第22話 旧友の巻 その二

 忘れた人のために言っておくが、俺は一応生徒会へと入った! 正確にはその派閥に……だが。何の役職も無い気楽な存在だが、そんな生徒会に属する人間は寮に入らなければならないという掟がある。

 何でだろう……と真面目に考えてみたが、理由が良く分からんので……俺はザ・親友にして生徒会長を兄に持つ花京院雫へと聞いてみた。


「おい、花京院雫よ」


「何よ、放課後に体育館倉庫裏に来いとか言わないよね」


「そんな決闘を仕掛けるつもりは無い。生徒会ってなんで寮に入らなきゃいかんのか」


「決闘って……。私は別の方を想像してたんだけど……」


 何をごにょごにょ言っている! さっさと質問に答えんか!


「何だっけ? 生徒会が寮に入る理由? そんなの、特権が余ってるからでしょ」


「何、特権って……怖っ」


「この学校で一番おおきな派閥が生徒会だもの。前に説明したでしょ? 規模の大きな派閥にはそれぞれ特権があるって。生徒会は大した特権持ってないっていうか……あの馬鹿兄がその辺無頓着だから、学校側から提案されたのよ」


 そういえば……会議室を独占出来たり、専門家みたいなのを学校側に呼び出してもらって特別授業できたり……色々あったな。

 花京院 雫の兄上はそのあたり無頓着だったのか。


「私も前に生徒会の寮行った事あるけど……」


「ぁ、俺も前にあるぞ。風呂入れられてベッドに拉致られた」


「はぁ?! なんで私も誘わないのよ!」


 そんな事言われましても。


「と、とにかく、生徒会の寮って設備が妙に行き届いてて……他の派閥の生徒は入れないから特別感すごいのよ。だからって門限とかは特に変わらないけど……」


 ほぅ。特別感……。


「部屋割りってもう出てるのかしら……梢と一緒なら気楽なんだけど……」


「俺は全然気楽じゃないぞ。っていうか一人部屋が良いんだが……」


「何よ、私と一緒には寝れないってわけ?!」


「変な言い方するな! 勘違いされるだろうが!」

 

 そんなやりとりをしていると、ラスティナが何やら資料らしきものを眺めていた。

 むむ、どうしたロリっ子。


『梢さん、部屋割りもう出てますね。残念ながら雫さんとは別の部屋です』


 そうか、良かった……。

 俺は一人部屋?


『いえ、別の女子とですね……えーっと……猫屋敷 空さんっていう人です』


 猫屋敷……珍しい名前だな。アニメの中でチラっと見た事があるような無いような。


『情報技術科の生徒みたいです。成績もトップクラスですから、恐らく生徒会にスカウトされたんでしょう。えーっと、顔写真は……』


 おいおい、お前は何でもやりたい放題かっ。


『何せ超優秀ゆえ……。はい、この子が猫屋敷 空さんです。むっちゃ可愛い子ですよ!』


 グイグイラスティナに顔写真を押し付けられる。といっても俺にしか見えない網膜内の映像だが……。ふむ、まあまあ可愛いな。俺程じゃないが。


『凄い自画自賛ですね』


「どうしたのよ、梢、いきなり黙り込んで」


 むむ、そうか。ラスティナが見えない花京院 雫には俺が黙り込んでるように見えるのか。


「いや別に……花京院 雫、猫屋敷 空って知ってるか?」


「猫屋敷? あぁ、男子が騒いでたわね、とんでもない美少女が居るって。性格も凄いキツいらしくて、女王様なんて言う……あだ名をつけてたわ。男子ってほんと……」


「……女王様……」


 なんだろう。俺が男の頃だったら男子の気持ちも多少は分かったんだろうが……。なんか今はどちらかと言えば嫌悪感しか沸かんな。もしかしたら俺は……だんだん心が女子に……


「か、花京院 雫!」


「な、なによ」


「パンツ見せてくれ!」


「はぁ? ほら、これでいいの?」


 普通にスカート捲ってくる花京院 雫。むむ、今日はピンクか。しかし……なんだろう。なんか全然、何も感じない! 男子の頃だったら眼福……! とか最低な事しか考えて無かった筈なのに!


