第16話 獣の装者はかく語りき

 次の日の狩り時──ではなく昼休み。わけあって太士は千癒を図書室へと呼び出した。

 このようなことは滅多にないため千癒には大層驚かれたが、何も私用がで呼んだわけではない。狩人の件についてである。



「昨日の夜、電話で薙川博士にまだ会ってない狩人たちへアポを取ってもらいました。そうしたら、『グレイビースト』からの許可が下りました」

「えっマジで!? あの人が!?」



 話の内容を伝えると流石はオタク。狩り名に速攻で反応を返してくる。

 とても驚いた表情をしているのは無理もない。なにしろ許可が取れたと聞いた時は太士自身も内心驚いたほど。それくらい出会うのが難しい人物なのだ。



「うそうそうそ、どうしよ! 色紙とか持ってったほうがいいかな!?」

「遊びに行くわけじゃないんですから持ってこないでください。というわけで伝えたいことは言いました。俺はここで寝るので後はお好きに」



 概ね想像通りのはしゃぎっぷり。こうなってしまえば暴走は免れないので、太士はさっさと昼寝の体勢へと移行した。

 しかし、その興奮ぶりは思った以上のもの。静かな図書室には千癒の雄叫びが響いている。



 とは言ってもその気持ちは多少理解出来なくもないのが今回の件。太士自身も会うのは相当久し振りなので、今でも多少緊張しているくらいだ。

 グレイビーストという狩人とは、ある界隈においてではサムライローブよりも遙かに知名度の高い人物。その人を前しては、流石に緊張しないわけはないのだ。











 そして遂にその時間がやってくる。

 午後五時。例によってこの時間が待ち合わせ時間に設定された。何でもあちら側からの要求とのこと。


 そして集合場所は駅。公民館からはそこそこ離れた位置にあるため、三十分前に支度は済ませて二人は出発していた。



「うおおお~! あの人に会えるなんて、狩人になって良かった~!」

「はしゃぎ過ぎです。ていうか、その荷物は何ですか。まさか色紙とかじゃないですよね?」

「あ、ばれた? でも、こんなチャンスは滅多にないから良いじゃん!」



 変わらず大はしゃぎの千癒。あろうことか先手を打って禁止にしたはずの色紙まで構わず持参する暴挙にまで至るとは相当なものである。

 今更戻って置いてこい、などとは言えないので大きなため息を吐き出して無言の承認をしておく。喰魔喰オタクとしてのサガは止められないのか。



「はぁ~、持っておくべきなのはやっぱり友達だね~。今年で二番目に嬉しいかも」

「友達って、なった覚えないんですが」

「あーもう、そういうところね、ほんと。掴鳥さんの言ってた通り。変に頑固なんだから。いい、剣崎君。私とあなたはよ。性別とかクラスの立ち位置とか関係なく、私たちは喰魔喰の運命に導かれたマブのダチよ!」

「マブのダチって……」



 勢いのこもった宣言に思わずたじろぐ太士。前々時代的な言い回しで友人認定されてしまい、さらに困惑を隠せなくなる。


 太士は知る由もないが、先日の掴鳥空子との会話を経てこれからの太士との付き合い方について助言をされた千癒。一晩経ってから出した答えとして、まずは面と向かって友人であると言うのが大切だと結論に至ったのだ。



「良い? 友達だからね! 私のことも下の名前で呼ぶこと。認めないなら剣崎君の正体のこと言うから!」

「正体を言いふらさないって前言ってましたよね? あーもう好きにしてください」

「よし、言質取った」



 半自棄になった太士の言葉を受け、ガッツポーズをする千癒。事実上の了承を得たことによって、これで太士と千癒は晴れて友人関係となった。


 とはいえ今日まで散々行動を共にしてきた現在、今更友人同士となってもやることすることに変わりはない。まず今はグレイビーストが待つ駅前まで進む。


 駅への最短ルートは商店街を抜けた住宅街の先。言葉で言うと道のりはそう険しくないが、住宅街を越えると急な坂道となっており、そこを越えなければたどり着けない。そう、つまり──



