第15話 熱い戦い G

 4月14日(金) 午後2時


 生徒会長に電話した花京院 雫。

 何があったのか説明する為、日下部君も連れて生徒会室へ……。


「あれ? しぃずぅくぅー! 生徒会に入ってくれるのー!?」


 生徒会室に入るなり飛びかかってくる歩先輩!

 しかし花京院 雫はひらりと躱しつつ、何事も無かったかのように生徒会長の前に仁王立ちする。


「人払いして頂戴。新聞部にも借りを作れる話よ……」


 むむ、ボソっと……生徒会長に話しかける花京院 雫。

 新聞部? なんだそりゃ。


 そのまま言われた通り生徒会の役員全員を追い出す会長。

 どうでもいいけど……全校生徒の授業も終わったのか。てっきりうちのクラスだけだと思ったけど……。

 それだけ大きな騒ぎになってるって事か。


「はぁ……珍しく連絡とってきたと思ったら……何をさせるつもりだ、雫」


 ぁ、生徒会長すごい嫌そうな顔してる。

 何をさせるツモリなのかは俺も知らぬが。


 花京院 雫はそのまま生徒会長へと説明する。自分が何をしにきたのかを。


「今日、進学科で起きた事件は知ってるわね。それの真犯人が分かったわ。そこの彼よ」


 ってー! それいっちゃうん?!

 日下部君は緊張しながら生徒会長の前に……その通りですと頭を下げる。


「で……? 本題はそれじゃ無いんだろう?」


「えぇ、言ったでしょ。新聞部にも借りが作れるって。共犯は進学科の数学教師、須藤先生よ。ほら、日下部君。ここからは貴方が話なさい。全て、何があったのか、包み隠さずね」


 コクン、と頷きながら日下部君は全てを話した。

 光の下着を盗んだ事。それを須藤先生に見つかった事。

 そして、その現場を撮影していた監視カメラの映像を人の目から隠すため、あえて更に大きな騒ぎを翌日起こした。それが今回の事件だったわけだが……。


 ん? あれ、そういえば……俺の時計は誰が盗んだんだ?


「事情は分かった。つまり……雫……。須藤先生と……この日下部君の淫らな関係を新聞部に告発しろ……と?」


「話が早くて助かるわ。こういうの大好きでしょ? あいつら」


 って、えぇ?! そ、そんな事して大丈夫?!


「まあ……確かに……新聞部ならまず学校側を脅すだろうな。戸城さんの時みたいに……」


 ん? 俺の時?

 顔を見合わせる俺と花京院 雫。

 な、なんの話?


「あぁ、戸城さんにはまだ話して無かったか。新聞部の部長、如月 樹きさらぎ いつきという男は生徒会に続く第二の派閥のトップでね。ことある毎に現在の生徒会を引きずり降ろそうとしている」


 にゃ、にゃんだって……


「それで戸城さんの事なんだが……これは最初に謝っておくべきだったな……。あの全国に流れた戸城さんが性転換したってニュースは……その如月がメディアに売ったニュースなんだ。学校側はあくまで無関係を主張しようとしてたけど……如月は真実を流すべきだと訴えたんだ。まあ、その時も学校側を脅してたみたいだけどね。生徒会を解散させろ、さもなくばメディアに売るぞってね」


 ふ、ふむぅ。じゃあ馬海が転校してきたのは……ある意味ではその人のせい……しかし御蔭で俺達は再会できたんだ。馬海には悪いが、感謝すべきなのかもしれない。


「まあ、結局学校側はミスを認める判断をして生徒会を守ってくれたんだけど……本当にすまなかった……戸城さん……」


 そのまま深々と頭を下げて来る。

 いや、別にアンタが悪いわけじゃ……。


「そう言ってくれると助かる……。今回の件は……まあ、任せてくれ。如月に学校側を脅させて須藤先生のクビを繋げさせるんだね」


 で、でも……そんな事できるん?


