第四話 黄巾賊討伐弐 天公将軍張角討伐

 翌日の朝早く、四人のもとを訪れに来た者がいた。

「えらく、不機嫌だな安徳」

 訪れた者を迎えた四人の中で、泰平は珍しく不機嫌な顔をしている安徳に話しかける。

「何、またあの夢を見たのでね。胸クソ悪いんですよ」

彼はそう答えた。

 一方で、龍二と達子は訪れてきた者を凝視していた。

 二十代半ばくらいのその男は、腰に刀のようなものを帯ていたのだが、何よりも顔が龍二と瓜二つだったのだ。

 男は劉超りゅうちょう字は榮元ようげんであると名乗った。なんでも、劉備の命で今日から自分達の護衛のようなものをするよう頼まれたのだという。

「よろしくなお前ら」

 友人達が劉超と一通りの会話をしている間、安徳は劉超の武器を凝視していた。形状的に、彼の帯びている武器は間違いなく刀である。そこで、彼は思いきって尋ねてみることにした。

「劉超さん。一つお聞きしたいのですが、貴方のその腰に佩びている武器は何なのですか?」

彼は、あぁと得物に眼をやり

「ちょっと前に極東の国の人から偶然貰ったんだ。『牙龍』という銘があるらしい」

こう答えた。

(気のせいか? あの人の刀とよく似ているような?)

「これがどうした?」

「いえ、ただ気になっただけですので」

 三人が劉超と話している間、安徳はずっとそのことについて考え込んでいると、出陣の鐘が鳴りだしたので、劉超とは別れ戦の準備にかかった。

 集合場所に来てみると、見知らぬ一軍がそこにはいた。近くにいた人に尋ねてみると、官騎都尉・曹操、字は孟徳という人物の軍であるという。

 曹孟徳と言えば、三国史の英雄の一人で魏王と称された人物であるが、昨今数多く出版されている小説などの影響からか、彼は悪人のイメージが強い。事実は違うであろうが。

「玄徳。あれがお前の言う例の四人か」

その曹操が、劉備と共に馬に乗って彼らの前に現れた。如何にも帝王に相応しい風格を持った男であることが一目で分かる。

「そうです。右から趙蓮、字は白龍、司馬尚妃、劉安、字は封徳、周平、字は泰明と申す者達です。まだ若いですがなかなかの武を持っていますよ」

 劉備の紹介を聞きながら、曹操は彼らといちいち眼を合わせていたが、泰平の所に来てふと立ち止まる。どうやら、彼の眼鏡が気になるようだ。

 やっぱそうなります? と泰平は思った。

「玄徳。周平の眼の辺りにかかっているこれは何だ?」

「彼の話では、これは『めがね』、と言うものらしいですよ」

「『めがね』? ふむ・・・・・・聞かぬな・・・・・・・・・」

 暫く彼は泰平の眼鏡を食い入るように見ていた。近い近いと泰平は小さく呟く。

「俺は官騎都督の曹孟徳だ。覚えておいてくれ」

 曹操は簡単に自己紹介をすると劉備と共に行ってしまった。

 異世界とはいえ、曹操という人物はどうも人を引き付ける魅力があるらしい。もしこの世界に生まれていたとしたら、彼のもとに仕官していたかもしれない。彼らは正直にそう思った。

 小説で読む彼のイメージとはあまりにもかけ離れていたので少し驚いた。

「劉備さんとはまた違う魅力があるよね」

「そうね」

「おいお前ら。ボサッとしてねぇでそろそろ出陣するぞ」

 後ろから劉超がそう告げに来た。

 いよいよ敵の総帥張角の討伐戦が始まるのである。敵の根拠地がある冀州へ向かう間に、劉備の師である中郎将ちゅうろうじょう蘆植率いる官軍十万などが加わり、総勢四十万の軍勢で六十万の賊軍に挑むことになった。










 冀州に到着すると、既に賊はどこかの軍と戦闘が始まっていた。賊の相手をしていたのは、河北の名門袁家の一族、袁紹本初率いる軍だった。

 討伐軍はすぐさま袁紹軍の助勢に入り、一時はその勢いに物言わせて有利な展開にもっていったが、流石は邪教集団の首領張角である。お得意の妖術により、あっという間に劣勢に立たされてしまった。

「危ない! 白龍、避けなさい!」

 乱軍の中、安徳が声を張り上げた。気づいた龍二が見上げれば、自分目掛けて無数の矢が迫ってきていたのだが、気づくのが遅れて避ける時間はなかった。

(南無三!)