「はぁー……はぁ……。ちょ、一旦休もう?」

「余計に荷物を持ってくるからですよ」



 千癒、坂道に敗北を喫す。

 ただでさえ二丁の銃を引っ提げているというのに、浮かれて持ってきた荷物が自らの首を絞める要因となってしまっていたのだ。


 一方の太士は汗一つない涼しい顔をしている。だが能力の使用はしてはおらず、単純に素の体力がある故だ。



「だから言ったじゃないですか。荷物は持ってこないでくださいって」

「いや、でも……次に会えるのはいつか、分かんないから……。このチャンスは逃したくないなって思って……」

「言い忘れてましたけど、あの人は休暇でしばらくこの町にいるそうです。ラボにも寄るそうですよ」

「それ早く言ってよ!?」



 今更な情報提供により無駄な労力となってしまった荷物の運搬。そんなこんなでどうにか坂を越え、いよいよ駅へとたどり着く。


 駅前は商店街ほどではないが多くの店が軒を連ね、喰魔の出現時間でも人通りはそれなりだ。太士もこの辺りの飲食店にはよく通う。見慣れた光景である。



 そして、駅内の休憩スペースにて目的の人物は待っている。いくら休暇中とはいえ待たせるわけにはいかない。

 疲労で遅れる千癒を急かし、いよいよ駅内に入ろうとした時のこと──。普段は治安の良いこの町に、喰魔以外の驚異が現れた。



「どけっ! どけ──っ!」



 誰かの叫び。群衆の間を駆け抜け、どこかへと向かう人影が二人のすぐ横を駆ける。



「な、何!? 強盗!?」

「いや、ひったくりですね。しかもあの方は喰魔喰かもしれません」



 いきなり発生した事件。千癒は驚くが太士は冷静に現状を観察する。

 能力で視覚と胴体視力を強化。走り去った男の手荷物などを確認して犯行を推測するだけでなく、なんとあのひったくり犯が喰魔喰であることを見抜いた。


 喰魔喰とて全ての者が喰魔を狩るというわけではない。中には己の能力を悪用し、犯罪を起こす者も少なくない。

 あのひったくり犯もその一人。太士が見抜いた犯人の能力はその脚力からだ。



 中太りの体型だが、そのスピードは普通の人間よりも遙かに速い。同じ体型の若人が同じように走っても絶対に追いつけないだろう。自身の能力の良さを生かした犯行である。



「ちょ、そんな暢気に説明してる場合!? 早く捕まえなきゃ……!」

「安心してください。犯人には悪いですが、あれくらいのスピードなら余裕で追いつきます。千癒さんはここで待っててください」



 もう遠くにいる犯人を見ても余裕な太士。理由は至極単純、何の問題もないからだ。

 いくら足の速い喰魔喰とはいえ、そのスピードは太士にとっては簡単に追い抜けるレベル。あれがもし全力なのだとしたらため息が出るほどだ。


 千癒に待機を命じ、言われた通り犯人を追う。いつも通り能力を行使し、瞬時に犯人の消えた方向へ大ジャンプ。



「遅い。おまけに路地にも隠れもしない。計画性の無さが見える相手ですね」



 たった一回の跳躍で犯人の後方十メートル内へ。まだ数パーセント未満でもこれだ。

 とはいえこのまま犯人を泳がせておくのも趣味が悪い。町一番の名誉にかけてその腕を伸ばす──その時だ。



 一陣の風が太士の真上を通る。日光を一瞬隠しきるほどの巨大な何かが頭上を通り抜け、目と鼻の先にいる犯人に突撃していった。



「何だ……って、なんじゃありゃ!?」



 どしんどしんと音を立てて近付いてくる存在に気付く犯人。さっと後ろを振り向き、接近して来るモノの正体に驚愕してしまう。