「可能だろう。教師と生徒の淫らな関係……学校側は何としても隠し通したい話題の筈だ。下手に須藤先生の首を切れば……」


 教師と生徒の淫らな関係は世間に流布されるって事ですね……。


「そんな事になれば一大事だ。下手をすれば……今まで起きていた女子の上履きや下着の事件も須藤先生の仕業だという事になるだろう。学校内、しかも教師がそんな事をしていたと知れ渡れば……イメージはガタ落ちだ」


「そ、そんな……須藤先生はそんな事してません!」


 否定する日下部君……。ま、まあ須藤先生は普通にいい先生だしな。ちょっとチャラいけど。


「例えばの話だよ。さて、それなら急いだ方がいいな。今まさにその事で会議している筈だ」


 そのまま生徒会室に備え付けている固定電話で新聞部へと連絡する会長。

 詳しく話を聞かせろと言われたらしく、そのままスピーカーに変える。


『新聞部の如月だ。日下部君、詳しく話を聞かせてもらっていいだろうか』


 むむ? なんか誠実そうな声だな。とても生徒会を引き摺り降ろそうなんて考えてる風には……。


『つーか千尋、おい、てめぇ。昨日、噂の戸城さん部屋に連れ込んだらしいじゃねえか。そっちの話も詳しく聞かせろ。いいな!?』


 え。えぇー! 生徒会長相手だと全然口調違う! 二人は仲良しなのか!?




 そのまま生徒会長に話した内容と同じ事を電話越しに説明する日下部君。

 如月先輩は、なにやら相槌を打ちながらキーボードを叩いてる音を響かせている。


 まさかもう記事書いてるんじゃ……。


『なるほど。君の希望は分かった。だが……一つ条件を出したい。戸城さんがこちらの派閥に入ってくれるのなら、考えてもいい』


 な、なにぃ! 俺をお求めになられますか?!


 しかし、生徒会長は


「それは無理な相談だ。戸城さんは既に生徒会のメンバーだ。どうしてもと言うなら……今回の話は全て無かった事にしてくれ」


 え、えぇ! い、いいの? 


『な、なんで……』


 ん? 如月先輩が凄い震えた声で……


『なんでお前! そうやって美味しい所だけ……もういい! わかった! 明日! 金森紹介しろ! それで受けてやる!』


 金森……って、金森 月夜先輩の事か。あぁー、あの人も結構モテそう……。


「手配しよう。場所は僕の家で構わないかな? 樹」


『構わねえよ! 豪華な飯食わせろ! じゃないと泣かすからな!』


 そのままプツ……と電話は切れる。

 なんだったんだ、一体……ホントにあの人生徒会引きずり降ろそうとしてるん?


「さて、あとは結果待ちだな。君達はもう帰りなさい。正式に派閥メンバーとして迎えるのは火曜日からにしよう」


 あ、はい……と、そのまま四人揃って生徒会室から出る。


 しかし……結局分からん事が残ってるんだが……。

 俺の時計……誰が日下部君のロッカーに入れたんだ?


 日下部君に聞いてみるか……。


「ねえ、日下部君……俺の時計、ロッカーの中に入れたのって……」


 君? と聞いてみる。だが日下部君は


「え、えっと……ごめん、何の事……?」


 むむ、分からないのか?

 えっと、実は……と、時計の御蔭ですんなり体操着と下着が見つかったと説明。

 そしてその時計は、日下部君のロッカーから出てきたと。


「……え? い、いや、僕、時計なんて……」


 ふむぅ、ホントに知らないのか……。

 その時、何やら怖い顔をしながら花京院 雫が俺の肩を叩いてきた。

 なんじゃ?


「ちょっと、どういう事? 時計が日下部君のロッカーから出てきたって……」


 どういう事って……いや、今話した通りですが……


「それって……まさか……な、なんで黙ってたのよ!」


 え、ええ?! いや、だって……日下部君が疑われると思って……


「日下部君が自分で入れたんじゃないなら……残るは須藤先生って事になるけど、日下部君を守ろうとしてる人がそんな事する筈ないわ。だとしたら……」


 あ。ということは……


「もう一人、二人の計画を知ってる奴が居るのよ! もしそいつが……先にメディアに売ったりしたら……」


 あ、やばい! 須藤先生がクビに……!


