第2話 「出掛けるの?」

「出掛けるの?」


 ライヴ翌日。


 夕べは打ち上げで飲み過ぎて…

 そんなんで今日ガッコとか…無理やん…



「ナッキー帰って来たら、サボってるの怒られるし。」


 玄関に座り込んで、バッシュの紐を結ぶ。


「帰って来ないんじゃない?」


「なんで。」


「…あたしがここにいるから。」


「……」



 俺は、ナッキーのマンションに居候中。

 最初は二人で暮らしてたんやけど…

 途中から、この…ナッキーの彼女、マリも一緒に暮らすようになった。


 けど…


 ナッキーはバンドの事に必死で。

 さらには、レコーディングやスタジオに金がかかるからって、バイトにも必死で。

 必然的にー…俺とマリが二人きりの夜が多くて…


 …いつやったかな。

 一線越えてもうたの。


 寂しいって泣かれて…

 ついでに、俺のせいやって言われて…

 …何で俺のせいやねんって思う反面…

 これは、ナッキーの代わりやから仕方ない。って…

 そんな気持ちで、マリを抱いてしまってる俺がおる。



「とにかく、ちょい出て来る。」


 背後にマリの気配を感じながら、振り向く事なく手だけ上げる。


「…行ってらっしゃい。」



 マリは…美人や。

 スタイルも、ええ。

 バンドに理解もあるし、裏方の仕事も存分にやってくれる。

 ホンマ…バンドマンの彼女としては最高やんって思う。


 せやのに…ナッキーは、マリに対してそっけない。

 恋人同士ちゃうよなって思う。

 社長と秘書っつーか…んー…



 外に出ると、もう日は高かった。

 ガッコとは反対方向に歩いて、公園に入る。

 あー、ここ、なんや雰囲気ええとこやなあ。


 思うたより長く歩いて疲れた俺は、ベンチに座って空を見上げた。



 …夕べのライヴ…他のバンドがクソみたいやったな…

 俺ら、確実に力つけたで。

 そろそろどこかに売り込みしても、ええんちゃうかな…



 ベンチの背もたれに両手をかけて、足も投げ出したふうに座ってると…


 ぐー…


「…腹減った…」


 よう考えたら、何も食うてないやん。

 ナッキーがバイトしてる店、行こかなー…って…

 サボりがバレるやん。



 そのまんま、ぼんやりとベンチで過ごしてると。

 鞄を抱きしめた制服姿の女が歩いて来た。



「……あ。」


 何でやろ。

 すぐ気付いた。

 夕べの女やん。って。

 俺を『ヨリコ』と間違えて、話しかけてきた女な。



 夕べの赤いTシャツより、断然制服のが似合うてる。

 はよこっち来ぃひんかな。


 ワクワクして待ちかまえてるのに、女はだんだんと足取りが重くなって…さらには向きを変えた。



「なあ、今何時?」


 咄嗟に、その背中に声を掛ける。

 すると、女は肩を揺らせて驚いて。


「じゅじゅじゅ11時53分です!!」


 大きな声で言うた。


 ぷっ。

 めっちゃどもってるで?



「なんて?」


「じゅ…11時5…4分になりました!!」


「こっち向いて言うてくれへん?」


 俺の声に、ゆっくり振り向いた女。


「よ。」


 軽く手を挙げる俺。



 まさか…


 まさか、この地味めな女に…この、俺が。






 嘘やろ。思うほど、夢中にさせられるなんて。




 誰が思うたやろ。

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