「だけど、神崎捕まえたし、本島さんも捕らえられた。お手柄じゃん」

「あそこはそんなに甘いところじゃない。俺はもっと厄介者になってる。警察の恥をよくも晒したなってさ」

「なんで?」


 俺は、橘さんに詰め寄る勢いで、「なんでだよ」と肩を怒らせた。

 犯罪者を捕まえることができたのに、どうして厄介者にするんだろう。

 それを言うと、橘さんは少し寂しそうに、そして苦しそうに言った。


「それが組織ってものなんだよ。うんざりするだろ。だからって、悪いやつをほっといて、刑事辞めるなんてこともしたくない」

「……」


 涙が出そうになる。こんな現実があっていいのかと、あんまりな気持ちでいっぱいだった。

 それでも弱者を守るために刑事を辞めなかったという橘さんに、俺はかける言葉も見つからない。安易なことは言いたくなかった。


「だけどね、佑。俺は、警視庁から戻れって言われても、ここを離れるつもりはない。きみは、一番大事なことを忘れてる」

「え?」

「俺は、この町できみを見つけた。東京に、きみはいない」


 きみが俺を愛してくれている限り、ここを離れるつもりはないんだ。

 そう真顔で言って、照れたように笑う橘さんが本当にいとおしくて、俺はもう一度力の限り抱きしめた。

 俺も、あなたが愛してくれている限り、その手から離れるつもりはない。だから安心してねと、開かれた広い胸の中で、そっと囁いた。




 そのあとに見せてもらった「愛の巣候補」は、なかなかよさ気なところだった。二人で暮らすにはいい感じの狭さと広さ。家具は置いてないから、それらをどう配置するかの楽しみもある。

 ……なんて、ちゃんと決めたわけじゃないのに、想像だけは膨らむ。

 それよりもまずは新しい職場を見つけなくちゃならない。

 できれば、あそこの家から近くの。

 いや、まだ完全に決めたわけではないと、もう一回言っとこう。




 その日の夜、風呂から出た俺は、さきに入浴をすませて、もうリビングのソファーで寛いでいた橘さんのそばに正座した。

 並々ならぬ覚悟を決めて。

 それを見つけた橘さんは、自慢の髪を掻き上げて笑った。


「またずいぶん長風呂だったね……てか、なに正座してんの。どうした?」

「準備してきたから」

「準備? なんの」


 俺は視線を落とし、なんとか聞こえるように言う。


「ケツ、洗ってきた」


 その途端、缶ビールに口をつけていた橘さんが咳き込んだ。


「うわ、大丈夫? つか、あっ。ビール飲んだね」

「……いや、まさかそんな展開になるとは思ってないから、普通に飲むよ。ていうか、だめでしたか」

「だって、アルコール入ると反応が悪くなるじゃん」

「あれはチャンポンしたからでしょ。いくら三十路手前でも、缶一本ぐらいじゃインポにはならんよ。安心しなさい」


 橘さんは首元を叩きながら、ときおりにやにやして言った。


「それよりも、きみの『洗ってきた』の言い方と、そのストレートさで、すでにおっきしてんですが」

「え、」


 つい、そこへ目がいった。


「ちょ、ちょ、いちいち見ないでくれる?」


 と、橘さんは両手で股間を押さえている。


「佑のえっち」

「えっちって……」

「あれ、ヒイてる?」

「だって、いい年こいた人がえっちとか言うから」


 橘さんが突然、俺にキスした。

 啄むだけの軽いやつ。


「佑、ほんとにいいの?」

「うん。欲しい」

「だから、また起つから、いまからそんなに言うなって」


 橘さんは笑いながら、ソファーを立ち上がる。それから、ローションやらコンドーさんを準備するから、先に行って待っててと言った。

 俺は寝室へ入ると、パジャマを着たままベッドに寝転がった。

 結局裸になるのだから、先に脱いでおこうかと思ったけど、そういえば彼女とセックスしたときは、そんな展開じゃなかったと思い出して、そのままでいた。

 やがて橘さんが寝室に来て、俺を見るや大笑いした。

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