「誰……誰よ、日下部君! 思い当たる人は?!」


「え、えーっと……んー……」


 その時、俺の脳裏に浮かんだのは……そうだ、遊園地の時……日下部君にナンパをさせて遊んでた三人……。そいつらでは? と日下部君に聞いてみるが……


「え? あの三人は……同じ中学の友達だし……この高校の生徒じゃないから無理だと思うけど……」


 ち、違うのか! だ、だれだ! 他にそれが出来るのは!


『あー!』


 その時、どこに居たのか突然ラスティナが大声を出した。

 ラスティナの声が聞こえるのは俺のみ。一人だけビックリする。


 な、なんだ、どうしたんだ!


『梢さん……、肝心な事見落としてました……カメラですよ! 誰が監視カメラを遮断したんですか!』


 はい? そんなの須藤先生だろ。


『須藤先生は自分に疑いを向けて日下部君を守ろうとしたんです! だったらカメラを遮断する必要もありません! 堂々と見せつければいいじゃないですか! 犯人は俺だって!』


 む、むぅ、でも分かりすぎて……誰か庇ってるんじゃ? って周りの先生も思うんじゃ……


『それを考えるのは警察だけです! 教師陣なら生徒を庇ってる須藤先生の思いを優先させる筈です、それは須藤先生も十分、分かってたはず……わざわざカメラを遮断したのは、日下部君に疑いの目を向けさせる為、そして自分が梢さんの鞄から時計を盗む所を撮られない為です!』


 いや、まあ、そういう考えも出来る……のか? でも結局誰なん?


『思いだしてください、シューターから降りる時、居なくても違和感を産まない人物です』


 ん? それって……いや、まさか……


『彼なら……出来ると思いますよ。カメラの遮断。なにせ都会で最先端技術を学んでたんですから。そして動機は恐らく……』







 今、俺は男子寮の前に居る。

 彼が今住んでいる所だ。都会から出てきたんだ。こっちに住む家が無いのだから寮に住むのは当たり前か……。


 インターホンを押しつつ、寮の管理人さんが出る。


『はーい。あれ、戸城さん、どうしたのー?』


 若いお姉さんの声……むむ、男子達にイタズラされてないかしら。

 しかしそんな事はどうでもいい。

 出来るだけ……自然に……


「えっと、弟に会いたくて……はいりたいん……」


『いいよー』


 早っ! 

 いいのか、そんなんで! IDナノマシンでワザワザ識別してるのに!


 ま、まあ学校の寮だし……こんなもんか……そのまま男子寮の中に入り、馬海の部屋へ。

 再びインターホンを押し、出て来るのを待つ。


「はーい……って、姉さん?」


 うむ、お姉さんだよ。


「どうしたの?」


 まあ、ちょっと中に入れておくれ……と、そのまま馬海の部屋へ潜りこんだ。


「びっくりしたー、ここ男子寮だよ?」


 う、うん……そうなんだけど……


「馬海 抄……」


「え、なんでフルネーム?」


 う、そうか、弟だしな、花京院 雫みたいに呼ぶのはおかしいか。


【注意:友達もフルネームで呼ぶと、異様な顔で見られます(経験アリ)】



「えっと、抄……その……」


 どうしよう、どうやって聞きだせば……。


「もしかして……うん、あの事だよね……」


 むむ、話が早いな。そうだ、抄……お前が……俺の腕時計を日下部君のロッカーに入れたんだな。

 お姉さんは御見通しですよ!


「姉さん……恥ずかしいから……目瞑っててくれる?」


 ン? 恥ずかしい? いや、後ろめたいの間違いでは……。


「姉さんに見られながら……オッパイ触るのはちょっと……」



「ちっがーう! おっぱいから離れろ! その話じゃない!」


 いや、別に……触りたいなら触るがいいさ! でも今はそんな話を来たのではない!

