第13話 目覚める

 4月14日(金) 午前11時半


 緊急事態が発生した。

 Sクラスの女子全員の体操着、および下着に至るまで全て盗まれている。

 クリス先生も駆けつけ、教室内で女子達に話を聞いていた。

 ちなみに男子は全員廊下で待機。


「フムフム。確かにカバンの中に入っていたんデスネ?」


 今事情を聞かれているのは、クラスの中でも花京院 雫の悪口を言っていた女子。


「は、はい……そうです……」


 ふむ……まあ俺は元々忘れてたからな……当然被害は無い。替えの下着なんかも持ってきてないし……。


 さて、推理の時間だ!

 状況から考えて、クラス全員が教室を出た避難訓練の時に盗まれたと考えるべきだ。

 そうなると……犯人は別の学年、またはクラスの人間……なんだが……。


 この進学科棟には、その名の通り進学科の生徒しか居ない。他の科は別の棟で授業を受けている。

 なので避難訓練の際に、わざわざ他の科の生徒が進学科の三階まで上がってきて盗むなんて考えにくい。


 進学科の二,三年生は下の階に居るが……同じように避難訓練をしていた。

 仮に抜け出して全員の体操着と下着を盗む……。当然だが人手が居る。そして隠し場所も。

 とてもではないが一人、二人で出来る犯行では無い。


 一応窓も調べるクリス先生。

 だが今は春まっさかり。花粉症の生徒も居る為、窓を開ける事はご法度だった。

 空調がちゃんと効いているので、暑いから窓を開ける何てことも無い。


 そしてなによりここは三階だ。壁をよじ登って侵入して退散など考えにくい。

 そんな事をするくらいなら、一階と二階に盗みに入ればいい。

 そっちにも上級生の女子は居るのだ。まさか高校一年生のじゃきゃヤダ! って奴は……居るかもしれんが今は置いておこう……。


「フム……体操着と下着……戸城サン」


 ん? なんじゃ? と、クリス先生に呼ばれて駆け寄る俺。


「今日は体操着忘れたと言ってましたネ。下着モ」


 うん、忘れたッス。


「他に無くなった物は本当にアリマセンカ?」


 んー……と言ってもなぁ……鞄に入っていたのは筆記用具とノート……それから……ぁっ。

 今俺は腕時計をしていない。昨日ズブ濡れにされて風呂に入る時に取って……鞄の中に……と、思いだして探してみる。


 ん? な、ない! 母からもらった腕時計が!


「腕時計がナイト? フム……」


 ど、どうしよう! 折角貰ったのに! 