 太士を跨いで通り過ぎて行ったモノの正体。それは軽車両を軽く越える程の体躯を持った、灰色の巨狼。それが目の前にいるのだ。



「がっ、ぐわああ──! 離せっ!」



 巨大な狼は余裕で犯人に追いつくと、頭から噛みついて逃走を強制中止。そのまま口で犯人をくわえて拘束する。

 見事ひったくり犯を捕まえた謎の巨狼。これにはその辺りにいた町の人々から歓声が上がる。



「あの姿……。まさか……」

『お久しぶり、サムライローブ。一年ぶりね』



 この狼の正体を太士は知っている。当然相手方も同様で、狼のからその声を出す。



『ところでだけど警察呼んでくれないかな? 私、この姿だと電話出来ないからさ』

「……分かりました。その犯人、逃がさないようにお願いします。『グレイビースト』の噛月理瑠かづきりるさん」











「……よし、異能力使用の条例違反とひったくりの容疑でお前を拘束する。狩人の皆、犯人の確保、ご苦労だった」

『当然のことをしたまでだよ』

「はい! 狩人なら当たり前のことです!」

「千癒さん、あなた何もしてないじゃないですか」



 警察に犯人の身柄を受け渡し、活躍を褒められる。さりげなく便乗する千癒には指摘を入れておく。


 そんなこんなで起きたトラブルは無事に解決し、ひったくられた荷物も元の持ち主に返却。改めて本日の目的であるグレイビーストと落ち合うことが出来た。


 二人の横にちょこんと犬のように佇むのがそのグレイビースト。今のままではただのでかい獣だが、彼女は当然人間。能力は『獣の姿になれる』という極めて珍しい形をした能力者だ。


 そして、ある分野においては太士よりも有名な人物。その理由というのが──



「初めまして! 私、新人の四國千癒と言います! あ、あとっ、テレビ見てます! あと雑誌も買ってます!」

『うん、ありがとう。そう言って貰えるととても嬉しい。あ、待って。今元に戻る』



 狼の身体から煙が昇り、その姿を本来の形へと還元していく。

 集まっていた野次馬たちも突然獣の異能力者からの煙に驚き、ざわざわと騒ぎ出し始める。



「……よしっと」

「うおお! すごい! 頭身高い! 生で見るとめっちゃ美人だ!」

「そこまで言われるとちょっと恥ずかしいね」



 煙は完全に晴れ、獣の中から現れる本体。

 すらっとした手足に高い鼻。艶めく長い黒髪と誰もがうらやむであろう美貌の持ち主。彼女が噛月理瑠、狩り名をグレイビースト。


 タレントとモデルの二足草鞋の喰魔喰。ある分野では太士よりも有名というのはそういうことである。

 一応狩人だが、仕事で多忙なために現在は所属だけしているという状況だ。



「リルルン! あれ、リルルンだよね!?」

「ほんとだ! なんかのロケ? サインもらおうかな!?」


「少し騒がしくなってきたね。じゃあ、行こうか」



 流石は芸能人。獣の中から出てきたのが本人と分かるやいなや、周囲の野次馬から噛月のことを知る者がちらほらと出てくる。

 ちなみにリルルンとは彼女の愛称だ。モデルとしての名でもある。


 そんなこんなで騒がしくなる駅前から離れ、どこか静かな場所へ。駅から一番近い公園へと向かう。


 太士経由でここに来た理由を聞いてはいるが、移動中に改めて理由を問うと、一シーズン後れた夏休みが取れたために実家に帰省しに来たのだという。しばらくはこの町に滞在するとのこと。


