。

うぬらがぁ!!

 それを、怒りに任せて青龍が槍で屠り蒼炎で焼き尽くす。

 安徳が血を吐く。眼の光がだんだんと鈍くなっていくのを龍二は感じた。

「おい、死ぬな安徳!」

 その言葉に、安徳は微笑するだけだった。

「お前、何で───」

 俺を助けたと言おうとしたところに、安徳の言葉が被さる。

「フフフ・・・・・・それは、貴方が・・・・・・から───」

 突然、安徳の身体が龍二の手の中で急に重くなった。

「おい・・・・・・おい、安徳っ」

 龍二は彼の名を呼び、揺するが、彼はついに何も反応しなかった。龍二は愕然として、信じたくない現実から逃げようと何度も物言わぬ骸となった友の名を呼び続けた。

 その間も、董旻隊は安徳を嘲笑している。

 眼に涙をためながら、龍二は安徳の穏やかな死に顔を見ていた。

「龍二・・・・・・・・・」

 青龍はただ黙って彼らを見ているしかなかった。

「くっそぉぉぉぉぉ!!」

 自分の不明により友人を死なせてしまった悔しさが爆発し、龍二の咆哮が木霊した。

 そんな彼を、灼熱の業火の炎柱が包みこんだ。












『久々に、俺は我が主の為に力を振るおうではないか』

 頭の中から誰かの声が聞こえる。火炎の柱に囲まれた直後のことで、龍二は周りをキョロキョロと見回した。

『死者を嘲る者共に、本当の死の恐怖というものを味合わせてやろう』

 その声は龍二に言う。

『別にお前を憑って喰おうとは思っちゃいない、むしろ気に入っている』

 別に聞いちゃいないぞ、とは返さなかった。今はそんなことどうでもよかった。

 安徳アイツを侮辱するのだけは許せなかった。

「協力してくれ」

 龍二は声の主に求めると、声の主はおうと答えた。

『我が名は紅龍こうりゅう。では、行こうか、新たなる主、進藤龍二よ』









 龍二ら三人が虎牢関の入口付近で暴れているその頃、泰平は陳明ら連合軍側の入口で敵を掃討していた。

「あれ? 封徳は?」

 暫くしてようやく安徳がいないことのに気付いた。泰平と一緒にいた黄満と陳明の二人も彼に言われるまで気付かなかった。

「そう言えば───」

 その時、周囲が突然明るくなった。振り向くと、ちょうど反対側───塀の向こう側から巨大は炎の柱が現れている。

「何だ、あれ!?」

 泰平達は戦闘を止めそれを見入ってしまった。敵が襲ってこないところを見ると、どうやら敵側もアレに視線が奪われているらしい。

──龍二の中に眠る『狂龍』を目覚めさせてはならない──

 不意に、誰かの言葉が泰平の脳裏に浮かび上がった。その言葉は、かつてある人物からの託し事であった。その『狂龍』というのは、彼の一族の中で最も注意すべき龍であるとされている。