「落ち着いてクダサイ。その腕時計はどんな物デスカ?」


 えーっと……女物の……皮のベルトで……。


「フムフム。最近の腕時計なら、無くした時に探せるようになってますヨネ?」


 ぁっ……そういえば……携帯で探せるかも……。

 と、その時女子達から歓声が。


「戸城さん! やるじゃん! 気に食わないと思ってたけど!」


 おい


「流石だね! マヌケな犯人で良かったわー」


 ま、まあ……しかし追跡できる距離に居ればいいが……と、携帯でMAPを開き時計のGPSを作動させる。

 しかし……


「……え?」


 その表示された場所を見て言葉を失った。あれ、ここって……確か……。


「どうしたんデスカ? 何処にアリマス?」


 クリス先生にも携帯を見せつつ……俺の記憶が間違っている事を祈りながら……


「一年の……男子更衣室です……」




 女子全員で廊下の男子と押しのけつつ、女子更衣室とは反対側にある男子更衣室のドアを開け放った。

 そこには物の見事にゴミ袋に入れられた体操着が。全部で五袋もある。


「ちょっ……汗くさ! な、なんでよりによってここなのよ!」


 口々に文句を言いながらも、恐る恐る男子更衣室に入り袋を広げる。

 そこに入っていたのは確かに女子の体操着だった。しかし下着が無い。


「下着は? どこ!」


 女子達は構ってられん! と男子のロッカーを次々と開け放っていく。


「アーッ、皆、落ち着いて。捜索は教師陣で行いマス。皆は教室に……」


「あったわ!」


 クリス先生が女子達を止めようとした時、ごみ箱から下着が入った二袋を見つけた。

 女子達は一斉にゴミ袋から自分の下着を回収……。花京院 雫も光も自分の下着を見つけた。


 あれ? 俺の時計だけ無いな……。何処だろ……。

 たしかに反応はここなんだが……。


『梢さん、こっちです』


 むむ、見つけたか、ラスティナ……って、このロッカー……。


『どうしますか? こっそり回収して……ゴミ袋の中にあった事にします?』


 そ、そうだな、どう考えても……これは何かの間違いだろうし……。


 その時、物理の先生が男子更衣室に顔を出してクリス先生を呼んだ。


「クリス先生……ちょっと」


「ハイ、どうしましタ?」


 実は……と何やらゴニョゴニョとナイショ話する教師二人。

 むむ、何か分かったんだろうか……。


 俺はそっと、とある男子のロッカーから時計を回収。

 周りの女子にはゴミ袋の中にあったと説明した。





 当然ながら四時限目の体育は中止。

 女子は教室内で待機しつつ、男子達は別室で何やら教師二人から話があると言われて全員放り込まれていた。


「どうなってんのよ……なんで……男子の中に犯人が居るの?」


 まあ、そう考えるだろうな……。でも避難訓練の後……男子は全員シューターで降りてきていた筈だ……。馬海も……そうだよな? 降りてきてた……よな?


「ねえ……戸城さん……」


 と、小声で話しかけてくる女子一名。

 むむ、こいつ……いつも率先して俺達三人娘をディスってた……


「そ、そんな怖い目で見ないでよ……わ、悪かったわよ、悪気は……あったかもしんないけど……」


 ふむ、素直でよろしい。だから許して貰えると思うなよ! こむすめ!


「ご、ごめんなさい……今後は控えるわ……それでね、私……見ちゃったんだけど……」


 え、何を?


「戸城さんが……あいつのロッカーから時計……回収してるトコ……」


 ギクっと俺とラスティナは震える。み、見られてたのか……くそぅ、気を付けてたのに。


「なんで庇うのか分からないけど……ちゃんと皆に説明した方が……」


 い、いや、しかし……ありえん……。

 彼が下着を盗んだと言うのか! 


「だって、そう考えるのが自然……」


 と、その時クリス先生が教室へと戻ってきた。

 何やら神妙な面持ちで。


「エー……サ、サテ、お腹も空いたし……お昼ご飯に……」


 ってー! おい! 何か説明プリーズ!


