第21話 仲直りに奮闘せよ

「間に合え間に合え間に合え……!」



 始まりの月曜日。千癒は早朝に家を出て、いの一番に学校へ顔を出す。


 普段なら親しい友人らと共に登校するのだが、今回ばかりは目的を達成させるために早朝登校をしなければならなかった。故にダッシュで通学路を進んで行く。



 先日の薙川のアドバイス通り、どうにかして意志疎通の意志を見せることが大事であると教示され、真っ先に思いついたのがこの作戦。

 誰よりも早く登校し、誰にも知られない内に太士の机の中へ手紙を忍ばせる──というもの。


 内容は勿論先日の件の謝罪文と直接話をしたいという旨を綴った文。シンプルだが最も効果的な方法だ。



 友人らには少しばかり申し訳ないと心の中で謝罪をしつつ学校へ到着。そのまま教室へ入室する──のだが。



「あっ……」


「おはよう、千癒さん!」

「おはよ~」



 そこにはすでに数人のクラスメイトが出し物の制作を行っていた。

 文化祭という一大イベントの準備ということで、少しでも進めるべく早朝に登校する考えを持っている者がいたようだ。


 

 千癒とて学年で上位の人気者であることの自覚はある。そんな人物が一個人の机の中に手紙を入れる瞬間を見られればどうなるか。

 そんなのは容易に想像はつく。プロセスは省略して、結果的には太士が不特定多数の人物らに持て囃され──




『千癒さんのせいで俺の生活は台無しです。二度と姿を見せないでください。狩人としてもです。さようなら』




「──って言われるのは確実だぁ……」



 だらーっと冷や汗が千癒を襲う。こうなってしまえば修復どころか完全崩壊は間違いない。


 そんな入り口付近で棒立ちのマドンナを前に、クラスメイトたちは困惑する。



「ち、千癒さん? どうしたの? 何が確実なの……?」

「へ!? あ、ああいや何でもないよ! うん、このままのペースならぜんぜん間に合うかなーって思っただけ! うん、私も手伝う手伝う」



 取りあえず誤魔化しながら作業の手伝いをする意志を見せてこの場をやり過ごす。

 どのみち出し物が本番前に完成するのは事実。だが、毎朝この調子では忍ばせ作戦は実行に移せないのは明白。



 クラスのリーダーも務める千癒にとって喜ばしいことではあるが、同時に狩人と友達としての千癒にとってはありがた迷惑なことだった。






 そして昼休み。千癒は作業の手を進めつつ、一方でこれからのことについて考えていた。


 喰魔の出現から数十年。もはや一般教養となった喰魔とのつき合い方によって、社会の時間割は大きく変化した。

 学校の始業は9時、終業は15時。部活動は一時間以内の厳守。17時からの出現時刻に備え、早めに生徒を帰すのが規則となっている。


 放課後は帰宅部などによる作業で教室は占領、さらに五分前には教室は施錠され、出入りは許されない。つまり──



「これ無理ゲーだ」

「え、何か間違ってた?」

「ん? あああ、いやいやこっちの話だから気にしないで! そこはあってるからこのまま進めておいて。うん、ごめんごめん!」



 ぼそりと口に出てしまった言葉が他の作業者の手を止めてしまう。

 またもそれを誤魔化して作業に戻させ、千癒は小さく安堵の息をもらした。



 そう、今のイベント中に学校内で手紙を渡せる隙が無いのだ。

 もっとも太士の休み時間中の所在が分かれば万事解決なのだが、あれ依頼図書室などの一般開放教室を覗いても姿の一つ見当たらない。


 一体どこへ隠れているのか、いくら考えても検討がつかない。まるでこの瞬間だけこの世から蒸発してしまったかのようだ。



「蒸発……蒸発か。蒸気、スチーム……あっ、そうか!」

「今度は何!? 出し物のこと?」



 そして千癒、またも新たな作戦を思いつく。そして三度目の誤魔化しをして、放課後の狩りに望むのだった。






 午後17時。案の定手紙作戦は実行に移せないままこの時刻となる。

 勿論普段の待ち合わせ場所である公民館裏でいくら待てども太士は来ず、また本日も一人寂しい狩りの始まりを迎える。



「よし、もう一回おさらい。まず海炎さんと会う! そして手紙を渡す! それを剣崎君に渡してもらう! 内容ヨシ!」



 第二プランを復唱し、いざ出陣。今度の目的は霧島海炎に定めて進んでいく。


 千癒の推測では──身内かぞくとして最も信頼しているのが薙川なのであれば、狩人として最も信頼されているのは海炎であると睨んでいる。


 練習試合やつい先日の大型出現時も、太士から海炎に対する態度を鑑みるにそれは間違いない。

 おそらく逆もまた然り。それを利用した第三者を挟んだ受け渡しを実行する。のだが──



「…………いない! 見つからない、どこにいるの海炎さんは……!?」



 捜索開始から三十分。どこへ行けども目的の人物の影も形も見つからない。完全なすれ違いに陥っていた。

 まだ猶予はあるとはいえ、探し回ることだけに体力は使えない。狩人としての実力を付けるためにも喰魔とも相手をしなければならないからだ。


 軽い休憩を挟んで再出発。小型喰魔を駆逐からの清掃依頼で片付けていき、あっと言う間に一時間経過。それでも海炎はおろか他の部隊ともすれ違わない。



「今日休みとかだったっけ? ここまで出会えないとか普通ある?」



 一昔前の語録で言えば物欲センサーが発動している、とも言うべき状態に千癒は大苦戦を強いられる。


 一応仮拠点に押し入って情報を得るという方法はあるものの、残念なことに事前の許可無しにそういった行為をするのは基本的に禁止されている。そのため、運良くすれ違うという方法しかないのだ。



