第二話 最初の出会い 先祖と彼の部下と

 一体どのくらいの距離を歩いて来たのだろうか、一行は疲れきっていて、顔も土色にまみれていた。着ていた服もあちこちに泥まみれになり所々が刃物のようなもので切られたように裂かれていた。。

 というのも、当面の目標として町を探して一休みすることになったのだが、行くとこ行くとこ『黄巾党』なる全身黄色の服を着て、頭に黄色のハチマキのようなものを巻いた集団に遭遇してしまい

「貴様ら、金目のものとその武器をおいていけ」

と言われ、こちらが断ると問答無用で襲いかかってきたからなのだ。

 黄巾党といえば、後漢時代に張角を教祖とする太平道信者達による宗教軍団のことである。農民による大規模な反乱でもあり、後に『黄巾党の乱』ともいわれる。

 初めのうちは、いい獲物がいたと安徳は大喜び───あくまで安徳の感覚であって、龍二ら三人から見れば、それは悪魔が生贄を見つけた形相に似ていた───で進んで狩りを行っていた。龍二らは取り敢えず練習相手が見つかった、ということで青龍らのテレパシーの下彼ら『四聖』の能力を使えるようになる練習をすることにした。

 人を殺した感覚を決して忘れてはならぬぞ、と初めてのそれを終えて喘いでいた龍二らに青龍がそう言った。龍二は思わず吐きそうになったが、なんとか堪えた。

 肉を切る感覚、断末魔、吹き出す血潮。人を殺すということはこういうことかと、なんとなくであるが分かった。

 数をこなしていく内にこうした戦いに挑んでいった昔の武士や兵士の気持ちが分かったような気がしたし、『四聖』の能力もコツをつかみ始めてきた。ところが、ひっきりなしに、それもアリの大群のようにうじゃうじゃと出現してくる黄巾党がだんだんと煩わしくなってきて、途中から青龍や白虎達にも協力してもらって撃退してきたが、それも限界だった。龍二達や『四聖』のストレスは今や爆発寸前にまで膨れ上がっていた。

 その中でふと考えたことは、黄巾党がいるということは、ここは三國志の世界なのだろうか。しかし青龍らが言うことには、ここは龍二達の世界とは違う世界らしい。

 しかし、そんなことを考えているところにまた例によって黄巾党の団体様ご一行がいらっしゃったのを見た瞬間、龍二達のストレスはとうとう火山の噴火の如く大爆発を起こしてしまった。

「おいガキ共。金目のものとその武器をおいていけ」

 定番の言葉を浴びせる馬毛ばもう率いる黄巾党は囲みながら、自分達に眼をつけられた憐れな獲物を気色の悪い笑みを浮かべながら眺めていた。こと、美少女の部類に属する達子を見た彼らは、よこしまな眼で彼女を見ていた。彼女だけを生け捕りにして後で慰み物にしようという魂胆は見え見えである。

 そんなわけもあって、彼らは自分達が龍二達の踏んではならない起爆スイッチを押したことに気づいていなかった。

 突然四人が不気味に笑いだしたので、馬毛は自分達に襲われて気でも狂ったかそれとも汚れだらけの奇妙な服を見て長く歩きすぎて変になったかと思ったが、それはすぐに違うと分かった。