「なんか……つまんない人間になったな、俺……」


「ちょっと、人のパンツ見ておいて何よそれ。何がつまんないって?」


「いや、心まで女になりつつあるみたいだ、俺」


「それでつまんないって……あんた、全国の女性を敵に回したわよ」


 だってそうだろ! なんか最近、刺激が無いというか……。男だった頃はデカい虫を見るだけで興奮してたのに、今じゃあなんか……だから何だって思うようになっちゃったし。いや、単にそれは女の俺の性格がそうだからか?


『一概には言えませんが、梢さんの脳は元々女性脳ですよ』


 え、そうなの?


『男性脳と女性脳だって、違いがあるとすれば一部だけです。例えば女性の方が脳梁が太いとか』


 な、なんだって?


『インスピレーション……つまりは直観と呼ばれる感覚ですね。脳梁が太い女性の方が、直観で判断を下しやすいんです。直観と言っても馬鹿には出来ません。取り入れた情報を即座に処理して判断する力ですからね、男性はどちらかと言うと、論理的に考える方が好きでしょう?』


 そうなの……?

 論理的とか言われても……


『ほらほら、私ばっかと話してるから……また雫さんが首を傾げてますよ』


 むむ、悪いな、花京院 雫。俺は可愛い妹との会話が楽しいのだ。


『誰が妹ですか』


「ちょっと梢、さっきからどうしたのよ」


「何でもないぞ。それより花京院 雫……何の話してたっけ?」


 その時、俺は見た。花京院 雫の顔が一瞬、ピクっとなるのを!


「梢が女はつまんないとか言い出した所ね。いいわ、梢にしっかり仕込むべきね、ここは」


「な、なにを……?」





 ※





 そんなこんなで、俺と花京院 雫は……制服のままショッピングモールに! なんてことだ! 不良だ! 放課後にこんな所に買い食いにくるとは!


「梢、クレープ美味しい?」


「甘くて美味いぞ」

 

 むっしゃむっしゃクレープ食ってる俺。けしからん、けしからんぞぉ。


「さーて、寮に入るなら色々と買い揃えないと……」


「色々って……歯ブラシとかか?」


「間違ってはいないけどね……。あー、でも梢は全部お姉さんが揃えてくれてるのかしら」


 お姉さんって美奈の事か。まあ、スキンケア商品とか下着とか……その辺りは美奈任せになってるな、俺……。


「なら……寮生活にかかせない物を買いにいくわよ、梢」


「ふむ。寮生活にかかせない物とは?」


「それは……」



「こんちゃーッス」


 するとその時、なんかチャラい男が話しかけてきた! 花京院 梢は会話に割り込まれて、ちょっとムッとした顔に。


「……なんですか。見れば分かると思うけど、私達、高校生なの」


「うんうん、見れば分かるよ。ちょっと俺達と遊ばない?」


 こ、これは……ザ・ナンパ! 

 なんてこった、ナンパなんて遊園地以来だ。


「っていうか……二人とも、可愛すぎない? 俺の仲間もいるからさ、皆でぱぁーっと……」


「悪いけど……遠慮しておくわ。私達、二人で買い物したいの」


「えー、いいからさ、ほら、こっちおいでよぉー」


 花京院 雫の手首を掴み、むりやりひっぱるチャラ男。

 ぁ、花京院 雫のクレープが床に! もったいねえ!


「ちょ、離して……!」


 無理やり振りほどく花京院 雫。するとチャラ男は不機嫌そうな顔になり……


「いいから……こいよ。仲間待ってるって言って……」


 次の瞬間には青ざめていた。ん? どうした?


 俺達の後ろに何かいるのか?


「……あ、正宗」


 いつのまにか俺達の背後には正宗が! 何故ここに!