「エット……皆さん、これは非常にデリケートな問題デス。安易に犯人探しなどしない様にお願いシマス。ソレト……戸城サン。ちょっとイイデスカ?」


 えっ、俺指名? なんだろ……。


「他の皆は……ちょっと早いデスガ、お昼ご飯食べてきてイイデスヨ。シカシ他の科は授業中なので、屋上か教室で食べてくだサイ」


 ふむぅ、なんか俺一人だけ呼び出されるって……やっぱり……


 そのままクリス先生と共に理科実験室へ。誰も居ない教室だが、更に狭い準備室へと移動。

 ここなら誰にも聞かれなさそうだ。カメラはあるが。


「戸城サン。その時計……。どこで見つけましたカ?」


 えっ……だ、だから……ゴミ袋から……。


「先生、自分のクラスの子達が盗んだなんて思ってまセン。だから……正直に話してクダサイ」


 うぅ、いい先生だけに噓が付き通せぬ……。


「じ、実は……その……日下部君のロッカーから……」






 屋上で昼食を取る俺、光、花京院 雫。そして我が弟、馬海。

 うーむ……授業中だから購買空いててよかった……。一番最初に無くなると聞いていたビーフシチューパン買えたでござる。


 しかし……何の味もせん……。

 他の三人も黙りこくっている。無理も無いが……。


 ちなみに光は弁当。馬海も弁当。二人共自分で作ったらしい。馬海料理できるのか……。

 そして俺と花京院 雫は一緒にパンを買いに行っていた。花京院 雫……今日も早弁してたのか。


「んー……静かね……」


 沈黙に耐え兼ねた花京院 雫。菓子パンを齧りながら呟く。

 それに続くように……俺と光も頷く。


 馬海も何か思いつめた顔をしながら、俯いていた。

 はぁ、弟と昼飯っていう貴重な初日がコレとは……ついてない。


「馬海君。男子達は……何話してたの?」


 あぁ、そういえば別室で……クリス先生と物理の先生と共に籠ってたな。

 非常に気になる。


「えっ? いや、その……言ってもいいのかな……」


 まあ……口止めされてるんだな。

 無理に聞く必要も無い。どの道、学校側は犯人探しなどしないだろう。

 学校のイメージ云々の前に……下手したら生徒の中に犯人が居るかもしれないのだ。

 しかも冤罪を産むかもしれない。

 いつか美奈に注意された満員電車の事を思いだす。


 痴漢した人間が、加害者とは限らないと。


 しかし周りの人間や痴漢された本人によって加害者にされてしまうのだ。

 下手に犯人探しをすれば……その人の人生を丸々潰す事になる。


「でも……正直気味悪いわね」


 まあ……そうだが……。

 学内に下着と体操着を盗む奴が居るのだ。

 今後も無いとは限らない……。いや、待てよ……。たしか前もあったんだよな……。


 俺が考えていると、馬海が食べ終わった空の弁当箱を置き


「姉さん……僕……勇気を持って言うね……」


 ン? なんじゃ、突然……。口止めされてるなら無理に言う必要もないと思うが……。


「あの、姉さん……」


 その場にいる女子三人が馬海に注目する。

 一体、何があったというんだ。男子達は何か知ってるのか?


「そ、その……」


 ゴクっと唾を飲む。

 まさか……本当に男子の中に……。


「姉さんの……お、おっぱい……触らせてください!」


 ブフーッと飲んでいたジュースを拭きだす花京院 雫。

 俺も思わずガクっと肩を落とした。

 光は苦笑いをしている。


「あ、あの……馬海君? 何の話を……」


 花京院 雫は額に青筋を浮かべながら尋ねる。

 ああ、待て! 俺の弟を叱らないで! きっと男子達に脅されたんだ!


「え? えっと……男なら……一度は触らないとダメだって……」


 いや、俺男だった頃に触った事……あるか、美奈の……子供の頃だけど……。


「あのね、馬海君。今はそんな話をしてるんじゃ……」


「ぁ、はぃ……ごめん……」


 シュンとする馬海。

 あぁ、もう……そんな顔されたら……


「そ、その……少しくらいなら……」


「「ダメに決まってるでしょ!」」


 女子二人がハモりながら言う。

 ぅ、はい……すいません……。


 うっ、また沈黙が……えーっと、どうしよう。

 そうだ! 弟の事を聞こう!


「えっと、馬海君……前の学校では何してたの?」


 ってー! これ聞いたらアカン奴じゃない?! 虐められてた過去を……。


「ん? 前の学校……っていうか、中学の頃は都会の方で勉強してたんだ。だから今新鮮だよ。屋上でご飯とか食べれなかったし……」


 そ、そうなのか……やっぱり転校してくる前の高校の話は避けてきたな……やっぱり虐められてたんかな……。


 花京院 雫は都会と聞いて目をキラキラさせる。

 ぁ、やっぱり憧れてるのか? 


「馬海君、何を勉強してたの? 普通科?」


「ん? いやぁ、主に……ナノマシンとか……。最先端技術の勉強かな……だから僕、文系は全然ダメなんだ……理数系なら自信あるけど……」


 ふむ、全然ダメとか言いつつも、現国の授業でちゃんと回答できてたじゃないかっ。

 流石俺の弟!


「そんな弟君が……お姉さんのオッパイ触らせてっていうんだから……可愛いわね」


 花京院 雫の言葉に今度は俺がジュースを吹きだす。

 いや、それはですね……。



 それからいつもと変わらない会話。

 しばらくして花京院 雫は溜息を付きながら空を仰ぐ。

 その途端、クスクスと笑いだした。


「っく……あはは、男子ってほんとバカばっかり……そうよね、そんな男子に……あんな事無理に決まってるわ」


 あんな事……?