───紅き炎の柱が上がりし時、龍は目覚めん

「まさか・・・・・・、あれは───!!」

 泰平は血相を変えて走り出した。その先はあの炎の柱が上がっている方向だった。

「泰明殿、どちらにっ!?」

 陳明が叫ぶも、泰平は耳を貸すことなく行ってしまった。

「な、何がどうなっていやがる!?」

 黄満はえらく動揺しながらも、彼の護衛将隊としての役目を思い出して、混乱している陳明を引き連れて泰平の後を追った。














「くぁー。やっぱ外の空気は美味いなぁ!」

 久しぶりの外界の空気を思いっきり肺に送り、帝はたまらず思いっきり背伸びした。

「陛下、お急ぎを。奴らに気づかれます」

 秘密の入り口───宮殿横の庭のある場所に作られた抜け穴の出口で待機していた馬闥がたしなめるも「少しくらいいいだろ?」と言って、暫くそうしていた。

「いいじゃん弘ちゃん。協ちゃん、久々にあんな狭くてジメジメして暗い地下牢ところから出れたんだしさ」

「それに、ここならアイツにゃ協のことバレないだろ?」

 いつの間にか現れた神亀、鳳凰が帝を擁護するも、守役の于丹はそんな無礼な二人を叱る。

「無礼じゃぞ! 貴様ら、陛下のことを名で呼ぶとはっ!」

 怒髪をたてる翁を、帝はよいよいと告げた。

「彼らは、私の幼少期からの友人だ。まぁ許してやってくれ。私がそう呼ぶように頼んだのだ」

陛下がそこまで言うならと、于丹は渋々それ以上何も言わなかった。

「あの子達ね、タッちゃん達をこっちに連れてきたの聖獣なのよ」

 朱雀は主達子に耳打ちする。言われて見れば、成程、確かにここに生きる人とは髪や眼の色が違う。名は男の方を神亀、女の方を鳳凰というらしい。

 達子の眼に光が入った。振り返ると、それは虎牢関の方かららしい。そこから上がる巨大な炎の柱が見える。

「何だぁ、アレは?」

「于丹。あれは何だ?」

 帝が于丹に尋ねるも、彼もあれが一体何なのか分かるはずがない。

 しかし、帝は暫くじっとその柱を見ていて「あっ」と叫んだ。どうかしましたかと于丹が訊くも、何でもないと帝は答えた。その口許は不敵につり上がっていた。

 炎の柱を見ていて、達子の脳裏にも泰平同様ある人物の言葉がよぎった。

(まさか───)

 達子は任務を忘れ無我夢中でそこへ走り出した。

「ちょっ、アンタ、どこ行く───って、もういっちまったよ」

 達子の豹変ぶりに皆は揃って首を傾げる。

 趙雲も同じ様にそれを見ていたが、二人と同じく、だが、違う言葉が脳裏に浮かび上がった。

──彼の龍目覚めしとき、世界は破滅の道を歩まん──

 言いようのない嫌な不安を抱いた趙雲も、血相を変えて走り出した。帝以下、ただ呆然と見ているしかなかった。

 趙雲は一人、自分が抱いた不安が当たらぬよう祈っていた。

(杞憂であってくれ・・・・・・・・・!)











 炎の柱まで達子と趙雲はほとんど戦闘を行うことなく行くことができたが、そこには泰平、高蘭、白虎、玄武がただ突っ立っているだけだった。

「ヤスぅー!」

「───貴方達も来ましたか」

 高蘭が言う。言うだけで、そこから先に行く気配は見られなかった。

「貴方は───」

「子龍殿」

 察した高蘭が人差し指を唇に当てる。趙雲も理解して言おうとしていたことを飲み込んだ。

「ねぇ、何で行かないの!」

 泰平を問詰めるも、何も答えない。俯いているだけだ。

「今は危ない」

 白虎が答える。

 趙雲は今にでも行きたかったが、何が起るか分からない以上、彼の言葉に従う他なかった。

 朱雀に同じことを言われ、達子もそれに従うしかなかった。

「安心なさい。どうやら『彼』は白龍を主と認めたようですから」

 高蘭は、微笑みながらそんな意味深な言葉を彼らに送った。










 炎の柱が消え、中から現れた人物を見て、董旻隊の兵士は眼を見張る。

 中から出てきた者は、確かに先程の少年であることに違いはない。しかし、黒かった髪と瞳はまるでさっきの炎の柱のように紅蓮に燃えるように紅々と色づく男は、死んだ友の亡骸を抱えている。

「誰が・・・・・・、何だって?」

 龍二の発する言葉の一言一言に、彼の怒りが込もっている。

 彼は安徳を地面に置くと、眼を据えて再び口を開いた。

「何だって聞いてんだよ」

 一人が彼の言い方にイライラしたのか、ムッとした顔で、次には嘲笑して告げた。

「うるせぇな、そんなに聞きたいんならもっかい言ってやるよ。そこでくたばっているそいつは英雄気取りのいきがったクソが───」

 その者は、全てを言い終わる前に一瞬にして首と胴を斬り離され果てた。

 董曼軍は驚愕した。少年と首を刎ねられた男との距離はかなり離れていた。にも関わらず、彼は斬ら首を宙に飛ばされている。更に加えると、斬られた首と胴はその後、跡形もなく地獄の業火によって燃やし尽くされ、後には何も残らなかった。