 彼らと眼が合った馬毛は身体中に悪寒が走っった。彼らの眼が常軌を逸していた瞬時に分かったからだ。

「ふふふ・・・・・・なぁ、あいつら、これまでに盛大壮大大盤振る舞いに華麗に血祭りにあげて差し上げた連中とおーんなじことを言ってるぜぇ?」

「あらぁ、そのようですわねぇ、オホホホ」

「ンヒヒヒヒ、どうしてくれようかなぁ・・・・・・・・・?」

 彼らのあまりの不気味さに、賊はすっかり怯えてしまった。更に彼らの恐怖は増すことになる。

『おい、龍二や。わしも少々ムカッ腹が立っているのだが、わしも参加してよいかのぅ?』

『あら偶然ね青龍。じつはあたしもこいつらを焼き尽くしてやろうかとと思ってたところなのよ』

 少年らの持っている槍と剣からどういったわけか人の声が聞こえた為、薄気味悪くなり身震いした。

「さ、て・・・・・・皆さん。そろそろ殺りましょうか?」

 悪魔の笑みを浮かべる少年らがゆっくりと近づく度に、賊共はひぃと悲鳴をあげ一歩ずつ後退し始める。

「お・・・・・・おい、お前ら! 早くあいつらを殺せ!」

 馬毛は声を裏返らせながら部下に命ずるも、恐怖に恐れをなしていた部下達は拒絶するように首を激しく横に振った。

 馬毛が再び怒鳴りながら命ずると、仕方なしに数名が斬りこんで行ったが、及び腰の連中は、彼らにとってその辺のチンピラを相手にするようなものだった。あっという間に鬼籍に入っていった。

「おや、大将さん。もうアンタとそこの奴しかいないぜ」

 優勢が一気に劣性に覆されたことで、馬毛に心のゆとりがなくなっていた。後ろに唯一控えていた青年に声を荒らげて命じた。

「こ、高蘭、は、はやくあいつらを殺れ」

 後ろに控えていた高蘭に言う。高蘭はくくく、と笑うと彼は血迷ったのか主人であるはずの馬毛を刺したのだ。あまりのことに、四人は唖然とする。

「こ、高蘭・・・・・・貴様、裏切るのか」

「私は貴方がたの味方になった覚えは毛頭これっぽっちもありませんよ」

 高蘭は冷酷な笑みと口調で馬毛に告げた。

「消えなさい」

 高蘭が呟けば、馬毛の体が瞬く間に燃え始め、奇声のような断末魔をあげて狂い躍り、やがて消し炭のように黒焦げとなって大地に仆れた。

 呆気にとられている四人の所に高蘭はゆっくり歩み寄ってきた。

「お待ちしていましたよ。進藤龍二君、佐々木安徳君、後藤泰平君、それと、神戸達子さん」

 高蘭は涼しい顔でクスクス笑っていた。

「アンタ、何で俺達の名を!?」

 驚いている四人を見て、今度はあはははと高蘭が笑い出した。笑われた四人は何か頭にきた。

『わははは。いきなり失礼じゃろうが、高蘭よ』

「やぁ青龍殿。聞いていた通り、この子達は元気があってよろしいですな」

「・・・・・・おい、青龍。こいつ、お前の知り合いか?」

 龍二が高蘭を指差すと、青龍はおうと勇ましい声で高蘭を龍二らに紹介する。。

『こ奴は高蘭、あざなは義孟という奴じゃ。お主らをここへ連れてきた白き銀髪の男の部下じゃよ。じゃから、お主らのことはあやつから聞いておるから知っておったというわけじゃ』

