第2話 ぱねそめ

 遡ること2年前。お台場に運ばれてくる1ぱねのかおはめパネルがあった。


「これ、持ちにくいな」

 ガンダムくんはこの時、男の脇に挟まっていた。作業着をきたお兄さんがぶつぶつと文句を言いながら、ガンダムくんを担いでいく。

 脇から漏れ出した汗がしっとりとガンダムくんに触れる。

 お台場デビューで浮かれていたガンダムくんは、当初、ハイテクな機械を駆使して丁重に設置されるだろうと予想していただけに、この人動というあまりに原始的な運ばれ方は予想だにしない出来事だった。

 ガンダムくんは落胆を覚えながらも「ダイバの風を感じるぜ。これも新参者への洗礼というやつか」などと一人悦になり、なんとかかっこつけていた。が、限界が近い。

「あのー、すみません、もうちょっと揺れのないように歩いてもらえませんか」

 かおはめパネルというのは基本動かないのがデフォルトであって、急に、こう、ガサツに動かされると吐きそうになってしまうのであるが、ガンダムくんの言葉はお兄さんには届かない。


 さて、お台場のとある観光スポットに設置されたガンダムくんは、ほどなくしてぼやけた視界が開け、その先にいたのは自由の女神のかおはめパネルであった。

「大丈夫か?」

 女神先輩の言葉にはっと我に返った、ガンダムくんは嬉々として答えた。

「本日よりお台場に配属になりましたガンダムかおはめパネルです。よろしくお願いします!」

「そんなかしこまらなくていいよ。オレもまだここに来て、1年くらいしか経ってないんだからさ」

「いやいや、お台場なんていう激戦区で1年間もその座を譲ってないなんて尊敬です」

「別に大して変わらないよ。ガンダムもどっかで顔ハメやってたんでしょ」

「一応、やらしてもらってました。お台場に比べると掃き溜めのような場所っすけど」

「てか、タメ語でいいよ」

 女神先輩の言葉に、ガンダムくんは一瞬ぽかんとするも、あ、これオレ試されてるんだなと瞬時に判断した。

「滅相もないです。女神先輩マジパナイし尊敬してるんで、敬語使うのは当然っすよ」

「でもさ、かおはめ界に上下関係とかないからさ。」

「いやいや、そういうわけには……」

「お前くどいな」

 女神先輩の一気に懐に入り込むような発言にガンダムくんは思わず怯む。ああ、これが世に聞く新人いびりというやつか。


「まあ、確かにいきなりはあれだし、練習すっか」

 女神先輩は思いついたように口にした。

「なんの練習っすか?」

「タメ語で話す練習」

 なるほど、その話題はお気に召さず遮られたかと思ってたけど、続いていたのか。

「まあ、いいっすけど」

「違う!」

 女神先輩の怒鳴り声が即座に響いた。

「いいよ?」

「……」

「オッケー?」

「よし。やるか」

 どうやら合格らしい。



 最初こそ、ぎこちなくタメ語を使っていたガンダムくんであったが、次第に慣れてきた。

「なんかお台場のエピソード聞かせてよ」

「特になんてことはない日常だよ。バイトと話して、ハメにくる人たちのためにキメ顔作って。まあ、良くも悪くもお台場なんてこんなもんだよ」

「へえー」

「てか、そっちはなんかないの? 武勇伝とか」

「うーん、こっちが前いたとこはろくでもないとこだったからなあー。あ、そうだ、落書きしてくるクソみたいな奴がいてさ、なんかそれでカチンときて、次来たら絶対やり返してやろうって思ってさ。ほら、オレ、やられたらやり返さないと気が済まないからさ」

「いや、知らんけど。てか、やり返すってどんな風にさ」

「オレがいたところは話せる人間はいなかったんだけど、なんか話せる野良犬が一匹いて。チロルっていうんだけど。チロルの糞をそいつにお見舞いしてやったよ。あの糞野郎めっちゃイライラしてたなあー」

「踏んだの?」

「そう! 見事に」

「すげーな」

「まあ、八つ当たりでオレ、骨折しちゃったんだけどさ、なんていうか、不思議と負けた気はしなかったんだよね」

「その話聞くと、僕の方こそ、ガンダムさんのこと尊敬しますよ。ちょっといろいろ学ばせてください」

 女神先輩がゴマをするように言った。

「ふふふ、よきに計らえ!」

「いや、それはちげーだろ」

 女神先輩の急な返しに、ガンダムくんは訳がわからず戸惑ってしまった。

「へ?」

「今のはさ、オレがキミを敬って、後輩であるキミにへりくだったわけじゃん。なに、平気な顔して上からきてるの? オレがへりくだってるんだからその下をへりくだらないと。あと、付け加えると、オレの方が凄い話もってるからな」

「いや、でも、そういう練習だったじゃん」ガンダムくんは納得がいかずに言い返す。

「あのね、練習とか練習じゃないとかは関係ないから。敬語とかってのはね、形の上だけのものだから意味ないんだけど、そこには信頼関係みたいなものが必要なわけで。表には出ないだけで、敬う気持ちみたいなものが必要なわけで。ほら、オレ先にきて、キミ後からきたわけじゃん? そこんとかわかってないとなあ〜」



 女神先輩のちょっとだけ、小馬鹿にするような物言いを聞きながら、ガンダムくんは思いました。あー、女神さんに敬語、使わなくていいや、って。


「って、聞いてんのか!」

「あ、うん」

「……まあ、いいか」

「まあ、いいよね。」


 こうして、女神先輩とガンダムくんの初顔合わせは終了した。女神先輩は、不満げな顔を作りつつも、どこか晴れやかな気持ちだった。

 大事なことは、茶化してしか伝えらないのが女神先輩の悪い癖なのかもしれない。練習なんかではなく、ガンダムくんが心からタメ語でいいや、そういう関係でいいや、って思ってもらうことが、女神先輩の意図したところだったっていうのをガンダムくんが知るのは、まだずっと先の話。

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