 龍二の眼は先程より数段鋭いものになっていた。

「貴様らは・・・・・・・・・」

 龍二が眦を上げた。紅い瞳が、灼熱の業炎のように燃えている感じがした。瞳も髪と同じように逆立っている。

「絶対に許すわけにはいかねぇ!」

 彼の身体を火炎が包んだ。まるで彼の感情に合わせるように。

 董旻軍は〝化物〟の出現に恐れをなして逃げ出そうとした。が、隊長の董旻は、そんな彼らに逃げずにあの死に損ないを始末しろ、逃げる者は厳罰に処すと厳命した。兵士達は進退極まり、圧倒的実力差に絶望した彼らは奇声を発しながら龍二に挑んでいった。

 特攻した兵士は、皆彼の槍によって首を宙に飛ばされ胴を裂かれ、肢体もろとも槍の穂先にまとっていた紅き火炎の前に瞬時に消し炭と化した。

 突如として、彼は何を思ったか、それまで振るっていた龍爪を地に突き刺し右腰の龍牙を鞘から払った。

 煌めく刀身は、かの斬鉄剣かそれ以上の強度と切れ味を持つと伝えられ、彼の祖父『鬼神大元帥』の愛刀であった。

「───進藤流剣術 三式之一さんしきのいち、演武 極・魔蒼牙刃まそうがじん

 低い声で龍二が龍牙を横薙ぎに払った。炎を纏った刀身から繰り出された、黒々としか紅き炎の真空刃は触れた者を容赦なく斬り裂き焼滅させた。

「進藤流剣術 五式之二 演武 烈・爆砕刃」

 龍牙を地面に叩きつけると、地面が割れそこから業火が吹き出し焼き付くした。

「貴様ら全員、生きて帰さねぇから、覚悟しとけよ」

 龍二の冷ややに殺気に満ちた声は董曼軍の恐怖を更に増すことになった。












 それまで戦場にいた青龍が泰平らの所にやって来た。彼は安徳のことには触れず、龍二は心配ないとだけ答えた。

「あやつ───〝紅龍〟は白龍のことを気に入ったようじゃ。暴走することはない」

 泰平と達子は同時に首を傾げる。何を言っているのか分からなかったからだ。

「お主らが奴の兄から聞いていた言い伝え。あれには続きがあってな・・・・・・・・・。

───まぁ、今ではどうでもよいことじゃな」

「どうでもいいって・・・・・・・・・」

「ともかくじゃ、白龍のことは心配いらん」

 青龍はそれ以上のことは何を聞かれようと一切答えなかった。

 余程自信があるのか、それとも本当に心配がいらないのか、二人には判断しかねた。が、青龍は『四聖』として永きに渡り龍二の家に仕えている。きっと彼の家の力の源である宿龍についても詳しいに違いない。そのことを加味すれば、あながち青龍の言っていることは間違いではなさそうである。

「本当に、心配いらないんだね?」

「うむ」

 念押し、確認の意味を込めて泰平が少し顔を寄せると、青龍は深く頷いた。泰平と達子は青龍を信じることにした。それから彼は趙雲に顔を向けた。

「〝アレ〟は息災かの? 子龍や?」

 〝アレ〟と言われて、趙雲はきょとんとしていたが青龍は

「まぁよい。どうやら息災のようじゃ」

と一人納得したのか苦笑していた。

「お主も白龍のことは心配せんでよいぞ。今の奴は世界を破滅に導くことはないからのぅ」

 クククと趙雲の反応を面白がるように青龍は笑っていた。

(子龍や。挨拶が遅れてすまぬの)

 突然趙雲の頭の中に青龍の言葉が響いてきた。趙雲は少し驚くも、泰平達にバレぬよう〝会話〟を始めた。

(やはり貴方でしたか。と、言うことは趙蓮君は私の───)

(子龍や。それ以上は、今はご法度じゃ。それはまたの機会に話すとしよう)

(はい。それでは彼の心配はいらないのですね?)