 あぁ、もう、なんか真面目に考えるのがアホらしくなってきた……。


「抄……お前が俺の時計を……日下部君のロッカーに入れたんだな……」


 いっちゃった……ど、どうだ……


 途端に抄の顔つきが変わる。

 男子が俺のスカートを捲った時と同じ様に。


「だから……何?」


 何って……


「だから、抄……このまま何もせず見守ってくれ。須藤先生と日下部君の事を……そっとしておいて……」


「なんで……日下部君は姉さんを悪く言ったんだよ……何で庇うの?」


 やっぱりか……そんな事が動機か。

 ラスティナが言っていた。動機は恐らく……俺が遊園地で遊んでいたという事を日下部君が須藤先生に言った事だ。しかし、それは抄が転校してくる以前の話。


 抄が知る由もない出来事だ。何故それを知っているのか。答えは簡単だ。


「お前……監視カメラの映像を確認したんだな。俺が虐められてないかと……」


 ギクリと震える抄。

 方法も簡単だ。生徒会長が言っていた。都会の方では皆FDWと契約していると。

 つまり……抄もラスティナのようなマシルと契約している。

 監視カメラの映像など簡単に確認できる。


 なぜ抄がそんな事をするのか。

 それも……想像がつく。


 抄は震えながら座りこみ……突如地面に頭を叩きつけた。


「な、なにしてんだ!」


「五月蝿い! なんで……なんで普通に高校生活送ってんだよ! そんな目にあって……なんで……こんな形で自分に双子の兄が居るなんて……知りたくなかったよ……」


 そのまま泣きだしてしまう。

 なんで泣くんだ。

 こうやって会えたじゃないか。


「ずっと……一人だったんだ……家族も……兄弟も……誰も居なかったんだ……友達もFDWばかりで……人間の友達すら居なかったんだ……」


 む、むぅ、都会の方では皆そうなのか?

 まあ、地方の自治体がストップ掛けるくらいだからな……。


「なのに……あのニュースで……実は双子の兄……いや、姉が居るって分かって……凄く嬉しかった……だから居ても立ってもいられずに……こっちに引っ越してきたんだ……」


 虐められて……来たわけじゃないのか。そ、それはそれで……良かった……ちょっと安心……。


「でも!」


 ビクッと震える。

 で、でも? なんじゃ?


「姉さんが……いきなり男から女になって虐められてるんじゃないかって……確認してみたら……女子は皆悪口言ってるし、数学の教師はキモいし、香川君は寝てるし……」


 いや、香川君は関係ないぞ、マジで


「その中でも……極め付けに頭に来たのは……あの日下部って男子だ! なんでワザワザあんな事! 授業中に言うんだ! しかもよく調べてみたら……あの二人は恋人同士だ! 二人して姉さんで遊んでたんだ!」


 いや、違う、違うぞ?

 日下部君は、須藤先生に気に入られる俺を見てヤキモチ焼いただけなんだ!

 だからちょっと……口からポロっと出ちゃっただけなんだ!


「姉さん……僕が仇をとってあげる……あの二人を……この学校から追い出してあげるから……」


 泣きながら笑う抄。

 ダメだ……そんな事したら……


「俺は……お前みたいな弟要らない……」


 再び震える抄。


「なんで……そんな手段で追い出そうとするんだ……最低だ……クラスの男子と仲良くやってたじゃないか……そんな事したら……お前も学校追い出されるぞ……誰が流した情報かなんて……すぐにバレる」


「だ、だから……そこまでしてでも、僕は姉さんの事を大事に思って……」


 大事……


「大事に思ってるなら……頼むから……こんな犯罪者まがいな事するの止めてくれ……。お前が思ったように……俺だって双子の弟が居るって知って、凄い嬉しかったんだ……日下部君が気に入らないなら……殴り合いの喧嘩でもすればいいだろ……なんでこんな陰険な方法で追い出そうとするんだ……」


「そ、それは……確実に追い出せる方法を……」


 …………ダメだ、分かってない。


「ラスティナ。日下部君呼び出して。ここに」


『はい、分かりました』


 ラスティナ、という名前を聞いて首を傾げる抄。

 しかし理解したようだ。俺もFDWと契約している事に。


 その後、日下部君が部屋の中に入ってくる。


 ふぅ、再び……この手を使う時が来るとは……。


 ごめん、日下部君……だが、君にも非はあるだろう。


「日下部君……そこに座って」


 抄とは反対側に座らせ、その前に仁王立ちする俺。

 そして……思いきりスカートを捲りあげて下着を見せつけた。日下部君に。


「え?! ちょ……うぁっ!」


 そのまま股間を抑えながら悶える日下部君。

 須藤先生と恋仲と言っても……やはり男子は女子のパンチラには逆らえんのだ!