「ちょっと……もっかい休憩……」



 散々走り回り、敵を倒し、それでもまだ残り二時間。回収した石もSサイズが片手で数えられるだけというしょぼい結果のみ。

 流石に明日、明後日も遭遇出来ないということにはなるまい。だが、それでも今日は出会えずに終わってしまいそうな気がしてならなかった。



「うーん、ラボで待つっていう手があるけど夜遅くになっちゃうからしたくないんだよなぁ。一体どうすれば……」



 今出来る方法を絞りだそうとする千癒。学校は隙無し、海炎とは会うまで不可。ラボでの待機も個人的事情により却下。

 どうしても浮かばない次の作戦。苦悩しながら模索していると、千癒の側に影が近付く──



「──わッ!!」


「どわぁあああ!? 何、何!? びっくりしたんですけどぉぉ!?」



 いきなり大声で驚かされ、慌てて後ろを振り向くと、そこには帽子にサングラスという格好をした女性が立っていた。

 千癒を驚かした者の正体、それは……。



「ごめんごめん。あなた、結構良いリアクションするのね。身体を張るのに抵抗が無ければリアクション系のタレントになれるんじゃない?」

「噛月さん……。もう、驚かすのは止めてくださいよぉ」



 スッとサングラスを外し、その整った双眸で路頭に迷う狩人を見やる。

 噛月理瑠。モデルと狩人の二足草鞋の喰魔喰。偶然にも出会ってしまった。











「──なるほど。太士君に嫌われた、と。それで謝るにしても中々そこまでに至らない……結構ナイーブな問題に直面してるのね」



 出会ったのも何かの縁ということで、今回の件についてを話す。

 近場の公園で暮れる夕日を背景に相談。噛月はブランコに乗りながら親身に話を聞いてくれる。



「人の机の中に手紙を入れるのがあんなに難しいとは思いませんでした。私がミスすると剣崎君にまで影響が出るかもしれないことを考えると、下手に動けなくて……」

「人気者になると良いことばっかりじゃないのは良く分かるよ。アンチとか付きまといとかしょっちゅうだし、私生活の半分くらい見張られてる感もするし、恋愛すれば週刊誌に撮られる可能性だってある。激しく同意するわ。フフッ、お互いに変な共通点を持ってるわね」



 学校の人気者と芸能界の人気者、月とスッポンほどに違う似た者同士の共通点に軽く笑い合う。

 日も本格的に沈み始め、いよいよ狩りも後半戦に差し掛かろうとする時刻。噛月は勢いを付けてブランコから跳び降りる。


 どこかを見て「なるほどね」と小さく笑みを浮かべると、千癒の目の前に立った。



「聞いておいてなんだけど私が言えることなんてほとんどないのよね。でも一つだけ言えるのは、多分あなたは嫌われてはいないと思うってことかな」

「そう……でしょうか?」



 そして噛月は己が思う率直な意見を述べる。

 言い放たれたアドバイスは正直な所信じ難いもの。あそこまで避けられた上で嫌われてないと思う方がおかしいくらいだ。



「確かに何を思ってそんな行動をしてるかは分からないけど、あの人は簡単に約束を放り投げるような人じゃない。羨ましいくらいには筋の通った狩人だと思ってるよ、私は」



 太士を信用しても良いことを意味するであろう眩しいウインクを決める。

 一年以上ラボから離れていたとはいえ、流石に先輩なだけあって太士がどのような人物なのかしっかり理解しているようだ。


 海炎以外の狩人にも信頼されているのだろう。そうでもなければフリーの身でここまで言われることはないはず。

 この言葉は信用出来る。おそらく言う通り心の底から嫌われていはいないと千癒は信じることにした。



「ありがとうございます。私、もう少し頑張ってみます」

「いいのいいの。困った時はお互い様ってことで。それじゃ」



 こうして噛月と別れ、千癒は再び狩り兼海炎探しへと出発する──と思いきや。



「あ、そうだ千癒さん。今年の文化祭に私がサプライズ登場するって聞いてる? もし知ってたらこのとこは口外しちゃダメね!」

「えっ、そーなんですか!? 初耳なんですけど!?」



 まさかのネタバレを噛月本人から食らうという残酷な仕打ちを別れ際にされつつ、改めて本日の狩りへと向かっていった。

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