(おうさ。ま、それを含めて後で話そうや)

 そこで会話は途切れた。趙雲はとにもかくにもホッとした。伝え聞いた伝承が〝ハズレた〟ことに、自分の抱いた不安が杞憂に終わったことに。













「何じゃ、あれは?」

 逃げ支度をしている董卓の眼に、あの炎の柱が入った。

「恐らくですが、敵の兵器が爆発したのでは?」

 悪参謀李儒が答えると、そうかと関心なさげに返した。その横で、朝臣達がいそいそと支度している。

 李儒の説得に渋々承諾したものの、元より彼らはこの暴君一味に従う気など毛頭ない。どさくさに紛れて逃げる気満々でいるのだ。

「行くぞ」

 董卓が告げると、意気地無しの朝臣共は従う他なかった。













 ある一団が宮殿裏に集まっていた。

 彼らは、董卓の命によりこれより都洛陽を火の海にさせるところなのである。連合の士気を下げるのが狙いだ。

「悪いが、お前らの好きにはさせないぜ?」

 知らない男の声に、ハッとして振り向くとそこにはいつの間にか見知らぬ青年が抜刀した姿で立っていた。

「何者だ貴様は!」

 一人が声を荒らげて青年に問う。

「んー・・・・・・、お前らのような極悪鬼畜共に名乗る名はない」

と青年が手をヒラヒラさせてあしらうように返すと、彼らは途端頭に血を昇らせた。

「ナメた口を。見られたからには生かしちゃおけねぇ。死ねぇ!」

 ある一人が牙を剥いて襲い掛かってきた。それを見た男は、「ふぅ」とため息をついた。

「やれやれ仕方ない。いくぞ、聖龍」

 男が言うと、彼の背後から光輝く巨大な、見たことがない生き物が現れたように見えた。それと同時に、男の持つ刀に光輝いた。直後、刀身を黄金に輝く炎が纏い、敵は、それに怯んだ隙を突かれ男の刀によって胴を両断され、そのまとう炎によって燃やされ灰塵となって消えてしまった。

「えっ?」

 連中は何が起こったのか全く分からなかった。

「俺に会ったのが運の尽きだな」

 また一人殺られた。今度はしっかりとそれを見た。眼の前で燃え散る仲間の姿を。

 誰かがワッと声をあげ逃げようと試みるも、それは叶わず彼は果てた。連中はなすすべもなく、その身を大地に無様に晒すことなく塵となって一陣の風に浚われた。

「・・・・・・良いのか?」

 連中を殲滅させて暫く経ってから、刀から金髪に黄金の瞳を持つ男が出てきて青年に話しかけた。

「何がだい、聖龍?」

「お主の『弟』でこざるよ。あの者、〝例の〟を宿しておるのでござろう?」







 董曼軍は一人残らず全滅した。身体の細胞を一切残すことなく、文字通り〝消滅〟した。たった一人の少年の前に。

 そこに達子らが来た。龍二の髪などは既に元に戻っていたが、そのことを『四聖』を除いて彼女達は知らない。

 彼は眼を安徳に落とした。近づいてきて安徳の変わり果てた姿を見た達子はその衝撃から口を押さえる。泰平はそれを理解したくないように硬直していた。

 安らかな笑顔を浮かべる安徳の顔。それは、他人に他人に嫌が応にでも分からせてしまうものだった。

「ね、ねぇ白龍。封徳は? まさか・・・・・・・・・」

 龍二は無言を貫いた。ずっと俯いたまま、悔しそうに拳を振るわせて唇を噛み締めていた。

「そいつはまだ死んじゃいない」

 聞き覚えのある声に、皆サッと振り向く。声の主は呂布であった。愛馬赤兎から下り、大方天戟を携えてやって来た呂布は、安徳の胸を指差した。

「こいつの胸に耳を当ててみろ」

と言った。言われた通りに達子が彼の心臓に耳を当てた。わずかながら彼の鼓動が聞き取れた。

「───生きてる!」

龍二達が呂布と会っていた頃、連合軍は董卓軍の掃討をほぼ完了し、洛陽の奪還に成功した。これにより反董卓連合軍は解散し、曹操を始めとした大抵の将軍は自分の領地に帰っていった。

 ただ、劉備は部下の趙雲らが帰ってこないので彼らの生死確認の為、洛陽に待機することになり、帝が宮廷内に用意してくれた一室で放った捜索隊からの報告を待った。

 やがて、捜索隊に伴われて彼らが帰ってきた。趙雲が劉安に関する一連の報告を聞いた劉備は、ほっとしたような悲しいような気持ちになった。

 ひとまず彼は趙雲達が信じた呂布に任せることとして、劉備は徐州に帰ることにした。

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