 白き銀髪の男と聞いて、龍二の眉がぴくりと動いた。

「あんにゃろうの部下・・・・・・・・・だと?」

 反応から見て、龍二はあの男に相当イラついているようだった。

 彼を無視して高蘭は話を進める。

「いやぁ、我が主がとんだことをしでかしやがりまして申し訳ない。主に代わりこの通りお詫びします。

───それはさておき、これより先は私が貴方がたの世話をさせていただきます」

 置くなと泰平がツッコむがまぁまぁと朱雀らに宥められて仕方なく泰平はそこで矛を収めた。

 だが龍二は一人自分の世界に入っていて高蘭の話をまるで聞いていないようだった。

「にゃろう・・・・・・会ったらぜってぇぶっとばす」

 ついに独り言を呟く始末だったので、安徳がやれやれとどっから出したのかハリセンでもって龍二の後頭部を力一杯しばいた。

「何すんじゃ、ボケェ!」

 龍二は叩いた奴に向かって吠えた。誰だっていきなり叩かれればそういう反応をするだろう。しかし今回は相手が悪かった。

「何か言いましたかぁ? 龍二ぃ?」

 般若の顔となっていた安徳を見て「あっ、つんだ」と思ったが後の祭り。安徳に首根っこを掴まれた龍二はどこかへ連れていかれてしまった。

 暫くすると、どこからともなく龍二の断末魔に似た悲鳴が響いてきた。泰平と達子のビクンと身体が跳ねた。

 そんな中、何を思ったか、高蘭は安徳の後を追って行ってしまった。その後、龍二の悲鳴が増した。

 二人は見逃していなかった。高蘭の顔が面白いもの見つけたみたいな顔をしていたのを。

(に、似てる)

(物凄い似てる・・・・・・・・・)

 暫くしてから二人は帰ってきたが、そこに龍二の姿はなかった。

 恐る恐る泰平が訊いてみると「何か、食べ物を探してくると言ってましたよ」と安徳がさらりと答えたが、怪しいと思い少し眼線を下に向けると、二人の手があけに染まっていたのをみて察した。

(ゼッテェー嘘だ!!)

 そんな二人の心情を知ってか知らずか高蘭は

「では、町へ参りましょう。貴方がたの服では目立ちすぎますので、こちらの世界の服を調達しませんとね」

と言って先頭を歩き出したが、直後の

「しかし、貴方なかなかよい考えをお持ちですね・・・・・・ンフフ」

「いやいや、貴方には負けますよ。だけど、なかなか面白くやらせていただきましたよ・・・・・・ふふふ」

とすごく黒い会話をしているのを二人は聞いてしまい

(あかん・・・・・・僕ら死ぬかもしれん)

と、早くもこの先に軽い絶望を抱かざろう得なくなってしまい、暗い気分になってしまった。











 龍二がいつまで経っても戻ってこないのが心配になり、達子と泰平は用を足してくると言って抜け出し、龍二を探していると、とある大木にボコボコにのされて吊るされている龍二を発見した。

 二人は彼を急いで回収して安徳らの後を追った。

 一行は夕方にはどうにか町に着くことができた。とは言っても、そこに人影などなく、家も戦闘のせいだろうか家らしきものがぼろぼろで使い物にならないものだった。廃墟に等しい。

 高蘭に聞けば、ここは先程討ち取った馬毛の拠点だったそうだ。そういえば、所々の壁の様なところに


『蒼天已死。黄夫当立。歳在甲子。天下大吉』

蒼天已でに死す。黄夫まさに立つべし。歳甲子に在りて、天下大吉)


と書かれた紙が張ってあったのを思いだした。

 高蘭に案内されたのは、廃墟の中では奇跡的に無傷の建物だった。県令役所だという。中で暫く待っていてくれ、と高蘭が言うので待つことにした。その高蘭は服を調達しに行った。

「いてて・・・・・・・・・」

 龍二は頬を撫でた。安徳らにのされたところがまだ痛みを発しているらしく、ヒリヒリズキズキとしていた。

 ここに来る前も、一行は何度も賊連中の襲撃にあった。最も、それらはうんざりしながらも全て討ち取ったのだが。

 龍二らの世界では超がつく非日常的なこの事にも、ようやく慣れてきたところであった(本当は慣れてはいけないのだが)。

 戻ってきた高蘭はその手に大量の服を抱えていた。

「ここから二、三着くらい好きなのを選んで下さい」

ドサリと置いた服を指しながら、高蘭は達子に対しては申し訳なさそうに告げた。

「達子さん、すいませんね。生憎と女物の服が無いもので、ここので我慢してもらえませんか?」

 元来彼女は男勝りの性格からかスカートなどといった女の子らいし服をあまり持っていない。むしろジーンズといった動きやすいものを好んでいた。なので別に落ち込んだりすることなくむしろ上機嫌に服を選び始めた。

