FATTY and SWORD ~デブの剣は化け物を喰らう~

角鹿冬斗

第一章 『FATTY and SWORD』

第1話 狩人は戦う場所を選ばない

「唐揚げ定食特盛り、デザート付きでどうですか?」



 がくびくと震え上がる老夫婦の前で、一人の若い男は提案を出す。交渉内容は定食について。

 その問いに対し、老夫婦は揃って首を縦に激しく振る。恐怖で声が出ないのか、とにかく必死に肯定の意を示す。



「分かりました。それでは、お二人は下がってください。代金はこれから──この、退治で払いますので」



 そう言って老夫婦を奥の厨房へと逃がすと、スポーツバッグから短い刀を取り出し、鞘を抜く。黒い刀身は艶めいた漆黒をしており、鏡のように目の前の化け物を映し出す。


 化け物──。男はそう言った。それは、何も比喩ではない。

 黒いテカりのある体表に、退化したかのごとき豆粒ほどの大きさをした眼と反比例して発達した大口。一見するとウナギかナマズのように見えるそれは、口元から濃い紫色の煤を吐き出して威嚇をしてくる。


 老夫婦が怯えていたのは男のことではなく、彼の背後で威嚇をしていたこの化け物に恐れをなしていたのだ。


 この化け物は人を喰らう……というわけではない。だが、放っておくには危険な存在。故に彼のような『喰魔喰クイマクイ』たちはこぞって狩りをする。その名は『喰魔クイマ』。


 そんな喰魔を狩る者は、抜いた刀を持って構えを取る。腰を低く保ち、切っ先を目標に向けた。



「──はッ」



 踏み込み。瞬間、揺れる。たゆむ。波打つ。そして虚空を滑る漆黒の刀身。

 一瞬にして切り裂かれる喰魔。醜い断末魔を叫び、その黒い身体を床に散らせた。



 瞬殺。その手応えの無さに何も言わず、刀に付着した体液を切り払って鞘に納める。

 その様子を遠くから見ていた老夫婦は彼に抱いていた当初のイメージを塗り替えさせられることになる。


 上着の上からでも分かる出っ張った腹部。半袖から覗く腕にはあからさまな垂れ。そしてふっくらとした頬。

 誰がどう見ても戦うに向いていない体躯。しかし、今の化け物は彼の手で討たれた。



「ラボへの連絡はこちらでしておきます。後日、またここに来るのでその時に先ほどのオーダーをお願いします。では」



 その容姿から連想されるイメージを易々と打ち砕く、その強さは本物。

 この男の名は剣崎太士けんざき ふとし。フリーランスの喰魔狩人にして、ただの学生。


 喰魔から町の人々を守る彼は、太っていた。

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