 龍二が観念して眼を瞑った時、何者かが自分に近づいて来る足音が聞こえた。と思ったすぐ後に、ガキンという鈍い金属音が響き渡った。

 龍二はゆっくり眼を開けると、そこには劉超が抜刀した姿で立っていた。そのまま眼を下にやると、先程飛来してきた矢が全て〝矢尻の真ん中から真っ二つに斬られて〟いた。

「おいおい。初っぱなっから世話焼かせてくれやがるなよ。ひやひやしたじゃねぇか」

 振り向き様にイヤミを言いながら忠告するが、その顔と言葉には余裕が表れていた。

 唖然としている二人。

「ほれ、しっかり守ってやっからせっせと働きな」

 龍二と安徳は、この男が一体何者なのかを模索しながら彼の言うままに戦場へと戻っていった。









「あ゛ーもううっとおしい! 邪魔すんなボケ共! キリがないんじゃ!!」

 およそ女の子が口にするには不相応の暴言を吐きながら、達子はその怒りを賊にぶつけていた。

「尚妃さぁん。キリないっすよ~」

 横で陳明が弱音を吐いていた。が、その言葉わりには身体は実に慣れたように敵を斬りまくっている。

(言ってる事とやってる事ちゃいまっせダンナ?)

 泰平は心の中でツッコんだが、その隣では高蘭がかつての仲間を何の躊躇いもなく、不気味に笑いながら斬り捨てているのに恐怖しながら、懐から二枚の札を取り出した。

(いや~これがあって助かった)

 泰平が持っていた札は攻撃系や防御系が主である。別にそれだけでも苦労はないが、召喚系の札が数枚あるだけで戦略的に大分楽になる。

 彼は二枚の札を指の間に挟み陰陽術独特の呪を唱え始めた。

「オン・ナム・テイ・ハン・カム・バサラ・ナン・サン」

 唱え終わると札が光だし、中から二体の式神が現れた。

 一人は鎧をまとった武士。もう一人はその服装から一見貴族のように見えるが、彼も立派な武士である。前者を大内左馬介政義おうちさまのすけまさよし。後者を九条前関白近江守為憲くじょうさきのかんぱくおうみのかみためのりと言う。為憲は始めは摂関家の一つ九条家で関白まで昇りつめたが、後に帝の命により将軍家に武士として仕えるという経歴を持つ男である。

『あぁ、久しぶりに外に出てみりゃ・・・・・・何処だい、ここはよぉ?』

 政義は周りを見回しながら主人に問いかける。

 それは後で話すからさ、取り敢えずそこのドクソやかましい連中をどうにかしてくれない?」

『・・・・・・まぁえぇわ。ほな、〝いつもの〟で手ぇ打ったるわ』

 陽気な性格の為憲はさっさと敵に斬りこみに猛進する。

『あっ、こら為憲。抜け駆けすんな』

 政義は後を追うように戦場に消えていった。

 突然現れた幽霊に狼狽しながらも、賊は果敢にも攻撃した。とは言え、相手は霊体なので当然物理攻撃(斬撃)は効かないし、一方で政義と為憲の攻撃はしっかりと効く。なので、賊連中は政義・為憲を『化け物』と叫び呼び、右往左往で逃げ回るしかなかった。