 高蘭の提案で、今日はここで一夜を明かすことになった。ボロボロの他の家よりかは遥かにマシだろう。

万一に備え、四聖が見張りをすることになった。何でも、寝なくても平気だとか。

「───彼が『二龍を持つ者』ですか? 」

 その夜、皆が寝静まった頃に一人起きていた高蘭は、入り口付近で見張りをしていた青龍の側によいしょと座った。青龍も彼と同じように腰を下ろした。その手には龍爪を携えたままである。

「───ふん、あの男から聞いたか?」

 青龍の問いに高蘭はそうだと答えた。

「それで、彼───進藤龍二には一体どんな龍が宿っているのです?」

 青龍は苦笑していた。どうやら高蘭は龍二に宿る龍のことを主人から知らされていないらしい。

「『紅き紅連の炎の凶龍』と『伏したる未知の龍』よ」

「なんと!?」

 高蘭は驚愕の表情を浮かべる。『紅き紅蓮の炎の凶龍』に関するよくない噂を耳にしていたからだ。

「・・・・・・大丈夫でしょうか?」

「何がじゃ、義孟?」

「『紅き龍』は『龍』の中で〝魔龍〟と聞いております。己が認めた者以外は奴自身が宿主を乗っ取り喰らうと聞きましたが・・・・・・・・・」

 それを聞いた青龍は笑いながら安心せいと言った。

「アレは人の『心』を視る。龍二なら奴も認めるじゃろうて。

───それに、龍二はかつて世界中から恐れられた『護國神』の孫じゃ。万一の時は、あの男の血がアレの暴走を食い止めるじゃろうて」

「───成程、似ていると思いましたよ」

 それに関しては、高蘭には思うところがあるらしかった。

「初めに見た時は誰かに似ているなとは思いましたが・・・・・・そういうことでしたか、納得しましたよ。『護國神』、ね」

 高蘭は微笑した。かつて世界を震撼させた男の血を引いているのは何とも心強いものを感じた。

「それより、件の男はもうこっちに着ているのか?」

「えぇ。確か今頃は玄徳殿の軍にいるはずですよ」

彼が告げると、青龍は、はははと笑った。

「もっとも、主から呼ばれた時は相棒と一緒主をシメてましたけどね」

 そうか、と流した青龍はふんと鼻で笑い

「アイツのことだ。もう、一暴れでもしておるのであろう?」

「あはは。全くもってそうですよ。『例』の技で既に名をはせているようで」

 青龍は含み笑いで返した。

「義孟、そろそろ寝ておけ。明日は、早いのであろう」

 青龍は、そう言って彼を寝かせた。










 翌朝早く、高蘭と共に四人は町を出発した。

「取り敢えず、貴方がたが今いるこの世界の時代を把握しておいてください」

 痩せた大地を歩きながら、高蘭は四人に話し出す。

「現在、貴方がたがいるこの世界は、貴方がたの世界の年代で西暦184年、後漢王朝末期、黄巾の乱の頃です」

 それについては何となく予想していたことなので、四人は特に驚くような反応は示さなかった。

「ここが異世界・・・・・・と言われましても、我々の知っている世界とはあまり変わらない気がしますが?」

「まぁ、そうかもしれませんね。異世界、とは言っても───」

 そこまで言いかけたとき、どこからか人の叫び声と怒号が聞こえてきた。

「おい、行こうぜっ」

 龍二らは声が聞こえてきた方へと走り出した。着いたその場所では、一人の武人が数十人の賊に襲われているではないか。

 賊は見つけ次第抹殺!というのが彼らの暗黙の了解であった。着いた初日に散々戦いを挑まれヘトヘトになったことで、彼らの賊に対する恨みは相当のものがあった。故に一も二もなく武人を助けることにした。

「そこの人。助太刀するぜ」

 突然の乱入者の出現に賊は浮足だったが、たかが五人と見るや数にものを言わせて攻め立てた。が、龍二達にしてみれば賊は赤ちゃんを相手にするようなもので、ものの数分で賊はあっさりと大地の鬼と化していた。