「そうよ、だって普通に考えたら……完全に部外者の犯行でしょ。コレ」


 ぁ、そうそれ! 確か前にも上履きや女子寮の下着が盗まれたって……。


「そんな事もあったわね。相当手癖の悪い奴ね。こんな何度も犯罪を犯すなんて……」


 うむぅ、そうか、学校外の奴の犯行なら仕方ない!


 と、その時……光が不安気な顔をしつつ、花京院 雫へと質問する。


「ねえ、雫……なんで外部の人間だって言い切れるの?」


 ん? そりゃぁ……男子がバカばかりだからさ!


「違うわよ。良く考えてみなさい。犯行が行われたのはクラス全員が教室から居なくなった避難訓練の時しか無いわ。あの時も全員で音楽室前に移動したのよ。これだけで……とりあえずクラスの中には犯人は居ないって分かるわ」


 うむ、そうだそうだ。


「でも……抜け出そうと思えば……」


 うっ……光さん結構食い下がるな。


「まあ、避難訓練の時に点呼も取らなかったしね……誰か一人だけ居ないっていうなら分からないわ」


 わからんのかい! うぅ、やっぱりクラスの男子の中に犯人が!?


「あのね、一人だけで……あの量の体操着と下着を回収するのにどれだけ時間掛かるのよ。女子二十五人分の体操着上下と下着よ?」


「で、でも……避難シューターで全員降りるまで……結構時間はあったし……」


 花京院 雫は、チチチ、と指を左右に振る。それも古いな。


「いい? まず女子が降りて続いて男子。それから先生達。回収は出来たとしても、どうやって男子更衣室に運んだの? あの廊下の先に更衣室はあるのに……先生を含めた全員が居なくなって、また誰かが戻ってくるまで……恐らく五分も無かった筈よ。点呼も取られず、全員降りたらすぐに戻ってたんだから」


 ふむ、確かに……その間に二十五人分の体操着、下着を男子更衣室に一人で運ぶのは中々難しいだろう。

 デカいゴミ袋の中に体操着がミッチリ……それが五袋プラス下着の二袋。とても全部一人で持ちきれる量じゃない。たとえ男子でも苦労する筈だ。つまり往復する必要がある。


 しかし数人犯人が居れば話は違ってくるが……もしそれがクラスの人間なら、シューターから降りずに残って居なければならない。流石に数人居なくなっていれば誰かが気づく。


「だから、私の推理はこうよ!」


 バっと腕を組む花京院 雫!

 聞かせてくれ!


「まず犯人は外部の人間、数人よ。あの時、生徒も先生も避難訓練に駆り出されたから」


 うむ、それで?


「犯人はクラス全員が居なくなるのを待って、三、四人で教室に忍び込み、とりあえず体操着と下着を回収した。そして廊下に誰も居なくなったのを見計らって男子更衣室へと放り込んだ。どう? 完璧な推理よ!」


 おおーっ、と拍手をする俺。

 だが光と馬海は首を傾げている。

 ん? なんか不満か?


「あの、雫……そもそも……外部の人間が犯人なら……なんでワザワザ三階の一年の教室狙ったの? 一階と二階なら……ただ避難して点呼とるだけだから、もっと簡単に出来た筈だけど……」


 うっ……そういえば……それ忘れてた……。


「えっと、花京院さん……。男子更衣室に体操着と下着放り込んで……その後は? わざわざまた男子更衣室に忍び込んで回収するの?」


 うっ……そういえば……ムダだよな、そんな事。

 そもそもなんで男子更衣室なんかに……。

 っていうか監視カメラがそこら中にあるんだ。外部の人間だってそれは分かってるだろうし……って、ぁ


「監視カメラ……」


 ジ……と隣で座っているラスティナを見つめる。

 そういえば……男子寮で昨日監視カメラみてたよな……副会長の鼻血出すのを……。


『言いたい事は分かります。既に確認しました。しかしカメラは意図的に遮断されています。というわけで私の推理としては、明らかに内部の人間の犯行です。しかもカメラの遮断なんて生徒に出来る筈もありません。サーバーにハッキングを掛けて遮断するまで私達でも相当手こずると思いますよ、ここのセキュリティコア。しかもかなりのパワーを持ったマシンでなければ処理は追いつかないでしょう。そこまでして……この学校の生徒を狙う理由もありません、ならば……考えられるのは一つ。内部の人間が正規の方法でカメラを遮断した』


