第12話 「……」

「……」


 机に突っ伏して、魂が抜けてくような感覚に陥る。


 あー…


 あああああああああああ…!!


「…もー…サイアクや…」


 俺が溜息と共につぶやくと。


「そ…そんな…頑張ってるのに…」


 教壇で声を震わしたのは、英語の三谷。

 綿菓子みたいなイメージで、男からダントツ人気の新任教師。


「はっ、ちがっ違う!!先生の事やないよ!!」


 立ち上がってそう言うと、三谷は黒板消しを手に俺を振り返った。


「…じゃあ、これは消さなくても…?」


「えっえ…ええです。それ、完璧です…」


「…良かった…」


 俺と三谷のやり取りを、女子は『何なの。朝霧君もやっぱり男よね』て冷めた目で見て。

 男は『マノン、三谷ちゃんを泣かせるなよ』て、聞こえるようにブーイングして来た。

 いや、泣かせてもないし、俺は『やっぱり』やなくても男やねん。



「はああああああ…」


 授業が終わって、盛大に溜息をつきながら机に突っ伏し直すと。


「…その様子だと…」


 頭上から声が降って来た。

 もう、見上げる気もせえへん。

 声の主は陽世里やって分かるし。


「…忠告通り、公園ですったもんだあった…」


「……」


 陽世里は、前の席の椅子を引いて座ると。


「でも取り巻きにもハッキリ言ったみたいだね。」


 まるで褒めてくれるみたいに、言葉と共に俺の頭を撫でた。


「ガキ扱いかっ。」


 そう言いながらも撫でられるがままにする。




 昨日…マリの名前を出されて絶句した俺を見たるーは。


「…頼子、帰ろう。」


 俺らにお辞儀をして、友達の腕を引いて帰って行った。


 …あれが『ヨリコ』かー…て。

 それどころやないのに、そこに注目した。


 二人の後ろ姿を呆然と見送る俺に、取り巻き達は『あの女とはどういう関係か』『この落とし前は絶対つける』『マリさんはこの事を知ってるのか』等々…

 雑音として耳に入れてたが、どれもくだらん事やと思うた。


 そして…


「黙れ!!」


 気が付いたら、大声で言うてしまってた。

 全員がその声にビクッとして、息を飲んだ。


「ええか。俺が誰と仲良くなろうが、おまえらには関係ない。」


 一人一人を見据えながら。


「応援してくれる事には感謝しとる。けどな、今後一切俺に関わるな。」


 今までにない…キツイ口調で言い放った。


「な…なっ何よ!!あたしはマノンのためを思って…」


「俺のためを思って?どう思うたら、ああなるんや?」


「だって…そんな…マリさんだって…」


「マリとは付き合うてない。」


「えっ!?」


 全員から同じ驚きが漏れた。


 もう…どうでもええわホンマ…


「何なのよ!!ずっと応援してたのに!!」


「思わせぶりにしてたじゃない!!」


「最低よ!!」


 次々と、女達に殴られた。

 それでも俺は謝る事なく、それを受け続けた。


 …確かに、客としてライヴに来て欲しい事とか…

 チヤホヤされるのが気持ち良かったってのもある。


 最低や。

 ホンマに。



 あの後、スタジオでも最悪なギターしか弾けず。

 みんなに呆れられた。

 溜息の理由も聞かれたけど、言葉が出る事はなかった。



 流れで陽世里と帰ることんなって、二人で靴箱を出ると…


 取り巻き…元、取り巻き達が、少し離れた場所で俺を待ち伏せとる風やった。


「……」


 そこを一瞥してふいっと陽世里と歩き始めると。


「マノンが『特別』なんて作るからいけないのよ。」


 全員が、俺と陽世里を追い越しながら言うた。


「……」


「…気にするなよ。」


 陽世里にはそう言われたけど…

 俺と関わる女は、みんな標的にされてまうんやないやろか…って。

 初めて、身から出た錆を呪うた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る