「いっちょあがりぃ!」

 龍爪を地に突き刺すと、龍二は両手の砂を落としながら襲われていた人に顔を向けた。

「おや? そこにいるのは陳明じゃないですか」

 そんな中、高蘭は岩影に隠れていたただ一人残った賊に向かって声をかけた。陳明と呼ばれた賊も彼に気づいたようだ。

「あっ・・・・・・高蘭。何で・・・・・・・・・??」

 どこか気弱そうな──見方によれば小動物みたいに可愛いと思った───その男は、高蘭によれば黄巾賊の中で出会ったそうだ。同郷ということもあり、すぐ仲良くなった。気が弱いがいざという時には役に立つ男だという。

 高蘭の頭が何かひらめいたらしい。陳明に近寄っていき、いきなり

「陳明。我々と一緒に来ませんか?」

と勧誘しだした。驚いた陳明は

「な、何言ってるんだよぉ高蘭。そんなことしたら張角様に何て───」

 完全に脅えている陳明に、高蘭は耳元に顔を寄せ何かを囁いた。途端、みるみる陳明の顔が青ざめていくのを見た泰平と達子は顔が血の気が引く思いをした。

(やっぱアイツのやり方にソッッッッッッッックリだッ!!!!)

背筋に変な寒気が走った。アイツとは無論、安徳の事である。安徳の先祖は蜀の君主劉備と言われているが、本当は高蘭なんじゃないかと思うくらいだった。

「来ますね?」

 泰平と達子を他所に、高蘭が優しく誘うと陳明は首を激しく上下させて頷いた。あぁ、やっぱ高蘭は安徳と同種の人間だ、この先を思うと胃に穴が開きそうだと二人に改めて認識させることになった。

 その安徳は、襲われていた武人のもとへ近づいていき声をかける。

「大丈夫ですか?」

 呆けていた武人は声をかけられてようやく我に帰ったように眼の前にいた少年に礼を述べた。

「あ、あぁ・・・・・・ありがとう、助かったよ」

 武人は手に持っていた剣を鞘に収めた。そこに龍二らが後を追いかけて来る。

「大丈夫?」

「怪我はないですか?」

 泰平と達子は安徳と同じように武人が無事であることを確認すると安堵の息を吐いた。

 武人は声をかけにきてくれた名も知らぬ少年達にいちいち礼を述べてから

「君達に改めてお礼がしたい。すまないけど、私と一緒に来てくれないか?」

そう五人に提案してきた。

 そこに、彼方から砂煙をあげてこちらに向かってくる一軍があった。

───さては、先程の賊の本隊か別部隊か。

 武器を構え戦闘体制にはいる四人を高蘭は違うと手で制止させた。

「あれは、そこの人の部隊のものですよ」

 高蘭はそう教えた。確に近づいて来る一軍は三本の旗を掲げており、それぞれの旗には『劉』や『関』、『張』の字が書いてある。高蘭の言う通り賊ではなさそうだ。

───『劉』、『関』、『張』・・・・・・・・・?

「あーにーきー!」

 先頭の蛇矛を持った短い黒髪の女武者が、馬を降りるやいなや一目散に駆け寄ってきた。

「兄貴! 大丈夫か!?」

「おぉ、翼徳よくとくよく来たね。この通り無事だよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!?」

───ヨクトク??

 三人は我が耳を疑った。今この武人は、そこの女武者の事を翼徳と言ったように聴こえた。まさか───

「待て待て待て。まだ決めつけるには早い」

「そ、そうよね。ぐ、偶然ってことも、あ、あ、あるものね!」

「だ、だよなぁ。まさかマンガやアニメや小説やゲームの世界じゃあるまいし・・・・・・・・・」

「全く。兄上にはいつも悩まされますよ。もう少し自重というものを覚えていただきたいものです」

 次にやって来たのは青龍偃月刀を引っ提げた長い髪のこれまた女武者が、武人にイヤミのように苦言を呈する。武人はしかしやんわり笑いながら謝る。

「いやぁ、悪い悪い。今後、気をつけるよ雲長うんちょう。だからそう目くじらを立てないでくれ」

───ウンチョウ??