「え……彼氏……?」


「いや、俺の兄ちゃんみたいな奴」


「お、お兄様?」


 正宗は俺達とチャラ男の間に立ち……そのまま、チャラ男へとゆっくり手を差し出した!


「え、な……なんですか? お、お兄さん……」


「君にお兄さん呼ばわりされる筋合いはない。クレープ代だ。弁償しろ。出来ないなら……耳のピアス引きちぎって売りさばくぞ」


「ひぃ!」


 な、なんて恐ろしい事を! リアルに痛そう!

 チャラ男は怯えながらサイフを出し……なんか一万円も出してきた! いや、クレープ五百円! ワンコイン!


「お、おぼえていやがれ!」


 すげえ、まさかリアルにその台詞を聞く事になるとは思わなかった。

 たぶん俺は決して忘れない。そのままチャラ男は脱兎のごとく去っていく。


 正宗は頂いた一万円札をサイフに仕舞いながら、そこから小銭の五百円玉を。ちなみに2180年現在、五百円玉のデザインは二世紀前から変わってないらしい。


「ほい、クレープ代」


「ぁ、ありがとうございます……」


 花京院 雫は申し訳なさそうにお金を受け取る。落ちてしまったクレープは、いつのまにか清掃ロボットに回収されてしまっていた。もう跡形も残ってない。


「あの、確か……美奈さんに虐められてたお兄さんですよね……」


「虐められてたんじゃない、俺が遊んでやってるだけだ。で……制服姿で何してんだ、君達は。買い食いとはけしからん! 俺も混ぜろ!」


 何いってんだコイツ。


「おい、正宗。一万円もカツアゲしといて……まさかそのままポケットマネーにする気か?」


「カツアゲとか人聞きが悪いな。俺はただ、クレープ代を寄こせと言ったんだ。そしたらあっちが勝手に出してきたまで。俺は何も悪い事はしていない!」


 凄い自信だ! あれ? っていうか、正宗なんでこんなところに。


「正宗……一人でここに来たのか? 寂しいか?」


「一人じゃないから寂しくはないな。美奈と一緒に来たんだ。でもあいつトイレ長えからなぁ」


「ほう」


 なんか正宗の真後ろに髪の長い女のシルエットが見えるのはきのせい。


「きっとデカい方だな。まったく、わざわざ買い物に来て……。あぁ、案外、その為にここにきたのかもな、ははははっ」


 俺はそっと花京院 雫の手をとり、数歩下がる。正宗の真後ろの影が、少し屈んだからだ。


「どうした梢、そんな動物園で危険な動物を見るくらいに距離置いて……」


「正宗、謝るなら今のうちだぞ」


「何が?」


 と、後ろを振り向く正宗。だが時既に遅し……。

 振り向いた正宗の顎へと、見事な後ろ回し蹴りが炸裂! そこからフラついた正宗のバックを取り、そのままジャーマンスープレックス! 


「ぐはぁ!」


「地獄に落ちろぉ!」


 さらにそこから、倒れ込んだ正宗の腰の上に乗り、両足を抱えてエビぞり固めを極める……髪の長い女、美奈さん。正宗の悲痛なギブアップの叫び声がこだまする。ショッピングモール内に。


 死ぬなよ……正宗……。





 ※





「久しぶりだねぇーっ、雫ちゃぁーん」


「お、おひさしぶりです……」


 美奈達と共にモール内の喫茶店へ。正宗は立ったまま両手いっぱいに買い物袋を持たされている。まるで宿題を忘れて廊下に立たせられた生徒のごとく……。


「二人で買い物? 何買いに来たの?」


 俺は美奈へと、寮に入るからそれに必要な物を買いそろえに来たと説明。すると美奈の目がギラっと確かに光った!