「おっ、こいつぁいいや」

 それに触発されたか、泰平は味を占めたように十八番の陰陽術で敵を蹴散らし始めた。

「何じゃ、あの術者はっ!」

 これには、流石に張角も驚いた。術を使うのは自分の他に一人二人しか知らない。だが、敵に自分と同等の術力を持つ者がいようとは思ってもみなかった。

 これ以上やらせてなるものかと、張角は妖術でもって幻影兵を出し、戦況の打開を図った。

「ちぃ、厄介な」

 曹操は舌打しつつも、部下に迂回して何としても張角の所へと行き術を止めよと命じた。










『へぇ、これは相当厄介だな』

 戦闘中、突然安徳の頭に例の若武者の声が聞こえてきた。

 大勢の賊を相手している安徳にとって、斬っても斬っても次々にやってくる彼らは、若武者の言う通り厄介に違いなかった。

(じゃあ、そこまで言うんなら何とかしてくださいよ)

 安徳が口にせずに若武者に注文する。

『そうか。───よし、じゃあお前の身体借りるぞ』

(はぁ? 貴方何言って───)

 戦っている最中に、突如として安徳は身体が乗っ取られる感覚に襲われた。

(ちょっ、貴方・・・・・・何・・・・・・を・・・・・・・・・)

『言っただろう?〝身体を借りる〟て』

 安徳の抵抗も虚しく、彼はあっさりと身体を若武者に支配されてしまい、彼の精神は隅の方に追いやられてしまう結果になってしまった。

 少年のそれまでの激しい斬撃が突然止まり、賊は怪しんで攻撃をしなかったが、左手の宗兼を鞘に収め、右手の長光をだらんと力なく下ろしたのを見るとしめたと我先にと言わんばかりに、数人の賊が四方八方から襲いかかった。

「さて、久々の現世だ。ちょっくら準備運動しなきゃな」

 この時、安徳の口元がうっすら微笑んだことに、いや人格が変わっていることに彼らは気づいていなかった。

 襲いかかった賊は、長光から放たれた銀光一閃により、全員首を大空に舞わせてしまった。

 何が起こったのか、残った賊には分からなかった。

(えっ??)

 安徳は身体を乗っ取られたとはいえ、視覚だけは共用させられていたので、彼の行動の一部始終見ていたが、彼でも何をしたのか分からなかった。見た時には既に敵の首はそらを舞っていた。

 変わっていた事と言えば、長光が青眼に構えてられていて、その白く輝く刀身があけに染まっていることだけだった。

「流石。動かしやすい」

 今度は十人が一斉に斬りかかった。が、彼らは皆胴を一瞬にして真一文字に斬り裂かれ大地に果てた。

「手応えがない。準備運動にもならねぇな」

 先程とは明らかに違った。恐ろしいほどの威圧感。溢れんばかりの殺気。そして、その神の如き剣術。眼の前にいるのはまだ幼さの残る少年ではなく、剣鬼か剣神であった。

「お前・・・・・・何者だ」

 小隊を率いてきた隊長・黄満は思わず声を漏らす。残る者達はとっくにビビりまくっていて戦力にならない。

「何だ。もう終りか?」

 少年が威圧的に敵を睨む。その場から動くことなく、長光を肩に担ぐ。

「どうする隊長さん? 選択肢は三つあるわけだが?」

 少年の言う通りだ。黄満に与えられた選択肢は逃げるか部下の助命と引き換えに自害するか玉砕するかしかない。どうするか考えている時、そこに戦況を見に来た陳明がやって来た。黄満の部下は戦意喪失していたので、陳明は難なく二人のもとに近寄ることができたのだ。

 その彼は、高蘭と対峙していた人物を見て、あっ、と声をあげた。

「黄満・・・・・・さん?」

「陳明!? お前何でここに」

 仲間の登場に、高満は正直驚いた。

「劉安さん。少し話をさせてください」

 陳明のたっての願いに、少年は黙って頷いた。許可をもらった陳明は早速黄満らの説得を始めた。

(んじゃ、後は任せるわ)

 それを見ながら、若武者は借りていた身体を持ち主に返すことにした。

 その間に、陳明の説得は終了し見事成功を収めていた。

「───分かった。お前を信じよう」

 黄満は彼に言うと、真っ直ぐ安徳のもとへ歩みより自身の持っていた剣を投げ捨てた。

「俺達はお前らに降る」

 それは短いながらも降服宣言であった。彼に倣うように信者達も自らの意思で武器を放棄した。

 聞いた安徳は陳明に

「彼らを安全に劉備さんの所に」

と言って行かせた。

(しかし、彼は一体・・・・・・・・・)