 聞き間違いではなかった。この二人はどうやらあの関羽に張飛であるらしい。と言うことは、この武人は彼らの主劉備ということになる。

 三人の中で何かが脆くも崩れ去っていくのが感じられた。こんな所で青線をお友達にするとは思わなかった。

 三人は彼らから少し離れた場所で緊急会議を開くことにした。

「おい、どういうことだよっ。関羽、張飛っつたら、お髭の立派なおじさんと虎髭の相撲取りみたいなおっさんじゃないのかよ」

「知らないわよそんなこと。私だって超がつくほどビックリしてるんだから!

───ここが異世界だからじゃないの?」

「さあ? でも、考えられなくはないね」

 三人はしゃがんでそんなひそひそ話レベルで会議を行っていた。

「なあなあ、何話てんだ?」

 真面目な(?)会議をしている三人の眼の前に、いきなり張飛の顔が現れたので龍二は驚きのあまり「うひゃぁ!?」と間抜けな声をあげ尻餅をついてしまった。

 そんな張飛は、龍二よりどうやら泰平の眼鏡に興味をもったらしい。双のまなこを輝かせて

「なぁ、なぁなぁなぁ!! お前の顔にかかってるそれ、何て言うんだ!?」

 張飛という少女は恐らく自分達とさほど歳は離れていないだろう。しかし眼鏡に興味を持った今の彼女はまるで子供のように泰平に近寄って眼鏡以外に何の関心も見せることはなかった。

 そこに関羽がやって来て、安徳のようにどこからか取り出したのかハリセンで張飛の頭を叩き、続けてげんこつを喰らわした。

 痛がっている張飛を関羽は烈火のごとく叱りつけた。

「こら翼徳! 兄上を助けて下さった方達に失礼でしょうがっ!」

 暫く長い説教が続き、へこんでいる張飛を放置して、関羽は三人に向かい感謝の言葉を述べた。

「いや、義妹が大変失礼をした。私は関羽。字は雲長という者です。この度は、義兄あに玄徳を助けて頂き、本当にありがとうございます。

───つきましては、義兄がお礼をしたいそうなので、申し訳ないが我々の陣まで御足労願いますか?」

 関羽に言われ、三人はその場で了承した。他の二人も了承したらしく、一行は劉備の陣へ向かうことになった。







その道中で、彼らは高蘭からあまり聞きたくないことを聞いてしまった。

「実は、我が主は貴方がたの一族に事あるごとに別の世界に飛ばしてはこうして解決させているのですよ」

 その時、龍二は生きて帰ったら一発全力でぶん殴ってやろうと固く心に誓ったという。










 劉備の陣では槍を持った若武者と白い羽扇を持った軍師風の若者が主人の帰りを今か今かと待っていた。

 やがて主が近づくと声をかけたのは若武者であった。

「殿、ご無事でしたか」

「玄徳殿、気持ちは分かりますが、あまり我々に心配をかけさせないで下さいよ。命がいくつあっても足りませんよ」

 胸を撫で押さえる軍師風の男に、劉備笑って勘弁してくれと言う。

「すまない。これ以降は自重するよ。早速で悪いが、子龍に孔明。宴の用意をしてくれないか。ここの彼らに危ない所を助けってもらったのでな」

 劉備はそう言って命の恩人を彼らに紹介してやった。

「全くもう。今日限りですよ。今度は承知しませからね」

 孔明はそう釘を刺して、やれやれとため息をつきながら宴の用意をしに行った。

(へぇ~。あの人があの諸葛孔明でこの人が俺の家の先祖の趙雲子龍ねぇ・・・・・・・・・)

 龍二は関心深げに二人をじろじろと見ていた。

 見ながら龍二は一人考えに耽っていた。関羽・張飛という蜀の双璧である者が女性になっていて、彼らの下を固め支えてきたのが趙子龍と天才軍師と称された諸葛孔明である。それは男である。なかなか理解するに難しい。どうせならゲームやマンガのように全員が女性化していればまだ諦めがついたのに。全く中途半端な世界だなと龍二は正直に思った。それにこの二人はこの時点では劉備の配下にはなってなかったはずである。異世界だからか色々と歴史が違うらしい。

(あれ・・・・・・あの槍は・・・・・・・・・?)