 そして目的地に到着。時間も時間なので、ここに人の姿は三人の他にない。



「それで、薙川博士からいろいろ聞いたよ。能力が分からない喰魔喰、そしてその修行で所属の狩人にアドバイスを聞いて回ってるって」

「はい。もしよろしければ何か一つアドバイスをいただければ……」

「うーん。そうは言ってもなぁ。私、ここ最近テレビとモデルの仕事ばっかりで狩りなんてしてないもん。傷だって付けたら怒られるし」



 と、助言を求めるも案の定の回答が。

 それも当然で、相手は読者モデル。時には素肌を露出するような服を着て撮影をする上、もし傷が付くようなことが起きてしまえば引退の可能性が高まる。


 おまけに芸能の仕事だけで十分に生活を賄える稼ぎを得ている。今の彼女にわざわざ危険が付きまとう喰魔喰の仕事をする理由はないのだ。



「う──ん……。じゃあ、私から一つ。いくら喰魔狩人になったからといって、身だしなみはサボらずきちんと整えるように!」

「身だしなみ? まぁ、一応気をつけてますけど……それが何故アドバイスに?」



 悩んだ末に出されたアドバイスの内容に、千癒は頭上にハテナのマークを浮かべる。

 確かに見た目を良くするのは狩人である前に一人の女の子であるため、それはごく当然のことと言える。


 正直なところ関連性はあるように感じられない──端から見守る太士も同じ考えを抱いていた。



「今の時代、活躍によっては喰魔狩人も芸能人として表舞台に立つ可能性があるわ。私がそうであるように、あなたもそうなる可能性は0じゃない。もし狩人を経由して芸能人になりたいのなら、身だしなみは常に整えて強く美しく、あるいは可愛らしくいること。勿論、怪我もなるべくしないようにね」



 真意を訊ねると、実に彼女らしい回答が出された。

 喰魔を狩ることが一種のエンタメと化してきている現代。狩人は何も新世代の職業としてだけでなく、芸能人へステップアップするための過程として目指す者も少なくない。


 その道を歩んだ噛月にとって、同じ道を目指す者には最大限の助言をしたいという考えに至ったのだろう。

 千癒本人がどの道を往こうとしているのかは定かではないが、太士には関係ない。狩人として最低限の実力を付けて送り出す。それだけだ。



「身だしなみ……。はい、ありがとうございます、噛月さん。でも私は別にアイドルとか芸能人を目指して狩人になったわけじゃないですから。でもまぁスカウトされたら考えちゃいますけどね」

「ふふっ、東京で狩りをするとしょっちゅうスカウトが来るから、もし興味が出たら行ってみるといいわ。それに……あなたの顔、中々良いわね。色んな人が飛びつくと思うわ」

「えっ、本当ですか!? いやぁ、本物のモデルさんにそう言われると照れちゃいますね~」



 お世辞か本心かは分からないが、容姿を褒められ喜ぶ千癒。

 流石に学年一の美人と謳われるだけあって、プロも認める容姿であることが証明された。これで調子に乗りすぎなければいいが、と太士は内心で不安になるのである。



「千癒さん、そろそろ行きましょう。これ以上は狩りに影響が出ます。噛月さん、休暇中にも関わらずありがとうございました」

「そうだね。噛月さん、今日はありがとうございました。私、これからもっと頑張ります!」

「うん、頑張って。あ、そうだ。せっかくだし送るよ。どこまで行くつもり?」



 時間も時間なため、ここでお開きにしようとしたところ、どうやら次の行き先まで連れて行ってくれるそうだ。


 最初は断ろうとしたが、今の装備のままあの坂をもう一度登るのはきつい。なのでその言葉に甘えることにした。

 すると噛月、公園の広いスペースに移動するやいなや、自身の能力を発動させる。



「『ザ・ビースト』!」



 刹那、爆発にも似た強い衝撃が発せられた。濃い煙を纏い、姿が見えなくなるもすぐに獣の姿となった噛月が現れる。



『どこまで行く? 出来れば広いスペースがあるとこならいいんだけど』

「お、おおー! 今度はグリフォン!? 狼じゃない!」



 再び獣の姿と化した噛月だが、その姿は先ほどと全く違う物になっている。


 強靱な翼と鉤爪を持った四足の動物。千癒の知識に一致するのは架空の動物グリフォン。グレイビーストの能力は狼の姿だけでなく、あらゆる獣の姿になれるのだと知見を広げるのだった。


 早速背に跨がる二人。実際に触れると本物の動物と何一つ変わらない毛並みと暖かさがある。これが噛月本人の体温と思うとどうも意識してしまうが。



『しっかり掴まっててね。落ちたらカバー出来ないかも』

「その時は俺がいきます」



 落下時のケアは太士が請け負うことになり、二人を乗せたグリフォンは公園から離陸。夕焼けに染まる町の空を飛んでいった。

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