第28話 「なんか、今日のるーは…いつもと違うなあ。」

「なんか、今日のるーは…いつもと違うなあ。」


 な…何なんやろ。


 今日はクリスマス。

 ダリアで待ち合わせのはずやったのに…俺は夕べのイベントで飲み過ぎて…寝坊。

 目覚めた時、待ち合わせの時間過ぎてるやん!!て最低な彼氏の烙印を自分で押したのに。

 わざわざ、マンションまで迎えに来てくれてたるーは…


「……」


 俺の腕に、ギュッと。

 ギュッと、腕を回してくれとる。



 夕べ、ナッキーがバイトしとる南国風の飯屋でイベントがあった。

 それにはマリも来てて、久しぶりな感じでナッキーと話してた。

 マリのあんな顔、久々に見たなあ、て。

 ちょい嬉しかった。


 ナッキーとマンションに戻って、少ししてナオトから連絡があってナッキーは飲みに出かけた。

 俺は、るーとのデートがあるし…って、残った。


 が。

 その後、マリが来た。

 酒を持って。



「え?まだ話してないの?アメリカに行く事。」


「…ああ。」


「話してみなさいって。絶対彼女喜んでくれるわよ。」


「…喜ぶか?」


「だって、彼氏の夢が叶うんでしょ?普通喜ぶわよ。」


「…そっか。そういうもんか。」


「そういうもんよ。あたしだって…嬉しいもん。」


「マリ…ホンマ、色々ありがとう。ずっとDeep Redを支えてくれて。」


「…うん。あたしの自慢。カセットテープを手売りした事も、チラシをあちこちに配った事も。あたしが頑張った全てが、アメリカに飛び立つなんて…誇らしいもの。」


「……」


「だから、彼女にも言いなさいよ?」


「…せやな…うん。明日言う。俺、夢叶うねんって。」


「あ、でも…もしかしたら、離れたくないっていう理由でガッカリされる可能性もあるかもね。」


「えっ…ガッカリ?」


「そりゃそうよ。だって彼女、バンド事情に詳しくないでしょ?彼女にとっては、アメリカ?だから何?あたしを置いて行くの?って思う可能性十分にあるじゃない。」


「……」


「ま、とにかく信じて待ってて欲しい、って言えば?」


「…信じて待ってて欲しい…?」


「待ってて欲しいんでしょ?」


「…ああ。」


「頑張って。」


 二人で乾杯して…そのまま、横んなった。

 横んなって…すぐ寝た。


 夢ん中で、るーにアメリカ行きの話を練習する俺を、ナッキーが笑い者にした。

 アホか!!って蹴飛ばしたら、もう俺とはやってけない言われて。

 俺が、泣きながら謝っても許してくれへんナッキーに、マリが。


「夢が叶ったのは誰のおかげ?」


 って。


 そこで…目が覚めたら、遅刻の時間やった。



「るー、寒ない?」


「…うん…大丈夫…」


 あー…今日も可愛いなあ…


 そう思いながら。

 マリに背中を押された俺は、アメリカ行きを告白する事にした。

 で、るーが喜んでくれたら…プレゼントを…


 ポケットの中には、一人で選んで選んで選び抜いて買うた指輪。

 サイズが分からへん…て青くなった俺は、るーの事なら何でも知ってる頼子ちゃんに助けを求めた。


 さすがダイモ…幼馴染。

 ロンドンに足向けて寝んって決めた。



「実は…話があるんや。」


「…何?」


「いや、歩きながらもなんやし…どっか…」


「そこでいいから。」


 …何やろ。

 るーが急かすようにベンチを指差して、自販機に走ってく。


「……」


 急に離れた腕が寂しく思えて、俺は自分の腕を無言で眺めた。


「…話って?」


「実はな。」


「……」


「メジャーデビュー、決まったんや。」


「え?」


 本当!?

 おめでとう!!


「…すごいじゃない…おめでとう。」


「…あ…ありがとな…」


 こうであって欲しい。て思い過ぎたんか…

 るーの口から出て来た、あきらかに…ガッカリ…いう感じの口調での言葉に。

 俺も若干トーンダウンした。


「…あんまり『おめでとう』って感じやなさそうやけど?」


「そんな事ないよ。夢だったじゃない。」


 無理矢理そうではあるが、何とか笑顔…の、るー。

 その笑顔にホッとしながら、俺は口元を緩ました。


「それで、な。」


「ん。」


「アメリカに行く事になってん。」


「……アメリカ?」


「二年ぐらいや思う。」


「……」


「こっちより先にアメリカデビューなんて、思いもせんかったわ。」


 深紅で深紫を超える。

 それが俺の夢でもある。

 ナッキーの声を、名前を、世界に知らしめたい。

 アメリカデビューって事は、日本でのデビューより、それが近い気がすんねん。

 …まあ、そう簡単な事やないかもしれへんけど…

 俺は絶対…


「…遠いね…」


 はっ!!