 その龍二の先祖であろう若武者趙雲は、龍二の持っている槍に見覚えがある気がして、凝視していた。

「子龍さん。どうかしましたか?」

 彼の視線を感じた龍二が問うと趙雲は慌てた。

「あっ、いや・・・・・・君の持っている槍に見覚えがあったものだから」

そう言ってさっさと行ってしまった。

「・・・・・・・・・?」

 龍二がそんな趙雲の態度に首を傾げている中、劉備は安徳らに改めて挨拶した。

「申し遅れた。私は姓は劉、名は備、字は玄徳という者だ。まあ来てくれ。ささやかだが酒宴を用意した。是非、招かれてくれ」

 好意を無駄にするということを龍二達は好まない。故に招かれることにした。

 酒宴会場では既に多くの将兵達が食い、飲み、騒いでいた。

「おぉ、主役の御登場だぜぇ」

 張飛はもう酔っているらしく、頬を赤らめながらもしっかりとした足取りで酒樽を持って彼らのもとにやって来た。

「おぉ、お前ら。一杯どぉんとやろうぜ」

とその酒樽を勧めてきた。

「いや、それはちょっと・・・・・・・・・」

と丁寧に断りながら

(・・・・・・こういう所は俺らの知っているのと変わらんのね)

と半ばほとほと呆れつつ

「えっと・・・・・・俺ら未成年───」

そう言おうとして、高蘭がそッと耳打ちして忠告した。

「この時代、貴方がたの年齢は成人と見なされるんですよ」

 そう言えばそうだった。たしか三國志の小説にそんなようなことが書いてあったような・・・・・・・・・?

 だが、酒など今の今まで一度も飲んだことのないものだから躊躇っていると

「おぉ、兄ちゃん。いける口かい?」

と言う声が聞こえてきた。見れば、安徳が大の大人相手に大量の酒をかッ食らっていた。

「まだまだ序の口ですよ。さあどんどんいきましょう」

 しかも、かなり溶け込んでいるようだった。

(溶け込むの早ッ!!)

 三人は心の中でツッコんだ。何と呆れるくらい素晴らしい順応性なのだろう。たまに見習いたくなるくらいだ。

「おぅい、貴方達もこちらに来て一緒に飲みませんか?」

 安徳はほろ酔い気分で呑気に手招きしている。

 曖昧な返事で渋る三人を見て、安徳の悪の人格が動いた。

「おんやぁ? まさか飲めないんですかぁ? この年になってぇ? なっさけないですねぇ?」

 安徳の頭に来るイヤミに、三人は顔こそ向けてないがぐっと堪えている。安徳の闇の顔はものすごく意地が悪いのを熟知している。だから何とか堪えていた。

「負けるのが怖いのですかぁ? まぁ、この私には貴方達ごとき、へでもありませんがね」

 しかし人間限度というものがある。

 人は限度を超えるといくら温厚な者でも時として鬼のように怒ることもある。

 三人の場合もそうであり、堪忍袋をブチ切って安徳の挑発にまんまと乗ってしまった。。

「んだとこの野郎ッ!!」

「あったまきた────ッッッ!!!」

「上等だこのインテリ野郎ッ!」

 頭の火山を大噴火させた三人は席に着くや、張飛が持ってきた樽の酒を豪快にかッ食らい始めた。それを見て兵士達が四人を盛り上げる。

 しかしよく考えてもらいたい。未成年で酒を一度も飲んだことがない人間が、そんな一気に大量の酒を飲む危険性は周知の上だろう。まして己の限界を知らないのは尚更だ。

 当然、龍二・泰平・達子は急性アルコール中毒のような状態になり、数時間もしないうちにぶっ倒れた。











 そして翌日、三人は当然のように重度の二日酔いになって寝込んでしまっていた。

「あ゛ぁ゛、頭゛痛゛で~~~っっ」

「気゛持゛悪゛い゛~~~」

 幕舎で三人は顔を青くして唸り声をあげて苦しんでいた。

「弱いですねぇ。全くこれだから若い人というのは」

 早速見舞いに来た安徳は、イヤミをたっぷり言うだけ言って早々に去って行った。

(テメェに言われたかねぇよ・・・・・・・・・)