 陳明らが行ってから、安徳は若武者のことを考えながら急いで龍二のもとへと向かった。












「ヤスぅ。どうすんのぉ? これ結構マズくない?」

 玄武が泰平に肩車されながら尋ねる。

 先刻、曹操軍が張角の幻影兵に苦戦しているとの知らせが耳に入った。現場に急行すると、確かに幻影兵の出現によって曹操軍は混乱状態に陥り、統率がとれず曹操が歯痒い表情が見なくても浮かんでくる。

 泰平はくくっと笑っている。玄武が不思議そうに尋ねると

「玄武。こういうのにはね、『目には目を、歯には歯を』。そんで、幻影兵には幻影兵を、だよ」

 「うにゃ?」と首を傾げる玄武に微笑みながら、泰平は玄上を鞘に収めて印を結び、呪を唱えた。

「・・・・・・にしろ示し・・・・・・天上に昇りし御霊みたま・・・・・・今一度・・・・・・・・・」

 特殊召喚系は呪を唱え終わるのに多少の時間と術力を要するので、その間術者は無防備になってしまう。その為、泰平は滅多にこの術を使うことはない。

「集っ」

 唱え終ると、彼の周りが光だしそこから霊の武士団が現れた。

「ふう。それじゃ、政さん為さん後はよろしく!」

『ほいきた』

『いくぞ、野郎共っ』

 政義と為憲が武士団を率いて曹操軍の救援に向かうと、泰平は少し休憩してから周辺の敵の掃討にかかった。

「いや~、なかなかの活躍っぷりだよねぇ」

「そうですね。いやいや何という子達かな」

「殿、孔明殿。そんなノンキなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 少し小高い丘で劉備と諸葛亮はちゃっかり傍観しながら暢気に会話していた。守役の趙雲の言葉に耳を貸すことはない。

「全く、うちの殿と孔明殿ときたらもう・・・・・・・・・」

 二人と少し距離をおいて、趙雲がうんざりとしていた。

「あはは。子龍殿。養父上と孔明殿ですよ? それは今更というものですよ」

 劉備の養子である劉封が愉快に笑った。その後ろに、彼より少し年下の少年が隠れながら顔だけ半分だして趙雲をじっと見ていた。その少年に趙雲が気づいた。

「やぁ、呉禁君」

 趙雲が少年の名を呼んだが、呉禁と呼ばれた少年は慌てて劉封の後ろに逃げるように隠れ、暫くしてまたひょっこりと首だけ出した。

「う~ん・・・・・・まだ慣れてくれないのかな??」

「どうやらそのようで。私としても、彼にはもう少し社交的になってもらいたいですのがね」

 二人はクスクスと微笑すると、戦争終結の為敵陣に突撃を敢行した。












 張角は敵の幻影兵の援軍の登場に戸惑いを覚えた。こうもたくさんの幻影兵を出すとは、敵の術者はもしかしたら自分より相当実力が上なのではないか。そう思えてきた。

 先刻も、弟の張梁が江東の孫文台なる者に討たれたと言うし、戦況は全くの劣勢だった。

(あの男には悪いが ・・・・・・・・・)

 張角は後ろに控えていた部下に向かって

「退くぞ。退却の鐘を鳴らせだ」

と命じた。

 撤退の鐘が鳴ると、賊は我先にと潰走を始めた。

 何進の号令のもと、討伐軍は賊の殲滅にかかった。降伏する者にも容赦なかった。

「ちっ。何進のバカ者が」

 曹操は舌打した。劉備や孫堅といった他の将も同様の思いだったらしい。

「降るものは助けよ」

 各隊に命じるや、自身も戦場を駆け巡り、降伏者の保護に向かった。

 賊本陣に討伐軍は突入したが、すでに総大将張角はそこにはいなかった。

 黄巾賊討伐は、敵大将張角を逃したものの、張梁・張宝の双璧を討ち取るなど一応の成功を治める結果となった。

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