「ほぅ。それは大切な買い物ね。何から買う? 下着? それとも化粧品?」


「お前も付いてくる気満々かい。というか高校生に化粧品をすすめるな」


「何よぉ、いいじゃない、別に。ねぇー? 雫ちゃぁん?」


「は、はひ……」


 目の前で正宗がフルボッコにされたから……すっかり怯えてるじゃないか。花京院 雫。

 

「お金だって出してあげるし。ぁ、そう言えば……梢の学校ってプールとかあるの?」


「あるけど……水泳の授業ってあるのかなぁ、嫌だなぁ……俺泳げないし」


「バスケばっかりやってるからよ。聞いてよ雫ちゃん、梢ったら、体育の授業中もバスケの特訓してたらしくて、先生に親呼び出されてねぇ」


 うぅ! 人の黒歴史を!


「体育の授業中に……?」


「そうそう、持久走の時なんかドリブルしながら走ってたのよ、この子」


 いいじゃん別に! 少しでも上手くなりたかったんだ!


「おばさん呼び出されて、梢も叱られて……それでも止めなくて、ついにはバスケ部辞めさせられそうになったのよね」


「へぇ……」


「で、そしたら梢は……県内でベスト8に入るから許してって先生に言いだして。そしたら本当に準優勝しちゃって。体育教師に頭撫でまわされて褒められてたわね、梢」


 滅茶苦茶興奮した体育教師に焼肉まで奢ってもらえたからな……。

 ドラマみたいで感動した! とか言いながら。


 ちなみにその時優勝したのは、あの森永先輩率いる強豪校。やっと勝てたのはそれから何年してからだっけ。森永先輩の引退試合でやっと勝てたからな……。


「おい、美奈、人の黒歴史を喋るのはもう止せ。そしてお腹空いて来た。なんか奢ってくれ」


「さっきクレープ食べてたじゃない。まあいいけど……何食べる?」


「肉……!」


「はいはい。その前に買い物終わらせましょ。まず何見に行くの?」


 そういえば花京院 雫は……なにやら寮生活に欠かせない物を買いに来たとさっき言いかけていたけども。何を買うつもりなんだろう。


「おい、花京院 雫、さっきなんて言いかけて……」


「ぁ、下着……下着買いに行きましょ、梢。私が選びたいわ!」


「いいわね! 買いにいくわよ! 梢!」


 ……?

 なんか、花京院 雫の様子がおかしいな。そして正宗が抱える買い物袋は更に増えた。




 ※




 美奈達は正宗の車で来たらしく、俺も自宅まで帰るために一緒に乗っていく事に。正宗は花京院 雫も送っていくと申し出たが、やんわりと断られた。


 美奈と正宗はすでに車の中に。俺は花京院 雫へと、本当に乗っていかないのか? と最終確認を。


「大丈夫よ、学校の近くだし、まだ日も高いしね」


「とはいえ、夕方だし……。さっきみたいにナンパされたら……」


「大丈夫よ、慣れてるから」


 おおう、流石だぜ、花京院 雫。


「それより……梢、これ」


「ん? 何だ?」


 手渡される小包。なんだこれ。


「開けてみて」


「ふむぅ……って、腕輪?」


「ブレスレットって言いなさい。寮に入ったら……たぶん、私達、同じクラスだしバラバラの部屋になるわ。でもそれを付けておけば、寂しくないでしょ?」


「ほぅ。確かに。ありがとな、花京院 雫……って、じゃあこれ、お揃いなのか?」


「そう」


 いいつつ腕を見せてくる花京院 雫。そこには同じ桜のワンポイントがついた同じブレスレットが。ちなみに銀製……? いや、メッキか? これ。


『銀ですね。結構お値段するんじゃ……』


 むむ、ラスティナいたのか。


『ずっと居ますよ!』


「じゃあ、また明日ね、梢」


「ぁ、花京院 雫……。バラバラになっても、俺達はずっと親友だぞ」


「大袈裟ね、当たりまえじゃない」



 そのままバイバイして別れる俺達。花京院 雫の背中を見送りつつ、俺は正宗の車の中へと乗り込んだ。

 花京院 雫から貰ったブレスレット……なんか、いいな……。




 ※




「ずっと……親友……か」




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