(てかアンタも充分若いじゃん)

(つか、何で君はあんなかっ食らってピンピンしてんのかな?)

 安徳に対する疑念をもちつつ、この時三人に共通していた思いは

「いつかアイツをゼッテェ必ずブッ殺す」

であったという。

 この日、張飛が義姉あね関羽に連れられて見舞いにきた。正確には、昨日の一件に対する謝罪である。

 昨日、三人がぶっ倒れてしまった後に関羽がやってきて、そこにいた者から事情を聞き兵に三人を運ぶよう命じたあと、発端を担った張飛を幕舎から連れだし、半殺しににしたという(後で見舞いにきたある兵士に聞いた所、どうやらそのとき例のクレイジー野郎二人が加わったらしい)。

 見れば張飛は何かに怯えているようだ。

「もうしませんもうしませんもうしません・・・・・・・・・」

なんて小さな呟きが聞こえてくる。

(あぁ、犠牲者がまた一人・・・・・・・・・)

 龍二は嘆くしかなかった。

 更に関羽らに半殺しにされたせいであろう、顔の所々が腫れていて、妙にびくついていた。小説などで知っている張飛の姿は、今の彼女からは見る影もない。

(御愁傷様・・・・・・・・・)

 一直線は時として損だなぁとつくづく思った。

 彼女達が去った後に来たのは劉備だった。

「大丈夫かい?」

 心配してくれている劉備に対し、三人は誰かが親切に置いてくれたのだろう近くにあった紙と筆をとり『大丈夫』と書いた。

「そうそう、まだ君達の名前を聞いていなかったね。よかったら教えてくれるかい?」

 三人はこっくり頷くと、気分が悪いのを懸命に押さえ、劉備にそれぞれ自分の名前を書いてそれを見せた。



『趙蓮 白龍』

『司馬 尚姫』

『周平 泰明』



と。









 この名は、四人が高蘭と共に一泊した町を出る時、高蘭がある忠告を彼らにしていた時まで話は戻る。

「いいですか。貴方達が別の世界から来たということ、くれぐれもここの世界の人には知られてはいけません。あの男の間者に知られるのは甚だ不味いのでね。

───ここに勝手ながら貴方達のこの世界での名を考えて記した紙があります。今後、貴方達だけで話す以外はこの名で会話をお願います」

まぁ、姓に関してはどこの世界にもごまんと同姓がいますからと断りながら、と高蘭は四人の偽名を書いた紙を差し出した。



『趙蓮 白龍』

『劉安 封徳』

『周平 泰明』

『司馬 尚姫』



以後、彼らは高蘭の約束を守ることになった。


















「ふむ、趙蓮君に周平君に司馬尚姫さんだね。君達にはいきなりで悪いのだけれど、我々と一緒に来てはくれないか?」

いきなりのことだった。

「これから大きな戦をするのだが、我が軍には何分人材が少ないのだ。私の眼から見て、君達には武の才能があるようだから、私と一緒に戦ってほしいんだ。勿論、君達にも事情があるだろうから強制はしないよ」

 首だけ動かして互に見合った龍二らは、紙に『いいですよ』と書いて劉備に見せた。

『どのみち、僕らに行くとこがありませんので』

『よろしくお願いします』

 三人の快諾による劉備の喜びようは言うまでもなかった。

 この日以降、彼らは劉備軍の一将となり、戦場を駆け巡ることになった。

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