 と、と言う事は……犯人は……


『教師、警備員、用務員、容疑者は沢山居ますね。ですが監視カメラの遮断となると、いくらか専門の知識が必要になってきます。いくらなんでも素人が手を出せるような物じゃないですから。そうなるとセキュリティに詳しい警備員か……専門の知識を持つ教師……』


 それでも結構いるな……と、そこで予鈴が。

 ここまでか……と、四人揃って教室に戻る……。


 って、ん? なんか騒がしいな……。


「ざけんじゃねえよ! 誰がてめえらみたいなブスの下着盗むんだよ! 花京院さんや花瀬さん! そして我らが戸城姉さんのならまだしも!」


 何……言ってんですか。怖いわ。


「な、なにそれ……あ、あんたら……あの三人の事……どんな目で……」


 女子は心底怒りくるう男子に怯えている。

 むむ、机や椅子が倒れまくってるな。男子が暴れたか。


「てめえらが悪口言いまくってる美人三人衆だよ! あの三人の下着だけが無くなってたら、俺達が疑わても文句は言えねえ!」


 いや、言えよ。堂々とそんな事宣言するなよ。


「でもな! お前等みたいに性格も悪けりゃ見た目も悪いブスの下着や体操着盗んで何すんだよ! 自意識過剰もいい加減にしろよ! ドブス!」


 う、うわぁ……流石に言いすぎじゃ……女子泣きだしてる子も居るし……。


「ははっ、大体さ、女子なんて下着なくてもいいじゃねえか。どうせ何枚も持ってきてるんだろ? バッカじゃねえの? 一日に何枚着替えるつもりだよ、洗濯する水道代の無駄だっつーの」


 いや……お前等は良いだろうけど……


「そんなに自分達に自信あんなら変態に売って来いよ。良い金になるかもな! 俺だったら五十円でも願い下げだけどな!」


 ……いかん……イライラしてきた……

 もう既にキレてる花京院 雫を必死に抑える光。


「ブラとか付ける意味ねえだろ、小さい胸大きく見せる為だけに付けるんだろ? 見栄張る前にもっと胸を……」



「いい加減にしろやゴルァ!」


 教室の入り口で叫ぶ俺。

 雫も光も……馬海もビビりまくってる。


「お前知ってんのか。ブラ無しで生活する辛さが! 千切れそうになるわ歩きにくいわ痛いわで最悪なんだよ! 男には分からねえがな! 俺も男だったからな!」


 今まで怒鳴り散らしてた男に言いたい事全部言ってやる。

 俺が女になって……今まで体験してきた苦労を! って、まだそんなにだけど……まだまだこれからだけども!


「お前、石鹸合わなくて肌荒れした事あんのか!」


「な、ないっす……」


「トランクス履いて、股間にヤスリ掛けられてるような感覚味わった事あんのか!」


「と、とんでもないっす……」


「電車に乗るとき……男が痴漢に間違えられるかもしれないって心配して! 満員電車見送った事あんのか! 下着買うときにサイズいちいち測んのか! ブラのホック自分ではめた事あんのか! 難しいんだよ! 俺も出来るなら男に戻りてえよ! 楽だったからな!」


「は、はい……」


 はぁ……はぁ……でも……でも……


「でも……それが最近楽しくなってきたんだ! 自分の体に気使って色々手入れするのが……! 男の頃は全く無関心だったからな! お前スキンケアとかしたことあんのか!」


「い、いちおう……」


「俺は男の頃はしてなかったよ! だから楽しくなってきて……これから……もっと……女の事……勉強しなきゃって……がんばってんだよ……」


 あれ、い、いつのまにか泣いてる……俺……。


「だからっ……頼むから! 女泣かせんじゃねえよ……」


「えっ……戸城姉さん……自分から泣いて……」


 いかん、俺何いってんのか分からなくなってきた……えっと、なんだっけ……。



 と、その時……教室の入り口で拍手する人物が居た。

 だ、誰だ……こんな時に……って……


「うんうん……成長したみたいで……お姉ちゃん嬉しいぞ……」


 なんで、お前ここに居るねん、美奈……。 





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