 つい、自分の世界に入ってもうてた!!


「できるだけ、手紙も電話もする。」


「……」


「るー。」


「…ん?」


 るーは俯いたまま、俺の顔も見てくれへん…

 この状態で、俺の信念…受け止めてもらえるんやろか…


「俺、言うたよな?るーに似合う男になれるよう頑張るっちゅうて。」


「……」


「せやから……待っといて欲しい。二年間。」


「…会えないの?」


「そう簡単には帰れへんやん。」


「……」


「るー…?」


 無言のるーに不安になって、顔を覗き込む。

 長いまつ毛が白い肌に影を作って、なんや…綺麗なのに、胸がザワザワした。



「……キスして。」


 ふいに、るーからこぼれた言葉に…耳を疑うた。


 …キスして…?


 え…えええ?


「…な…何で急に?」


「…クリスマスだし…ダメ?」


 いや、キス…って。

 もう何回もした事あるやん。


 …るー以外と。


「いや、俺は嬉しいばっかやけど…ええんか?」


「…うん。」


「なんか緊張、やなあ…」


 るーの頬に触れる。

 あー…冷たくなってるやん…


 このドキドキ…手からバレへんよな…

 カッコ悪いぐらい、心臓バクバクいうてるで…


 まずは…おでこにキスした。

 いきなり唇はー…俺が緊張し過ぎてあかんかった。

 けど…


「…震えてるやん…」


 ええんやろか…

 これ、寒くて震えてるんか…怖くて震えてるんか…


「…るー…」


 小さく名前を呼んで、唇を重ねた。

 重ねたけど…何やろ…なんか…


 なんか、ちゃう…よな…?



「…もっと抱きしめて…」


 唇が離れてすぐ、るーが俺に抱き着いた。


「…なんかあったんか?」


「…別に何も。」


「嘘つけ。今日のるーは普通やないで?」


 るーの肩を掴んで顔を見る。

 なんで…目ぇ合わせてくれへんのや?


「…どうして?好きなら当然でしょ?抱きしめられたい、そばにいたい…って。」


「るー。」


「マリさんとは何度もそうしてきたんでしょ?」


 ざわっ。


 胸の浅い所とか深い所とか、うなじとか。

 どこかはハッキリ分からんけど…鳥肌やなくて…気持ち悪さみたいなんが出て来た。


「…マリが何か言うたんか?」


「あたしは…真音の何?」


 …はー…


 ナッキーに言われたアレコレが、内側から俺を責める。

 俺が全部悪い。

 悪いけど…これが俺やねん。


「…マリとは、愛だの恋だのいうんやない。」


「…もう、誰ともそうしないって言ってたのに?あたし以外の人とは愛がなければいいって事?」


「そうやないって。」


「…そんなの、マリさんに対しても失礼だよ。」


「……もう、ええやないか。」


「あたし、そういう考えにはついていけない。」


 目の前におる俺の彼女。

 めちゃくちゃ可愛くて、みんなに自慢したい俺の彼女。

 手を伸ばしたら触れる距離なのに、そこには大きい溝があって…どうにもならへん。



「これ、プレゼント。」


 るーから紙袋を押し付けられて、咄嗟に手にする。

 …俺、プレゼント…

 こんなんで渡せるはずない…な…


「るー、俺は…」


「もう、いいよ。あたし達、やっぱり違ってたんだもん。」


「……」


「あたしはきっと、これからもこうやって真音をイライラさせてしまう。あなたの夢も理解できてない…彼女失格だよね。」


 理解できてない。

 それは…俺も同じやん…?


 夕べマリと話した時も、さっき自分で言うた時も違和感やった。


 俺…るーに待ってて欲しいって思うてる…か?


「あたしは…あなたを待たない。」


「……」


「さよなら。」


 るーの冷たい声。

 なんも言わん俺。


 今の…別れの言葉…よな?


 …ええやん…

 俺の夢、叶うんやから…


 そう思いながらも…この胸の痛みは何なんやろ…

 今まで経験した事ない…痛みや。


「……」


 手にしたプレゼントを呆然と見下ろして。


「…俺…サイテーや…」


 小さくつぶやいてしゃがみ込んだ。


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