 そして狙い通り、抄は怒り狂った顔で立ち上がる。


「え、えっ?」


 日下部君は理解できないようだ。

 ふむ、健闘を祈る……。


 抄は拳を握り締め、日下部君に迫る。


「日下部……お前……なんで姉さんの事悪く言ったんだ……なんでいちいち……あんな事須藤に報告したんだ! みんなの前で!」


 そのまま胸倉を掴んで問い詰める抄。


「いや、待って……僕は……須藤先生の事が好きだから……だから……っ」


「だったら二人で乳繰り合ってろ! 姉さんを巻き込むな!」


 そのまま一発……ふむ、日下部君の頬にモロに入ったな。

 生の喧嘩見ると……ウズウズするな……。


『梢さん……MなのかSなのか分かりませんね』


 頬に一発食らった日下部君。

 だが倒れない。

 踏みとどまり、そのまま抄を睨みつけた。


「その事は……悪かったよ……でも……今回、君がしようとしてることは……そのお姉さんを陥れる事にもなるんだよ……」


 ん? なんか……日下部君の口調が鋭くなったような……。


『ふむ。日下部少年は中学時代、剣道と空手を習ってみたいです。お家が道場みたいですね』


 な、なにぃ!? あ、あの日下部君が!


『だから言ったじゃないですか。人は見かけに寄らないって』


 睨みあう日下部君と抄。

 日下部君は構える事もせずただ立ってるのみ。


「僕の事が気に入らないって言うなら……いくらでも殴ってもらって構わない。どれだけでも謝る。でも……須藤先生と僕の関係を校外に出す事だけは止めて欲しい」


「ふざけるな! お前ら……そろって姉さんを……」


 再び殴ろうと拳を振りかざす抄! だが日下部君は避けようともせず殴られる。

 全く抵抗しない日下部君。それどころか、全くフラつきもしない。


『流石空手経験者ですね。殴られる覚悟で立っている彼らを倒すのは至難の技ですよ!』


 なんか実況し始めたし……。

 え、っていうか……ホントに? 空手経験者って皆そうなの?


【注意:この作品はフィクションです……】


 適当かよ! だよな! 作者レスリング押しだし!



「もう終わり?」


 余裕の表情で立っている日下部君。

 それに対して苦しそうな表情の抄。


 ど、どうなってるんだ? 俺の計画では殴り合った末の友情が……


『そんな……最近の少年漫画でも躊躇する展開ですよ』


 そ、そうなの?

 うぅ、もっと研究しなければ……

 最近格闘マンガしか読んでないし……


「姉さんを……姉さんを虐める奴は許さない……! 全員僕が追い出してやる!」


 そう叫ぶ抄の頬を、初めて日下部君が殴った。

 一発で転がる抄。


「戸城さんを言い訳にして……自分が気に入らない人間を追い出そうとするなよ……お前はそれでいいかもしれないけど……戸城さんは自分のせいで……この学校を去った人間が居るって……思うかもしれないんだぞ……」


 日下部君……須藤先生が自分のせいでクビになるかもしれない、その苦しみを……他の人間に味あわせたくないんだ……。


 実際俺はそう思うだろう。抄が情報を校外に流してしまえば……須藤先生は確実に去る。そして日下部君も耐えきれなくなって学校を辞めるだろう。そんな事になれば……原因となった俺も……。


「うるせえ……」


 なんとか立ち上がる抄。

 こっちも元野球部員なんだ。体力は有る筈だ……。


『しかも相手はみんなジュールだった筈です。先程人間の友達は居なかったと言っていましたから。相当鍛えられてるハズですよ』


 ジュールって……アンドロイドとかだっけ……そ、そうか、その中で生身の人間が一緒に野球するって……相当キツそうだ。


「お前に……何が分かんだよ……今の今まで……双子の姉が居るなんて知らなかったんだ……。それが突然知らされて……嬉しかったよ! 自分に家族が居るって……でもそんな時に、その家族が侮辱されて……お前は黙ってられるのかよ!」


「だったら! 最初から俺に直接文句いえよ! 俺に喧嘩売って来いよ! その大事な家族巻き込むような方法取るなって言ってんだよ!」


 き、きた! そうだ、この展開だ!

 この……てん、かい……


 そのまま殴り合いになる……が……


「お前に……何が分かんだよ!」


「分からねえよ! いつまでも姉さん姉さんって甘えてんじゃねえ!」


 ……ぁ、と、とめないと……やばいかな?


『下の階にも相当響いてますから。その内誰か止めに来ますよ。まあ、良くて謹慎処分じゃないですか?』


 や、やばい! それは不味い!

 他の誰かが介入する前に止めなければ!

 自分でフっかけておいて何だけど!


「お前が! お前が! 姉さんの悪口言うんじゃねえよ!」


「悪かったよ! でもお前も! もっと気つかえよ! 戸城さんが学校に居ずらくするような事するんじゃねえよ!」


 ま、まて、もういいだろ、お前等……。


「元はお前が下着盗むのが悪いんだろうが! この変態!」


「そうだよ! でも俺は……! 変な事するために盗んだわけじゃねえ! 俺は……」


 マウントポジションを取る日下部君。

 しかしそのまま殴る手が止まる。


「俺は……女に……なりたかったんだよ……戸城さんみたいに……女になれば……須藤先生と……」


 その瞬間、抄も大の字に手足を広げる。

 息を切らしながら。


「お前……ばっかじゃねえの……だったら受けろよ……性転換手術……」


「だな……」


 そのまま男二人して笑いだす……。


 あ、あれ? なんか……終わった?


『熱い戦いでしたね。それはそうと梢さん。下の階の上級生が迫ってきています』


 な、なにぃ! ど、どうしよう!


『私に妙案があります』


 と、ラスティナの手の平には……一匹のGが……

 え? あの、なにそれ……


『ほい』


 そのまま制服の中にGを放り込むラスティナ……


 ってー! おい! ちょ……ぎゃぁぁ!


 制服の……制服の中に……!


 ブレザーとブラウスを脱ぎ捨て、ついでにスカートも脱ぎ捨て体を確かめる……。


 ど、どこだ! どこにGが!!


 と、その時ドアが開かれ


「お前等何してんだ! 喧嘩か?! 俺も混ぜ……って」


 ぁ……入って来た先輩と目が合う。

 当然、俺、下着姿。


 い、いや、そんなことより! Gが! Gが体のどっかに! とってくれ!


「は、え? いや、あの……G? え? それで暴れてたの?」


「はやく! とって!」


 全身を震わせながら手で何もない所を摩り続ける俺……ドコダ! G! どこだ!


「え、いや……つ、ついてないよ?」


 えっ……


 と、その時……ラスティナがツンツンしてくる。


『梢さん、さっきのただのホログラムです』


 え、それって……要はラスティナと同じような……


『はい、なので実在しません』


 ガクっと肩を落として座りこむ……び、びっくりした……


「ん? お前等、顔ボッコボコじゃねえか、やっぱり喧嘩してたんじゃ……」


 二人は顔を見合わせ、笑いながら


「いえ……ゴキブリだーって騒ぐ……戸城さんに色々投げつけられて……」


「そうそう……姉さんオーバーだって……」


 お前等! なんか途端に息あってるな!?

 先輩もなんか納得してるし!


「ま、まあ……何事もなくて良かった……じゃあ……戸城さん、ごちそうさま……」


 一言余計だわ! 先輩!


 そのまま去っていく先輩……うぅ、びっくりした……。


 そのまま制服を着ようとしたとき……


 ん? またG……どうせホログラムなんだろ?


 まったく……ラスティナの悪戯には困ったもんだぜ。


『……ぁ』


 ん?


『梢さん……それ……ホンモノ……』


 再び暴れる俺。


 男二人の顔は更にボコボコになった。




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